page1︰異邦者
「異なる世界?……異世界ってこと?」
本郷が呟くと、その通りだと言うように男が頷いた。
何がどうなっているのか分からず俺は春琉を見る。春琉は考えるように口を顎に当てたまま、目を見開いてぱちくりと瞬いた。
「つまり、あれ?ほら、異世界転移とかそういう…」
「はい。皆様は、異なる世界から我々の暮らす世界に転移されていらっしゃったのでしょう。我々はそう言った方々をエスポワールとお呼びしております」
引き攣った声で尾瀬が言うと、それにも同意が示される。
「……まァじ?」
「いやいや、ありえないでしょ」
「壮大なドッキリ……は、ないか…」
「あの目を閉じていた一瞬で場所が変わるなんてそれこそ不可能だろうね」
「え、じゃあマジで異世界転移?」
「信じられないけど、他に何があります?」
「いや、えー…いやいや、ムリすぎ、嘘すぎ」
6人でコソコソと話し合う。
事が起きてから皆頭をフル回転させて考えているだろうが、どうしてもこの現象に納得できる言葉がその一つしか出てこない。
有り得ないと首を振りながらそれを認めるしかないことにも気付いていて、皆頭を抱えたり口角が引き攣っていたりする。
「どーすればいいの…」
「皆様には、ここオスターシュタット帝国の帝国軍にて魔導部隊に所属していただくことになると存じます」
「軍隊!?戦争ってこと!?」
「はい、皆様の世界では数十年前に終戦を迎えていると伺っております。戦争のご経験がないことは承知しておりますが、どうかエスポワールとして我々を導いていただきたく…」
「いやいやいや、無理っすよ!重いし、第一怖ぇし!」
「戦争を知らない私達が皆様を導く事など難しいと思いますが…」
突然軍を率いろと言われても、当然そんな事はできないので全員が首を横に振る。
男は俺達の反応に焦った様子で縋るように言葉を連ねた。
「戦線に出てはいただきますが、象徴として軍にいてくださるだけでも価値があるのです!歴代のエスポワールも軍に所属しておりました。歴代の方々が継いでおられる兵舎も、一館全てを皆様にご利用いただけます。衣服や御食事、通貨も支給されるでしょう」
「そんな事言われても…」
「生活は保証してくれるってことか」
「ってか、帰りたいんだけど」
「それは……実のところ、我々にも未だ転移の仕組みが分かっておりません」
「そんな……じゃあ帰れないってこと?」
「研究は進めておりますが、どうにも行き詰まっているのです。判明していることは、皆様が使命を果たす必要があるということです。初代様のお言葉でございます」
「使命……?」
「使命とは?」
「内容は存じ上げません。ただ使命を果たすようにと、それだけが継がれております」
「それ何にも分かんないってことじゃん…」
立花がガックリと項垂れる。
何かを成さなければ帰れない。その"何か"が重要だと言うのに、それが分からないようでは手がかりは0に等しい。
「…それに、元より選択肢はないのです」
「どういう意味ですか?」
「転移には大きな魔力が使われますので、転移が成された時点で軍に皆様がいらっしゃったことは感知されております。先程魔石に伝令があり、午前10時に帝国軍少将殿との面会が決まりました。…エスポワールの皆様は我々には無い特別な力を持っておられるのです。その力は、軍にとって非常に有用なのです」
「……拒否権は、ないんですか?」
「軍の招集に逆らうと処罰されます。元より帝国人ではない皆様は恐らく、逆賊として重い罰が下されるでしょう。…本当は、神殿で暮らしていただきたいところなのですが、軍事国家であるこの国では軍に逆らうことができません」
申し訳なさそうに眉を下げた男の前で、沈黙が落ちる。
暫くした後、春琉が口を開いた。
「……今、私達が異世界に来ているという状況は信じられないけれど、一先ずは飲み込むとしよう。それで、使命が分からない以上はここで暮らしていくしかない。先人達に倣って軍に入るというのも、衣食住を得る手段として有りだと思う。後方に勤務する方法もあるかもしれないし……と、良い方向に考えていこう」
「……まあ、そうだな。色々受け入れ難いけどこの世界について全く知らない以上、他に選択肢もないしな」
「決まり、ですね」
「だな」
「ええ!?やだよ僕!」
「仕方ないっしょ侑ちゃん。このまま路頭に迷うよかいいんじゃない?ってか拒否権ないし」
「そうかもしれないけどさー……マジかあ……」
「感謝いたします!では、明日の午前10時に軍本部へ参りますので、それまで客室でごゆっくりお休みくださいませ」
「明日か!?早いな!」
浴室に通された後着替えを貰い、白い服に手を通す。
客室へ向かう白い廊下を歩いている最中に軽い説明を受けてここが歴代のエスポワールが転移してくる神殿であること、通常約30年に1度現れるエスポワールだが俺達は50年振りであること、代々のエスポワールも3人以上では現れるが6人のエスポワールは初代以来であるため神官達が皆喜ばしく思っていること、それから、この世界には魔法が存在していて、俺達エスポワールはこの世界の人々が持たない特別な力を持っているということを知った。
一人一部屋用意されていた客室に入ると、そんなに寝心地はよくない硬いベッドに横になり、受け入れ難い現実から逃れるように俺は直ぐに眠りに着いた。