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幸福への根回し

ユベールによる断罪ミニライブになってしまったリール家のお茶会からしばらくして、ミシェルは落ち込んでいた。

当日は見守ることに終始していた彼だったが、それなりに思うところがあったらしく、家に帰った後はクリスティーヌが熱心に通っていた孤児院の件を調べ始めた。


すると今まで気付かなかった、気付きたくはなかった事実がモリモリと出て来てしまった。

まず周辺の住民たちの悪感情が思った以上に募っていた。

元々孤児院に対して「自分たちの税金が働かない連中に使われている」といううっすらとした嫌悪感があったようだが、クリスティーヌが日中の授業時間を増やしてからそれがはっきりとした反感に変わっていた。この地方の子供達は大体昼は働いて、夜か日曜に職業学校か教会に行くのがやっとで、それすら通わせてもらえない子もいた。だから孤児院の子供達は“働きもせずに貴族のお姫様と遊んでいる連中”と見なされて、地域社会から爪弾きにされていた。


それにクリスティーヌの侍従たちの横暴が拍車をかけていた。

少しでも文句を言った者や彼らの意に沿わない者を脅したり、ときには暴力に訴えていた。クリスティーヌを轢きそうになった馬車の御者などは、彼には落ち度がないにも関わらず私刑にかけられ怪我を負わされ解雇されていた。

これによって不満を表に出せなくなった住民たちの不快感は憎悪に似た敵意に発展していた。


孤児院側にも問題があった。クリスティーヌに会わせる子供は“厳選”されていた。

院長は公爵令嬢の機嫌を損ねないように、見た目が整った子供を教育し何を言うかをあらかじめ指示していた。自分の意思は無視されるうえ、まずいことを言えばクリスティーヌの侍従から何をされるかわからないという恐怖もあり、子供達はこの状況を喜んではいなかった。


ではこの地方の役人はというと、やはり歓迎していなかった。

子供の教育時間を国の出した指針通り増やしていきたいのに、貴族のお姫様が一部で極端なことをやりだしたせいで親たちの不信感が増し協力が得られなくなった。

クリスティーヌ本人に言っても理解してもらえないので公爵家に訴えると、娘を猫可愛がりしている公爵からは不興を買い恫喝される始末で、仕方なく彼らはユベールのところに駆け込んでいたのだった。先の御者の件もユベールが私財から見舞金を出し職の世話までしていたし、彼が怒るのは当然であった。



これらの事実に直面し、ミシェルは今まで信じていた事と現実の差に耐えられなくなり、母に気持ちを吐き出した。


「良かったわぁ〜自分で気がついてくれて。あなたまで監獄行きになっちゃうところだったわね」


そう言って、母は笑った。

お天気について話すような軽い口調なのに、なにか不穏な単語が混じっていてミシェルは戸惑った。


「あっ監獄っていうのはね、物の例えなのよぉ。お父さんがね、あそこの学校のことそう言うの。何でも規律がすっごく厳しいんですって!怖いわよねぇ」


相変わらずニコニコしている母の言うことが理解できず、ミシェルは順を追って聞き出す羽目になった。

母曰く、問題の多いクリスティーヌの後ろ盾となってしまったラファエル王子を王家は何とかしたいとユベールに話を持ち掛けた。そこで寄宿学校に彼を入学させる事にしたが、ミシェルも二人に協力していたために、ともに入学させる話が出ていた…ということらしい。


「でもね、こうして自分で気付いて反省できたから、私とお父さんからこのお話はお断りしようって言ってたところなのよぉ」


母の笑顔を見てミシェルは腹落ちした。彼は自分の足で孤児院まで話を聞きに行ったが、最初は煙に巻かれるように誤魔化されて何も聞き出せなかった。

護衛として付いてきていた使用人に町役場に行ったらどうかと言われ、その通りにしてからは職員たちに仲介してもらいスルスルと情報を得ることができた。きっと最初から、両親は彼の行動を予想して根回ししてくれていたんだろう。


「もどかしいかもしれないけど、今はお勉強をしっかりしなさい。みんなの役に立ちたいならそれからでも十分遅くないのよ」

「…僕はまた間違えてしまうかもしれないよ」

「そしたらまたこうしてお母さんやお父さんに相談してくれればいいわ。ひとつも間違えない人なんていないのよ」


鷹揚に笑って言う母にミシェルはホッとして「じゃあさっそく相談があるんだけど」と続けた。





「何が“自然に囲まれた地で豊かな人間関係”だ。“陸の孤島で鬱屈の溜まった囚人同士の醜い諍い”の間違いだろう」

「あれ?お前はそんな風に思ってたの?俺は楽しかったんだけどな、あの学校」

「そんなのお前だけだろ」

「そういえばさ、俺らで作った脱獄ツールあっただろ?あれ今も後輩に受け継がれてるって。ラファエル殿下にもご満足いただけるといいな」

「酷い奴だよお前は」


吐き捨てるように言うランベールを、ユベールがへらりと受け流しながらグラスを傾ける。彼らの話題は先日のお茶会の振り返りと現状認識の擦り合わせからはじまった。

今ふたりがいるのは貴族御用達とされる会員制のバーだった。古めかしいが落ち着いた店内にはガラス扉のついた個室のような席が設けられ、彼らはそこでグラス片手に話していた。


「何度も聞くけど、本当にあの子は何者?」

「あの子とは?」

「わかって言ってるだろ…ヴォルテールの孫娘だよ。あれからすぐに連絡があって、ノチフ病の薬ならすぐ用意できる。医師も派遣するし、新開発のワクチンというのも持ってくるってさ。それも全部無料で。なんでだよってなるよこっちは。体のいい人体実験?」

「副作用は今のところ確認されていない。研究は以前からされていたし、魔術による凍結乾燥技術で質と量を確保しやすくなっただけだ。論文が出るから読むといい」


涼しい顔で自分の関わりを隠さないランベールの横顔を、ユベールがじっと眺めてからため息を吐く。


「…お前はさ、あの子の何なの?」

「困りごとがあったらすべて相談しろと言われている。彼女が必ず側で役に立ってくれるそうだ」

「うわ、熱烈。そんなふうに想われているようにはとても見えなかったけど…それ本当か?」

「最近は顔を合わせるたびに言われる」


実際に近頃のアデライドはしつこくそう主張していた。素早くランベールの背後に回って「伸びては…おりませんわね!」などと髪の長さをチェックする挙動とセットになっていたので、周囲の人間は何事かと彼女の方を心配している。


「自分だって彼女を利用するつもりだっただろう。期待通りに動いてくれたのに何を言ってるんだ」

「いや…仕事が早すぎるし、ここまでしてくるとは思わないよ普通。お前は麻痺しすぎだって」

「我らが聖女様にあらせられるからな。この程度は造作もないだろう」

「マジかよ…」


確かにユベールはアデライドを聖女と呼んで持ち上げて、その持てる財を吐き出させようという作戦を取った。

だが彼女は終始喜ぶこともないどころか、こちらの顔色を伺いながら意味不明なことを時折口走り、最後にはカクカクと震え始めた。帰りの馬車では遠回しに彼らの精神衛生を心配していたとランベールから聞き、ずっとモテる側の人生を送ってきたユベールのプライドは多少傷付いた。しばらくは女性を口説くときに、あの疑心に満ちた黒い目を思い出すかもしれないと思うほどに。


「うちの天使様なんかはさ、随分お前のことが気に入ったみたいだよ。またお前に会いたいって言ってきた。あの後に、俺相手にだよ。すごいよな」


才女を気取りながらも俗っぽく欲望に弱いクリスティーヌのこういうところをユベールは見下していたが、アデライドという不可解な生き物と接した今では、そのわかりやすさに安心感すらあった。


「念のために言うが、会わないぞ。メリットがない」

「知ってる。お前はそういうやつだよね。俺としては天使様の後始末が減っただけで首尾は上々だよ」


「そうか」と特に関心も無さそうに答え、ランベールはブランデーを味わっている。奢りと言った途端に等級の高い酒ををかぱかぱと空けていく彼に、ユベールは苦笑しながらアドバイスを求めた。


「これも知ってると思うんだけどさ、今度また会うんだよあの聖女様に。なにか攻略のヒントはないか、ランベール先生?」

「彼女ではなく、もう一人についてならある」

「もう一人って…何だよ?」

「悪気はなくもないが、害はさほどないから受け流せ」


要領を得ないランベールの言葉にユベールは眉を寄せるが、ここの酒代ではこれ以上は何も聞き出せそうにないなと、自分もグラスに残ったコニャックを消費することにしたのだった。





「きもちわるいなぁ。何もったいぶってるんだろ」と、パメラは思っていた。

その日は最近ずっと出張続きだったプルストが王都の屋敷にいた。彼の側にはアデライドが張り付いていおり、自然とパメラもその様子を眺める事になった。


「ねぇプルスト、今日はずっと屋敷におりますの?明日は?ずっとこちらにいられますの?」

「はい、本日は終日王都での勤務です。明日以降は…まだわかりませんが少し難しいかもしれません」


プルストの答えの前半部分に顔を輝かせたアデライドは、後半部分で明らかにガッカリとした。そういう彼女の反応にプルストは口元の緩みを隠しきれずにいて、アデライドの侍女であり、プルストの娘であるパメラは前述の感想を抱くことになったのだ。


その後もアデライドは用もないのにプルストの後をコソコソと付け回しては、手が空いたような様子を見ると話しかけ、邪魔になりそうだと思うと離れるのを繰り返した。そんなアデライドから見えないところでニマニマとしている父親に、パメラの視線は厳しくなる。「相手が身内でもいざという時は勇気を持って通報しよう」と彼女は決意していた。


パメラがアデライドの侍女になったのは、「お嬢様の身近に女性の味方が欲しい」と父に言われたからだった。「本当はこういう人事は2人のためには良くない」ともプルストは言っていたが、パメラは気にしていなかった。だってお嬢様に味方が欲しいと言うのなら、自分がなりたいし他の誰よりぴったりだと思っていたからだ。

メイドではなく侍女にというのにはさすがに驚いたけれど、この家の人たちはお父さんはもちろん、昔ここで働いていたお母さんのこともよく知っていてパメラにとても優しくしてくれるから、いくらでも頑張れそうだと彼女は毎日元気に一生懸命働いている。


お嬢様の行動はよくわからないことも多いけど、パメラを助けてくれたようにこれからも他の誰かを助けるのかなと彼女は思う。子供の頃に読まされた絵本では金髪碧眼の綺麗な王子様が魔法の力でみんなを助けていたけれど、実際は黒い髪に黒い目の女の子が癖の強い大人たちの心を動かしていたのだ。


そんなことを考えながらじっと見つめていたパメラの視線に気付いたアデライドが、ハッとした顔をして近付いてきた。


「パメラもずっと会っていないでしょう?お話しなくて大丈夫かしら?」


プルストに久しぶりに会えた事に浮かれて自分ばかりが話しかけていた事に気が付いたアデライドが、慌てて顔色を伺うように聞いてくる。

パメラとしては父と話したいこととか特にないので正直どうでもいいのだけれど、多分そう言うとこのお嬢様はすごく不思議そうな顔をするのだ。


人見知りで内弁慶の人って慣れた相手にはすごく甘えん坊になるんだなとパメラはしみじみと感じていた。こういうところを利用して騙そうとする大人から守らないといけないなと、ますます彼女は自分の父に厳しい目を向けるのであった。




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