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あなたのためだけの物語  作者: 渚 龍騎
不朽不滅の英雄編
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十話




「もう逃げらんないぞ、成りすまし野郎」



 夕闇に溶ける闘技場。雑踏の喧騒を失ったこの場所で、クレイヴは鞘に納めた刀──散華刀(さんかとう)都牟刈(つむかり)を腰に携えながら、眼前のフードを被った人物を睨んだ。


「見つけたと思ったらすぐに逃げやがって」


 クレイヴは呆れて溜め息をついた。

 肩幅や背丈から、目の前の人物が女であることは理解できる。小柄の男、という可能性も捨てきれないが、逃げる際の歩幅や体型から恐らく女だ。


「今までの傾向から、活動は陽が沈む頃。狙われた人間の共通点は、聖騎士選定の候補者。前哨戦で戦った改悪野郎──レオン・グランツも襲われていた」


 今までの推理を淡々と晒し出して、クレイヴは相手の一挙手一投足を逃さず捉える。まったく動かない相手の出方を見定めながら、ゆっくりと歩み寄っていく。


「拳豪とか言われてるレオンの師ですらも、まともに打ち合えなかったらしいな」


 クレイヴはレオンの師匠の名前を思い出そうとするが、まったく思い出すことができずに諦めた。


「あの爺さんは、歳こそ食ってるが実力は折り紙付きだ。俺だって近接格闘のみで、あの爺さんとはまともにやり合いたいとは思わない。お前は────何者だ?」


 クレイヴが一歩を踏み締めた直後──敵の姿が消えた。

 即座に反応して、刀を上段で構える。瞬間に相手は剣を振り下ろし、クレイヴは鞘で受け止めた。


 圧倒的な力と完璧な角度による一振りを受け止めたと同時に、耳を聾する衝撃音が響き、辺りの空気が弾き飛ばされるように吹き抜けた。


「…………初速は、アテナより速いな」


 ポツリと呟き、クレイヴは剣を受け止めながら、刀の柄を握り締めて僅かに抜く。刀身が光を反射して煌めくと同時に、敵は即座に飛び退いた。


 刹那──無数の斬撃が辺りを切り刻んだ。


 大地が抉れ、クレイヴの周りだけ旋風が起きたかのように周囲を切り裂いていた。だが、クレイヴが刀を鞘に納めた瞬間、相手は即座に伏せた。


 直後に横一閃。闘技場ごと空間そのものが横に真っ二つに切り裂かれ、爆発に似た衝撃波と闘技場の石柱や石壁が轟音を響かせて崩れていった。


「マジかお前。今のも避けるのか」


 クレイヴは僅かに目を見開いてから、相手が一筋縄ではいかないと理解し、すぐに腰を落として構えた。


 無数の斬撃の後に起こった一閃。それは本来、現実には引き起こせない遅速の斬撃。因果と矛盾を切り裂き、逆転させることで引き起こした現象。

 抜刀を極めたクレイヴにのみ扱える絶世の一撃。


「殺しはしないつもりだったが、殺す気でいかないとダメらしいな」


 ──この手は、もう既に洗い流せないほど穢れている。

 手遅れだと理解していても、今ならまだ間に合わせることはできると信じていた。しかし、この背に背負った業は、絶対に消えることはない。


「理念飛鞘流──焔滅一刀(えんめついっとう)の構え」


 クレイヴは腰を低くして、切っ先を相手に向けると刀を上段で構える。左手を刀の(むね)に添えながら、息をゆっくりと吐き、眼前を睨んだ。


 全身に駆け巡るサンドラ粒子が活性化してさらに早く脈打つ。サンドラ粒子の活性化に肉体が呼応し、クレイヴの漆黒の髪が蒼白く輝き始め、宵闇を僅かに照らした。


「──覚悟しろ、そんな隙も与えないがな」


 本来はサンドラ粒子を魔力へと変換させることで魔法の使用を可能にする。だが、クレイヴは生まれつきサンドラ粒子を魔力に変換させることができず、体外に放出することができない。


 その代わり、魔力へと変換の際に生じるサンドラ粒子のロスがゼロであり、身体の隅々までサンドラ粒子を行きわたらせることで、驚異的な身体能力を得ていた。


 生まれながらに何かを犠牲にして、代わりに強力な何かを得る──それこそが『神託』と呼ばれる特異かつ異質な存在だった。


「ふっ──」


 地面を強く踏み締め、一気に飛び出す。大地が抉れ、後方に衝撃波が走り、轟音と共に砂塵が巻き上がる。相手に眼前に飛び出し、相手が完璧なタイミングで剣を振り払ったと同時にその姿が消え、クレイヴは背後に現れた。


 完全に隙だらけの背に向けて刀を振るう。だが相手は視覚外からの攻撃を容易く受け止め、あろうことか反撃(カウンター)まで仕掛けた。その動きはまるで、クレイヴの動きを全て分かっていたようなものだった。


「ちっ」


 クレイヴは舌打ちをしながらも、相手の反撃を往なして『柳水』へと繋げる。しかし、それすらも予測されており『柳水』も後方に跳躍したことで回避された。


 着地地点を狙って、クレイヴが一気に距離を詰める。最短最速による刀の一振り一振りが、相手の急所を的確に狙うものの、その悉くを予測されて受け止められた。


 苛烈を増して猛威を振るクレイヴの斬撃だが、相手は受け流し、受け止め、巧みな足運びで華麗に回避する。更にはクレイヴの攻撃の隙間を縫って反撃まで仕掛けた。


 ────こいつ、どういうことだ?


 クレイヴは疑問を感じていた。

 静寂な闘技場に響き渡る剣戟音。月光に照らされる剣と刀の軌跡が、空を舞い踊りながら火花を散らす。金属を打ち付けるような音は、感覚を狭めていき、二人の攻防は加速していた。


 やがて二人の鍔迫り合いが発生し、クレイヴは鋭い眼光で相手を睨みながら力を抜いて身体を回転。バランスを崩した相手に後ろ回し蹴りを放った。


 側頭部に狙い過たず放たれた蹴りは、相手の防御した腕に命中。その直後、相手は素早く脚を組み替えて反撃の横一閃を振り払った。

 クレイヴは僅かに目を見開いてから後方に飛び退いて回避すると、眉間にシワを寄せて睨んだ。


「おい、なんで手前(てめ)ぇがそれを使えるんだ?」


 クレイヴは鋭い視線を向けながら、低い声色で問いかける。だが、相手は一切答えない。

 さっきから感じていた違和感。それは最短最速の抜刀を意とする理念飛鞘流に対して、相手は一切の遅れなく互角にクレイヴと戦っていた。


 刀を握る手に力が入り、ミシミシと唸りを上げる。そしてクレイヴは沸々と込み上げるような怒りを堪えながら、声を荒げた。


「──なんでお前が理念飛鞘流(それ)を使えるんだって聞いてんだよ!!」


 相手は僅かに首を傾げてから、半身になりながら腕を振り上げたような態勢を取る。上段で剣を地面と水平にして構え、クレイヴは目を見開いた。


「…………氷鏡一守(ひょうきょういっしゅ)の構え……」


 クレイヴが編み出したリラレスタ・リヴァ・ダンヴァースの為の構え。それは攻撃に特化したクレイヴの焔滅一刀の構えとは真逆の性質を持つ、防御に特化したリラレスタの為だけの、リラレスタだけが使える構えだった。


「…………なんでお前が、それを使えるのか知らないが……」


 相手は()()()()()()()()であるのか、それとも()()()()()()()()()()なのか、もしくは────。

 クレイヴは首を振り、思考を阻害する考えを捨てた。

 相手がなんであろうと、今ここで始末しなければならない。

 クレイヴの額から汗が滴る。息を整えながら、自身の衰えと残り少ない時間をこの身で感じていた。



 ──ありがとう、レイ。


 ──レイの創った剣なら、もっと沢山の人を救える。


 ──レイが私の為に考えてくれた剣だもん、負けるはずないよ。



 怒りを抑えながら腰を落として構え直す。お互いに二歩を有する距離間で、二人の剣士の視線が交じりあった。


「──焔滅一刀の構え」


 静寂が流れる。地面を踏み締める音すらも、静寂を破るには十分な音で、クレイヴが大きく息を吐いた──刹那、先に静寂を切り裂いたのはクレイヴだった。


 力強く踏み締められた一歩が大地を抉る。なんの小細工も無しに突っ込むただ一直線の突進。ただ突き進む以外の選択肢を全て排除した一撃。


「──閃空(せんくう)ッ!」


 一直線に突き出される刀は、ただの一突きではなく、相手の急所を正確に狙った無数の突きだった。

 ほぼ同時──否、全く同時に放たれる突きは、ただひたすらに剣を振り続けた男が至った回避不能の神業。


 魔法を使えぬ身でありながらも、最強と呼ばれる姉を超える為に生み出した剣技の極致。

 矛盾を切り裂いて放たれた無数の突きは、全て狙い過たず急所に向かっていく。そしてそれは人の認識速度を超えて、相手の急所を穿いた。


 ────はずだった。


「──んなっ!?」


 クレイヴが驚愕で目を見開く。一切の時差も無く放たれた絶技は、同じく同時に放たれた剣技によって相殺された。


 絶技を防がれても尚、即座に思考を切り替えてクレイヴは対応する。次の攻撃に移行しようとしたその刹那に、相手の凄まじい踏み込みが大地を砕き、鈍い音と共に足下にクレーターが生まれた。


「こいつ……っ!」


 クレイヴが隙すらも見せずに切り払うが、その時には既に相手の姿は消えており、そのまま着地。闘技場の観客席の更に上──最上席で見下ろすその相手を見上げながら、クレイヴは舌打ちした。


「時間切れだな……」


 そのまま相手は逃げ去り、クレイヴも戦闘態勢を解く。蒼白く煌めいていた髪は、宵闇に紛れるように漆黒へと戻り、後に残ったのはクレイヴと凄まじい戦闘の爪痕が刻まれた闘技場だけだった。


「クソったれ、なんだったんだよ」


 刀を納める。頭に手を当て、髪をくしゃくしゃと掻く。僅かな苛立ちと疑問を抱えて、クレイヴは深く溜め息をついた。


「理念飛鞘流を使いこなし、更には姉さんの構えまでも使う剣士。あの剣を、俺は知っている。だがそれは、絶対に有り得ない」


 クレイヴはやるせない気持ちを胸に込めながらも、闘技場から踵を返して立ち去っていく。額を抑えながら歯を食いしばり、頭痛に眉を寄せていた。


 何事も無かったかのような静けさの中で、クレイヴは何度も「絶対に有り得ない」と口の中で呟いていた。




「──だって銀氷の聖騎士(姉さん)は、もう死んでいるんだから」



 

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