千五百秋チートデイ
季節が秋に移り変わった頃、アデライドは今年もロワイエ領の静かの森を訪れた。
当然ながら年を追うごとに成長しているアデライドだが、ニコラの目には今年は心なしか満遍なく膨らんで見えた[1]。そんな推しを前にした地元のおじさんおばさんたちは、ニコラが止める間も無く沸き立つパッションのまま彼女を歓迎した。
「まぁ〜、アディちゃん!なんだねこの子はふくふくして!けっこくなったに!」(訳:まぁ、アデライドさん!とてもふっくらとして綺麗になりましたね!)
「やいやい!随分といかくなったじゃんねえ!もう立派なお姉さんだら!」(訳:わぁ!とても大きくなりましたね!大人の女性のように見えますよ!)
アデライドは無抵抗で地元のお年寄りたちのモッシュが収まるのを待っていた。推しの頬や頭を撫でまわす彼らを、公式[2]が動く前にニコラが剥がしに行く。ぶうぶうだらだらと文句を垂れるファンたちの背中を、彼は流れ作業のように押していった。
例年通りに自立歩行型草刈機としての仕事をこなすため、アデライドは慣れた様子で支度を始めた。飛散物と日焼けから顔を守るためのベール付き帽子や、皮の手袋と前掛けを装備する。
以前は大人が腰に巻く前掛けを改造して使っていたが、どうやら今年は自分用にあつらえたようでピンク色に染められた皮素材に型押しで花やリボンの模様が描かれていた[3]。他の装備も薄桃色で統一されており、そんな推しの新衣装にまたオタクたちが「バカめんこいら!」(訳:とてもかわいらしいですね!)と騒いでいた。
全体的にピンク色になったアデライドをニコラは意図せずじっと見つめてしまったようで、ピンク令嬢から「何かありまして?」と尋ねられて初めて自分の所業に気がついた。
「いやぁ、しばらく見ない間に立派なレディになったなって思ってさ」
「…正直におっしゃってくださいまし」
「えっと…なんかパッツパツだなって(訳:よく身の詰まった子豚のようです)」
「正直すぎましてよ!少しは加減してくださいまし!」
ニコラはブーブーと怒りを表明する子豚令嬢を前に、言えって言ったのは自分じゃんという気持ちを抑えて別の言葉を口にする。
「いやぁその…健康的でいいと思うよ(訳:痩せているようには見えませんが、健康体重ではないでしょうか)」
そのとき草刈り用に回している樹脂製の刃からチュインッと音がした。刃と接触して飛び跳ねた小石が、アデライドのムカッ腹にピシピシと当たっては跳ね返されていく。その立派な自分の腹部を客観視したご立腹令嬢は、次第にしょぼくれ子豚に変容していった。
「…わたくし、今回は減量するためもあってこちらに伺いましたの。ですから遠慮なくこき使ってくださいまし」
落ち込みつつも薮を刈り尽くさんとする意欲に燃えていたアデライドだったが、脂肪に火がつく前に地元民との労働協定による休憩時間(訳:アディちゃんふれあいタイム)が設けられた。
「アディちゃん。こりゃあな、うちのおかぁがこしらえたもんだけんども、こうして食べるとうまいで。食べてってごろう?(訳:アデライドさん私の妻が乾燥させたミラベルの実です。胡桃と食べ合わせると美味しいので召し上がってください)」
「まぁ、奥様が作られましたの?美味しそうですわね!」
おじさんが一口大にしたドライフルーツに胡桃を埋め込むようにしてアデライドに渡した。勧められるままに口に入れるとそれぞれの甘みだけでなく、ねっとりしたフルーツとコリコリした胡桃の歯応えも楽しめた。もぐもぐと味わいながらアデライドは思わずにんまりと笑みを漏らしていた。
「アディちゃん俺っちのも食べるさ!」「こっちもうまいでねぇ!」(訳:餌付けするのたのしい!)
地元のおじさん達がここぞとばかりに、ニマニマするアデライドへ手に手に食べ物を携え詰め寄ってくる。
「遠慮なんかせんでええで、たぁ〜んとあるでな!(訳:たくさん用意しましたから遠慮せず食べてください)」
「エッアッ…ありがとうございます!(訳:ごっつぁんです!)」
好意という名のカロリー弾幕に包囲されたアデライドは、ドライフルーツとナッツ類という小型爆弾をフル充填する羽目になってしまった。この事態を重く見た彼女は、消費カロリーvs摂取カロリーの拮抗した戦いを終わらせるために猛然と草を刈ることにした。
猪のように藪を掻き分けて刈った草を、護衛の騎士たちとともに回収まで行う子豚令嬢のたくましい姿は、ファンたち以外の目にも焼き付き後々まで語り継がれることになった。
夕方になり目立った薮が綺麗に刈られ、おじさん達の狩りもひと段落した頃、ランベールが森の奥から帰ってきた。相変わらず単独行動しがちな青年を、特に咎めることもなく皆が迎える。
「今年はアルドワン領側も良く手入れされていますし、森の実りも平年並みです。これなら獣も魔獣もヒトの領域に降りて来ることはないと思われるのですが…」
「なんだよ。何かあったのか?」
「いや、何がということはないのだが…」
珍しく言い淀んだ様子のランベールをニコラが問いただそうとしたところで、おじさん達が割って入ってきた。
「なにょ〜してるだか二人そろって!晩は寄り合いでな、夕飯もあるだで、しょろしょろしてんとさっさと行くさ!(訳:お二人とも、今晩は皆でご飯を食べる準備をしてあります。早く行きましょう!)」
行かざぁーと口々に喚き立てるおじさんの群れに巻き込まれて、彼らの話はうやむやになってしまった。
村の寄合所では、おばさん達とともにプルスト親子が食事の用意をしていた。
パメラと共に今度はおばさん達に囲まれているアデライドをよそに、おじさん達の飲み会がフライングで始まっていた。
「アディちゃんももうちっとで大人になるじゃんねえ。こっちら辺でいい相手を見つけてやらんと」
「川向こうん家に大学まで行ったのがいなかっただか?」
「あっちん家の倅はお町から帰ってきとらんし、とっくのとんまに嫁っこもらってるって話だに」
「そりゃあえーかん前じゃんね?なかなか若いのがおらんもんで、困るら」
おじさん達の会話にニコラが口を挟もうとして、やめた。
彼らが話しているのは「アディちゃんを地元男性と結婚させて、この土地に定住してもらおう」という計画である。
このことについては彼女が初めて来た年から度々彼らの話題に上がっていた[4]。ニコラがそれは無理だと懇々と言い聞かせてはいたのだが、その時には神妙な顔をして黙り込むおじさん達は、しばらくするとまた同じ話題で盛り上がっていた。セーブデータが飛んだというよりはセーブ機能自体がない状態なのだと、ニコラは最近気付かされた。
放置しようにも今日はご本人もいる。公式[5]の耳に入らないうちにこの会話を終わらせるべく考えを巡らせたニコラは、隣で我関せずという顔をして資料の読解に集中している男の腕を掴んだ。
「若い未婚の男ならここにいるじゃん!大学も出てるし、なんなら爵位も持ってるって!」
急に腕を引っ張られて眉を寄せるランベールの顔をまじまじと見つめたおじさん達は、何も聞こえなかったように元の話題に戻っていった。
「他所の衆でもいいにするで(訳:他の地域の男性で妥協しましょう)」
「こっちに家を建ててやりゃあええに(訳:この地域に家を建てて住んでもらいましょう)」
あまりのスルーされっぷりに思わず「ごめん」と呟いたニコラの、いかにも申し訳ないという顔が無用なムカつきを掻き立てたが、ランベールは無視して話題を変えた。
「このお前が書いた調査記録だが、春から夏の時期に発生した昆虫っていうのは何だ?」
「あっ、そうそう。初めて見るやつなんだよ!なぁ、おっさん達も見たよな!青いやつ!」
ニコラに話を振られたおじさん達も、興奮したように言い募った。
「ピカピカ光るやつだら?俺っちは60年もここにおるけんども、見たこたぁなかったで(訳:光る虫でしょうか?私は60年ここに住んでいますが、初めて見ました)」
「あんな目立つ奴がいりゃあ覚えてるはずじゃんねぇ?触るとかぶれるしなぁ。やっきりするら(訳:目立つ特徴のある虫なので、我々が覚えていないのはおかしいです)」
体表面が青く、時折光り、触るとかぶれる…ランベールはこの虫のことを知っていた。「マスミサンか?なぜここに…」そう呟く彼に、ニコラが尋ねる。
「その虫がどうしたんだよ?別に触らなきゃ害もないぜ」
「いや、今日森に入ったときに…何か漠然とだが、以前と違うような気がしたんだ」
「なんだそれ。考えすぎじゃないか?今んとこぜんぜん問題ないし」
「それよりさぁ」とニコラが頬杖をついたままランベールをジトリと睨む。
「お前ほんとにアディちゃんに魔術教えてんの?ぜんぜん進歩してないんだけど」
グッと言葉に詰まったランベールの考えを代弁をするようにニコラが続ける。
「どうせまたさ、実践は魔術理論を完璧に理解してからダァ〜とか思ってんだろ?でもさ、その理屈でうまくいやつばっかりじゃないって。実習の時に学んだだろそこんとこをさ」
「…あやふやな状態で使うには、魔術というものは危険すぎる。自然に魔術式が組めるようになるまでは使うべきではないだろう」
「そうだけどさ、お前と一般じゃ“カンペキ”の範囲っつーかレベル的なものが違うの。いい加減分かれよ」
いかにも文句ありげな従兄弟の横顔を見ながら、コイツは教師とか絶対なっちゃいけない人種だよなとニコラは改めて確信していた。
一方で料理の手伝いに行ったはずのアデライドは、味見と称して色々食べさせられていた。皆で食卓についてからも、鹿やキノコやいちじくなどの森と秋の味覚を「食べんと料理も覚えんに(訳:食べて地元の味を覚えてください)」と言われて大量に勧められていた。元々断れない性格の彼女は、そのすべてを綺麗に平らげてしまっていた。
「お嬢様!ダイエット中ですよね!そんなに食べて大丈夫なんですか?」
「これは…なんというか、チートデイ[6]ですわ!今日は特別にたくさん食べてもいい日ですのよ!」
「君ぃ!お嬢様は育ち盛りなんだから、毎日が満腹以上・暴食未満でもいいでしょうがぁ!(訳:いつもたくさん食べてますよね)」
「お嬢様は太っていません!(訳:お嬢様は太ってないです!)」
「お嬢様はそのままでよろしいかと(訳:ありのままのお嬢様がいい)」
アデライド公式たちが見解の違いで揉めているのを遠巻きに眺めていたニコラは、隣の従兄弟に意見を求めた。
「アディちゃんさぁ、太ったよなぁ[7]」
「ああ、うん、そうか…(訳:どうでもいい)」
「お前はそういうやつだよな…」
資料から目を離さず気のない返事だけをよこすランベールが予想通りすぎて、ニコラは乾いた笑いを漏らすしかなかった。
脚注______________________
[1] 主観的な印象です。信頼できる情報元が提示されていません。
[2] ヴォルテール公爵家スタッフのこと。ここでは護衛の二人を指すが、ポールは「別にいいんじゃないですか!」と放置する方針。
[3] パメラたちによるデザイン。可愛らしいし似合うのだが、全力で膨張色。
[4]「酒の肴として丁度いいだけだろう」とはランベールの弁。
[5] ヴォルテール公爵家スタッフのこと。ポールは「別にいいんじゃないですか!」とこれも放置の姿勢。
[6] ダイエット中に営まれる爆食の宴。
[7] 成長期の人物です。デリカシーに欠ける結論は削除対象となります。




