八話
聖騎士選定・第一次試練──前哨戦を勝ち進んだ者たちは、試練を行う場所として突如告げられたアストラリア王国の最南端にある遺跡に集められていた。
ソニアやグレアム、アデーレの他にも12人の少年少女が遺跡の入り口に集い、互いに情報を共有し合っている。
荘厳な遺跡の門を見上げながら、ソニアは隣のグレアムに向けて呟いた。
「ここって、レアスト遺跡ですよね」
豪勢な作りではあるが、長い間だれも手を付けていないことは一目瞭然だった。
天にそびえ立つ石柱は今は苔に覆われ、ひび割れた表面から草花が芽吹き、かつての威光が未だ残るものの、静かな荒廃だけが今は残っている。崩れ落ちた壁や床の亀裂には、風化の兆候が垣間見え、雨風に吹かれて崩れ落ちるのも、時間の問題だろう。
「ああ、数千年前に起こった未曾有の大災害からアストラリアを守った神竜が眠っているとか言われてる遺跡だな」
グレアムは腕を組みながら遺跡を見上げてそう語った。
アストラリア王国の中にありながら、聖騎士の力を持ってしても攻略が不可能とされていた遺跡。中には精鋭の騎士が数人で戦ってようやく勝てるという古代岩兵が跋扈している。その他にも罠や様々な要因が重なり、攻略不可能とまでされていたのがレアスト遺跡だ。
「十数年前までは何日もかけて攻略不可能とされていた遺跡だったけど、銀氷の聖騎士がたった一人で攻略しに行って一時間で攻略しちゃったんだよな」
ソニアは思わず目を輝かせた。
「おおっ!」と拳を握って、まるで子供のように目をキラキラとさせながらグレアムに詰め寄った。
「その話、もっと詳しく聞かせてくださいっ!」
「お、おぉ……お前ってマジで銀氷オタクだよな……」
「──それはもちろんっ! 銀氷の聖騎士は私の憧れで、私の夢なんですよ!」
「もうそれ、何百回って聞いたぞ……」
あまりの熱量に押されて苦笑しながら後退るグレアム。
遺跡を攻略した銀氷の聖騎士の話を聞きたくて我慢できないソニアは、ずいっと顔を寄せた。
そこでグレアムは周りを見渡しながら「それにしてもよ」と話を変えようと切り出した。
「選定試練に大人は参加しないのか? 俺らみたいな子供よりも、大人で強い人の方が多いだろ?」
グレアムの疑問にソニアは僅かに下がってから「確かに」と腕を組む。そこで不思議そうに二人を見ていたアデーレへと視線が向けられた。
「なんでだ?」
「なんでですか?」
突然疑問を投げられて、アデーレは僅かにビクッと身体を震わせる。「なんでボクが……」と小言を呟きながらも、溜め息をついてから口を開いた。
「サンドラ粒子が最も活性化するのは青年期。その時にどれだけサンドラ粒子を集め、魔力に変換させたかで、魔力の総量が決まる。それに『聖遺物』と適合もしやすい」
サンドラ粒子は、感情を糧にして生まれる。サンドラ粒子を魔力へと変換し、自身の内側にある属性や術式に流し込む──そこまでの過程を経て、ようやく魔法の使用が可能になる。
「大人になると、青年期のサンドラ粒子の総量や出力が固定化されて増やすのに更なる工夫や努力が必要になるから、装備や遺物に頼るしかない」
「聖遺物は、聖騎士全員が使ってるやつだよな」
「そう。銀氷卿は聖剣、劫焔卿は鎧、黎明卿は盾と剣。それに、どういうわけか聖遺物と共鳴しやすいのは大人よりもボクらぐらいの年齢が一番共鳴しやすいんだ」
なるほど、と感心した様子で頷くソニアとグレアムに対して、アデーレは呆れた様子で溜め息をついた。
「いや、勉強したところなんだけど……」
「そういえば、銀氷卿の聖剣って今行方不明だったよな?」
グレアムの疑問にアデーレは頷いてから答えた。
「十年前の大厄災で、銀氷卿は冥滅衆五体を一人で相手した。その結果、四体を消滅させ、最後の一体『破滅魔大帝』に破れたとされてる」
その説明を聞いて、ソニアの表情がどこか暗くなり、僅かに俯く。憧れている人物が敗北したことなど、あまり聞きたくはないのだろう。
アデーレはそう思いながら話を続けた。
「だけど、そこに不滅の聖剣デュランダルはなかった。最初は魔大帝が持ち去ったと思われてたけど、あの剣は、選ばれたものにしか持てないものだから、銀氷卿がどこかに隠したって言われてる」
「でもよ、デュランダルが授ける加護って、どんな攻撃も無効化する不滅の加護だろ? なんで負けちゃったんだろうな」
さあ、と肩を竦めるアデーレ。銀氷の聖騎士は、どこをとっても英雄だった。誰もが憧れ、誰もが認める英雄の結末は、誰にも分からない。あまりにも皮肉なものだ。
アデーレは肩を落としている様子のソニアへと視線を向ける。さっきまでの元気はどっこに行ったのか、彼女は首に下げられた蒼い輝石のネックレスを指で弄っていた。
声をかけようと口を開いた瞬間──、
「皆さん、揃っているようですね」
声が響き、全員が顔を向ける。そしてその姿に全員が目を見開いた。
全身を余すことなく包み込んだ白銀の装甲。鎧の隙間には黄金のラインが奔り、赤いマントがなびく。一歩を踏み締める度に鎧の重厚な音が響き、その圧倒的な圧が少年少女のざわめきを一瞬で鎮めた。
その場にいた誰もが、眼前にいる騎士の姿を知っていた。
彼こそが、今この場にいる者たちの目指している存在。
永劫の業火を纏いし者。劫焔の聖騎士──エリファス・グランディール。
エリファスの姿を見た者たちが、息を吹き返したようにざわめき始めた。
「嘘だろ、劫焔の聖騎士?」
「なんでこんなところに?」
「まさか聖騎士と戦えって言わないよな?」
全員の前に立ったエリファスは、その場にいる者たちを一瞥してから「なるほど」と口から溢した。
エリファスから漂う圧倒的な魔力量に誰もが息を呑む。敵対していないのにも関わらず、一切の隙が見えない。アデーレは腰に携えた弓に手を掛けた。
そこでエリファスが、仮面の搭載されている鋭い眼光をアデーレへと向けた。
「あなたは今、僕に対してどう攻撃を仕掛けようか考えましたね?」
その言葉にアデーレは目を眇める。手のひらに汗が滲み、僅かに後退った。そして腰に下げた弓から手を離し、息を吐いた。
「いや、一瞬だけです」
「その一瞬で、僕に攻撃を与えられる方法は見つけられましたか?」
「いえ、まったく。たとえ今この場で最大魔力出力の攻撃をしても、あなたには掠り傷も与えられないと思います。それに弓を持つ寸前で、あなたに抑えられるかと」
そこまで聞いて、エリファスは感心したように「一瞬でそこまで考えられるとは」と感嘆の声を溢した。
候補者の誰もが劫焔の聖騎士を前にして、戦うなどとは微塵も考えなかった中で、アデーレ・ステラリスだけは一瞬でも思考した。
「あなたが、あのステラリス家のご令嬢ですか。流石は、数百年ぶりの天才──星々の異端」
エリファスの言葉に、アデーレは僅かにムッとした表情を浮かべる。だがすぐにその表情は消え去り、エリファスを見上げた。
彼は「時間ですね」と呟き、候補者たちの前に立つとマントを翻して振り返り、その加工された声で告げた。
「聖騎士選定試験・第一次試練の監督は、僕『劫焔の聖騎士』エリファス・グランディールが担当します」
エリファスはゆっくりとレアスト遺跡の入り口に立ち、地下へと続く階段の奥を見つめてから候補者たちに視線を移した。
「第一次試練は、このレアスト遺跡の最奥にある宝物を手に入れることです」
「ん? でも、この遺跡は前に銀氷卿が攻略済みじゃないンすか? 宝物なんてもうないんじゃ?」
グレアムが軽く手を上げながら、エリファスにそう疑問を問いかけた。しかし彼は僅かに首を振ってから答える。
「いえ、ここにはまだ数多の宝物が残っています。銀氷卿は、宝や金などに対して微塵も興味を持っていませんでしたから」
「でも、十年以上も経ってるなら盗賊とかが盗んでる
ンじゃ?」
「それは有り得ますね。ですが、この最奥に眠る宝物は恐らく誰も手を付けていないでしょう」
エリファスの言葉に候補者たちは首を傾げた。
遺跡の入り口に兵士はいない。常に無人の状態で放置されている。いくら中に古代岩石兵や魔物が跋扈しているとはいえ、十年以上もそのままであるなら、宝物を狙った盗賊が少なからずいるはずだ。
それでも最深部の宝物はある、劫焔の聖騎士はそう言い切った上でその宝物を取ってこいと言った。
アデーレは何かに気がついた様子で顔を上げた。
「ということは、最深部には何かがいる、と?」
「その通りです。あなた方にはそれを突破し、宝物へと辿り着いていただきます」
そこで一人の少年が片腕をズボンのポケットに入れたまま片手を上げる。肩まである青色の髪を無雑作に伸ばした少年だ。彼は藍色の瞳をエリファスに向けた。
「あなたは──ガイラ・ヴァロウさんですね。どうぞ」
「もし遺跡の中で死にかけたらどうすんだ?」
「それは問題ありません。一人一人に僕が作り出したこの小型のナノマシンを渡します」
エリファスが右手を出すと、彼の鎧から無数のナノマシンが溢れ出し、それぞれが候補者たちの腕にリングとして巻き付いた。
リングを見つめながら、ガイラの後ろから気に食わぬ表情を浮かべる少女が顔を出した。
「あのー、こんなんじゃ全然安心できないんだけどー?」
派手に伸ばした茶色の髪をなびかせながら、エイラ・クーリエは文句を呟く。だがエリファスは態度を一切変えずに冷静なまま答えた。
「それは僕のこの焔鎧武装と同じ素材です。所有者が戦闘不能、もしくははリングのボタンを押すことで自動で起動し、あなた方を無傷で守ってくれます。もちろん、起動した場合は失格ですがね。試してみますか?」
そう言いながら、エリファスは手のひらをエイラに向け、彼女は「いやいや冗談じゃないし!」と慌てた様子で屈強な青年の背後に隠れた。
「おい、俺を盾にするんじゃねえよ」
「は? アンタ、ラグナ・バーンショットでしょ? ガタイが良いだけの肉だるまは黙って盾になっときなさいよ」
「なんだとこのクソ女、今ここで殺してやろうか?」
今にも戦闘が始まりそうな状況に、周りの者たちが息を呑む。ラグナがエイラを見下しながら、彼女の腕の倍近くある拳を握り締めて無雑作に振り上げた。
同時に、エイラは片手銃を取り出してラグナの頭部に銃口を向けた。
「ハッ! そんなちっぽけな銃如きでこのオレを殺せるとでも?」
「フン、アンタを泣かせることぐらい簡単でしょ」
拳が引き絞られ、引き金に掛けられた指に力が込められる。二人の攻撃が同時に起こるその刹那、突如として現れた気配が二人の間に立ちはだかった。
「二人とも、そこまでにしろ」
煙のように現れたガイラの短剣が二人の首元に当てられている。その両手に握られた短剣は二人の頸動脈の位置にピッタリと当てられており、二人が攻撃を仕掛けるよりも早くに斬り裂ける──彼の眼は本気だった。
「彼の言う通りです。では、早速ですが、この試練では三人一組になっていただきます。好きに組んでください。組んだ者たちから、先に進んで構いません」
エリファスの言葉を受けて、それぞれが動き出す。その中でさも当然の様のような雰囲気でグレアムは振り返り、一人孤立していたアデーレを見つめた。
そしてその隣にいたソニアも同じように振り返って、アデーレの手を取った。
「さあ、アデーレさん、一緒に組みましょう?」
「え、ボクと……? でも、ボクは……」
言葉に詰まっているアデーレの肩に手を置いてグレアムは爽やかに笑った。
「なに言ってんだよ。友達なんだからよ、一緒に行くぞ」
「友達……わかった」
アデーレは「友達、友達……か……」と口の中で言葉を呟きながら、先を歩いていくソニアとグレアムの後を追いかけた。
それから段々とペアが組まれていき、残ったのはガイラ、エイラ、ラグナの三人だけとなった。エイラはなんとかして他の候補者と組もうとしていたが、悉く拒否されてしまい、彼女は悔しさで唇を噛み締めた。
「ハッ、誰にも相手にされてねえじゃんかよ」
様子を見ていたラグナがエイラを嘲るが、彼女は憤慨して指を突き出した。
「アンタだって、余りもんじゃない!!」
「黙れ、お前ら」
怒りを見せて火花を散らし合う二人をガイラが一喝。彼の深海のような瞳には、学生とは思えぬほどの殺気が漂い、二人は思わず萎縮した。
だがガイラはゆっくりと歩き出しながら「ついてこい。俺がお前ら余り者を勝たせてやる」と言い放った。
ポケットに手を入れたまま歩いていくガイラの背中を見つめ、エイラとラグナは顔を見合わせる。そして僅かに目を細めてから、二人同時に呟いた。
「アンタだって余り者でしょ」
「お前だって余り者だろ」




