page2︰異世界に来たんだ
「おはよう、眠れたか?」
「ええ、驚く程に」
「早起きだな」
「貴方が言いますか」
「…夢じゃなかったな」
「……ええ、そうですね」
時計を見ると午前5時。
早く眠りに着いた分早起きしてしまったが、二度寝も出来そうにないのである程度身支度を整えて、昨日案内されている間に言われた通り応接間に向かった。6時半になったら俺達はここで朝食を摂るらしい。
応接間に入ると、既に柏御がいた。
本棚から本を入れ替えているところだったので、少なくとも1冊分読むだけの時間ここに居たのかと思う。一体どれだけ早起きしたんだ。
寝て覚めたら元の世界にいて、やっぱり夢だったかと普段の生活に戻ることを期待していたが、目を開けるとやはり馴染みのない部屋の中だった。夢じゃなかった。異世界に来てしまったことを実感する。
多分後々起きてくる4人も同じように思ってここに来るんだろうと思いつつ、溜息を吐く。
8時間程寝たはずなのに、既に気疲れしている。
「…夢、見たか?」
「……ええ、貴方もですか」
「だよなあ……やっぱり軍には入らなきゃいけないんだな」
「強くなれって、随分適当な司令でしたね」
夢を見た。恐らく目の前で苦く笑っている柏御と同じものだ。
ただ帝国軍に入って、強くなれ。
姿形があやふやな誰かに語りかけられる夢だった。
多分、使命ってやつに関係することなんだろうなとぼんやり考えて、皆同じ夢を見ただろうなと起きた時に思った。
新しい本を手に取った柏御がソファに座る。
「本、読めるんです?」
「ん?ああ、この世界の歴史書みたいなやつだよ」
「そうじゃなくて、文字。異世界なんでしょう?ここ」
「ああ……うん。文字自体は見覚えないんだけど、頭の中で日本語に変換されるというか、まあそんな感じだ。ていうか、言葉も通じたしな」
「そうですね。というか、何が起きても今更だ」
「だな、異世界転移自体が摩訶不思議現象だし」
俺も適当に本を取って読んでみる。
柏御の言った通り、文字自体は知らないものなのに、言葉が頭の中で変換されるように理解出来る。
「おはよー、お二人さん!早起きだなー」
「おはよぉー、まだ眠いよー……」
「おはよう、いい朝だね」
分厚い本を1冊読み終わる頃にはぽつぽつと3人やって来て、後は本郷だけとなった。
「……なあ、後10分なんだけど」
「まだ寝てるんじゃないのか?アイツ…」
本郷という男は、授業中いつも寝ているのにテストは学年1位の天才と名高い男だ。
生徒数の多かった高校で同じクラスになったことが無い俺でも結構耳にする名前で、その高い身長も相俟ってかなり目立っていた。
そして、彼奴が起きてくる気配がしない。
「…起こしに行ってこようか?僕」
「頼んでもいいかい?」
「うん」
「お前らって仲良いの?ほら昨日侑ちゃんとか呼ばれてたじゃんか、立花」
「うーん、小学校同じだったってだけだよ。僕途中で引っ越しちゃったし。でもその頃から寝坊助倫太郎って呼ばれてたんだよね、リンリン」
「リンリン?」
「そっちの方が可愛くない?壮ちゃん」
「壮ちゃん!?うわー、初めて呼ばれた!」
「え、そうなの?ダメ?」
「全然いいぜ!ってかそろそろ起こさねぇと間に合わないぞ」
「あ、ホントだ!じゃ、行ってくる!」
立花が駆け出しそうになって、なんとなく荘厳な雰囲気のある神殿の中では走っちゃいけないと思ったのか一旦止まって歩き出した。
なんとなく彼が出ていった扉を見ながら先程の会話を振り返り、距離の詰め方が早すぎると思う。
壮ちゃんと呼ばれた尾瀬はちょっと複雑そうな顔をしており、隣にいる柏御につつかれていた。
暫くすると寝癖を飛ばしている本郷を立花が引っ張ってきて、6時半丁度になると10歳くらいの身長の子供達が朝食を運んできた。
この神殿には子供もいるんだなと思いながら、礼を言って食事に手をつける。
「おお、美味いな」
「うん、美味しい!質素だけどちゃんと味が染みてていいね!」
質素な洋食といった風で、戦時中の割にはちゃんとした食事だし量もある。
料理は大皿からそれぞれつぎ分ける方式で、普段は朝は食べない派の春琉と朝は少ない派の柏御が少なめに取っていたが、他の4人は食べ盛りの男子高校生らしく沢山食べて満足した。
空になった皿をまた子供達が片付けていく。
子供たちと入れ替わるようにして昨日の神官達が入ってきた。昨日と同じ男が先頭に立ち話をする。名前はフェイスで、かなり若いように見えるがこの神殿の神官長らしい。
フェイス神官長は軍に行くために着替えを用意しており、それを手渡される。着替えが済んだら9時にはここを出発すると言われた。時計を見ると今はおよそ7時半。夢の話やこれからについての話など、喋りながら食べていたのでそこそこ時間が経っていた。
俺達はそれぞれ客室で着替えて来ると、これと言ったものは無いが転移の際に持ってきていた学校鞄に着て来ていた制服を詰め込んで、荷造りをした。時間まで神殿の中を歩いたり少し外に出てみたりしているうちに9時になり、フェイス神官長に案内されるまま馬車に乗り込んで神殿を出た。