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あなたのためだけの物語  作者: 渚 龍騎
不朽不滅の英雄編
1/11

プロローグ

 


 ────この世は、クソだ。


 

 全部クソだ。


 世界も、あいつも、こいつも、俺も。


 今までよく頑張ってきたと思う。世界を救うためだと、無限のような輪廻を繰り返して、何度も死にかけて、精神が擦り切れてもこの剣を振った。


 その結果が、これか。


 俺の愛した人は死んだ。それから十年後、俺も死ぬ。その未来が定められている。

 覚悟はとうの昔に決めていた。だがそれでも、こんな未来は認められない。

 勇気は彼女から貰っていた。なのに、今こうして目の前で死んだ彼女を見て、俺は唇を噛み締めた。



 ────ねえ、■■■■。



 彼女との約束が、耳鳴りのように聞こえる。冷たくなったその亡骸を抱き抱えて、空を見上げた。


 灰色の雲が天に蓋をして、篠突く黒い雨が身体の体温を奪っていく。ゆっくりと視線を下ろして、彼女の頬に手を添えた。



 ────私と一緒に、死んでくれる?



 その日、俺はまたこの世界を憎んだ。




 ◇◇




 少女はひび割れた道の隅で、壁に手を付きながら歩いていた。

 昨日までいつも平然と歩いていたはずの道は酷く荒れ果てて、普通に歩くのも困難な程に凸凹に隆起している。見慣れたはずの景色は悍ましく真っ赤に染まり、空を覆った暗雲へと紅蓮が立ち昇っていた。


 原型を留めないほど粉々にされた民家──その瓦礫の下から力なく腕が伸びている。それが誰のものかなど、少女には気にする余裕なんてなかった。そこから蚕食していく鮮血が、少女の足跡を残した。



「────ッ」



 歩みは朧気で、ふらふらと風に流されるようだ。

 土気色の顔に、その空のような瞳は絶望と暗闇で染まっている。今にも力尽きてしまいそうな現実の中で、少女が今も歩いているのは、ただ誰かに助けを求めていたからで、その歩みにそれ以上の望みは込められていなかった。


 遠くで誰かの悲鳴が連鎖する。魔物の咆哮と共に響き渡った不協和音は、少女の耳に劈く。咄嗟に蹲って耳を塞いだ。



「おかあ、さん……っ!」



 嗚咽混じりに吐き出されたその言葉は掠れ、瞬く間に轟音で掻き消されて少女の願いを容易く握り潰した。


 命の潰えた者たちの姿は、まだ幼い少女にとってあまりにも無残な姿で、一目見ただけでも吐き気を催す程だった。瓦礫に混じって落ちている四肢は、もはや誰のものなのか分からない。尊厳を抱き、自害を選んだ者も壁にうなだれている。まだ未来ある子供を守ろうと、その子供と共に剣で貫かれている親子もいた。


 不意に全身を凄まじい気怠さが襲った。

 意識が遠退きかけて、壁に手をついた。


 もうどうすればいいのか分からない。少女には、もう既に自分の家に帰る力が残っていなかった。夥しい数の死者と、紅蓮に包み込まれていく街並み。空を見上げれば、巨大な影が落ちている。風を切り裂く翼と岩のような巨躯、獣の如き咆哮で大気を震わせる竜が空を覆い尽くしていた。



「…………っ」



 自分も直ぐにあの竜たちの餌になってしまうのだろう、少女は無意識にそう悟ってしまった。


 少女のいるこの街は、冥滅衆(めいめつしゅう)の侵攻によって瞬く間に火の海となっていた。偶然にも隣の村から買い物で訪れていた少女は、運に見放されてその戦いに巻き込まれてしまった。街を守っていた騎士たちは、奮闘するも虚しく、刹那で切り刻まれた。


 冥滅衆と小さな一国での戦力差は考えずとも分かる。魔物が現れた時の人々の表情は今でも忘れられず、脳裏に焼き付いている。絶望に染まり、すべてを悟った様子で大人たちは足手まといになる子供を捨て去った。


 素晴らしい正義感を掲げていた者も、最後には怒号を上げて子供を蹴り飛ばした。この戦場と化した場所では、そんな薄っぺらい正義は空しく崩れ去る。誰も助けてなどくれない。もはや、この地獄で生きている者はいるのだろうか。



「あっ……」



 少女を、巨大な影が覆い尽くすように見下ろす。恐る恐る顔を上げれば、異形な形をした怪物が不適な笑みを浮かべていた。優しさから生まれる笑みではない。殺しを楽しんでいる厭な笑みだ。それを理解した瞬間、少女の身体は小刻みに震え始め、痙攣するように歯がカチカチと音を立て始めた。


 視野の狭窄が始まる。霞む視界の中で、本能が逃げろと叫んでいる。だが、既に限界を迎えた身体は、怪物に圧し潰されることを拒もうとしていなかった。足掻く力など、少女にはもはや残されていなかった。



《オジョ、サン──オひとり、デ……カ?》



 怪物が不明瞭な言葉で少女に問いかける。竜たちの遠来のような咆哮が空で轟き渡り、それに合わせて怪物の形相が鬼へと変貌した。


 冥滅衆──耳にした噂が脳裏を過る。世界に混沌と破滅を齎す7体の怪物。その内の5体が、数多の怪物を引き連れて来たのだ。


 人々を虫けらのように殺し尽くし、それに快楽すら覚え、自身の愉悦のために命を握り潰す。狡猾な知恵と暴力的な性格で、冥滅衆は人類の築き上げてきた栄光を蹂躙する。この街が襲われたのも、単なる気紛れでしかない。そこに街があったから襲った、ただそれだけのことだ。



「あ、あぁ……」



 そのか細い声で必死に助けを求めたところで、怪物はその叫びを快楽とする。だからこそ、精一杯の抵抗は悲鳴を上げないことだった。それだけが、少女にできる唯一の抵抗だ。


 こんなところで死ぬのか、少女は短い人生を振り返りながらそう感じた。逡巡の先に待っている死が、拳を振り上げる。少女は迫り来る恐怖と激痛に備えて、固く目を瞑った。まだ十歳にも満たない少女にとって、死を見据えられるほど強くはなかった。




 刹那────光が疾走(はし)った。




 瞬間、耳を聾する破砕音と大気の絶叫が唸りを上げる。上空を飛翔する竜の狼狽が少女の鼓膜を震わせ、まぶたの裏からでも分かるほどの輝きが辺りを照らし尽くした。


 思考が追い付かない。視覚を遮った少女が得られる情報は聴覚と嗅覚、そして触覚の三つ。突如として吹き荒れた風が少女の体を押し込み、爆発の連鎖が耳元で吹き抜け、空気が淀んだ。


 巻き上がった土塊が顔面にパラパラと落ちて、むせ返るほどの土の臭いを鼻孔で感じながら、少女はまだこの世に生きていることを実感した。



《オマ、エ──ヒョウセイ!!》



 怪物が困惑し、怒号を撒き散らす。少女はヤツの吐いた言葉に聞き覚えがあった。


 氷聖(ひょうせい)──人類を守護し、世界の平和を守る英傑。人類の味方、闇を照らす光、それが銀氷(ぎんひょう)の聖騎士。辺境の地にある情報に疎い村の出身であっても、聖騎士の噂だけは良く流れ込む。人類の希望にして、子供たちの憧れの存在。まさにヒーローだ。


 なにが起こっているのかまるで理解できずにいると、魔物が声にならない絶叫をあげる。それが人間と違わぬ悲鳴となり、少女は強く耳を塞いだ。やがて周りの不協和音が竜の狼狽だけになり、少女は薄っすらと瞳を開ける。


 濛々と立ち昇る土煙に、狭い視界で目を凝らす──最初に目に映ったのは、透き通るほどに美しい氷のような蒼く長い髪だった。


 一瞬で、そしてひと目で、彼女が銀氷の聖騎士であることを理解した。握り締められたその不滅の聖剣は、ゆらゆらと極光を纏ってこの絶望を照らしている。彼女はゆっくりと振り返った。


 鋭い眼光が意識を穿ち、少女はポツリと呟いた。


「綺麗……」


 彼女の姿に、少女は思わず声を漏らしていた。

 銀氷の聖騎士は、真紅に燃える双眸を少女に向け、力強く告げた。




「──諦めるな」




 ただそれだけを言い残して、銀氷の聖騎士は蒼く輝く聖剣を振るい、眼前に迫り来る怪物の軍勢を一刀両断。光り輝く極光が刃となり、数多の怪物を消滅させる。その間、少女は空に描かれた軌跡に見惚れ、ふとこう思った。




 ────まるで、彗星のようだと。







 そしてその日──銀氷の聖騎士は死んだ。



 

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