七話
聖騎士選定試練・前哨戦、最終日。
爆発が連鎖し、粉塵が巻き起こる。この戦いは、観客たちの間で前哨戦一番の目玉とされていた。
耳を劈く爆音が闘技場の地面を抉り、一気に巻き上がる砂煙の中から一人の少女が苦渋を噛み締めた表情で飛び退いた。
「──もうっ!!」
少女は怒りを露わにしながら即座に態勢を立て直して眼前を見据える。肩の辺りで短く切り揃えている深緑色の髪が特徴的な彼女の名は、ミルザ・ローデン──次期聖騎士としても名を馳せていた彼女は、天才に圧倒されていた。
「魔力構築、術式解放、形成──風よ、斬り裂け!!」
サンドラ粒子を魔力へと変換し、右手に持つ剣に流し込むと、自身の身体に刻まれた風の術式を解放。眼前を覆い尽くす粉塵に向けて思いっきり振り払った。
剣の軌跡が風の刃と化し、一気に突き進みながら粉塵を切り裂く。直後、風の刃は突然消失。無数の矢が空から降り注ぐ。
「やられた! あの女、私の攻撃を誘った!! 私の攻撃から位置を暴いたんだ!!」
ミルザは慌てて飛び退きながら回避し、無数の矢を弾き落とす。だがしかし、弾き飛ばされた矢は空中に舞い上がって再度ミルザを追尾した。
舌打ちを漏らす。ミルザは避けられないと瞬時に判断すると、魔力を全力で解放。ミルザの周りに竜巻のような暴風が巻き起こり、矢を全て吹き飛ばした。
「裏切者の家系が調子に乗るな!!」
怒号を上げた瞬間、弾き飛ばした矢が電流を帯びる。ミルザは何が起こっているのか理解できず、辺りを見渡してから正面を睨んだ。
悠然と、そしてゆっくりと歩いて来る一人の少女──腰の辺りまで伸ばしたアッシュラベンダーの髪をなびかせながら、淡々とミルザに向けて口を開く。
「君、もう詰みだよ」
「ふざけるな!! 私がお前らみたいな裏切者に負けるわけがない!!」
『天才』──アデーレ・ステラリス。憤慨するミルザを冷徹な眼差しで見つめたアデーレは、溜め息をつきながら右手を掲げた。
ミルザが矢を弾き飛ばす為に作った竜巻により、上空に強い上昇気流が生まれていた。その結果、電荷分離は加速。更に、弾かれた矢の全ては僅かに電気を帯びており、空気中に電荷が偏る。アデーレは既に氷の粒を空気中に撒き散らしており、静電気が発生。
「本来、属性は一人一つだ。だけどボクは、三つあるんだよ。その内の一つが、雷」
アデーレの言葉から察したミルザが空を見上げた時、凄まじい轟音と共に雷が落ちる。それは狙い過たずにミルザを撃ち抜き、彼女の悲鳴が響き渡る。明滅する雷光に観客は眼を覆い、静まり返った時には全てが終わっていた。
ミルザが倒れる。遅れて、実況が声を上げた。
「──しょ、勝者!! アデーレ・ステラリス!! 計算され尽くしていた圧倒的な実力で、強者ミルザ・ローデンを簡単に打ち負かした!! 強すぎる、これこそまさに天才だ!!」
観客の歓声が響き渡る中で、アデーレは振り返ることなく去る。その背中を見つめながら、ソニアは両手で拳を作って目を輝かせていた。
名門ステラリス家の長女。ステラリス家の汚名を注ぐ為に戦うその姿を、ソニアは目に焼き付けていた。
◇◇◇◇
日課であるいつもの修行を終わらせたソニアは、洗面所の鏡を見ながら身なりと整えて制服へと着替える。そしていつものように酒を飲んで気絶するように寝ているクレイヴを叩き起こし、朝食を一緒に食べた。
ソファーに倒れ込むクレイヴに向けて「それじゃあ行ってきますね」と言ってから、玄関の扉を開いた。
背中越しに「行ってら~」気力のない声が聞こえて、ソニアはカバンを手にアストラリア学園へと向かった。
道中で商店街の人々や孤児院の子供たちに挨拶をしていると、突然肩を叩かれて「よっ、相棒!」と爽やかな声が聞こえた。
振り返った先にいたのは、外に跳ねた真っ赤な髪が陽光に照らされるグレアムだった。
「おはようございます」
「おはよっ。昨日の俺の前哨戦見てくれたか?」
「はい、勝利おめでとうございます」
「おお!! ありがとな相棒!!」
と、興奮気味に感謝をするグレアム。先日行われた前哨戦で、グレアムは圧倒的な実力で相手を完封。焔を自在に操る得意の魔術で、終始相手を圧倒し続けて勝利した。
スルト家の次期当主は名前だけではない。それをソニアも実際に見てそう確信していた。
「でもよ、そろそろ俺に敬語使うのやめてくれよ」
「どうしてですか?」
「いや、俺らもう十年近い仲だろ? それで敬語ってのは少し距離感を感じるんだよ」
ソニアがアストラリア王国に来てから十年。知らぬことばかりのアストラリアで初めてできた友人であり、色々なこと教えてくれた恩人でもある。仲良くなってから、互いの夢を語りあい、お互いに目指す場所が『聖騎士』になることというのもあって、幼いころからグレアムには『相棒』と呼ばれていた。
「そうは言っても、ずっとこうだったので誰に対しても敬語を使っちゃうんですよね……」
顎に手を置いてそう言うソニアにグレアムは苦笑する。乱暴に自分の髪を掻きながら「まあいいけどよ」と彼はソニアへの説得を諦めた。
ソニアは誰に対しても腰が低い。その誠実な性格を買われて、今ではクラスの委員長でもあり、正義感の強いグレアムと共にクラスを引っ張っている存在でもある。
二人は教室に入り、互いの友人に挨拶を交わしながら席にカバンを置いた。
「ソナおはよう!」
「おはようございます」
「ねえーいいんちょー、テスト範囲全然わかんないから教えてー」
「はい、いいですよ!」
周りから頼られることに嬉しさを感じながら、ソニアは分け隔てなくクラスメイトに言葉を返していく。そこでソニアは「あっ」と思い出して、教卓の近くに行くとクラス全体に聞こえるように声を上げた。
「みなさん、今日提出の課題を集めちゃいますね」
そう言うと、クラスの一部から「えー」という声が上がるが、すぐにノートを持ってきてソニアに渡していく。ノートを預かる度に感謝を言っていき、ソニアの視界の外から一人の青年がこっそりと重なったノートの上に自身のノートを置いた。
その場からそそくさと去ろうとする青年に気が付いたソニアは笑顔を浮かべた。
「アニルさんありがとうございます。メガネ、変えたんですか?」
アニルと呼ばれた青年は「えっ」と振り返る。無造作に伸びきった髪が揺れ、青いフレームのメガネを直しながら「あっ、うん」と周りの騒然に掻き消されてしまいそうな声で頷いた。
本人は聞こえていない、そう思っていたがソニアは笑顔で言った。
「似合っていますよ!」
そう言って、ソニアは他のクラスメイトから呼ばれてすぐに向かう。アニルは歩き去っていくソニアを見つめてから、猫背のまますぐに自分の席について魔術本を広げた。
ソニアが友人に宿題の手伝いをしていると、一人の少女が「これ」とソニアにノートを見せる。振り返った先にいた少女の顔を見て、ソニアは微笑みながらノートを受け取った。
「アデーレさん、おはようございます」
「おはよう。はいこれ」
「ありがとうございます。お預かりしますね」
アデーレと呼ばれた少女は、腰の辺りまで伸ばした淡紫色の髪をなびかせながら頷く。目を奪われるようなほどの端正な顔立ちは、どこかストイックさを感じさせるものがあり、紫紺の瞳がふとソニアの腕を見つめた。
「君、それ」
冷く淡々と語られた声色にソニアは首を傾げるが、アデーレは彼女の腕に指を指す。そこにはちょっとした掠り傷があり、ソニアは「あれ、いつの間に……」と怪我に今気が付いた様子だった。
「どこかで引っ掻いちゃったみたいですね。後で絆創膏でも貼っておけば大丈夫ですよ」
「だめ、こっち来て」
アデーレに腕を引かれて、ソニアは廊下へと連れられる。置いて行かれたまわりの生徒たちはポカンとしており、廊下に出たアデーレは半ば無理やり水道の水でソニアの傷を洗い流した。
ソニアの腕を取って、手際よく掌印を結び、ゆっくりと瞳を閉じる。そして「癒やしの輝きよ、汝に抱擁を授けん」と詠唱を唱えると、アデーレの手が輝き始めてソニアの傷を瞬く間に治した。
「治癒魔術が使えるなんてすごいですね。使える人なんて全然いないのに……ありがとうございます、アデーレさん」
「別に。修行に熱心なのは良いけど、ケガは放って置いたらダメ」
「あはは……すいません。私、いつも気が付かない内に体のどこかをぶつけちゃうみたいで」
どこか無表情で見つめ返したアデーレは、そのまま黙って教室に戻ろうとする。そこでソニアが「朝はアデーレさんもトレーニングだったんですか?」と首を傾げた。
去ろうとするアデーレが振り返り、淡々と「ええ」と返した。
「聖騎士選定試練に向けてですか?」
「そう。ボクは、勝って聖騎士にならなきゃいけないから」
「前哨戦はアデーレさんの圧勝でしたもんね!」
「見てたの?」
ソニアは興奮した様子で「はい!」とアデーレに顔を寄せ、アデーレは驚いて一歩後退った。
「私にとってアデーレさんは、目標でもあるんですよ!」
「は? ボクが?」
「はい! ステラリス家の責任を背負いながら、まだ学生なのに任務も当然のようにこなす──私はまだ、そこまで強くはないので……師匠からは半人前にもなれてないって言われちゃいましたし……」
苦笑しながらそう言うソニアに、アデーレは視線を少し泳がせてから彼女を見つめる。ソニアはそれでも満面の笑みを崩すことなく、アデーレをその澄んだ瞳で映した。
「でも君は、あのグランツに勝ったでしょ」
「はい、グランツさんはすっごく強かったです。でもあれは、グランツさんのあの構えをよく知っていたので、対処法も師匠から教わっていただけのことです。もしもあの構えを使わずに攻められていたら、私はきっと勝てませんでした」
決して自分の力を過信しないその謙虚な姿勢に、アデーレは僅かに目を眇めた。
ソニア・セシリア──彼女は自分の力を過小評価している。人の有り方としては間違っていないだろうが、時にそれが仇となることを彼女は知らない。
アデーレがソニアの性格を理解した時、ソニアはゆっくりと手を差し伸べた。
「なに?」
「これからはライバルです! 第一次試練もそれからも、負けませんよ!」
アデーレは差し出されたその手を見下ろして困惑する。戸惑いながらゆっくりと手を伸ばし、少しだけ躊躇して引っ込めようとすると、ソニアが彼女の手を掴んだ。
ニコッと微笑みかけるソニアの表情を見つめ、握り締められた手を見下ろす。力強く握られた手からは、彼女の温もりをじんわりと感じられた。
そこで教室から顔を出した女子生徒の一人が手を振りながらソニアを呼んだ。
「委員長ー! ノート持っていくから手伝うよー!」
「あっ、そうでした。それじゃあ、私はここで。先生にノートを渡して来ますね」
軽く頭を下げたソニアは踵を返して教室に戻っていく。瞬間、校舎に澄んだ鐘の音が響き渡る。ホームルームが始まる時間を告げているが、アデーレはソニアに握り締められた手を不思議そうに見つめ、軽く拳を握った。
◆◆◆◆
アストラリア学園は、人類領土に存在する学園の中で最も有名であり、多種多様な種族、年齢すら関係なく、試験さえ突破すれば誰であっても受け入れる世界最大級規模の学園である。基本的な学業を始めとして、魔術や帝王学、商人向けの算術、薬学や軍学などのようなありとあらゆる分業に長けた施設だ。
アストラリア学園を卒業できた者は将来を確実に保証され、裕福な暮らしも容易にできる。そう言われるほどの将来性から、アストラリア学園を希望する者は世界各地から訪れるが、あまりの倍率から振り落とされる者が大半である。
そしてなにより、例え試験を合格したとしても、その圧倒的な学費を払えずに退学するものも多い。故に、学園には自ずと貴族や名門のものばかりが跋扈することとなっていた。
そして、アストラリア学園の目的は新たな聖騎士を生み出すことでもあった。
「数年毎に行われる聖騎士選定試練には三つの試練があり、その内容は毎回違うため、前哨戦を勝利した者たちはその時に応じて対応しなければなりません」
教師が慣れた手付きでテンポよく黒板にチョークで文字を刻んでいく。教室内では真剣に黒板の文字列をノートに記していく者や、夢の中へと誘われる者、そもそも聞く気もなく窓から空を見上げている者もいた。
「前回行われた選定試練では、サンドラ粒子の適正を確かめるというものもありました。それではソニア・セシリアさん、サンドラ粒子とはなんですか?」
先生に差されて、ソニアは僅かに目を見開きながら「はい」と立ち上がる。椅子を引いた音が教室に響き、夢に染まる者の眠りを遮って全員がソニアの方を見つめた。
「サンドラ粒子は、感情から生まれるエネルギーです」
「正解です。では、次にアデーレ・ステラリスさん。サンドラ粒子の利用について教えてください」
緊張しながら答えたソニアは席に座り、反対にいたアデーレが次に立ち上がる。彼女は真っ直ぐな瞳で先生を見つめながら、真剣な表情のまま口を開いた。
「喜怒哀楽を基盤として、強い感情によって更に増幅させることができます。それを魔力へと変換し、使用者の回路に転換──流し込むことで魔術の行使を可能にします」
「その通りですね。魔術は通常であれば一人一属性が基本です」
「ステラリスさんなんかは特殊でしたね」と先生がアデーレに目を向けるが、彼女は目を伏せてから何も言わずに椅子に腰を下ろした。
先生は向き直って黒板に新たな文字を書き出した。
「そしてサンドラ粒子と深く繋がっているのが、心象界域『メタブレーン』です。それではグレアム・スルトさん、メタブレーンについて答えてください」
名指しされたグレアムは自信満々の表情で立ち上がった。
「はい。メタブレーンは、生命が生まれながらに持っているその者だけの高次元空間です」
「流石ですね。メタブレーンは簡単に言うと心の中です。しかし、メタブレーンは人類と魔族以外では観測されていません。昆虫や動植物も持っているとされていますが、現状ではまだ確認されていません。持っているが、行使する知能や術を持っていないともされています」
グレアムが座り、先生がメタブレーンについて話し始める。慣れた手付きで黒板に文字を刻みながら、先生は一通りを書き終えると生徒たちの方へと向き直った。
「メタブレーン──心象界域の規模や質量は人それぞれであり、他者が干渉したり感知することは基本的に不可能です。サンドラ粒子もメタブレーンも、その人それぞれの周波数や特性があります。人の数だけそれらがあると思ってください」
アデーレが手を上げる。教室内にいた生徒たちの視線がアデーレに向けられ、先生が「どうぞ」と発言を許可した。
「メタブレーンに物質などを収納できるのは一般的な常識として知られています」
アデーレはそう言いながら、手をゆっくりと空間にかざす。サンドラ粒子がアデーレ・ステラリスという一個生命体のメタブレーンと波長を合わせ、その入り口を開き始める。何もない空間に波紋が広がるとその中から短剣を取り出した。
「それは自身のサンドラ粒子とメタブレーンの周波数が同じだからと記憶しています。ですが先生は今、他者が干渉したり認知するのは基本的に不可能と言っていました。例外があるのでしょうか?」
アデーレの言葉に、先生は「よく気付きましたね」と称賛の声を漏らしながら言葉を続けた。
「その通りです。メタブレーンは理論上、周波数や特性、性質などを相手に合わせる──同調させることができれば、干渉は可能とされています。しかしそれは、ほぼ不可能です。先程も述べましたが、人の数だけ、いえ──生命体の数だけその周波数や特性などがある為、それを調べて合わせるのは至難の業です」
先生の言葉に生徒たちは何度か頷いているが、アデーレだけは立ったまま真剣な眼差しを向けていた。
なにかが引っ掛かっているような──否、満足した答えが得られていない表情を浮かべていた。
「もしも、その周波数などを合わせることができたら、どんな変化がありますか?」
アデーレの問い掛けに対して、先生は予想もしてなかった様子で顎に手を当てて「なるほど」と呟く。そして数秒ほど思考を回らせた後で、先生は顔を上げて口を開いた。
「断定はできませんが、増幅もしくは反発の可能性があります。メタブレーンはいわば心の中──心とメタブレーンは深く繋がっている為、双方の相性が悪ければ、互いに傷付け合う可能性もあります。メタブレーンが破壊された場合、精神崩壊を伴うこともあるでしょう」
「実際に精神崩壊の患者のメタブレーンは機能不可能なレベルだったというのを聞いたことがあります」と言葉を更に続ける。
「もしも共鳴、同調ができた場合は、それこそ膨大な力を得られる可能性もあります。精神や心の強弱は、数値では計れないものですからね。何が起こるのか想像もつきません」
「損傷したメタブレーンを復元、もしくは治すことは可能ですか?」
突拍子もないアデーレの発言を聞いた先生は、僅かに目を見開くが少し考えを巡らせてから「メタブレーンを治す……」と口の中で呟いた。
「不可能ではないでしょう。共鳴や増幅によってメタブレーンが回復する可能性はあると思います。ただ、これはあくまでも私の推測に過ぎませんが」
先生がそこまで言った瞬間、授業終了の鐘が鳴り響く。ソニアの号令で生徒たちが立ち上がり、軽く頭を下げて礼をする。そして先生はそのまま教室を去っていき、生徒たちには休息の時間が訪れた。
アデーレは溜め息をついてからゆっくりと腰を下ろした。




