Magical Dysfunction
「そんな訳がないでしょう。何を言っているんですか」
「え〜?実際そーなんだからさ、しょーがないじゃん。俺は知らないよーだ」
険悪。
楽しいはずのお誕生会の席で、大人気ない二人が論争の口火を切った。ユベールは火消しに動いてくれそうな人物に視線を送るが、期待に反して侍従のクリストハルトはどこ吹く風というように料理をつついているし、ニコラはそれに「これ美味いよぉ」と間抜けな顔で追従しており、こちらには興味のカケラも示さない。その間に口論は決定的な物別れを迎えたらしい。
「不見識も甚だしいです。今すぐ撤回を…いや、結構です。いくら貴方が強情でも、目に見える形にすれば考えを改めるでしょう」
啖呵を切ったランベールが席を立ち、「モーリス!」と別のテーブルにいた同僚に呼びかけている。予想しなかった展開を為すすべなく見守るユベールに、「大丈夫っしょ」と元凶であるフィリップがニカっと笑いかけた。
事の発端は、些細というには重すぎる内容の雑談からだった。
「フィルはアディちゃんと結婚したいの?婚約とか申し込みに来たの?」
ニコラが唐突にぶっ込んで、ランベールが飲み物を吹き出した。
「ううん、別に。それは無いかな」
フィリップのあっさりした返答を聞いて今度はゴホゴホと咳き込んだランベールに、ユベールがテーブルナプキンを渡した。
「何ですかっ、それは…じゃあ今までのっ、ゴホッ、貴方の言葉はっ、すべて…、虚言だったのですか!」
ユベールは驚きをもって友人を眺めていた。今までランベールは、他者の人間関係に興味を持つ様子を見せなかった。それは「スカしててムカつく」と、周囲から悪口を言われる程度には徹底していた。それがこの王子様を相手にすると、感情が先行して爆速で虚飾が剥がれていくようだ。正直言ってだいぶ面白いなと、ユベールは緩みそうになる口元を手で覆った。
「今までのって、俺がアディを好きって言ったこと?それはウソじゃないよ。あの子の為なら俺はなんでもしてあげたい」
あっけらかんと言い切るフィリップに困惑するランベールを差し置いて、ニコラが「じゃあなんで?すればいいじゃんプロポーズ」と余計なことを言った。
「俺って結婚できないんだよね〜。魔力ゼロだから」
なるほど、とユベールは納得した。王侯貴族というのは大体高い魔力量を誇っている。それは、そうなるように血を繋いできたからで、結婚相手を選ぶときの重要な条件となる。シュヴァペリンのあたりはここコンフォート王国よりそういう考えは緩いが、王族でそれは確かに致命的な欠点と言えた。
この発言に「は?!」と不快感を剥き出しにしたランベールにユベールが抱いた期待は、続く言葉で台無しになった。
「魔力が“ゼロ”という事はあり得ません。魔力量に個人差はありますが、この世界の“ヒト”は、必ず魔力を備えています」
「俺には無いの!本当ゼロなの!だから、俺の未来は聖職者一択なの!」
「貴方がどういう経緯でそのような結論に至ったかは知りませんが、“殆ど無い”は“ゼロ”とイコールではありません。検査方法による検出限界があるだけです」
「モォォォ!何でそんなとこにこだわるんだよぉ!?ゼロはゼロだってば!!」
人間関係への興味関心を、学者としてのこだわりが吹き飛ばしたようだと気が付いて、「これだからいい別れ方が出来ないんだよな、こいつは」とユベールは乾いた笑いを浮かべた。
多くの人間にとってはどうでもいい事この上ない口論の結果、呼び出されたモーリスは華やかに飾られたテーブルの上に慎重に器械を置いた。
「これが人体の魔力量の検出ができる機械だよ。これならすごく少ない魔力でも検出が出来るんだ」
服装から見て普通の子供だと思っているらしいモーリスは、フィリップに優しく説明を始める。
「ねぇ…何でそんなの持ってきてんの?」
「うーん、何となく?で、魔力を検出するとこの針が動いて、チャートにピークが…じゃなくて、ここの紙にギザギザが書かれるんだよ」
子供向けに易しい言葉を選ぶ気遣いはあっても、この人もランベールの同族なんだなと皆が残念に思う中、「じゃあこの棒を握ってね」と彼の話は進んでいた。
だがフィリップが握っても、機械の針はピクリとも動かなかった。
「おかしいな。なんでだろ」「かなり微量な魔力でも前は動いたよな」「故障かな?今調整できるか?」
ざわざわと研究者達が話し合っている隙に、フィリップはリレーのバトンのようにクリストハルトに棒を渡した。すると、少し針が動き小さなギザギザが書かれた。
「あ、こうなるんだ。じゃあランベール先生だとどうなんの?」と、今度はランベールに握らせると、針が急激に動いて大きなピークが描かれた。
「きゃあっ、おっきい!先生すっごおい!」
「あのさ、フィル。それわかって言ってる?」
「えぇ〜どゆことぉ?フィルなんにもわかんなぁい」
「やめなー」
ゆるい会話をするニコラを無視して、再びフィリップに測定器を握らせるも、やはり針はまったく動かなかった。
「本当に動かないな」「壊れてはいないのに」「これでも測れないほどの魔力量しかないのか」「バカな。マスミサンでも動いたんだぞ」
機械を中心に長考モードに入った研究者たちに、フィリップが胸を張って言い放った。
「ほら俺の言った通りでしょ?俺は魔力が無いんだよ。 魔力の機能不全で!不能なの!」
「だからそんな訳がないと言っている!」
「うっさいな!認めなよ頭でっかちの魔術バカ!魔力絶倫おじさん!」
「…」
あまりの言われようにランベールはしばらく言葉を失ったが、おもむろにフィリップの背後を取ると、彼の首に腕を絡めた。いわゆるチョークスリーパーの姿勢だ。「うわぁ!ギブギブ!フケイフケイ!」と暴れるフィリップを締め上げながら、「うるさいので落としても構いませんか?」とクリストハルトに問いかける。
「いいですよ。是非お願いします」
「ウワァ!ナゼェ!?」
身内の裏切りよりも物理的な理由で顔色を変えたフィリップと、粛々と締め上げるランベールに、遠慮がちに声が掛けられた。
「何をなさっておられますの…?」
怯えたように見上げる黒い瞳に、男達は今日の本来の目的をようやく思い出した。
「本当にごめんなさい!」
「大変申し訳ありませんでした…」
潔く頭を下げるフィリップと、落ち込んだランベールに挟まれてアデライドは戸惑った様子を見せたが、話を聞くうちに考え込むようにしながら言った。
「お二人にあとでお話があるのですが、残っていただけまして?」
かくして、お誕生会が終わった後は、彼ら二人とついでにフィリップのお供二人の、居残りが決定した。さすがに反省するところがあったらしく沈んだ様子のランベールとは違い、フィリップはもう喉元を過ぎたようで、研究者の群に混ざり込んで質問をしている。
「えっ?これってモーリスたちで作ったの?」
「そうだよ。以前のものはもっと大きくて取り回しが難しいうえに、細かく測れなかったからね」
「まじで?すごいじゃん!」
「いやぁ、あんまり需要がなかったから、誰も作らなかっただけじゃ無いかなぁ」
「え〜?便利そうなのに?このギザギザで見るの?どういう仕組み?」
ユベールはその横顔を眺めながら、「同じ歳の子供とは思えないな」と考えていた。クリスティーヌとは比べるまでもないが、アデライドもあの歳にしては賢い。たが、この王子様はどこか異質なところがある。ランベールを怒らせるような軽薄で上滑りな言動をする一方、いま研究者たちに投げかける問いには隠れた計算を感じさせる。
「つまり、これだと大きい魔力の方が測定しにくいってこと?」
「う〜ん、というか誤差が大きくなって正確に測れないんだ。でもこれは、本来小さな魔力を測るために開発したからね」
「えっ?なんでなんで?」
「僕ら平民は魔力が少ないだろ?どうしても魔力の多い貴ぞ…いや、そういう人たちと比べて不便で。だからさ、そういう不平等みたいなものを、なるべく無くしていきたいって思ってるんだ。微量すぎる魔力でも、もっと魔法が使えたら良いよねって。ケガや病気も魔力が多いほうが治りやすいしね」
「まじ?すごいねそれ!めっちゃいいじゃん!」
この短時間で初めて会った大人の、今の社会では決して大きい声では言えないような夢や目標といった、そういう繊細な部分まで、なんら疑問を抱かせないまま聞き出してしまっている。ニコニコと笑顔で迫られ、大人たちは益々饒舌になっていた。
単純に容姿だけ見ればランベールやラファエル王子のほうが華やかだが、彼には何か引き込まれるようなものがある。このまま成長したらさぞかし厄介だろうなと考えたユベールは、聖女の条件に"他人を惹きつける魅力"というものがあったことを思い出した。
性別という一番重要な前提条件で躓いているが、この国にいればこの子も候補者になったかもなと考えたところで、バチリとフィリップと目が合った。
直後、モーリスたちに向けていた好奇心に満ちた子供の顔がするりと消えて、黒い瞳が細められた。こそりと近づいてきた彼は、ユベールにしか聞き取れない声量で囁いた。
「ずっと俺のこと見てたよね?興味持ってくれて嬉しいよ。今度お兄さんのことも教えてね?」
そういう趣味は一切無いはずなのに、腹の底からぞくりと湧き上がるようなものを感じて、ユベールは狼狽えた。
「身に余るお言葉をいただき、光栄の至りに存じますよ。フィリップ殿下」
あえて格式ばった言葉を選んだ彼に、少年は目を丸くした後、また笑った。
世で言うところの"鼻で笑う"ような表情にも、どこか色気があることに苛立ちを感じた彼は、心中で「気が合うなランベール。俺もコイツが苦手だよ」と、少数派であろう友人に賛同した。
そんな静かなやり取りに気が付かない研究者たちは、もう数年来の友人であるように少年に話し掛けてきた。
「なぁ、フィルは将来専攻どうする?何選ぶんだ?」
「…え?専攻?…えっとよく分かんないけど、俺は魔力がゼロだから、聖職者にな」
「「「ゼロじゃない」よ」ぞ」
研究者たちが口を揃えた。
「この器械では君の魔力の信号を捉えられなかっただけだよ」「そうそう測定器の感度の問題だよ」「測定環境の影響もあるんじゃないか」
穢れなき眼をした研究者たちに先ほどのランベールと同じようなことを口々に言われてしまい、今度はフィリップが狼狽えた。
「俺たちの後輩になればいいじゃないか。歓迎するぞ!」
「この本が初学者向きだから貸してやるよ」
「あ、じゃあ僕も、これは絶対面白いよ」
「なんでそんなの持ってきてるの…?」
オタクの領域に踏み込みすぎた少年は、彼らに懐かれることの弊害を知らなかったらしい。
「大学に遊びにこいよ」「俺が指導教員になるぞ」「この本は返さなくてもいいよ。家にもあるから」
嬉々として沼に引き摺り込もうとする研究者たちに囲まれて、「ワ、ワァ…ウレシイナァ」と呟いたフィリップは引き攣った笑いを浮かべた。その後彼はなかなかその囲いから解放されることはなかった。