九話
レアスト遺跡に跋扈する古代岩兵は、その名の通り岩石でできた人型戦術兵器である。その巨躯と怪力を振りかざしながら、物理的干渉を防ぐ魔法壁を常時その身に纏っており、破壊してもすぐに再生する。
かつては脅威とされていたが、十数年ほど前に銀氷の聖騎士がゴーレムの弱点──核を発見。それを破壊することでゴーレムを完全に破壊できることが判明した。
「──ソニア!!」
グレアムがゴーレムの剛腕を長槍で受け止めて叫ぶ。その叫びが遺跡内に響き渡った瞬間、背後から飛び出たソニアが騎士剣ノーヴィスに魔力を込めて振り払う。ゴーレムの股の間を走り抜けると同時に両足を切り裂き、ゴーレムがバランスを崩した。
「──アデーレさん今です!!」
ソニアの合図と共に無数の矢が一気に放たれる。それはまるで暴風の如き勢いでゴーレムの強固な身体を瞬く間に粉々にしていき、その中から深紅の宝玉が飛び出した。
「──っしゃあ、核発見!」
再生する暇も与えずに、グレアムは核を一撃で破壊。再生しようとしていたゴーレムの破片は核が破壊されたことによって、空中で停止。そのまま地面に転がり落ちた。
「よーし、やったな相棒!」
「はい、やりましたね!」
二人は喜んでハイタッチを交わす。その様子を眺めてから、アデーレは視線を逸らした。目を伏せ、弓を自分のメタブレーン内にしまってから一息ついた。
そこへソニアが「アデーレさん」と柔らかい声色でアデーレの名を呼んだ。顔を上げれば、ソニアとグレアムが笑顔を浮かべて片手を挙げていた。
「え?」
「ハイタッチです!」
「あ、うん……」
アデーレが困惑しながらゆっくりと両手を上げると、ソニアとグレアムは笑顔でその手にハイタッチした。
「さっきの攻撃すごかったです! あの矢をいっぱいにしてビームみたいに撃ったあれです!」
「ああ! あのゴーレムを簡単に粉々にしちゃうんだからよ! 超すごかったぜ!!」
アデーレは「二人ともちょっと落ち着いて……」と二人の熱量に押されつつも、ここまで褒められることに慣れておらず恥ずかしさで俯いていた。
そこでソニアが、ふとグレアムの方を見て異変に気がつく。彼の腕からは僅かに血が滴っており、グレアムは笑顔を浮かべながら「へへっ、こんなん屁でもないぜ」となんともない様子で肩を一周させた。
「だめ、見せて。なんで君たちは怪我を放っておこうとするのかな……」
アデーレは溜め息をつきながらグレアムの腕を抑える。彼は「悪いな、ステラリス」と謝罪を呟きながら、アデーレに身を任せる。彼女は掌印を結び、詠唱を始めた。
「癒やしの輝きよ、汝に抱擁を授けん」
アデーレの手のひらが淡い輝きを灯して、グレアムの怪我を瞬く間に癒やしていく。数秒で完治したグレアムは肩を回しながら「おー!」と感嘆の声を漏らした。
「やっぱ凄いなステラリスは! 怪我する前よりも肩が軽いぜ!」
そう言ってニカッと笑うグレアム。
アデーレは淡々と「別に」とだけ言い、溜め息をついてから先へと向き直る。そそくさと歩いていく彼女の後ろをついていき、ソニアとグレアムは横に並んだ。
その時、遠くから叫び声が響き渡った。
三人は互いに顔を見合わせてから一気に駆け出す。魔力の残穢を辿り、分かれ道を迷うことなく突き進んだ先で三体のゴーレムが候補者を襲っていた。
桃色の髪の少女がゴーレム三体に囲まれている。他の候補者の姿は見えず、彼女だけがゴーレムに襲われている状況だった。
少女はソニアたちの姿に気が付くと、目に涙を浮かべながら叫んだ。
「──た、助けて!!」
「──リングを起動しろ!!」
グレアムの叫びに少女は腕のリングのスイッチを押そうとするが、躊躇いながら「でも、これ押したら失格になっちゃう……!!」と目に涙を浮かべた。
「んなこと言ってる場合じゃねえだろ!!」
グレアムが飛び出すよりも早く、一気に駆け出した者がいた。白銀の髪をなびかせて、誰よりも早く救助に向かう少女が一人。ソニアは少女に向けて振り下ろされるゴーレムの剛腕を寸でのところで受け止めた。
「──くっ!」
全身が圧し潰されそうな怪力に、ソニアは全力で魔力を身体強化に回してゴーレムの攻撃を受け止める。ソニアの行動を遅れて理解したグレアムとアデーレが慌てて救援に向かった。
ソニアを追撃しようと、ゴーレムが横から岩石で構成されている脚を振り払う。グレアムが即座に長槍で受け止め、大地を踏み締める。あまりの怪力にグレアムですら押され、残りのもう一体がソニアを殴り飛ばした。
「ぐっ、あっ──!!」
ソニアの悲鳴が響き、空中に吹き飛ばされる。グレアムが「ソニア!!」と声を荒げた。受け止めていたゴーレムの剛腕を振り払い、手を伸ばすがもう遅かった。
空中に吹き飛ばされたソニアに剛腕が放たれる。態勢を立て直すことのできない空中での追撃を回避することはできない。アデーレが矢を放つが、それも遅い。この状況を打破できる策はないのか、グレアムは必死に思考を巡らせたが、アデーレの援護も、すべてが間に合わない。しかしソニアだけは、諦めていなかった。
「理念飛鞘流──!」
拳が迫り来るのを真っ直ぐ見ていたソニア。彼女は剛腕が直撃する瞬間を狙って剣で迎撃。そのまま空中で身体を捻り、ゴーレムの攻撃を勢いに乗せて伸身を回転させると力いっぱい剣を振り抜いた。
「──柳水!!」
敵の攻撃をも自身の力へと変換させて放つ反撃技。その一振りはゴーレムの頭部を一撃で粉砕。ソニアはゴーレムの身体に剣を突き刺して、肩に飛び乗った。
突き刺した剣をしっかり握り締めながら、右手に魔力を集中させると氷で作り出した剣を生成。それを全力でゴーレムの破壊した頭部に突き刺した。
「──アデーレさん!!」
アデーレの名前を呼んだ時、彼女は既に行動に移していた。
サンドラ粒子を即座に魔力へ変換。自身の術式に流し込みながら、弓につがえた魔力の矢に注ぎ込む。それらの工程を一つに纏めて、上空に向かって矢を放った。
大きく弧を描いて落下する矢は、狙い過たず氷剣の隣に突き刺さり、アデーレがたった一言──「起爆」と呟いた。
その瞬間、ソニアが即座に飛び退くと矢がプラズマと化して辺りを放電。氷剣の水分を分解していき、驚異的な速度で温度が上昇すると、水が一気に蒸発していき、水蒸気爆発を引き起こした。
「──うわ!」
爆発に吹き飛ばされたソニアが空中で態勢を崩して落下する。地面に落ちていくソニアをすぐさまグレアムがキャッチ。抱き抱えたまま華麗に着地をした。
「相棒、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます!」
グレアムに感謝しながらゆっくりと降りる。彼は少し顔を赤くしながら「へへ、お前が無事ならいいんだぜ」と鼻をこすっていたが、ソニアは全く聞こえておらずにゴーレムを見つめた。
上半身ごと核を吹き飛ばされたゴーレムはそのまま形を保つことができずに魔力の塊となって空気に溶けていく。他の二体も魔力障壁が剝がれていたおかげで爆発に巻き込まれて破壊された。
ソニアは助けた候補者のもとにゆっくりと歩み寄り、手を差し伸べながら「大丈夫ですか?」優しく声をかけた。
「ご、ごめんなさい……わ、私、どうしても失格になりたくなくて……」
「問題ないですよ。でもここは、謝罪じゃなくて感謝です!」
爽やかに告げるソニアの笑顔を見て、彼女はぽかんとした表情を浮かべていた。やがて何度かソニアの顔と手を交互に見てから「うん!」と手を取った。
「ありがとう、ソニアさん」
「私の名前を知ってるんですか?」
「うん、前哨戦見たから……」
「ありがとうございます!」
ソニアは嬉しそうに彼女の手を握り締めながら感謝を伝えるが、そこで彼女の名前を知らず「えっと……」と困惑してしまった。
その様子を見た彼女はくすりと笑いながら答えた。
「アロノアです。アロノア・エーデライト」
「アロノアさんですね! これからよろしくお願いします!」
二人が笑顔で握手を交わしていると、アデーレが辺りを見渡しながら「あなたのチームメンバーは?」と近寄る。その問いかけにソニアも気が付き、アロノアを見つめた。
彼女は目を伏せ、拳を強く握り締めながら訥々と答えた。
「……先に、逃げました」
アロノアの言葉にソニアたちは僅かに目を見開いた。
「逃げたってのは、リングを使ったってことか?」
アロノアは首を振る。その返答を聞いたグレアムは舌打ちをしながら「最低なヤツらだな」と僅かな憤りを見せた。
「違います……。私が弱いのが悪いんです」
「この試練は、奥の宝物を手に入れること。そこにチーム全員が必要とはされてない」
アデーレの正論にグレアムは「だけどよ!」と反論の意を見せるが、言い返す言葉が見つからずに唇を噛み締めた。
「聖騎士といえど、全員は助けられないってこと。見捨てるのも戦場では必要だから」
アデーレが淡々とそう呟き、ソニアは「現実は残酷ですね……」と僅かに目を伏せる。肩を落したソニアの姿を見て、グレアムは慰めるように彼女の肩に手を置いた。
「理想と違ってガッカリか?」
いえ、とソニアは首を振った。
自分の両手を見下ろしながら、あの時の戦慄が今もまだ脳裏に焼き付いていた。
悲鳴と怒号の連鎖。燃え上がる炎と、天を衝く咆哮。胃が捻じれるような苦痛と吐き気の中、闇を切り裂く銀色の流星。宵闇に煌めく蒼白色の長い髪──深紅の双眸から告げられたたった一言の言葉が、胸の中に灯が宿った。
「私は、銀氷の聖騎士に命を救われました。ですけど、銀聖──リタさんはあの戦いで亡くなりました。それでも憧れは変わりません。現実は残酷でも、私の夢は今でも変わりません」
「そうか、流石は俺のライバルだな。俄然やる気が出てきたぜ」
やる気を出してガッツポーズをするグレアム。ソニアは振り返って、アロノアに手を差し伸べると、爽やかな笑顔を浮かべた。
落ち込んでいる様子から一変して、その瞳に輝きを灯しているソニア。彼女の光に照らされて、アロノアは笑みを溢しながら手を取った。
「リタさんが私に希望をくれたように、私も誰かの希望になりたいんです」
ソニアの覚悟に魅せられて、グレアムもニカッと笑う。アデーレは顔を背け、溜め息を溢した。
彼女だけは光に隠れて影の中で唇を噛み締める。そして三人の間をすり抜けて通路の先の闇を見据えながら、冷静な表情のまま淡々と言い放つ。
「ほら、追いかけるなら早くいかないと。どんどん離されるよ」
先をそそくさと歩いていくアデーレの背中を見つめ、三人は顔を見合わせてから慌てて追いかけた。
遠退いていく足音。響き渡る笑い声に顔をしかめ、誰もいなくなった通路の陰からぬらりとその姿を見せる人間が一人──、
「脅威なのは、やっぱあの天才だな。あの状況で、俺の気配を悟ったのか……」
顎に手を置き、少し考えを巡らせてから、青色の髪の青年──ガイラは溜め息をついた。
アデーレはガイラの居場所こそ断定できていなかったが、ガイラが攻撃を仕掛けた瞬間に狙いをつけて即座に反撃をする。その狙いを察知できたからこそ、ガイラは攻撃に移行しなかったが、アデーレの魔力探知は異常なほどの精度だ。
「俺の気配遮断は、毛ほどの魔力も発しない。俺だとは理解していないだろうが、気配には気が付いていたからな。やるなら一瞬でやる必要があるな」
それだけを呟いて、ガイラはまた闇の中に消える。そこに残ったのは不穏な静寂だけで、僅かな風が吹き抜けていった。




