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慣例への挑戦

パメラが転院したのは春の頃だったが、現在季節はすっかり夏になっていた。

この国は温暖な気候で作物も豊富に育つが、夏はそれなりに暑くなる。窓の外では太陽が燦々と輝いて、真夏の日差しが室内にも降り注いでいる。


パメラは思った。環境が良すぎると。

彼女は夏が嫌いだった。せっかく整えた前髪が汗で額に張り付くのも、昼に外に出ると顔が真っ赤になってしまうのも、すごく億劫だった。だがここは現在、とても涼しかった。

以前は普通に暑かったのだが、1週間ほど前にアデライド様が白衣のおじさんとすごく綺麗な魔術師様を連れてきて何かしたらしく、それからすごく涼しいし空気も綺麗になった気がする。アデライド様と綺麗な魔術師様が説明してくれたけど、魔術による空気清浄化によって感染症の菌を殺菌する試験的な試み?とかいうもののついでに冷媒?の魔術というのを付けてくれたらしい。


「実験台にしてしまうようでごめんなさい」とアデライド様は言っていたけど、それで涼しい部屋に居られるならパメラとしては何一つ文句はない。他の入院患者と話すと彼らの部屋は普通に暑いみたいで申し訳なくなる。こんな快適な、お姫様みたいな待遇に慣れて、病気が治った後大丈夫かなと心配になる。


病気が空気を通して感染る心配もなくなるということで、アデライド様はマスクをつけなくなっていた。改めて見ると丸めの鼻とぷくぷくした下唇がとても可愛い。パメラの唇は父親に似てか薄めなので羨ましいなと思ってしまうのだが、本人はあまり気に入っていないらしい。私の持ってるピンクのリップもきっと似合うと思うと言ったら、パメラと同じものが私に似合うかしらと照れくさそうに笑った。可愛い。


背が高めで大人っぽい雰囲気だったので最初に見た時はパメラは自分よりも2、3歳年下くらいかと思ったのだが、聞いてみると5つも年下だった。本人も意識して本当の年齢より上に見せようと頑張っているみたいに見える。それにしてもとパメラは思う…服、地味すぎでは?と。

お金持ちらしく来るたびに違う服を着てはいる。でも色がいつも紺とかグレーとかで渋すぎる。今日なんかは深~いワインレッドみたいな色だけど、季節的に暑苦しく見えてしまうし、形も装飾が少なくすとんとしたシルエットのものばかりでやっぱり地味だ。年齢的にもスカートはもっと短くして、フリルとかリボンとかつけてもきっと似合うのに。自分とアデライド様との関係でそんなこと言うのは違うかなと思って今まで黙っていたけれど、思い切って今日は伝えてみたら「きっと似合わないし、わたくしはこれでいいの」と、か細い声が返ってきた。


パメラはキッと近くにいた父親を見上げる。こんなこと言ってるんだけど?お父さんは普段何をしてるの?という思いを込めたのに気がつかなかったみたいで、今日は公爵家のお色味ですねえとか言ってる。そんなの知らない。問題は可愛いか、可愛くないか。

髪の毛も黒いリボンをつけているけど、黒い髪で保護色みたいになってよく見えない。いま引き出しにコーラルピンクのリボンがあったことを思い出した。一応シルク製だけど、平民の持ち物だし私も結構使ってしまったものだ。本当ならやるべきことじゃない。でも今日は思いきれ、私。


「アデライド様、髪の毛が少しほどけてしまってるみたいですよ」

「あら?ほんとう?」

嘘です。いつもみたいにビチッとしたハーフアップに結えられています。

「私が直してもいいですか?」

アデライド様がちょっと困ったような顔をした。そうだよね、平民に髪とかいじられたくないよね。ちょっと調子乗ったかな…と思った時、ボソボソつぶやく声がした。

「わたくしの髪は扱いにくくて…きっとやりにくいですわ」

「ぜんぜん問題ないです!まかせてください!」

自信満々に言い切る私にアデライド様は割と素直に髪を触らせてくれた。


元の髪型はサイドの髪を一束とって捻って後ろにまとめてリボンで結んでいた。ビチッと。これでももっとゆるっとやれば可愛くなるのになと思いつつ解いてしまう。触ってみると確かにすごく多くてコシが強い。ちょっと難しい髪だけど、簡単なものなら問題ないっぽい。髪をてっぺんで二つに分けて上の方の髪を少し取って編み込みにする。耳の上までやってリボンで結ぶ。もう片方も同じようにする。元々使っていたものに足して私のリボンを使ったから、左右で黒とピンクの色違いになってしまったけど、あえてのオシャレでアシメなのだと思ってもらおう。うん。これは私からの挑戦状なのだ。受け取って公爵家のひと!


アデライド様は私の挑戦には気づいてなくて、「ありがとう」と照れ照れ笑っている。

「お似合いですよお嬢様」

お父さんもニコニコしてるけど、私はなんかしっくり来ない。

最初に連れてきた時はアデライド様を見る目がちょっと引き気味くらいに見えたお父さんが、いつからかニコニコしだして近頃はなんか…デレっとして気持ち悪いまである。今も「仲良しでいいですねぇ」とか言ってる。アデライド様がうふふって笑ったら、お父さんもさらにデレっとした。きも。

前に指摘したら「外でそんな顔はしてない」って言ったけど本当かな…なーんか“うちの子可愛いよ~”ってオーラ出てるよ。その子よその子だよ。しかも貴族だよ。ヤバいよ。うちの子達は仲良しだなぁ~ニコニコって顔をしてる場合じゃないから。クビにならないようにしてほしいな。



それからしばらくして次にアデライド様が来たとき、髪型がいつものじゃなくなっていた。頭のてっぺんから髪を少しとってサイドに向けて編み込んだあと残りは三つ編みにして、それを左右から一つにまとめて私の使ったピンクのリボンでまとめてあった。後ろから見ると三つ編みがハート型に見えるようにしてある。これなら前からは派手に見えないからアデライド様も何も言わないだろうし、さりげないけどしっかり可愛い。すごい。完璧なお返事を貰った。さすが公爵家。でもまだまだだよ。

今日もアデライド様のお洋服は公爵家のお色味というもので、生地は上質に見えるけどやっぱりなんにも飾りがなくて可愛いくない。

「アデライド様。私コサージュ作ったんです!」

私が作ったコサージュはピンクでリボンでレースとビジュー付きだ。きっと似合うし可愛い。私たちの戦いはこれからだよ!






「俺は悪魔に魂を売ることにした!」

研究所にベルナールを訪ねると、開口一番に宣言されてアデライドは面食らう。

「ちなみに悪魔とは私のことらしいですよ」

今日は一緒に来た訳ではなく、既に居座っていたロワイエが口を挟む。


数百数千どころか数万はいる微生物の候補からノチフ菌を殺せるものを選び、その代謝物を首尾よく抽出する。それから動物モデルの実験をして、効果的な摂取法を調べ、量産化を可能にし…と考えると時間はいくらあっても足りない。

「ノチフ菌は特に培養に時間がかかる。お嬢の手のカビなら5日で育つのに、ノチフは増えるのに二ヶ月かかる」

「わたくしはカビてはおりませんけど…」

「そこでこいつの出番という訳だ」

「私は実験器具じゃないぞベル君」

その呼び方はやめろと、小競り合いを始める成人男性2人をアデライドは目を瞬いて眺める。いつのまに仲良く喧嘩する間柄になっていたのだろうかと。


「魔術師の力を借りる学者なんかいなかったからな。せっかく親父がおっ死んだが、大学にはもう戻れねえな。でもまぁ今の俺にはお嬢という理解者がいるし、成果さえ出せばいいだろうってな」

初めて出会った時から考えると壮絶な手のひら返しである。アデライドは掛けられた期待と責任に不安になる。お金は足りるだろうかと。チラリとプルストを見るとニコリとして頷いたので、その辺は問題無いのだなと深く考えないことにした。


「てな訳で…これからもよろしくなお嬢」

ベルナールがポンとアデライドの頭に手を置いた。しばらく間が空いてポンポンと軽く叩き続ける。いやバスケットボールでもあるまいしとアデライドが抗議しようとした時だった。

「この髪…いいな」

「は?」

「俺も禿げたらこの髪もらってヅラ作りてえ…」

「はぁ?」

アデライドがしみじみと呟くベルナールに戸惑っていると、ペリーヌがフォローを入れる。

「ベル君!女子の髪を気軽に触っちゃダメだよ!めっ!」

「いやいや、お前も触ってみろよ。なんかすげーよこれ」

「えっそうなの?お嬢様失礼しますね?」

あっさりと寝返ったペリーヌも一応断ってからアデライドの髪に触れる。

「うわっすご~い!しっかりした髪で羨ましい~。すっごいまっすぐだしツヤツヤしてる!」

するとひどく感心した様子で自分のふわふわした癖のある赤毛をくるくると左手の指でいじりながら、右手でアデライドの頭を撫で始めた。

「だよなぁ。俺の毛根が死滅したらちょっとコレくれよ。在庫過多だろ」

「…何を仰っているの?」

しばらく夫婦に頭を撫で回されて戸惑いつつも抵抗しないアデライドを、プルストはニコニコと見守っていた。きっとパメラがいたら「キモいよ」と言われる顔をしながら。



アデライドが帰ってからもロワイエは残って実験室にいた。手に持ったノートに何かカリカリと書き付けている。

「前も思ったんだけどよ、それ何書いてんの」

「魔術式を文書化してるんだ。やらなくても魔術痕から読み取れはするが、あると後で便利だからな。お前らだって似たようなことをしてるだろう」

「いや、実験の記録は絶対必要なんだよ。再現できないと意味がねえ」

「それなら俺達魔術師も似たようなものだ」


はぁ~?とベルナールが不満そうな声を漏らすのにフウと短く息を吐いて、ノートから目を離したロワイエが手をかざす。するとパッと小さな光の玉が現れた。

「うわっ急になんだよ」

「これが魔法だ」

「は?」

もう一度手をかざすとまた同じように小さな光の玉が現れて消えた。

「そしてこれが魔術だ」

「…変わらねえじゃん」

「魔法は大気中に満ちた魔素を使って感覚的に光の玉を発生させる」

「ほぉ」

「魔術は魔素をどれくらい反応させて何度の熱を発生させるか、それをどの程度の時間継続させるかを指定してやる」


うーん…とベルナールが唸る。

「俺には魔素とかいうのがもうわからん」

「そうだな。才能がないものには一生知覚できないものだ」

「お前らのそういうところほんと嫌いだわ」

「しょうがないさ、魔法を使えるものとそうでないものとは、もう生き物として違うんだからな」

わざとらしく長い足を組み直してみせるロワイエに、ベルナールも呆れたように「はいはいそうですかぁ~そりゃ素晴らしいですねぇ~」と気のない雑な返事をする。


「つまり、質のいい魔術式を組めれば何回でも寸分違わぬ結果を得られるということだ。魔術師(わたしたち)化学者(おまえたち)みたいな連中のパートナーとして意外と向いていると以前から思ってはいたよ」

「俺はあんまり組みたくはなかったがなぁ」


そう言いながらベルナールは以前訪れた病院の少女を思い起こす。コスト度外視で作られた清浄空間で笑い合う少女たち。以前の自分なら「金持ち貴族様のお涙頂戴物語か」と嫌ったかもしれない。

あの少女の病状はまだ軽い方だが、このまま肺の炎症が進めば腐敗のような状態になり肺に穴を開ける。そうすれば菌がそこで増殖し、他の臓器に転移して手に負えなくなる。感染源としてもより強くなってしまうので、そうなればもうあの2人は会って話すこともできなくなるだろう。


「微生物の増殖の手伝いなんてことをする魔術師は私が初めてだろうな…私は私の仕事をしてやるから、お前はその地味で地道な作業を続けて、早く役に立つものを見つけてくれ」

魔術でショートカットできることは限られている。これからもベルナールの実験漬けの日々は変わりはしない。

「わかってるよ。頼むぜ…あぁっと…ロワイエだったっけ?」

プイッと顔を背けて呟いたベルナールの言葉に、顔を上げたロワイエがニヤリと笑う。

「苗字呼びとか寄宿学校の生徒みたいで気持ちが悪いな」

「名前覚えてねえよ」

「ランベールだ。覚えろよベル君」


だからそれはやめろ!と叫ぶベルナールに、今度はロワイエが「わかったわかった」と、わざとらしく気のない返答をしてみせるのだった。

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