Ⅱ*売却
「あの、夢売りたいんですけど、ここでいいですか?」
「いらっしゃいませ。売却でしたらあちらの売却カウンターへどうぞ」
カウンターへ行くと、物腰の柔らかそうな若い男性が出迎える。
「こんにちは。夢調合師の寺崎です。本日は貴重な夢をお売りいただきありがとうございます。売却は初めてですか?」
「はい、悪夢を見てしまって」
「かしこまりました。具体的にいつ頃見た夢か、お伺いできますか?」
カウンセリングを終えると、特殊な機械を頭につけはじめる。
「ではこれから、夢の抽出を行っていきます。リラックスしてくださいね」
カタカタカタと、手元のPCを操作し、データの照準を合わせる。
「だんだん眠くなりますよー。リラックスー」
―――……
目が覚めると、頭の機械はすべて外されていた。
「おつかれさまでした」
ぼーっとしながらも、今の状況を思い出していく。
「どこか調子悪いとかありませんか?」
「…大丈夫です」
「飲み物をどうぞ。こちらが今回抽出させていただいた”夢”です。早速ですが、確認をお願いします」
透明なフラスコの中には、黒っぽい色の少量の液体が入っている。赤黒いというか、不気味な色だ。
モニターに映像が映しだされた。ザザザッ、とブラウン管テレビのように一瞬ノイズが走る。
「画質はこちらで調整しますので気にしないでくださいね」
追いかけてくる何か、必死に逃げる自分。逃げて逃げて逃げて、最後にナイフで刺されそうになり、高所から飛び降りたところで映像は終わった。
「こちらで間違いないでしょうか?」
「…はい」改めて意識がはっきりしているときに見るとまた違う。まるで映画を見ているようだ。
「2,3日はぼーっとするかもしれませんが、もうこの悪夢を見ることはないはずです。もし見たい夢があれば、サンプルお渡ししてますけどどうですか?」
合図で、近くにいた助手らしき女性がトレーに乗せられた錠剤のようなものを持ってくる。
「この黄色いのが陸上選手になって世界大会に出る夢。この紫のは魔法使いになれる。赤いのは情熱的な恋愛が楽しめます。夢をお売りしていただいた方に無料でお渡ししておりますので、お好きなものを」
「これで1日分です」
「お気に召したら、またご購入を」
「本日の買取金額、5000円です」
「…あの、僕が見た夢を買い取って、また販売するんですよね?」
「ええ」
「こんなただ追いかけられてるだけの夢、需要あるんですか?」
「…夢をただそのまま売るわけではありません。他の方の夢と調合して、ひとつのストーリーを作り上げるんです。今回の追いかけられているシーンの前後に、他の方の夢をつなぎ合わせていくことで、悪夢でもハッピーエンドにすることができるんですよ」
「…夢調合師っていうのは、そういうことなんです」
「まあ、中には悪夢を見たいっていう変わった方もいますけどね」