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千の仮面を持つ王子

「ウィンドミューレン来たのぉに〜!ずぅっとぉ〜!むじん〜!」

「ウリャオイ!ウリャオイ!」

「ぜんぜん人をぉ見かけなぁい〜気がするぅ閑散ロード!」

「フッフッー!フワフワ!」


シュヴァペリンを抜けてウィンドミューレン帝国に入った馬車の御者席は、歌い手とそのオタクによってヤケクソじみた盛り上がりを見せていた。この日手綱を握るのはニコラで、隣に座ってどこかで聞いたような聴かないような曲を調子っぱずれに歌うフィリップに、雄々しい声で合いの手を入れていた。


「うるっせぇぞ!オイ、ニコラ!お前まで汚ねぇ声出してんじゃねぇ!」


あまりの騒音公害ぶりに、さすがに荷台のベルナールからクレームが入った。


「そうだぞニコラ。大サビではコールを入れないのが現場オタの鉄則だ」

「そっか。ごめんな」

「そうじゃねぇよ!わかれよ!このバカコンビ!」


訳知り顔で諭すような事を言うフィリップに、ニコラが素直に頭を下げる。その様子に苛立ちを隠さないベルナールが、グループ内唯一のツッコミ役としての責務を果たすように被せる。

わぁわぁとむさ苦しくもうるさい馬車の中では、ウィリアムスが「まぁまぁ」とベルナールを宥め、ジャンが騒音を物ともせずにスヤスヤと眠っていた。

そんなある意味のどかな雰囲気は、次の案内役(ガイド)の顔を見た瞬間に霧散した。





「やぁ、お疲れ様です。ここまで大変でしたね。ご無事で何より。…あぁ、ニコラもまだいたんだ。おつかれ」


笑顔で彼らを迎えた人物に、ニコラとベルナールが「ゲェ…」と押し出すように声を漏らした。


「何だよ、せっかく迎えに来たのにひどいな。人の顔見るなりその反応はないだろ」


そう言って、だがさして気にする様子もなく笑っているユベールの後ろには、今までのガイド達が用意していたものとは明らかに違うレベルの豪奢な馬車の列が控えていた。だがそれ以上に一行が驚いたのは、ウィンドミューレンの軍服を着た兵士たちまでも引き連れていたことだった。


「お前まで何顔突っ込んできてんだよ?!危ないこと企んでるじゃないだろうな?」

「お天道様はちゃんと見てるんだからな。世間に顔向けのできないようなことはするもんじゃねえぞ」

「失礼だよねホントに」


詰め寄ってくるニコラとベルナールに、わざとらしくユベールはため息を吐く。


「後ろ暗いところはないよ。やってることは人助けだしね…違う?」


まるで手の内を晒して降参するとでもいうように、両手を上げてみせたユベールに二人は口をつぐんだ。言われてしまえばその通りで、退屈で窮屈で、だが同時に危険で過酷な馬車の旅が終わるなら、それは助かるとしか言いようがない。


「こっちの軍に顔の効く人とお話ししたらね、こうして力を貸してくれたんだ。助かるよね。そういう訳だから、ここから先は王子殿下たちは俺たちがお連れするするけど…どうする?」


そう問いかけて一行を見回したユベールに、いまだに拭い難い胡散臭さを感じながらもそれぞれが自分の意思を示す。


「俺は患者に着いていくぞ。娘からも任されてるからな」

「じゃあ僕もベルナールさんのことをお嬢様に任されているので一緒に行きますネェ!」


想定通りのことを言うベルナールとジャンのコンビに頷いてから、もう一組にユベールが視線を送る。


「俺はもうひとりでもだいじょぶだよ」

「大丈夫じゃないだろ!だってお前は…あー…えっとその、とにかくダメ!俺も着いていくからな!」


自分の肩をガシリと掴んだ相手を、フィリップが不思議そうに見上げる。その視線とかち合ったニコラが急にバッと手を離すと「俺は!ランベールとは違うからな!」と、また一際大きな声をあげた。


「どうしたのアレ?」

「知らねぇが、ここんとこずっとああだな」


長年の友人が見せた不自然な挙動に対して、ユベールが疑問を投げかける。ベルナールからのそっけない返事を聞いて顎に手を当てて考えたユベールは、少ない情報からもっともニコラにとって不名誉な答えを弾き出した。


「わかった。ショタコンキモ魔術師ね。了解」


角度の無いところから急に蹴り込まれた想定を超えるレベルの悪口を、不幸にもニコラは真正面から受け止めた。


「ばっ!おまっ!?ちっげえよ!ふざっけんな!」

「あはは、必死すぎ。ウケる」


茶々を入れるフィリップに「ちょっと黙ってろ!」と語気を荒げるニコラは、しかし沈黙の対価として菓子の包みを少年に渡すという甘い方針を取った。それを「あーあ」とでも言いたげな、残念な生き物を見る目でユベールが眺めている。


必死に釈明するニコラの横で、フィリップがジンジャーブレッドをバキバキと噛み砕く。まるでマイ◯ラのスティー◯のようにボロボロと豪快に食べカスをこぼしている。それを見かねた一児(+1)の父であるベルナールが「汚ねえな!落ち着いて食えよ!」とハンカチを渡してやっている。


「パパァー!俺も認知してぇー!」

「ウワッ、口に入れたまま喋んな!ちゃんと飲み込め!」

「お前にそういう趣味があったとはね…気付いてやれなくて悪かったよ。辛かったよな」

「だから!そんなんじゃないって!憐れむな俺を!」


そんな騒動を丸ごとスルーして、ジャンとウイリアムスは兵士たちとこれからの道行について話していた。





万全な警備、乗り心地のいい馬車、この旅の中で経験しなかった恵まれた環境ではあるのだが、車内の雰囲気は暗く重い。


『元気がないね』


ウイリアムスの問いかけにフィリップは窓の外を眺めたまま答えなかった。

世間一般の常識では王族は王族のみと同列に扱われる。今まで雑多に誤魔化されていたものが、ここにきてキチンと選別されただけなのに、二人きりとなった車中には冷ややかな沈黙が横たわっている。


『今回のこと、君には感謝しているんだよ』

『あっそ』


めげずに話しかけるウイリアムスに、ようやくフィリップが返事をする。その簡潔さに思わず笑いを漏らしたウイリアムスに対し、フィリップが熱のこもらない視線を向ける。


『俺は、あなたについて詳しくは聞いていないし、これから聞くつもりもない。ただ…』

『ただ、何かな?』


親子ほどに年齢の離れたウィリアムスは、ぶっきらぼうな子供の物言いをいつものように微笑みながら聞いている。だがそれは心の内を読ませないための仮面だとフィリップは見做していた。


『俺は自分の力で生き残れないような人間に、王族としての価値があるとは思えない』

『…ふふ、立派だね。さすが南の雄たるヘルムフューレン王国の王子だ。実にシュヴァペリン魂を感じる素晴らしい心意気だよ』


フィリップが形の良い眉をつり上げる。額面通りに受け取れば褒め称えているようだが、皮肉であると彼は捉えた。


『別に馬鹿にしている訳じゃないよ。だけど、その考え方は君自身を不幸にする。早くやめた方がいい』

『自国から逃げて国民を裏切るのが、あなたの幸福なのか?』


ここまで言われて尚、ウイリアムスの仮面は剥がれない。ただ言葉からは心の底に溜まっていた汚泥のような思いの一端が漏れ出でる。


『国民、ね。彼らは勘違いをしている。ちょっといい道具と仕組みを作れたくらいで、周辺国を敵に回して勝てると思い上がっている。現実が見えていないから、勇ましい正義とやらを振り翳しては、野盗のように隣人から奪い殺めて喜んでいる。…夜郎自大で欲深く己を顧みることもない愚か者たちだよ』

『…あなたはそれを正せる立場なんじゃないか?』


軍事的に拡大しようとしているケンプフェンの、その現状を知っているフィリップはウイリアムスの痛烈な評価を否定することはできない。だが時代の有り様や彼の生まれた立場を考えれば、迫り上がってくる不快感を消し去ることは出来ない。


『王族なんてものにもう大した価値はない。本当は君も気付いていて、だから彼らと、ああいう付き合いをしているんだろう?』


ずっと笑顔に見えていたものは、諦観を塗り固めた上に乗った虚飾だった。色んなものを諦めてここまで来たのだと、彼の目がフィリップに訴えている。


『でも俺は…俺にだって、きっと何か出来るはずだ。あなたは賢しらなことを言うだけで、何もしないじゃないか。皆を見下して、自分だけ逃げて、そんなのただの恥知らずの卑怯者じゃないか!』


反発がフィリップの口を軽くする。普段なら放つことのない言葉の刃を振るってしまってから、言いすぎたという自省の念で口を引き結ぶ。


『そうだね。君の言う通りだよ。僕は僕が生き残るために動いているにすぎない』と、仮面の男は子供の癇癪としては重すぎる言葉を甘んじて受け入れてみせた。


『いずれ君の国も巻き込まれる。この流れは止まらない。だけど…僕は君が、本来の君のままで、幸福になって欲しいと願っているよ。そのための手助けは、あまり出来そうもないけどね』


再び馬車は重い沈黙に支包まれる。車輪の音と馬の足音が延々と反復されるだけの空間で、窓の外だけが目紛しく景色を変え帝都の街並をその枠の中に捉える。


『さぁ、そろそろ到着だ。君にとってはこれまでも数え切れないくらい経験したものだろうけど、ここも正念場だよ。いつもの楽しくて破天荒な王子様の顔に戻らないとね』


そう言ったウィリアムスの笑顔は、いつもよりも少しだけ明るくて、わざとらしいなとフィリップに思わせた。





馬車の中で終始硬い表情を見せていた少年は、一歩外に足を踏み出した途端に驚くほど早さでいつもの調子を取り戻した。飛び出すように降りていく少年に続いてステップを踏んだウィリアムスは、短く切られた黒い髪を目で追いかける。


聡明で、勇敢で、美貌にすら恵まれて、全てを持っているように見えるこの子供は、だが最初のボタンを掛け違えてしまった為に、その未来に幸福は訪れようもない。


それを残念だと、哀れんだ振りをして鑑賞する趣味も、そんな感傷に浸る余裕もウィリアムスにはない。けれども自分の子を持てなかった彼にとって、他の誰より気掛かりな存在として、フィリップは彼の関心を繋ぎ止めていた。

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ユベールさんが来た~おじ様との密談から、今か今かとお待ち申しておりました。ユベールさんの後ろに苦虫を嚙み潰したような茶ぐまが見えます。ウイリアムスさんの言うこともわかるのです。綺麗ごとだけでは、生きて…
きゃーユベールさん今日もうさんくさい!(歓声) 「暗躍して♡」「なんか企んで♡」ってうちわ振っちゃいます 長年の友人とベルさんから再会早々ヒドいことを言われてるのに 気にしない面の皮が厚い…そゆとこ好…
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