page3︰道中と要塞本部
「そう言えば、特別な力って何ですか?」
「あ、それ僕も気になる!」
道中、柏御がフェイス神官長にそう尋ねる。
この世界の人達にはない、俺達が持つ力が軍に有用だと昨日彼が言っていた。俺達が軍に入る必要がある原因だ。
朝食の場でも少し話題に出ていて、後で聞いてみようという事になっていた。
「この世界に産まれた人間は、多かれ少なかれ魔力を持っています。その中で基準値を上回っている者のみが魔導部隊に所属する事ができるのです」
「そうですね、まずこの世界における魔法と魔導と魔術の違いについて説明させていただきます」
「お願いします」
「まず、魔導と言うのがこの世界では一般的に使われているもので、魔力を魔導石に流して発動します。魔導部隊で使われているのもこの魔導になります。武器に装着して扱うことが主ですが汎用性が高く、また回復薬などを作る際にも使用することがあるので常に魔石は不足気味にあります」
「次に魔術ですが、これは魔法陣を描いて魔力を流すことで発動します。ですので発動までに時間がかかるという難点もございますが、基本的には国家の重要機密に関する使い方をされるので軍の要人でもなければ使う機会はございません。魔法陣は魔術書と呼ばれる書物に記載されておりますが、魔術書は軍に厳重に管理されており読むことはできません」
「最後に魔法です。これは如何なる媒体も用いずに、自身の魔力を属性に変換して使用いたします。皆様が持つ特別な力と言うのは、この変換能力のことです。魔導部隊の兵士は自身に適正のある属性の魔石を利用することで変換を行わずに攻撃手段を得ています」
「なるほどなるほど。じゃあ俺ら以外の人達は魔法が使えないって事っスか?」
「いえ、無属性魔法であれば使えます。例えば身体強化、結界や癒し、隠密といったものです。しかし攻撃に関する無属性魔法はありませんので、それを魔導で補っているのです」
脳内で噛み砕きながら話を聞く。
つまり、魔石の需要が高い中、魔石を用いずに戦力となれる俺達のような存在はかなり重宝されるらしい。
元々歩兵のように魔力が少なく魔石を扱えない部隊に比べて魔導部隊は少ない人数で大きな戦力となるようで、魔力が高い人間は強制的に徴収されるのだそうだ。
成程、それなら歴代のエスポワールが皆軍隊に入らざるを得なかったのも頷けるなと思っていると、しかし、とフェイス神官長が少し目を伏せて続けた。
「エスポワールの皆様が我々にとって救いであることに間違いはありません。…ですが、初代様以降おいでになるエスポワールの方々の魔力量や魔法の使い方などの質が下がっていっておりまして、特に先代の…9代目の御方になりますと、通常魔導部隊に入れるような魔力量を保有していなかったそうなのです」
「ええ!?それじゃ、俺達も低いってことじゃないの!?」
「じゃあその先代の方は魔導部隊には入れなかったんですか?」
「いえ、どれだけ魔力が少なくともエスポワールの方々は魔導部隊に入っていただくことになります。先日も申しました通り我々の希望の象徴として軍にいて下さるだけでも価値がございますし、前線に立つ数は少なくなるかと存じますが魔石を用いない攻撃手段があるというのは本当に重用されるのです。ですが……」
「ですが?」
「…ですがやはり、絶対的に強かった初代様と比べるとその価値が落ちてきているのは確実で、本来30年に一度現れるエスポワールが今回は50年も期間を空けていたこともあって、世間の風潮は今エスポワールに対して厳しくなりつつあります。実は初代様についても功績以外のことは殆ど記録が残っておらず、300年ほど前の事ですから現代の国民にとっては嘘か誠かも怪しく思われているようで…」
「なるほどねー……」
「いやまあ理解はできるけど…」
「なんて言うか、勝手じゃない?」
「大変申し訳なく思っております。心より謝罪を…」
「いえ、フェイス神官長の責任ではないでしょう?」
質が落ちているエスポワールの価値が下がってきているという理屈には納得はいくが、そもそも異世界の人間に頼って勝手に持ち上げて勝手に役立たず扱いをするのはどうなんだという話である。
来たくて転移してきた訳でもないし、強制的に魔導部隊に徴収されるにもこちらの意思はない。
衣食住や賃金を提供してくれると言うが、命を懸けて戦場に赴くには安い話だ。この世界の兵士は賃金だけなのだろうから優遇されてはいるのだろうが、故郷でもないこの国に命を懸ける理由もない。
かと言って断る手段もないので鬱憤を抱えて溜め息を吐きながら呑み込まなくてはならないのだろう。だがそれについて目の前の自分達と同じか少し若いくらいの申し訳なさそうに眉を下げている神官長に当たるつもりは無い。
謝罪は要らないと首を振って、それからもこの世界についての話を聞きながら、窓の外を時折眺めた。
見慣れない中世風の景色を通り、繁栄している街や豊富に実っている田畑、時折見える煙突から煙を上げている工場のような施設、馬車の振動に揺られながら本当に異世界に来てしまっているんだと何度目かも分からない実感をする。
神官達は黒い布を頭に被っているのでわからななかったが、街中の人をよくよく見るとその耳が物語に登場する妖精やエルフのように尖っていることに気が付いた。俺達の丸い耳とは明らかに異なっている。
フェイス神官長に確認すると彼は穏やかに頷いて、それがこの世界の人間とエスポワールの容姿の違いだと言った。
暫くすると、遠目からでもよく目立っている黒々とした要塞のような大きな建物の門前で馬車が停車し、俺達は馬車を降りた。
異彩を放っているその荘厳な建物に圧倒されながらゴクリと唾を飲み込み、門番に通されるとその中には建物内部へと続く石畳の一本道があった。そしてそこに、一人の軍人が敬礼をして立っていた。
「ジェルド・ディール大尉であります!命により、貴殿らをアルター大佐殿の元へお連れ致します!フェイス殿、登録確認を」
彼は俺達の顔、否恐らく耳を見て、それからフェイス神官長に確認を求める。
ディール大尉が腰袋から黒い石のようなものを取り出すと、フェイス神官長は同じように首から下げていた黒い石をディール大尉のものにあてる。するとそれぞれの石が紫と金に染まり、ほわりとそれぞれの石から光が発された。
元の世界であれば目を見張るような光景に驚くと共に、これが魔石と言うやつなのだろうと俺は思った。
確認が済んだようで光が消え色が戻るとディール大尉は再び敬礼して、俺達に着いてくるように言った。
とうとう中に入るんだと緊張して一瞬6人で顔を見合せてから、強ばる手足を動かしながらジェルド大尉とフェイス神官長の後ろを歩き始めた。






