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「ん、鈴の音か?」
突然辺りを見渡してそう言ったのは柏御孝司。
俺達【苑修館高校】に通う生徒達が放課後や休日によく立ち寄る縁結びの神社【茂誾神社】、その境内にある広場で偶然鉢合わせた6人のうちの一人で、俺もよく知る男だった。
俺には柏御の言う鈴の音は聞こえなかったので隣にいる春琉を見ると、目が合った。
「何か聞こえたかい?」
「いえ、何も」
「僕も聞こえなかったよ」
同意を示したのは立花侑生。
その隣では本郷倫太郎がぼんやりと立っている。
小柄な立花と大柄な本郷が並んでいると、首が痛くなりそうだ。
「あ、猫!鈴ってアレじゃね?孝」
「え、どこだ?……ああ、本当だ」
「確かに、鈴を付けているようだね」
「ホントだ、かわい〜」
「見事に真っ黒な猫ですね」
「………なんかヤな感じー…」
少し離れたところに居る猫に近づいた尾瀬壮真に続いて、俺達もその真っ黒な猫の元へ歩く。遅れて歩く本郷がボソリと何か言った気がしたが、そちらを見てもただぼんやりと猫を眺めていたので気のせいかと思い直した。
尾瀬と立花を中心に暫くその猫と戯れていたが、ふとその猫がゆっくりと歩いて行き、立ち止まって此方を振り向くとユラユラと尻尾を振った。
「着いてこいと言っているのかな?」
「そうなのか?桜庭」
「行ってみましょう」
春琉が確信を持っているように歩き出したので、小首を傾げた柏御を促して俺もそれに続いた。
もう帰宅するところだったが、春琉が言うなら何かがあるのだ。
4人も特に何もないからと後ろを着いてきた。
猫に案内されるように歩いている状況に、なんかドラマの中みたい!と立花は楽しそうに笑っている。
尾瀬はその言葉に同意しながら黒猫の隣に駆け寄って話しかけてみたりしているし、柏御は比較的冷静だがそれなりに楽しんでいるようで口角は上がっている。本郷は相変わらずぼんやりとしているが、立花に小突かれて緩く抵抗している。
俺は春琉の隣に並んで顔を覗く。春琉はじっと黒猫を眺めていた。
「この猫に何かあるんですか?」
「…うん、ただの勘だけど。」
(こいつの勘はよく当たるからな…)
何かが起こるだろうと思いながら暫く歩いていると、猫が立ち止まった。
猫から視線を外し正面を見ると、拝殿の前だった。
「何だ、お祈りしろってことか?」
尾瀬が答えを求めるように下を見るのに続いて俺も猫の居たところを見ると、そこに猫の姿はなかった。周囲を見回しても当然のように猫は居ない。
「あれ!?猫は!?」
「こんな一瞬で居なくなるんだー…」
「何も起こんなかったね」
「まあついでだし、参拝していこう」
俺は春琉を見たが特に何も言わなかったので、そのまま全員で参拝をした。賽銭箱の脇に置いてある看板に書いてある手順で、二礼二拍手一礼。神様なんて信じていないので特に何も考えずに。
突然ほんのりミルキーな甘い香りがして、目を開けた。
目の前には真っ白な6体の男女の像が立っており、周囲は真っ白な天井と壁と床に覆われ、そして背後には長椅子がズラリと幾つも並んでいる。
例えるなら、礼拝堂のような。
「……は?なんだこれ」
困惑しきった柏御の呆然とした声を皮切りに、他人事のように眺めていたものが自分事だと気付いて鼓動が大きくなる。
(何が起こった!?何故急にこんな所にいるんだ!)
「なにこれ、ってか何処ここ!?」
「急に何!?どういうことだよ!?」
「……え、なに………は?」
突然の事態に動転して、辺りを見渡しながら皆叫ぶ。
騒ぎ声を聞いてか突然長椅子の先にある扉が開き、中に数人の人間が入って来た。
神官のような服を着た其奴らは明らかに俺達を見ると目を見開いて、此方に近寄って来る。
危機感を覚えて少し後ずさると、同じように動いた全員の距離が縮まった。
「春琉、俺の後ろに居てください」
「……大丈夫だよ智也、寧ろ歓迎されているようだ」
神官らしき者達は、俺達の目の前まで来ると跪いて頭を垂れた。
黙って彼等を見ていると、最前にいた1人の男が顔を上げて口を開いた。
「よくぞいらっしゃってくださいました、異なる世界の御方々。我らのエスポワール」