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3月の風と4月の雨が5月の花を連れてくる

まだ早朝の空気の残る時刻、ヴォルテール公爵家の玄関ポーチには使用人が集まり円陣を作っていた。その中心に立ったアデライドが、沈黙と緊張感を切り裂くように声を上げる。


「皆さん!貴方たちが今日の為に全力で頑張ってくださいましたことを、わたくしはよく知っております!」


「「「ハイ!」」」と使用人たちから返ってきた声に頷き、アデライドが腕を上げ人差し指を立てた。


「努力の成果は絶対返ってきますわ!ですから今日は!全員で楽しみましょう!ヴォルテール公爵家!ワンフォーオール!」

「「「オールフォーワン!!」」」


アデライドのコールに息の合ったレスポンスが跳ね返って来る。振り上げた腕を下ろすと、使用人たちはそのままの勢いで各自の持ち場へと散っていった。


またまた急遽帰省していたシャルルは、使用人たちの士気の高さに気圧された。シャルルの記憶違いで無ければ、彼らが今から挑むのはアデライドの11歳のお誕生日会(1ヶ月ぶり2度目)である。一体何が彼らを駆り立てているのかは分からないが、姪っ子の奇行に少し慣れてきた彼は、空気を読んでとりあえず頷いておいた。






貴族を招待する誕生会を初めて開くにあたり、アデライドは事前に頼もしい参謀たちを迎えて協力を仰いでいた。


「この方は最近足を怪我されたから配慮して。あとこの方たちはなるべく顔を合わせないように、使用人に誘導させて」

「ハイ!わかりましたわ!レリィお姉様」


レリアの意見に頷きメモをとっていたアデライドに、隣から声がかけられる。


「あら、アディちゃん。この方をお呼びするなら帝国風の楽曲はダメね。国内の曲が得意な楽団を呼びましょう」

「アッ!ハイ!リヴィエ伯爵夫人」


アデライドの文通友達であるミシェルの母ミシュリーヌ・ド・リヴィエは、眉を下げ頬に手を当てる。ミシェルに似た緑の瞳に長い睫毛が影を落とす。


「ねぇアディちゃん。リヴィエ伯爵夫人なんてよそよそしい呼び方じゃなくて、私もレリアさんのように呼んでいただきたいのだけれど、ダメかしら?」

「…エッ、エッ…あの、では、ミミィお姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


アデライドの返答に、室内に静寂が満ちた。レリアが真っ先に我に返って「ちょっと、失礼でしょ!」と、アデライドの頬を両手で挟む。その後ろではリヴィエ伯爵夫人が手のひらで顔を覆いながら首を振っていた。


「もぉ!もぉ!何なのこの子!この歳でそんな呼ばれ方するとは思わないじゃない!もう!」


レリアに頬を挟まれているせいで「んもも…」と呻いているアデライドをスルーして話が進む。


「間を取って、ミミィ夫人と読んでくださいな!」

「えっ、よりによってそこ残すんですか!?」

「ミミィお母様でもいいのよ?」

「良くないでしょ!?誤解しかされないから!」


こうして横道に逸れながらも、準備は順調に進んでいった…かに見えた。だが当初は数十人ほどを予定していた参加者は、三桁の人数に達して尚も膨れ上がっていた。


「なぜ…お祖父様はお仕事があって参加されませんのに」と招待客の一覧を見ながらうめくアデライドに、レリアが渋い顔で告げる。


「貴族の間で本格的に噂になっちゃったみたいでさ…この人からも呼んで欲しいって頼まれたわ」

「なんと…」

「ここ数年はヴォルテール家で政治関係以外の大きな催しが開かれることがなかったでしょう?皆さんこの機会を逃したくないらしくて。次の見込みもないのに断ってしまうと角が立ってしまうし…ところで、こちらの方も参加したいそうなの」


新たに貴族数名の名前が書かれたメモを渡され、アデライドは白目をむいた。


「たたたた大変なことになってしまいましたわわわわわ」と、プルプルと震えるアデライドの元に、プルストが「シャルル様から電報です」と二つ折りにされた紙を差し出した。

厚めの台紙に貼られた細長い紙には"タンジョウカイ シュッセキノタメ キセイスル シバシ マタレタシ"と書かれていた。

この世界ではまだ電報は政府や一部報道機関のみで使用され、民間には普及していなかった。驚いたアデライドがプルストを仰ぎ見る。


「昨日こちらから電報を打ちまして、すぐにお返事をいただけました」


プルストはニコニコと事もなげに笑っている。彼を筆頭に、優秀すぎるくらいな使用人たちが今から奔走してくれているし、シャルルも忙しいなか駆け付けてくれる。余韻を味わうようにリボン状の紙をなぞるアデライドの指は、もう震えてはいなかった。






そんなこんなで当日、鬨の声を上げて気合を入れたアデライドたちは、続々と訪れる貴族たちの対応に追われていた。公爵家の応接間とホールと庭というやたらと広い空間を開放しても、なお高い人口密度は巻き戻し前にも経験したことのないものだった。


アデライドはレリアたちと何度も練習した挨拶と会話を披露し、打ち合わせ通りの順番で邸内に来客を案内する。客の話が長くなるとシャルルがさりげなく割り込んで気を逸らしてくれた。

ミミィ夫人懇意の楽団は優雅に曲を奏で、マドレーヌと作ったお店のデザートがテーブルを飾り、レリアは美しく装って彼女の友人たちと共に手持ち無沙汰な客を人の輪の中に招いていた。皆が助けてくれることが嬉しくて、涙で崩壊しそうになるアデライドの顔面を、パメラたち女性陣がさりげなくフォローしてくれた。

そんな巻き戻し前には味わったことのない幸せをゆっくり噛み締めていた彼女のもとに、情緒ゼロの集団が現れた。


「アデライドォ!オレら集まったからぁ、何かぁ、ドッジしようぜって、なった!いま!でぇ、お前もメンバーに入れてやるかって、なった!」


そういえば招いていたエドガーと、その友人たちがワラワラと集まってきた。ふわふわとした幸福感の中にいたアデライドは、普段持ち合わせている「なった、ってなんですの??」というツッコミ力を失っていた。

「楽しそうですわ」と流されそうになったアデライドの視界に首を振るプルストが映った。アデライドがサササッと指で“少し外す”とサインを送ると、やはり優秀な侍従は首を振った。頑なな投手プルストの要求に折れる形で、捕手アデライドはストレートに誘いを断ることにした。


「…残念ですが、わたくしはまだお客様をお持てなししなければなりませんの」

「や!でもぉ、お前入れてぇ、人数ぴったりでぇって、なってんだけど」

「あ、あの、おめでとうございますヴォルテール公爵令嬢」


そのときミシェルがちょうど挨拶に訪れた。それはアデライドにとっては天啓で、彼にとってはかつてない不運となった。


「エドガー様、こちらリヴィエ伯爵家のミシェル様ですわ。ドッジボールをご一緒いただいてはいかがでしょう?」

「え?」

「まじ?つか、オレはぁ、別にいいけど。チーム分けすっからぁ、グッパーしようぜ!」

「え?え?」


実は人数が集まれば誰でも良かったらしい男子集団が、ミシェルにわさわさと寄ってたかる。「ダレ?」「ドコ住み?」「ドッジ好き?」と口々に問う彼らに、困惑のままにミシェルは連行されていった。


それを見守ったアデライドは、そういえばどこでゲームをする気なのかと辺りを見回すと、庭の一部にドッジボールコートが作られていた。芝生の上に白い線が引かれ、内野と外野が青と赤で染められているという凝りようだった。驚くアデライドに目の合った庭師が笑って親指を上げてみせた。

庭師達はアデライドがエドガーのせいで一時ドッジボールに興じていたのを知っていた。誕生会に向けて「お嬢様のお好きなものを作っておりますよ!」と張り切ってくれていたのはこれだったのかと、アデライドは彼らの贈り物を前に両手でサムズアップして答えた。

おおよそ公爵令嬢に贈るものではないし、一時的にハマったものをずっと好きだと思い込むのは大人と子供の間ではよくあるすれ違いだが、今こうして実を結んだことにアデライドは感動していた。


「あら!ミシェルにあんなにお友達が!」と喜ぶミミィ夫人とともに、女性には見えにくい男社会のヒエラルキーに突如放り込まれたミシェルを、アデライドたちは温かく見送ったのだった。




「なぜミシェルと…おば様まであの子の側にいるのよ!」

「シッ…声が大きいわベラ」

「だってジョゼ!クリスと引き離されただけじゃなく、あんな子に従わされて…ミシェルが気の毒だわ!」


華やかなガーデンパーティーから少し外れた木陰では、イザベラ・ド・ランジュレ伯爵令嬢とジョゼット・ド・バルリエ侯爵令嬢がコソコソと顔を寄せ合い話していた。


「仕方ないわ、ベラだって無理やり連れてこられたんでしょう?リヴィエ伯爵家だってきっと逆らえなかったんだわ」


ジョゼットのその言葉に、イザベラは唇を噛んだ。事実とは違う切り口でミシェルの不幸を憂う彼女らには、アデライドの誕生日を祝う気持ちは露ほどもなかった。


イザベラの両親が治めるランジュレ伯爵領では、領内の工場における劣悪な労働環境と、それによる疫病の蔓延が明るみに出ていた。その事実はリール公爵家の嫡子であるユベールとアデライドの調査によって判明したのだが、同時に彼らによって支援も行われている。

この件に関して、国務院からも新しい傍聴官が派遣されることになった。前任者は縁故採用で仕事の出来ない男であったが、法学部卒で将来は中央に配属されるであろうバキバキのエリートである新任者は、手土産になるような功績を上げようとバリバリと仕事をし始めてしまった。裕福な貴族の次男でもあるので買収も出来ないときて、後ろ暗いところの多いランジュレ伯爵は顔を蒼白にして、八方手を尽くしているのである。


そんな事情を知らない娘のイザベラは、今の状況をヴォルテール公爵家というかアデライドの陰謀だと考え、逆恨みのような感情を募らせていた。そして両親がリヴィエ伯爵家に頼み込んで招待してもらったことも知らずに、挨拶も拒否してここでふくれっ面をして不満を隠そうともしなかった。ジョゼットの両親も似たような状況なのだが、彼女も同じくそれを理解せずにいた。


「クリスが可哀想よ!あの子はお茶会も開けていないのよ?ラファエル殿下とも引き離されてしまったし…そんな時に、あんな子がこんな会を開くのよ!きっと私たちに対する嫌がらせだわ!」


ラファエルは全寮制の学校に入学させられて以降、王都に帰る機会はほとんどなく、クリスティーヌとも会えていない。王子との繋がりを無くしたクリスティーヌは、兄であるユベールの監視もあり大きな催しを行うことは出来なかった。

王子を寄宿学校に放り込んだのも、ランジュレ領を調べ上げてエリート傍聴官を差し向けたのも全てユベールの計略によるものなのだが、彼女達の中ではそれはアデライドの仕業ということになってしまっていた。アデライドがこれを聞いたなら、嬉しくない買い被りだとまたプルプルと震えるだろうが、今そんな機会は訪れなかった。


レリアとその友人達は、イザベラたちには声を掛けない。

会場内のあらゆるところに舞い降りて、人と人とを繋ぎながら微笑むレリアたちに魅了された来客たちは、ひらひらと飛び交うこの美しい蝶たちが決して降り立つことのない花があることを見落としてはくれなかった。

気配りと楽しい会話と新しい交流…そんな社交界における蜜と呼べるものを満たさない、礼節をわきまえない益のない花。そういう烙印を押されてしまったことに、イザベラたちはまだ気が付いてはいなかった。





「俺だけ今回も呼ばれてるってことは、君の特別になれたってことでいいかな?」

「いいわけがないだろう」


いろんなことの元凶である男がアデライドに向けた言葉は、彼女の背後からヌッと現れた叔父によって一刀両断に切り捨てられた。

思ったより規模が大きくなったなと思った時点で、アデライドは一応同じ公爵家のクリスティーヌとリール公爵夫妻にも招待状を送ったが、なぜか既読無視をされてしまった。そんな無礼を放置してはリール公爵家の沽券に関わると、ユベールはリール公爵家代表として再び参加することになったのだった。


「でもさ、今年2回もアディちゃんの誕生日を祝えたのは俺だけでしょ?すごく光栄だな」

「別に来なくてもよかったんだぞ」


アデライドの考えたことを叔父が全て代弁してくれる。便利だと思った彼女は、遠慮せずにアプリコットのジュースをちびちびとやりながら身悶えていた。


「ほら見てくださいよ、アディちゃんも感動してます」

「コレは、飲み物が美味くて嬉しいぞ、くらいしか考えとらん!それよりお前はなんだ、この間と違いすぎないか?」

「だってシャルル殿、猫被ってもすぐ見抜くんでしょう?無駄は省きましょう、お義兄さん」

「お前の!兄には!ならん!」


肝心のアデライドは、少ない機会しかなかったのにも関わらず、すっかり彼女の人となりを捉えている叔父に胸打たれていた。ウルウルとした目で自分を見上げてくる姪であり妹でもある少女に、叔父は容赦なくこれから訪れる現実を告げる。


「おい、この後はダンスパーティーになるんだろう?最初に踊るのはお前だぞ」

「うっ!」


わかりやすく顔を青くする主役に、「アディちゃん大丈夫。俺がリードするから。任せてよ」と、気安く差し出された手をシャルルが叩き落とす。


「それは俺の役目だ!…まぁ、俺も得意ではないのだが…行くぞ、アデライド!俺について来い!」

「はい!!」


軽やかなワルツが流れ始める中、まるで戦場に向かうような意気込みの二人をユベールが苦笑しながら見送る。


ぎこちない二人が見せたファーストダンスは、大きな身長差やら、持ち前のリズム感の無さやら、そんな色んなものに阻まれて結局上手くいかなかった。けれどもアデライドが今日一番の笑顔を見せたから、多くの観客が惜しみない拍手を降り注いた。


パチパチと響く音は、キラキラと光る祝福となって、巻き戻し前には苦い壁のシミでしかなったアデライドのダンスパーティーの思い出を書き換えた。

今日この日のこの瞬間は、辛い時に取り出す思い出の一つとしてアデライドの記憶に大事に仕舞われることになった。







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― 新着の感想 ―
たいへんいろいろ叫びたいんですけど一言だけ言わせてください。 シャルル叔父様もダンス下手なの!? 何ですかこのかわいいでかモジャ熊と小熊ちゃんコンビは 新しい何かに目覚めた気分です。
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