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公爵家のクリーンナップ

「聞いたよ。結婚するんだって?おめでとう」

「…何を言っている?」

「ついこの間、お相手を実家の方にも連れて行ったって聞いたけど?」

「情報源はニコラだな?」


茶化すように「ご明察。でもさ、結構噂になってるよ」といってニカっと笑ったユベールに、ランベールが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「静かの森に連れて行ったのは初めてじゃない」

「わぉ、地元公認か。そんなに関係が進んでたなんて知らなかったな。今度の聖女祭もエスコートするんだろ?」

「10歳児相手に何を言ってるんだお前は。変態か?」


王都の道を連れ立って歩く二人を、若い女性たちが熱のこもった目で見つめている。彼らが揃って向かうのは、話題の人物の邸宅だった。


「違うんだ?じゃあ俺に譲ってよ。いいよね、あの娘」

「変態だったか…」

「そう言うけどさ、結構狙ってるやつ増えてるよ?ヴァンダムの次男とも確定じゃないみたいだし。金の卵を産む鳥だって、勘のいい奴らはとっくに気がついてるからね。…油断してると取られるぞ」

「うるさい。黙って歩け」


「はいはい、わかりましたランベール先生」と、おどける相手を無視して、絨毯のように重なった銀杏の葉を踏みながらランベールは足を早めた。





自室で宿題とにらめっこしていたアデライドは、来客を告げる使用人の声に「えっ、ランベール先生がいらしたの?早すぎますわぁっ!」と慌てていた。ポールがいたら「もう諦めて怒られたらどうですか?いつものことですし」などと言ったであろうが、今日は別の仕事に駆り出されて留守にしていた。


「お客様はロワイエ伯爵ではないようですよ」

ドアを開けたパメラが困惑した顔で告げて来たその後ろでは、「そちらは困ります!お待ちください!」と、若い使用人の声が響いていた。思わず席を立ったアデライドは、勢いよく開いた自室のドアに驚きよろめいて、パメラに支えられた。



「久しぶりだな我が娘よ…いや、今は簒奪者と呼ばねばなるまいか」

「ナルシス様、待ってください!私も一緒に行きます!」

「お、お父様、お母様…?」


突然現れた両親に面食らったアデライドの呟きに、パメラが目を見開く。


「あの、お父様。本日はどういったご用件でしょうか?」

「俺が俺の家に帰るのに理由が必要か?いや必要ないだろう。それとも何か、俺たちに暴かれたくないことでもあるのか?」

「え?いえ、そのようなことは何も…?」

「フッ、よもやお前が一時とはいえ、俺の足元を掬うとはな。血の繋がりなどただの重い呪われた鎖のようなものだ」

「ええと…その…取り敢えず、応接室に参りませんか?お疲れでしょうし、お茶でもお飲みになって落ち着かれてはいかがでしょうか」


微妙に噛み合わない会話に困惑するアデライドを置いて、父の話は進んでいく。


「そんなものはよい!何を混ぜられるかわからん。お前の卑劣さにはほとほと呆れ果てた」

「ええと…大変申し訳ありませんが、先程から仰っていることがよくわからなくて…」

「知らないフリをしてもダメよ!私たちを辺境の子爵領に追いやって、自分は王都で贅沢三昧をしていたのでしょう?」


父娘の会話に被せるように割り込んだ母の言葉に、アデライドはやはり困惑する。

両親と兄は国内では豊かさで王都にも劣らないヴォルテール公爵領の中でも、特に恵まれた場所に居を構えて何不自由ない暮らしをしていたはずである。巻き戻し前は祖父の死後にそこから王都にあるこの家へ引っ越してきていた。ここ数ヶ月忙しなく過ごしていたアデライドは忘れていたが、それはちょうどこの時期だった。


「あの、お母様。わたくしはそちらに毎月送っているお手紙にも書いたように、ここ数ヶ月はランジュレ領やロワイエ領に出掛けておりましたので、誓ってそのようなことはしておりませんわ」

「えっ手紙…?」


離れて暮らす家族に筆マメなアデライドは手紙を書いていた。それは巻き戻し前も今も変わらない。ひょっとしてと思っていたけれど、こうもはっきり読んでいないことを示されるとグサリと心にくるものがある。


「ああ、知ってるよ。噂ではお前は男遊びばかりしているらしいじゃないか。僕の推理では王都では誰にも相手にされないから、地方に繰り出した…ってとこかな?」


両親の後ろから金髪の少年が顔を出す。兄もいたことにアデライドはようやく気が付いた。


「えっそんなハシタナイないことをしてるの?信じられないわ!」

「母上はお美しいですから、醜く足掻く者のことなど、理解する必要はありませんよ」

「フッ、コレットは神の使いのように清らかだからな…そんな清浄な君をいつか神が人の世から攫ってしまわないかと俺はいつも恐れている」

「えっ、今なんて?」

「フッ」


状況はいまだによくわからないが、散々な言われようにアデライドは口を噤む。


「お祖父様に強請って金だけは持ってるんだろ?でもお前のその見た目ではね。なかなか相手も捕まらない上に、性格もワガママだからすぐ逃げられて苦労してる…ってのも追加かな?」

「そんな…可愛く産んであげられなくってごめんなさい。グスン」

「フッ、コレットは慈悲の女神のようだな」

「えっ?」


黙って見てると嫌味のおかわりがドンドン来るんだなと考えていたアデライドは、肩に置かれたままになっているパメラの手に、キュッと力が入ったのを感じた。ドアの周りに集まってきた使用人たちも、公爵家の長男一家のすることに口が挟めずただ不安げに見つめている。今ここで、彼らを安心させてやれるのは自分だけだと、アデライドは覚悟を決めて再び口を開いた。


「お父様、お母様、お兄様、何かお困りごとがあるのは分かりましたわ。しかし公爵家のことは当主たるお祖父様にしか決められませんわ。お祖父様がご不在の今ここで話し合うよりも、お帰りになってからに致しませんか?」


"家族"を見上げて「お祖父様をお待ちになる間に皆様が過ごされるお部屋をご用意致しますわ」と続けたアデライドは、使用人に指示を出そうと足を踏み出した。そのとき、ドスドスと重い足音が近づいてきて、反射的に見上げた彼女は頬に強い衝撃を感じた。

殴られた、と感じた時には彼女の体は床に転がっていた。「生意気な!お前如きが主人のように振る舞うとは!何様のつもりだ!」と父が吐き捨てるように言いながら、まるで触れたくないものに触れたとでもいうように自分の手をさすっている。母は怯えたように兄にしがみついているがその目にはアデライドへの情はなく、兄はザマァ見ろとでも言うように笑っている。


痛みに思わず目をつぶった彼女の頭の中に、巻き戻し前の記憶が蘇る。今まで“あの頃は不遇であった”という言葉だけでぼやかしていたものが鮮明な映像と音声になっていった。

彼らはずっとこうだった。アデライドは何をしても、しなくても、蔑みの言葉を投げつけられ、父は暴力を振るい、母は父に暴力を振るわせる彼女を批難し、兄は常にそれを嘲笑の材料にした。

家の中は針の筵だったが、だんだん慣れて何も感じなくなった。存在しないものとして扱われ、没交渉になったことに安心すらしていたある日、兄が彼女を引っ張って地下牢に連れて行った。不安と恐怖で体を震わせる彼女に、兄は実験だと言って…。


彼女の頭に駆け巡った過去の映像は、そこでぶつりと途切れた。代わりに割り込む様に、優しく耳に馴染むアルトの声が響いた。


『それはもう、消えてしまった未来(かこ)の出来事だ。今の君がそんな記憶に囚われる必要はないよ』


声に背中を押される様に、目を開いた彼女の視界に最初に飛び込んだのは、自分を心配して覗き込むパメラだった。

「お嬢様!大丈夫ですか!」と、泣きそうな顔をする彼女に、心が温かいもので満たされる。今の自分には、優しい人達がそばにいてくれると。あの時とは違うのだと、確かに励まされた。


立ち向かわなくては、と再び父に目を向けようとした彼女は、キョロキョロと視線を彷徨わせた。すぐそこにいたはずの父が見当たらない。なぜ、と慌てた彼女の耳に唸り声が聞こえ、そちらに目を向けると父が床に這いつくばっていた。

「カエルみたい」と呟いたのは誰だかわからないが、確かにガニ股で床に張り付く姿は、馬車に轢かれたソレに似ていた。


「アデライドオオオ、お前、お前かぁ、なにをしたあああ!」


なぜか立ち上がらずに呻き声を上げる父の異様さに、誰もそばに近寄らない。ドアの近くに溜まっていた使用人達が慌ててどこかに駆けていく隙間を縫って、するりと入って来たのは、ここに来るはずのない人物だった。





「お嬢様、ああ、頬がはれてしまって…なんてことだ」

「…ダニエルさん?なぜ、ここに?」


かつてベルナール達の家に侵入して捕らえられ、今はこの家の地下牢にいるはずの人物が当たり前のような顔をしてアデライドの目の前にいた。


「あの、ダニエルさん。申し訳ないのですが、今は父が何か、その…少し取り込んでおりまして…」

「お嬢様はやさしいね。ソイツなら大丈夫だよ。神経と血の流れを少しいじったんだ。魔力も筋力も鍛えてない相手なら簡単に干渉出来るよ」


そう言われてよく見ると、父の足元にダニエルの初期作であるクマのぬいぐるみが絡みついていた。アデライドが再び仰ぎ見ると、彼はにこりと人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「優しいお嬢様にあんなことを言うだけでも許せないのに、殴るなんてもってのほかだ。ちょっと待っていてね。ぼくがこらしめてあげるよ」

「エッ?アノ、ダニエルさん。わたくしは大丈夫ですので、どうかお構いなく…お部屋にお戻りになってくださいまし」

「遠慮しないで、ぼくの可愛いお嬢様。こいつらを潰すくらいなら契約魔法の影響を受けずに出来るよ」


違う、そうじゃないと、慌てるアデライドの声は危機感に欠ける兄と母に遮られた。


「なんだよ気持ち悪いな!お前はそんなおっさんまで相手にしていたのか?若い男に相手にされないからか?」

「えっ、そうなの?かわいそう。私なら無理かも」


止める間もなく、ソファに座っていたはずの大量のぬいぐるみたちが動き出し、兄と母に集っていった。「うわ!何だ!」「怖い!」と騒いだ彼らも、床にガニ股で倒れ込んだ。


「お前たちは本当にお嬢様と血が繋がっているのか?こんなに純粋な子に、なぜそんな下品なことが言える?彼女は病気や魔物で困る人たちのために、自ら足を運んで助けに行く優しい人だ。腐った貴族の中で、唯一輝く宝石のような美しい心の持ち主だ」

「そんなわけがない!どうせお前も金で囲い込まれてるんだろ!おい!衛兵は何をしている!こいつを捕えろ!」

「あの人たちはお前らに逆らえないみたいで役に立たないから眠ってもらっているよ。これ以上、お前らの言葉でお嬢様の耳を汚したくないな。どうせお前のような人間は改心なんかしない。根っこから腐っているのはどこの貴族もいっしょだ。ならいっそ、いま潰してしまおうかな」


抵抗する兄を見下ろすダニエルの目は静かだが、確かな怒りの存在を感じさせる言葉はどんどんヒートアップしていく。

衝撃的な出来事が続いてアデライドの脳内では処理が追いつかなくなっていたが、何かまずい流れになっているのは察せられた。彼女は冷静になるために、まず頭の中で現状を整理することにした。



混乱中のヴォルテール家で打線組んだ

1番 (一) 父ナルシス 急に暴挙に出たので(Q B D)

2番 (二) 兄アベル 嫌味の安打製造機

3番 (右) 母コレット 夫と息子をカバーするかと思いきや後逸

4番 (三)

5番 (中)

6番 (遊) ダニエルさん 様子の怪しい助っ人脱獄囚

7番 (捕) 祖父レオポルド 出張中のバキバキ宰相 あまり家にいない

8番 (左) 叔父シャルル 海外在住お見合いオジ あまり国内にいない

9番 (投) 末っ子アデライド 悪役令嬢チート抜きドアマット風味



…整理できなかったアデライドは、取り敢えずダニエルにしがみついた。


「ダニエルさん!冷静になってくださいまし!ひとまず部屋に帰りましょう?わたくしがご案内しますわ!」


自分の腰に縋り付くアデライドを、ダニエルは愛おしそうに見つめると頭を撫でた。


「わかったよお嬢様。あなたはこんな場所に居るべきではないね。ぼくと一緒に行こうか?」


穏やかに言うダニエルにホッとしたアデライドは、続く言葉に喫驚した。


「その前に、こいつらを始末しておこうね。あなたのためにもお掃除はしておかないと。大丈夫、すぐすむよ」


「何にもわかっておられませんわ!」と顔を青くするアデライドはダニエルを止めようと必死に手に力を込めるが、彼はアデライドの踏ん張りなどものせずに、家族のもとに近づいて行く。

このままでは自室が傷害殺人の現場になってしまうと涙目になったアデライドの足元に、小さな筒が転がってきた。不思議に思う間も無く、そこから煙が吹き出して視界が真っ白になった。驚いてダニエルから手を離したアデライドの体がふわりと浮いた。それが誰かに抱き上げられているからだと気がついたのは、耳元に聞き慣れた声が聞こえてきた時だった。


「無茶をなさらないでください!犯罪者に抱きつくなんて何を考えてるんですか!」


ああ、4番が埋まったなと、まずそんなことを考えるくらいには、アデライドはその声に安堵を覚えたのだった。

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― 新着の感想 ―
この流れで……打線! なんという豊かな発想!! 脱帽です
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