page8︰遺書1
執務室に戻ると、アルター少将は机の中から書類を複数取りだして俺達に差し出した。
書類を見ると入軍への同意書や、規則や待遇について、死亡時の処理方法等が何枚にも渡り書かれてあった。
そして最後に、殆ど白紙の紙が2枚。最上部には遺書と書かれていた。
「遺書って…」
「ああ、入軍する者は皆書いている。いつ死ぬかも分からんからな。家族だったり友だったり、宛先は自由だが……すまない、君達には届ける相手がいないか。それは預かっておこう」
「…いえ、書いてもいいでしょうか」
「うん?それは構わんが、宛があるのか?」
「書くの?遺書…」
突然遺書を渡され戸惑っていると、柏御が書きたいと申し出た。遺書を書くことに戸惑っていた俺達は驚いたが、少将は誰に書くのかと不思議に思ったようで柏御を見つめる。
立花が呆然と柏御に問うと、彼は少将に少し待って欲しいと告げ、6人だけで話したいと言った。
「話をするのは構わんが、一応正式に入軍していない者を放っておくことはできないので私はこの席に居よう。向こうのソファを使え、この魔石に先程のように魔力を流すと防音の結界になるのでこれを持っていくといい。それと書くならば遺書を書いても良いし、それについては期限等はないので今書かなくても良い。書類については言わねばならんこともあるので記入はまだ待つように、話が終わったら戻ってこい」
「分かりました、ありがとうございます」
時間をくれたことに礼を言って6人でソファの方へ移動する。ソファに座ると柏御が代表して魔石に魔力を流し、この角一体を結界が覆った。
「で、6人だけで話したいことって?」
「それよりも本当に書くの、遺書!」
「ああ、俺は書いておきたい。…こんな非現実的な事が起きてからずっと、これが現実だとは信じられなかった、いや今でも信じられないが……でもお前たちも見ただろ?あの夢を」
「…ああ、今朝話した夢のことですね」
「アレを見た時それまで夢心地だった頭が途端に晴れて、これは現実なんだって理解したんだ。認めたくはないけどな。…そして、もう1つ。皆は気にならなかったか?」
「何が?」
「代々のエスポワールについてだよ」
そう言われて考える。
代々のエスポワールどころかこの世界、気になるところが多すぎるけれど、中でも俺達で10代目になるらしいエスポワールの話は度々出てくる初代の話も含めて分からないことが山積みだ。
だがこれが今遺書を書こうと言う話とどう繋がるのか考えていると、春琉と本郷が同時に口を開いた。
「「30年に1度」」
「え?」
「そう、そこだ」
2人の答えと柏御の考えは一致していたようで、彼は真剣な顔をしたまま頷いた。
どういう事かと春琉に目線で促すと、その意を組んでか彼が話し出す。
「30年に1度新たなエスポワールがやって来ると言うのは、かなり短いスパンだと思わないかい?」
「俺もそれは引っかかってたんだよねー。そんな次々出てくるんなら、その前の人はどうしたんだろうって」
「あ、確かに!」
「ってか考えてみたら、俺達の前の人だって50年前だろ?こっちに来た年齢によってはまだ生きててもおかしくは…」
「本当だ…誰も元の世界に帰れた人がいないってことはこちらの世界に居たはずで…」
「そもそも帰るためには使命を果たさなきゃいけなくて、その使命を果たすには軍に入らなきゃならない。帰ることを諦めない限りは軍に居続けるだろ?もし代被りがするんだったらあのエスポワール専用の兵舎じゃ部屋が足りないんじゃないか?」
「それなら、あの兵舎の個室が6部屋しか用意されていないことっておかしいよな。あんだけ特別扱いしてくれるってことなら改修とかされてるはずだし」
そこまで話したところでハッとした。
それはつまり、代被りが起こらなかったと言う事……?
柏御に視線を向けると、彼は深刻な表情で頷いた。
「代被りは起こらなかったんじゃないか、と俺は考えている」
「それって…」
「いや、でもさ!帰るの諦めて軍を抜けた場合とか、先代の人が別に家を買ったとか、そういう事ってあるじゃん?」
「いや、それは無いんだ」
「考、そう言いきれるってことは何か知ってるのか?」
断言しきった柏御に尾瀬が問う。
彼は1度全員を見てから、話を続けた。
「今朝、フェイス神官長に聞いたんだ。軍人について知りたいと言って、専用の兵舎があると聞いたけど普通の軍人はどこに住んでいるのか、軍を抜ける事はできるのか、それから、軍を抜けたエスポワールはいるのかってな」
「それで、神官長は何と?」
「普通の軍人は魔導部隊でもそれ以外でも本部勤めの人はそれぞれ本部内に所属ごとに兵舎があって、そこに住んでいる人もいれば自分の家から通っている人も居るそうだ。で、年齢や怪我で任務遂行不可と判断された者や、戦争勃発時以外ならば4年の兵役を全うして退役した者が居て、そう言った人達は辞めることができる。それ以外で徴兵されたものは、兵士であることが義務なので辞められないんだと。中でもエスポワールは元々この国どころかこの世界の人間でもないところを国に忠誠を誓うということで生かされていて、そうだったところに華々しい戦果を挙げたのが初代なんだと。だからこの国に忠誠を誓うことが前提で、抜けることは恐らく許されないだろうと」
「じゃあつまり、軍を抜けたエスポワールは…」
「居ないって事だろうね」
「そんな…」
「だから、この国で代々のエスポワールが住んでいた場所はあの兵舎しかないそうだ」
「それじゃ、代被りってますます有り得ないね」
「そうだ。だから俺は、後継が来る時には先代は既に、この世に居なかったんじゃないかと考えている」
「そうだね、私も同意するよ」
「俺も、そんな気がしてた」
柏御が出した結論に春琉と本郷の2人が同意した。
俺は隣で確信するような表情をしている春琉が、こういう顔の時に外れた所をこの10年の付き合いで一度も見たことがないので、これが正解なんだろうと思った。
天才と呼ばれる本郷と付き合いがある立花は彼が同意したのを見て顔を青くしているし、柏御とニコイチと高校で有名だった尾瀬は柏御が言うならそうなんだろうとため息を吐く。
柏御は全員の反応を一巡して、遺書を机の上に置いた。
「だから、俺達が軍を抜ける方法は1つしかない。使命を果たして元の世界に帰ること、それだけだ」