傲慢と暴食と嫉妬と…あと何個かあるやつ
「プルスト…今まで本当にごめんなさい」
涙目で何度も自分の父に謝るアデライドを見つけたパメラは、意識する前にピャッと走り寄って主人を抱きしめて父と向き合った。
「お父さん何!?お嬢様をいじめてるの!?」
常々“公私の区別をつけなさい“と父に言われているのを忘れるほどにパメラが慌てている。それに驚いたアデライドが「チガイマスノ!チガイマスノ!」と腕の中でウゴウゴと蠢く。しばらくして解放されたアデライドは、悲嘆に暮れた顔で「あなたにも説明していなかったわたくしが卑怯だったのですわ…」と前置きしてから、アデライドがプルストと初めて会ってから契約魔法を掛けるまでの経緯を話し始めた。
「へぇ〜、そんなことがあったんですねえ」
「へぇ〜って…もっと何かこう…ありますでしょう?遠慮しなくていいんですのよ?わたくしがいけないのですから…」
悔恨の告白をふわっとした感嘆詞で流されて拍子抜けしつつも、後ろめたさからまっすぐパメラの目を見れないアデライドはチラチラと探るように視線を送る。
「でもその魔法がなかったら、私ってこんなに早く病気が治らなくて元気にならなかったかもしれないですし。ていうか、お父さんが分からず屋すぎません?もっとサッサとお嬢様に協力してれば良かったんですよ!」
父親に厳しい視線を注ぐことには定評のあるパメラの言いように、アデライドはまた「チガイマスノ!」と叫ぶ。
「わたくしのしたことは!許されないことですわ!魔法で縛り付けるより、まず話し合いをすべきでしたの!」
まるで癇癪を起こした子供のようにブンブンと首を振るアデライドだが、パメラには響かなかったようで「え〜そうですかぁ?」と気の抜けた答えが返って来た。
「そういえば何年か前に、その件でロワイエ卿にお説教されてましたね!あの時めちゃくちゃ怒られながらなのに、お嬢様は夕飯を食べきったうえにデザートのおかわりまでしたんですよね!」
「エッ、ダッテ、オイシカッタ…って、なんですの!文句がございまして!?」
ポールが当たり前のように会話に参加してきたことよりも、その発言の内容にアデライドが逆ギレにも似た取り乱しかたをする。確かデザートはシェフパティシエのスペシャリテであるオペラだったと、アデライドの食いしん坊メモリに記録されている。薄く作ったチョコレートの層と、…あと何かよくわからないけどすごく美味しい層を7つも重ねた名作を、食べないなどという考えはアデライドには存在しない。
「そうですよポールさん!お嬢様はどんなに落ち込んでいてもご飯を残さないって、みんな褒めてるんですよ!」
「エッ」
「知ってます!でもおかわりまでしたのには、ロワイエ卿だけでなくみんなが驚いてましたけど!」
「エッ…あなたたち、なんですのそれは…みんなって誰ですの…?」
「自分と、ニコラさんと、給仕と厨房とメイドの人たちですかね!」
「ほぼ全員!?」
数年越しに発覚した事実に呆然とするアデライドを叩きのめすように、またも新規参戦してきたジャンのバカでかい声が鼓膜を打ち付ける。
「僕ぁさっぱりお話が読めないんですけどねぇ!?お嬢様はいついかなる状況でも、お食事に一生懸命って理解で大丈夫でしょうかぁ⤴︎!?」
「ぜんぜん大丈夫じゃありませんわ!やめてくださいまし!!」
夢から覚めたアデライドは、“ざまぁ”をするために他人を利用しようとした自身の傲慢さを謝罪していた。だが今、流れは完全に現在進行形で行われる暴食の話題にすり替わってしまった。
どんな状況下でも食欲を失わない“エクストリーム食いしん坊”の烙印を押され、「チガイマスノッ!チガイマスノォ!」とアデライドがジタバタしている。それを当のプルストがなだめる羽目になっているのを、シャルルの邸宅の使用人たちも仕事の手を休めて見守っていた。
「…というご様子でして、斯様にご心配をなされなくともよろしいかと。アデライド様は今日も1日すこぶるお元気でいらっしゃいまして、屋敷中に声が響いておりましたよ」
「そうか。ひとまず安心だな」
アデライドが悪夢にうなされた翌る日。仕事から帰ったシャルルはバジルからの報告を受けて表情を和らげた。執事の所感に潜んだ当て擦るような棘の部分はスルーして、ただ姪の調子が浮上したことに喜ぶシャルルを、バジルは呆れたような顔で見やる。真っ直ぐいそいそと帰宅してまず尋ねるのが姪のご機嫌とは、いったい自分の主人はどうしてしまったのやらとジトッとした目をする執事をまったく気にしない様子で、シャルルが問う。
「それで、アデライドの支度は整ったのか?」
いよいよもって姪バカだなと、バジルが主人の有り様にウンザリしたときドアがノックされ、姪バカ製造機ことアデライドが顔を覗かせた。
彼女が着ているのは以前宮殿に着て行ったのと同じ赤いベルベットのドレスであったが、その胸には大きな宝石ではなく、シャルルの贈ったスズランのブローチが飾られていた。水晶で作られた小さな花が連なったそれを、アデライドはとても喜んで宝物だと言って笑った。
今日はこの大陸の聖夜である。ウィンドミューレン帝国では家庭で厳粛に過ごすことが求められるので、コンフォート王国のように晩餐会などは催されない。
家族での食事のために、自分に見せるためだけにめかし込んだ姪に、シャルルは過去の淫蕩の過程で訓練された美辞麗句の雨を浴びせる。
笑顔で礼を言ったアデライドは、手帳を出して真剣に何事か書き込む。それをシャルルはひょいと取り上げて、やはりサラサラと書きこんだ後、持ち主に返した。
“叔父様は多様な褒め言葉の使い手"という書き込みは二重線で取り消され、"見たままを言っただけだが、嫌だったか?"と書かれていた。
それを見たアデライドが「チッ、チッ…チガイマスノッ!」と顔を赤くし、シャルルは声を上げて笑い、そしてバジルが苦み走った顔で「お食事が冷めますよ」と二人を促した。
手を温めようとして吐いた息が白くなった。視覚にも主張してくる寒さに、思わず擦り合わせた手をシャルルがすっと握ってくれてアデライドが笑顔になる。夕食後、彼らは近所の教会のミサに参加して、今は手を繋いで家路についている。
特に信心深くもないアデライドは、前世の除夜の鐘に参加した時のようなノリで、今年の反省を心の中で呟いて自己完結して帰ってきた。血は争えないのかシャルルも同じようなことをしている。短い足の歩幅に合わせながら今も彼は考える。この傍の存在がした告白の内容について。
彼女の話したことは、過去であり未来であり存在しない事象であり妄言の類に近い。すべてを理解はできないが、だが不思議とシャルルの胸を打つものがあった。
以前の彼であったのなら、一笑に付して忘れるか…もし真実であったならば、姪の記憶は予知のようなものなので宝の山が隠れている可能性がある。強欲にも利用したと思う。だがそれよりも何よりも考えるべきことが今はあった。
姪の話す"かつてあったという未来"に、自分の存在はない。しかしシャルルにはわかる。その未来の自分は、姪を、祖国を切り捨てたのだろうと。父が死んで兄に公爵位を掠め取られたのなら、彼にとってもうあの家に固執する理由はない。帝国での地位を高める方向で動くだろう。自分なら問題なくそれが出来るからだ。
だけど今は、その選択をする気にはなれない。手にした温もりに引き寄せられるように、生まれた家のことを考える。あの家を内側から立て直すことも、自分ならば確実に出来ると、そう思った。
そんなシャルルの物思いに気が付かないアデライドは、信頼しきったような顔で無邪気に笑っている。
「叔父様の息も白くなっておりますわ!ふふっ、以前ランベール先生になぜ白くなるのですかと聞いたことがあるのです。そしたら空気が含む水蒸気の話が始まって、最後には水と氷の魔術のお話になってしまいましたのよ。それで宿題も増えてしまって、わたくしとっても後悔しましたの!」
姪の現在に頻繁に顔を出す男の話題に、シャルルは密かに苛立つ。姪を利用して立ち回っていることはもちろん、それなり以上に役立っていることも癇に障る。
さぁこの悪い虫をどうしてやろうかと、シャルルは考える。出来ることはそれなりに多い。いくつかの案を気ままに並べるシャルルの嫉妬と憤怒のベクトルは、八つ当たりの矢となってランベールに向けられるのだった。
プシュンとクシャミをした甥っ子に、昔から変に可愛いらしいクシャミをするところは変わらないなと思いつつ、叔父であるイニャスは「気を付けろよ」と声をかける。
「年明けからはもっと忙しくなるからな。風邪を引いてる暇はないぞ」
「そうですか」と他人事のように流すランベールに、叔父はそういえば説明するのを忘れていたなと思い出した。
「北部の製鉄所を買い取って稼働させるぞ」
「そんな投資をする金がどこにあるんですか?」
いまも暖房費の節約のために男三人一部屋にギュッと詰め込まれている状態の伯爵家の当主は、これまた他人事のような顔で純粋な疑問を口にする。
「アルドワンで鉄鉱石を採るだろう?あそこにはまだ製鉄所がないから、うちにあるものを使いたいそうだ。まぁ設備投資は必要だがな」
「お袋が張り切ってるよな。マドレーヌ嬢と妙に気が合っててさ」
「ああ、母さんがな、自分とこの事業を売り払ってそれに専念するって言っててなぁ…来年からはお前とも会う機会は増えるからな」
ニコラの言う“お袋”と、イニャスの言う“母さん”は、ランベールにとっての叔母である。この人物をランベールは殊の外苦手としている。彼女は活動的すぎて、いつも大体領地にいない。油断していたランベールは、叔父の不吉な予言に動揺して金の話を一旦忘れた。
「いや、わざわざ会わなくても勝手にやってくれれば…」
「いやいやいや、そりゃあ出来んよ!あくまでお前が当主だからな。爵位簒奪なんぞと言われちゃかなわん」
慌てて否定する叔父の言うことはわからないでもないが、それでも気が重いことに変わりはない。そんなランベールに対し、こちらも我関せずという姿勢のままのニコラが、新たな爆弾を落とす。
「いまなんか、シュヴァペリンの南側から石炭買うとかで向こうに行ってるよ。帰ってきたらアディちゃんとも会いたいってさ」
「なぜアデライドお嬢様に」と言いかけて、ランベールは気がついた。金のある場所と、ヴォルテール家の威光というものの連なりに。自分がしたことのスケールアップバージョンをこなそうとする叔母に、さらに忌避感を覚える彼は、自己矛盾をうまく消化できずに苦いものを飲み込んだような顔をする。
家を守るというよりもただ残されただけの男たちは、年が明けて女性たちが帰るのを待つしかない。やはり帰るべきではなかったかと考えるランベールの、苦労も増すであろう来年はもうすぐそこまで迫っていた。




