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隠密エイプリルフール

「お嬢様のお誕生会を致しましょう」


子爵領の行政官手伝い兼、アデライドの実父一家のお世話係を担わされていたプルストは、帰って来るなりイベントぶち上げの意欲に目だけを爛々と輝かせた。シャルルの援護はあったらしいがなかなかに過酷な仕事だったらしく、幾分かやつれてしまった彼を不安げにアデライドは見上げた。


「プルスト、あなた疲れているのでしょう?無理はよろしくありませんわ」

「お気遣いありがとうございます、お嬢様。ですが、“無理”であると考えてしまうから“無理”になるのです。出来るまでやれば出来るのですよ」


どこかの経営者のような言い草に「かわいそうに…壊れてしまっていますわ」と感じてアデライドは眉を下げた。


「だけど今からではお客様をご招待するのも無理でしょう?」

「大丈夫です。すでに手配してあります」


なにしてくれとんねん。アデライドは端的にそう思ったが言葉には出さず、援護を求めてパメラに視線を送ると「素敵ですね!すぐに準備に取り掛かりましょう!」とダッシュでどこかに消えてしまった。働き者親子である。

それでも他の使用人たちは困るだろうと思ったが、皆わいわいと仕事を始めていた。その文化祭準備のような楽しげな雰囲気に、主役のはずのアデライドは諦めて口を噤んだ。





ある晴れた日の午後、ヴォルテール公爵家には明るい声がさざめいていた。

広い庭には白いテーブルクロスの敷かれたテーブルがいくつかと、料理を供するテントが用意されており、給仕が人々の間を歩いて食事やドリンクを勧めていた。


この集まりの名目はアデライドの誕生日パーティーであったが、高位貴族のそれとしては異色だなと、ユベールは辺りを見回す。あまり多くない招待客のほとんどは貴族ではない。ドレスコードも無いようで皆思い思いの服装をしており、ひどくアットホームな雰囲気だ。


ユベールの知る"公爵家の誕生日パーティー"はこういうものではなかった。彼の実母がまだ生きていた頃、年に一回やってくる誕生日は彼にとってひたすら気づまりなものだった。

誕生会の招待客は自分と同じ年頃の貴族の子供とその親。全員の名前と顔を覚えさせられ、ひたすら当たり障りのない挨拶を繰り返す。招待客からは値踏みをするような目を向けられ、隙を見せれば父母に詰られた。


いまホストであるアデライドは、ベルナールの抱えた幼児に髪を引っ張られているようで「ヤメテクダサイマシィィッ」と叫ぶ声が響き渡っている。隙どころではない大騒ぎである。


「なんかアディちゃん腹から声出るようになってない?」


同じテーブルに座った男がもぐもぐと料理を消費しながらどうでもいい感想をもらした。なんでこいつも呼ばれているのかなと正直思わなくもないが、あの変わった子供にとってはこのニコラも大事なお客様らしい。


「お前がいま王都にいるのはさ、このためだけじゃないよね?」

「おう、仕事で来た。お忍びの要人警護。あ、これうっま」

「珍しい。そういう仕事、嫌いじゃなかった?」

「偉そうな貴族のおじおば相手なら断ったけど、知り合いだったからさ」


ランベールの親族だけあってニコラも見た目はそこそこ整っているので、ルックスのいい使用人が欲しいという貴族からの需要は多いが、すべて断っているらしい。知り合いとは誰なのかと聞き出してやろうとしたところで、ランベールがやって来た。


「ニコラ、お前食い過ぎだ」眉根を寄せてそう言うコイツは、さっきまで同僚たちの面倒を見ていた。初めての公爵家に浮き足立った成人男性3人の側で困惑している様はなかなか面白くて、良いものを見せてもらったとあの子に感謝していたところだった。


「だってなに食っても美味しいしさ〜仕方ないじゃん。ここんとこずっと美味いもん食ってなかったんだよ」

「でもさ、要人にくっついてたんだろ?いいもの食わせてもらえなかったの?」

「シュヴァペリンからだったからさぁ、あっちは素材の味100%だし続くと辛いんだよ。また帰り道も付いてく予定だから、ここで美味いもん食い溜めすんの!」


ランベールがニコラの言葉を聞くにつれ、眉間の皺を深くする。


「要人…シュヴァペリン…おい、お前、誰について来た?…ソイツはどこにいる?」

「いまちょっと離れてるんだけどさ、ずっとくっつかれてるとウザいとか言うし。すぐに来るから、ネタバレは無しだ」


にやぁっと嫌な笑い方をしたニコラが、もったいつけた言い方をする。「なにそれ?話が見えないんだけど?」とユベールが口を挟んだところで、門のあたりが騒がしくなった。使用人に案内されて入って来たのは子供だった。ジャケットに長ズボンという、ごく一般的な市井の少年のような服装だが、妙に姿勢がいい。帽子を取って現れた黒髪は艶めいていて、なぜか目を引いた。


他の何も目に入らないような様子で少女めがけて一直線に歩いて行った少年は、手にした花束を彼女に渡した。


「アディ、遅くなってごめん。お誕生日おめでとう!」

「エッ!?アッ!!フィリップでん…」

「今日はお忍びなんだ。フィルって呼んでよアディ」


彼の訪問を知らされていなかったのか、慌てふためくアデライドにフィリップがイタズラっぽく微笑むと、顔を真っ赤にして「エッ?アッ?ハッ??」と混乱を極めている。


「大好きな君の誕生日をお祝いできて嬉しいよ」

「ハァッ?!?!」


いよいよ壊れてしまったアデライドを全員がどうしようもなく見守る中、ニコラが何か納得したように呟いた。


「ピンク色のチューリップが、え〜っと…21本か?わかりやすいなアイツ」

「…なんだそれは」

「花言葉。誠実にあなただけを愛して尽くしますよ〜って感じ」

「…なんだそれは」


地を這うような声を出すランベールがさすがに哀れになって、ユベールは混ぜっ返すような茶々を入れる。


「流石ニコラ、詳しいな。お前の最初の彼女、花屋の子だったもんね」

「ハァッ?!」

「次が確か…ウエイトレスの子だっけ?可愛かったよね」

「ふざけんな!それならお前の初彼女はさぁ!えっと…教師だっけ?年上のさぁ」

「それはランベール」

「ハァッ?!じゃあ…確か同期の子でさぁ、いなかった?」

「それもランベール」

「あれひどくなかった?別れ方とか」

「うん。あれはひどかった」


掘り起こされたくない思い出話の跳弾が命中して、ランベールは完全に沈黙してしまった。11才の少女のお誕生日会という華やかな席に、なぜか20代男性だけのむさ苦しくも湿っぽい席が生まれ出た。やりすぎたかなと、ユベールが口を開こうとした時、肩をガシリと掴まれた。そこには「なぁ!アイツなんだよ!」と凄むベルナールがおり、卓の平均年齢がまた上がったことにユベールは苦笑した。


「アイツ俺のことお義父さんなんて言いやがるんだよ!」


子供を妻に預けてまでここに来たベルナールの訴えに「他人なのに?」と問うユベールだったが、「そうだよ!他人だよ!俺は認めねぇから!」と、微妙に噛み合わない答えが返された。


「俺も良く知らないんだけど、王子様だよね。有名だよ“魅惑の第二王子”ってさ」

「なんだよそれ!知らねえよ!」

「シュヴァペリン連邦ヘルムフューレン王国第二王子、フィリップ・フォン・ヘルムフューレン殿下にあらせられます」


出し抜けにかけられた声に全員が振り返ると、眼鏡をかけた背の低い青年がピシリとした姿勢で立っていた。


「申し遅れました、私はクリストハルト・リンクと申します。第二王子殿下の侍従としてご同行させていただいております」

「そうそう、そんで今日はお忍びなんだよね」


ニコラの馴れ馴れしい横やりにも表情を動かさず、クリストハルトは続ける。


「はい。本日の訪問は非公式なものとなります。大変恐縮ですが、この件はご内密にお願い申し上げます」

「なんで他所の王子様がわざわざウチの子に会いにきてんだよ?!」

「ヴォルテール公爵令嬢のお誕生日をお祝いしたいという、殿下たってのご希望です」


自分から絡みに行ったベルナールは、なぜか心底落ち込んだ様子で「まじかぁ… 」と呟きながらトボトボと妻子のところに戻っていった。その背中を見送りながら、この少人数の、貴族をほとんど含まない招待客は、このサプライズゲストのためかとユベールは一人納得していた。


「失礼ながら、一国の王子たる方が他国の公爵家のご令嬢を厚遇しすぎれば、周囲の誤解を招くのではないですか?噂が広がればアデライドお嬢様にも影響が及ぶのですよ」

「おい、ランベール…」


その通りではあるが、直截な物言いをしすぎる友人をユベールが止めようとしたとき、今度は能天気な声が乱入してきた。


「え〜?かったいなぁランベール先生は!だから内緒にしてもらってるのにさぁ」


ご本人登場とばかりに現れた少年は、パシパシと気安くランベールの背を叩きながら「そこんとこはちゃんと考えてるから安心してよ」とカラリと笑ってみせた。


「どしたんフィル?アディちゃんとお話ししないの?」

「したい。すっごいしたいけど、アディが驚いて固まっちゃったところにお義父さんが来て、まだ嫁に行くなぁ〜とか言って抱きついたりしちゃって、もうカオス。だからしばらくどっか行ってろってポールが言うんだよ〜」


砕けすぎて礼節を粉微塵にしたようなニコラともざっくばらんに話した少年は、ユベールに目を止めると「お兄さんは確か、はじめましてだよね?よろしく!」と手を差し出した。


「リール公爵家の嫡男ユベール・ド・リールと申します。御目通り叶い大変光栄です」

「え〜?次期公爵様なんだぁ、すごぉい!」

「フィルさぁ、リアクションが夜のお店のお姉さんすぎない?」


秒で馴染んでわいわいと話しはじめたフィリップの様子を、ランベールと、なぜか隣でクリストハルトも呆れたような目で眺めて、深くため息をついたのだった。



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