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あなたのためだけの物語  作者: 渚 龍騎
不朽不滅の英雄編
5/11

四話


「──それでは、始めッ!!」


 静寂を切り裂くような実況者の声と共に、闘技場の中心で浮いていた戦鐘が鳴り響いた。

 低く重い音が闘技場を揺るがし、戦いの幕が上がった。


 柄を握り締めた瞬間──ソニアの視界にはレオンの姿が一気に大きくなったように見えた。レオンの身体だけが迫ってくる上に、引き絞られた拳が身体の外側に隠されたことで、相手の速度も相まってソニアは判断が遅れた。


「──ふッ!」


 拳を構えたまま一気に間合いを詰めたように見えるレオン。引き絞られた拳が突き出される直前で、ソニアは居合いの要領で一気に剣を引き抜き、レオンの篭手を受け止めた。


 耳を刺すような甲高い音が響き渡り、火花が散る。篭手から弾き出された衝撃を受け止めた剣から腕に響き、ソニアは歯を食いしばって背後に跳躍した。

 拳を受け止められたレオンは僅かに驚いた様子で、態勢を立て直すソニアを見て笑った。


「やるじゃねえか。初見でこの技を見切るとはな。完全に先手を取ったつもりだったが、中々に良い腕だ。師匠以外には受け止められたことがなかったんだがな」


「お褒めの言葉、感謝します。今のは、箭疾歩(せんしっぽ)……ですね」


「今ので見破ったのか。余程の師を持ったと見受ける」


 レオンの称賛を受け、剣を握り直しながらも、ソニアは苦笑して頬を掻いた。


「あはは……適当な人ですよ。今の一撃……もう一瞬でも反応が遅れたら、私の結晶石は破壊されてたと思います」


 胸元に手を当てて、結晶石に軽く触れる。レオンの一撃を受け止めた腕がまだ微かに震えている。まともに食らえばただでは済まなかったと嫌な汗が額を伝った。


 レオンが不適な笑みを浮かべる。その眼光から攻撃に備えてソニアは剣を構え直す。腰を落として、剣を胸元に据えた。蒼き峰の如く静かにそびえ立つ『蒼嶺一壁そうれいいっぺきの構え』で相手を真っ直ぐに見据えた。


「防御に回るつもりか? 俺の攻撃を前にして、いつまで耐えられるか見ものだな」


 レオンが深く腰を落として拳を引き絞る。瞬間、大地を全力で踏み締めて一気に距離を詰め、一瞬でソニアの懐に潜り込む。アッパーの要領で拳が振り上げられる。


 ソニアは迷いなく拳の軌道に剣身を当てて受け流すが、その程度でレオンの攻撃が止まることなく、直ぐに足を組み替えて後ろ回し蹴り。

 慌てて防御するが、防御した腕ごと弾き飛ばされてソニアは地面を転がった。


「強い……!」


 激痛に顔を歪めながら顔を上げると、至近距離でレオンが拳を振りかぶっていた。

 すぐさま飛び退くと、けたたましい破裂音と共に地面に巨大なクレーターが生まれる。ソニアは一息で立ち上がり、サンドラ粒子を魔力に変換。空気中の水分が凍りだし、数本の剣の形となってソニアの眼前に生み出された。


奔流氷剣(アイシグライヤ)──!!」


 氷剣がレオンに向かって一気に突貫。だがレオンは氷剣を見るなり笑みを溢して、片腕で全て弾き落としてしまう。打ち砕かれた氷剣が破砕音と共に砕かれ、宙に舞った破片が陽光を受けてキラキラと煌めいた。


 刹那、その僅かな視線の隙間を縫って、ソニアはレオンの側部に回り込み、跳躍と共に身体を回転。遠心力と力を合わせて一気に剣を振り下ろす。


「──廻刃(かいじん)ッ!!」


 しかし、それすらも片腕で受け止められる。剣と篭手の鍔迫り合いで、金属がギリギリと音を立てた。

 二人が互いに武器を弾き、先に動いたのはレオンだ。地面を踏み締め、渾身のストレートを打ち出す。拳の軌道を読んだソニアが一歩の動きで回避し、剣を振り上げた。


 強力な一撃を誇るレオンの拳と、最小の動きで回避して反撃するソニアの剣術。二人の攻防は見ている観客でさえも息が詰まるほどの激しい震動を響かせていた。


「おい……あのソニアって子すごいな……」


「レオン・グランツって複数の騎士団からスカウトが来てる大物だろ? そんなのと正面から打ち合ってるぞ……」


 特殊装甲の篭手や蹴撃用の脚甲による苛烈な打撃に対して、ソニアは真正面から受け止める筋力勝負はせずに、レオンの攻撃を逸らしては流す動きを徹底する。単純な筋力勝負では絶対に勝てないからこその作戦だった。


 レオンの拳撃は適格にソニアの急所を狙うが、それらすべてを予測して対抗する。急所を狙ってくるからこそ、攻撃の予測が容易だった。

 しかし、驚異的な威力すべてを受け流すことはできず、ソニアの白い肌には微かなかすり傷がいくつもできていた。


「小細工に関しては称賛に値するが、守っているばかりでは俺は倒せないぞ」


「ですが、グランツさんも攻めきれなくて困っているのでは?」


 レオンの表情からは僅かな焦りが見える。攻撃のすべてを受け切られたレオンにとって、ソニアは最も攻め難い相手であろう。だがそれはソニアも同じことだった。


 頬から滴る血を拭い、ソニアは思考を巡らせる。レオンの攻撃には隙がない。防御にまわって相手の隙を狙っていたが、一度攻撃されてしまえばソニアは防戦一方で攻めに転じることができない。


 ソニアの言葉に舌打ちを漏らしたレオンは「なら見せてやるよ」と拳を下ろした。

 苛立ちを隠せない様子のレオンから漂っていた雰囲気が一変する。彼の体内を駆け巡るサンドラ粒子が一気に活性化し、身体能力がさらに倍増する。魔力が紅く漂い、レオンは腰を落とした。


「これは俺と師匠で、不完全だったとある型を改良した最強の拳術だ」


 レオンは半身で立ち、手のひらを上にして左手を僅かに伸ばす。右拳を顎の辺りに持ってきて甲を顎側に向ける。その構えを見たソニアは、僅かに目を見開く。とある人物の影が重なり、初めて見る構えのはずがどこか既視感を感じた。


「その構えは──」


 ソニアが口を開いた直後に、怒号が闘技場に響き渡った。



「──手前(てめ)ぇ、ふざけんじゃねえぞ!!」



 その怒号にソニアとレオンだけじゃなく、観客やヴィクトリアまでもが叫んだ人物の方に視線を向けた。

 怒号の正体を見たソニアは頭を抱えながら「もう……」と声を漏らした。


 怒号を撒き散らしていたのは、ソニアの師匠であるクレイヴだった。

 クレイヴは前の席の背もたれを踏み付け、拳を掲げながら「なにが不完全だクソったれ!!」と髪を蒼白く染め上げて憤慨し、声を荒げていた。


「なんだあの男は……?」


「ああ……すいません……私の師匠です……」


 眉間にシワを寄せてクレイヴを睨むレオンに、ソニアは苦笑しながら少し頭を下げる。レオンは鼻で笑うと、クレイヴが更に憤慨し始めて横にいたグレアムが必死に抑え込んでいた。


「勝手に姉さんの構え使っておいて不完全とかほざいてんじゃねえよ! 師匠もろとも斬ってやるからな!」


「ちょっと旦那! 落ち着いて!」


「落ち着いてられるか! あいつは姉さんを侮辱した上に、俺が創った流派をあんなゴミみたいなのに改悪してんだぞ!」


「だとしてもここじゃまずいって!!」


 闘技場に響き渡るほどの怒号で叫び散らすクレイヴを見上げてから、レオンは「なにを言っているんだあの男は……」と呆れている様子だった。


「貴様もあんな品の欠片もない使えない師匠を持って苦労するな」


「そうですね。確かに、品の欠片もなければ、普段から適当なことばっかやってる師匠ですよ」


 ソニアは僅かに笑いながらそう語る。クレイヴが憤慨する様子を見上げてから、ゆっくりと息を吐いた。

 十年前、あの背中に憧れた。

 ずっとその背中だけを見て、剣を振り続けた。

 ソニアは剣を強く握り締めてから真っ直ぐ正面を見据えた。


「でも、あなたがやっていることは師匠やリタさんに対する侮辱です」


「なに?」


 レオンが苛立ちを見せて目を眇める。対してソニアは真剣な眼差しでレオンを見つめたが、彼は嘲笑するように鼻で笑うと、拳を顎に添えて構え直した。


「全くの意味不明だな」


 レオンの怒りの感情からサンドラ粒子が更に増幅。全身にくまなく駆け巡り、筋肉が一気に盛り上がる。彼の身体能力が爆発的に向上していくのを肌で感じた。


「かつての英雄、銀氷の聖騎士リラレスタ・リヴァ・ダンヴァースが生み出した剣術──理念(りねん)飛鞘流(ひしょうりゅう)。あれは不完全なものだった。空間を鞘とするなどと曖昧な概念を、師匠が組み換えて、更なる次元へと昇華した」


 踏み締めた大地が抉れ、ドッと轟音を上げてクレーターを生み出す。さっきまでとは桁外れな圧力にソニアや観客たちの鳥肌が立ち、これがデビュー戦であることを誰もが忘れていた。


「──ソニア! 何がなんでもそいつに勝て! じゃなきゃ一ヶ月プリンは無しだ!!」


「………………えっ!?」


 クレイヴの言葉に数瞬遅れて困惑する。思わず振り返った先にいるクレイヴの目は本気だった。


 プリン一ヶ月禁止は絶対にイヤだ──!


 ソニアは気を引き締め直して『蒼嶺一壁の構え』を取る。圧倒的な威圧感を前にしても、ソニア自身も驚くほどに落ち着いていた──張り詰める緊張感の中で、ソニアの表情は強張っていなかった。

 レオンの瞳が僅かに見開かれる。その先に映る少女が微かに微笑んだような気がした。


「ふざけるなよ、田舎者。あの男が、かつて世界を救った英雄の剣術を創っただと? 笑わせるな!」


「それなら、私も笑ってもらいます。私もまだ完全に使いこなせるわけではありませんが、師匠の代わりに本当の理念飛鞘流を見せてあげます」


「やれるものなら、やってみろ!!」


 瞬間、レオンが大地を蹴った。

 爆発的な加速によって、刹那でソニアの眼前に詰め寄る。引き絞られた拳がソニアの胸部を的確に捉えて打ち込まれる。対応が間に合わない。

 誰もがソニアの敗北を確信した──ただ一人を除いて。


 爆速で放たれた拳打(けんだ)がソニアの胸部にめり込んだ瞬間、彼女は即座に身体を捻る。レオンの攻撃力と突進力を流水の如き動きで往なし、力の流れすべてを変換。驚異的な威力を自分の力と合わせ、更には空間そのものを鞘とし、脚という剣を居合の如く振り抜く。レオンの側頭部目掛けて後ろ回し蹴りを放たれた。


 狙い過たず打ち込まれた後ろ回し蹴りはレオンを吹っ飛ばし、闘技場の壁に叩きつけた。

 けたたましい轟音に粉塵が巻き起こり、観客はなにが起こったのかまるで理解できていなかった。


「理念飛鞘流──『柳水(りゅうすい)』」


 タイミング、速さ、力の流し方、すべてが完璧に嚙み合った一撃だった。

 ソニアは息を整えて、壁際まで歩み出す。その間も警戒心は解かず、一切の油断もせずに近づいて行った。


 舞い上がる粉塵を前に、ソニアの視界は遮られている。しかし奥に感じる魔力の流れが、相手がまだ敗北を認めていないと吼えていた。


「はあ、はあ……クソ、身体が……」


 粉塵の中からレオンが苦渋を噛み締めたまま現れる。だが、その姿はさっきとは見違えるものだった。

 身に着けていた鎧の大部分は破損し、レオンの額からは鮮血が流れており、左目を真っ赤に染め上げていた。


「はっ、ふふ……俺は侮っていたようだ」


 レオンが肩を震わせる。噛み締めていたはずの言葉はぽつりと漏れ、恨みや怒りが滲んでいなかった。

 ぷっ、と血を吐き出したレオンは脚甲や胸の鎧を脱ぎ捨てる。しかしそれは彼が敗北を認めたからではないとソニアは察知した──レオンはまだ勝利を諦めていない。


 傷だらけのレオンが歩み寄り、合わせてソニアも彼の前まで歩を進める。そして互いの間合いまで詰め寄った二人が、ゆっくりと構えた。

 レオンは笑みを浮かべて、師の生み出した最強の拳術を構える。我が師の教えをその拳に宿し、英雄の剣術を打ち砕く。


「──我が名はレオン・グランツ。拳術の名匠、エルネスト・フォルシアが師なり」


 ソニアは真剣な表情で、師の編み出した揺るぎ無き壁を意味する蒼壁の構えを取る。我が師の信念をその剣に乗せ、贋作の拳術を切り裂く。


「──我が名はソニア・セシリア。クレイヴ・ダンヴァースが師なり」


 ソニアが師匠の名前を告げた時、レオンは僅かに驚きで目を見開く。だがすぐにそれは笑みへと浮かび変わり、腰を深く落として構えた。


 二人の若き戦士が最後の一撃を放とうとするその緊張感を感じ取った観客たちの声援がピタリと止み、静寂が訪れる。風の音だけが静寂を攫って行き、レオンが地面を踏み締めた。


 瞬間、先手を打ったのはレオンだった。


 地面を抉って飛び出したレオンが拳を引き絞って一気に突き出す。合わせて剣を振るうソニアだったが、レオンは拳を寸前で引き戻した。

 最初の動作がフェイントであることに気が付いた時には、既に動作を終えてしまっていた。


 完全に騙された、そう思った時にはもう遅い。レオンが拳を引き戻し終えて、震脚と同時に渾身の一撃を突き出していた。

 ソニアは逡巡を押し切って踏み込む。理念飛鞘流────、



「──星昇龍(せいしょうりゅう)ッ!!」



 完全に反応が遅れたソニアが、下からすくい上げるように剣を振り上げる。普通の戦闘において、一瞬の判断の遅れは致命的だ。


 フェイントにまんまと騙されたソニアがこの遅れを取り戻して攻撃することは不可能。この時点でレオンの思考には、ソニアが拳を受け流すか防御してカウンターの二択の行動をすると考えていた。


 だが、ソニアは攻撃を選んだ。


 故に、反応に遅れても尚、ソニアの剣身は終わりと同時に次の攻撃の始まりへ滑り出す。空間そのものを鞘として、最速最小の一振りがレオンの拳と同時に放たれた。


 ソニアは身体を倒して、レオンの拳を肩に当て『柳水』で受け流す。そのままレオンの胸に付けられた結晶を切り裂いた。


 身体が投げ出されて地面を転がりながら即座に立ち上がり、片足立ちでレオンを見る。彼は拳を突き出した状態で動きを止めており、ゆっくりと腕を下ろすとその胸の結晶に手を当てた。


「俺の負けか……」


 その時、レオンの胸の結晶が砕け散った。

 立ち尽くしていたレオンが膝から崩れ落ちる。張り詰めた緊張感や衝撃な事実を目の当たりにした観客たちがその光景を半拍遅れてから理解し、歓声がワッと一気に爆ぜた。


「け、決着ー---!! 勝者は、辺境の地より来た新星──ソニア・セシリア!! 偉大なる師を持つ傑物レオン・グランツを打ち破ったぁぁぁぁぁ!!」


 実況の興奮した叫びと歓声が沸き上がる中で、初めての挫折を味わったレオンは血に濡れ、砂に塗れた自分の手を見てふっと笑っていた。


 その笑みは揺るがない、敗北すらも糧に変える笑みだ。

 大きく息を吐いて、敗北を実感する。正面から──それも小細工を弄しても勝つことはできなかった。

 そんなレオンに向けて、ソニアは目の前で手を差し出していた。


「対戦ありがとうございました」


「……お前はなんなんだ? 俺はお前もその師も侮辱したんだぞ」


 そう語るレオンに、ソニアは一度差し出したその手を引っ込めて「うーん」と考える。だがすぐにまた手を差し伸べてから答えた。


「それを許すか許さないかは、私が決めることですから。それに、私が憧れている人だったら、きっとこうすると思いますし」


 微笑むソニアに対して、レオンは思わず笑いを溢してから彼女の手を取る。立ち上がったレオンに向け、ソニアは耳打ちで囁いた。


「あと、ここから退場したらグランツさんはすぐに逃げてください。私があの人を抑えますから」


 その言葉の意味を理解できなかったレオンはソニアの視線を辿って、背筋が凍りつくような感覚を味わった。


 レオンの背後の観客席から発せられる異様な威圧感、というよりももはや殺気に近い感覚。クレイヴ・ダンヴァースから突き付けられる殺気を受けて、レオンはソニアに「そうしてくれると助かる」と感謝を告げた。


 こうして、ソニアは聖騎士選定試練への切符を手にした。

 観客が湧き上がり、隣でグレアムが「ソニア凄え! おぉぉぉ!」と叫んでいる横で、クレイヴは突然頭に響いた頭痛にこめかみを抑えていた。


「あぁ……少し叫び過ぎた……」


 顔をしかめるクレイヴは、頭痛が僅かに収まり始めた頃に顔を上げる。ソニアは闘技場の真ん中で観客たち──応援に来てくれた商店街の人々や子供たちに大きく手を振りながら喜びを露わにしていた。


「よくやったな、ソニア」


 小さく呟いたその言葉は、周りの歓声にかき消されて本人に届くことはない。だが、ふと振り返ったソニアがクレイヴの視線に気が付いて手を振った。

 クレイヴは手を振り返さず、一度だけ頷いて見せてソニアに反応を示した。



 ソニア・セシリア──前哨戦勝利。

 聖騎士選定試練 第一次試練に進む。

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