(オチャカイ➕ダンザイ)✖️チャラさ➗2
アデライドの目には、その日の彼はいつもと雰囲気が違って見えた。
今日のユベールは形式的なラウンジスーツをピシリと着こなして、流れるような美しい所作でお茶を淹れている。
「どうぞ、俺たちの聖女様。お口にあえば嬉しいな」
香り高い紅茶にいらん一言を添えて、本日、リール公爵家で催されているお茶会のホストであるユベールが、アデライドに微笑んだ。
「貴女と過ごすこの日々を、与えてくれた神の慈悲に、いま私は感謝しています」
隣に座っていたランベールもその端正な顔に笑みを浮かべた。よく知っているはずの青年にもイカれた感謝ラップを披露されてしまい、アデライドはますます動揺した。
「わたくしが脚本をど忘れしておりますの…?」
救いを求めるように呟かれた彼女の言葉を、二人の青年は笑顔のままスルーした。
「もし、年の差溺愛ものの脚本を志しておられるのなら、いち読者としていくつかご意見差し上げたい点がございますのですが…」
「アディちゃん、お砂糖はいくつ入れるの?」
「アッアデッ?…エッ…お砂糖は入れなくて…アノッ…」
「そうだね。もう君自身が砂糖のようなものだから、これ以上甘くはならないかな」
「ンン…?アノ…?エッ…?」
なおも言い募ろうとしたアデライドは、ユベールによるあまり上手くない例えツッコミならぬ例えおべっかにより、機能停止に至った。
彼らを意識から外したいアデライドはテーブルの向かい側に座る少女に目をやった。そこにはクリスティーヌが座っており、その両隣りにはミシェルとラファエル王子が腰掛けていた。じっと凝視してくるアデライドの視線に、幸いクリスティーヌは気が付いていない。彼女は彼女で一心にランベールを見つめていた。
「ユベール殿、そのような令嬢を聖女と呼ぶのは聞き捨てならないな。聖女の称号は神聖な女性のものなのだから…クリスティーヌにこそ相応しいだろう」
ラファエル王子の言葉に「まぁそんな、私なんて…過大なご評価ですわ」とクリスティーヌが頬を染める。同時にプルプルと震え出したアデライドに「クリスティーヌは慎ましいな。どこかの令嬢は不満があるようだが」と、ラファエルが当てつけるように続けたところで、アデライドが爆発した。
「それですわ!この脚本の問題はそこですの!わたくしよりも彼女をヒロインに据えた方がいまの読者の趣向に合いますし、何より母親違いの兄とその親友とに溺愛される展開の方がストーリーを膨らませやすんぐっ」
ランベールが素早くひと口サイズに切られたチョコレートケーキを興奮状態のアデライドの口に放り込んだ。モゴモゴと咀嚼しはじめたアデライドの目が輝く。美味しかったようだ。
「貴女のお好きなものをご用意したんですよ。お口に合いましたか?」
フォークを持ったままのランベールに有無をいわさぬ圧力を感じたアデライドが懸命にコクコクと頷いている。それは傍目には甲斐甲斐しい行為のように映り、にこりと笑うランベールの顔を見たクリスティーヌが息を呑んで頬を染めた。
「アデライド様。ロワイエ伯爵にそのような事を強請るのはどうかと思いますわ」
「そうだ。彼は君の我欲で独占していいような人物ではないんだ」
アリですわ!別の悪役令嬢のワガママに困らされている兄の親友を助けるという展開もいいですわね!
…と、アデライドはしゃべりたかったが、ランベールが素早くルバーブのミニタルトを放り込んだため咀嚼と共に飲み込んだ。
「お二方ともに誤解があるようですが、私にとってもアデライド様は聖女に等しいのです。彼女がいてくだされば私が直面しているあらゆる困難は解消されるでしょう」
ランベールの言葉に向かいに座った3人は、それぞれの理由で眉を顰める。
「ロワイエ卿、やはり貴方にこそ誤解があるように思える。クリスティーヌのような素晴らしい行いを、そこの令嬢がしているとは聞かないが」
「そのクリスティーヌの"素晴らしい行い"については、私からも言いたい事があります」
「ああ、ユベール殿、貴方からも彼女の偉業を説明してくれないか」
ラファエルは我が意を得たりと顔を輝かせ、ユベールは「では遠慮なく」と前置きして席についた。
「クリスティーヌ。まず、一時的にだが教会への訪問をやめてくれ。特定の施設にだけ多くを施しすぎているなど苦情が多い。あとランジュレ家との事業提携の件だが、先方の工場の環境が劣悪すぎる。うちの世評にも傷がつくから、あれは俺が巻き取って何とかする。それとお前の従者だがひどく素行が悪い。アレらは解雇した。俺が選んだ人材を雇い直す。以上だ」
一息に与えられた情報に、しん、とその場に沈黙が落ちた。
ポカンと開けられたアデライドの口に、ランベールがピンク色のマカロンを放り込む。アデライドの驚きは、ピンクだから苺味だと思ったのに違ったなというものに変化していた。
「ユベール殿、なにか誤解があるのではないか?彼女は慈愛に満ち、その献身をもって民から慕われているはずだ!」
「一部の"民"はそう言うでしょうね。ですが、慈愛に満ちたお姫様の寵から漏れた者たちと、それを管理する役目の者が、私のところへ日々訪れるのです。アレをなんとかしてくれと」
いち早く復活したラファエル王子の言葉をユベールが封殺にかかる。いまだに和かな顔をしてはいるが、眼の奥に怒りの色が見えた。
「私は広く一般に安価な衣服が行き渡ればと工場を…雇用も増えて民の暮らしも豊かになると聞きましたわ」
「なぜランジュレ家が扱うものの価格が抑えられているかを考えたことがあるか?工場の環境は劣悪で、疫病に罹る者が絶えない。雇用が増えるのは貧民を安く使い捨てにしているからだ」
クリスティーヌの反論も一気に潰したユベールは、アデライドの肩に手を置く。
「病に関しては彼女の作った薬をヴォルテールから融通してもらえることになったから安心していい。衛生問題も協力して解決していくことになっている。…そうだよね、アディちゃん?」
アデライドは急に話しを振られてビクリとした。「…聞いておりませんわね?」と不思議には思ったが、ユベールがあまりにも当たり前のように言うので、きっとそういう話になっているのだろうと思い、彼女は頷いてしまった。
「わ、私はそのようなこと聞いておりません!私の従者に調査させます!」
本来ならアデライドが言うべきだったことをクリスティーヌが主張すると、肩に置かれたままだったユベールの手に少し力が入りまたアデライドがビクビクとする。
「だからその従者は解雇したと言っただろう。お前のしつけのせいかな?やつらは身分も弁えず無礼で傲慢だった。それだけならまだしも、他家に勝手に”調査“だとか宣って入り込んだりと犯罪行為も多く、苦情も数知れずだ」
「そんな…彼らはとても忠誠心に厚く、いつか故郷を救いたいという目標のために働いていたのですよ!」
「金蔓なんだからお前に媚びるのは当たり前だよ。まぁ、奴らは奴らの故郷のやり方に則っていただけかな。恐喝、詐欺、窃盗…良くない筋に送金もしていたぞ。あとで調査報告書を渡すから部屋で読むように。お前はしばらく謹慎だ」
いよいよ笑顔も消えたユベールに、アデライドの歯がカチカチと音を立てる。ランベールがその隙間にラング・ド・シャを差し込むとちょうどいい感じにサクサクと噛み砕かれた。
「ユベール殿!それはあまりに横暴ではないか!クリスティーヌは民を想っての行動をしただけだぞ!」
「ああ、ラファエル殿下。折好く貴方様にもお伝えしたいことがあるのです。すでにお耳に入っているかもしれませんが」
急に自分に話題を振られて勢いを削がれる王子に、ユベールが薄く笑う。
「王妃陛下から王族が通うのに良い教育機関はないかとお話をいただきまして、僭越ながら私とランベールが通った寄宿学校をご紹介しました。どうやら陛下のお気に召されたようですので、もうすぐラファエル殿下は私たちの後輩となられます」
「…は?」
「今からですと中途での入学となりますが…かつての私もそうでしたし、問題はないでしょう」
「ちょっとまて!どういうことだ!」
明らかに動揺し始めたラファエルに、ユベールが気にした風もなく続ける。
「私から申し上げるのは大変心苦しいのですが、クリスティーヌの問題には殿下の影響もあると、王妃陛下が判断されたようです。殿下にも学び直しの機会を設けたいとのこと。私どもの出身校ではさまざまな身分の少年たちが切磋琢磨しております。自然に囲まれた地で豊かな人間関係を築くことが出来ましょう。きっと生涯の友も得られますよ」
「そんなことは聞いていないぞ!」
「今、殿下たちがすべきことは”民“を俯瞰する立場から施しを与えることではなく、"民"と共に机を並べて学ぶことだと両陛下は仰っておられます」
「いや、そんな…」
「ラファエル殿下、入学の準備は滞りなく整っております。それに伴い私メレスは殿下付き侍従の任を解かれることになりました。至らない点も多くご迷惑をおかけしましたが、殿下の今後のご活躍をお祈りしております!」
国王である祖父まで賛成していると示されていよいよ事態を飲み込まざるを得なくなったラファエルに、かつて見たこともない笑顔で、いかにもな退職の挨拶をする侍従のメレスが追い討ちをかけた。
「これは…断罪ざまぁ、なのかしら?」
そんなアデライドの呟きはあまりに小さくて、隣で彼女がすり潰したラングドシャの粉を払っていたランベールにも聞こえなかった。
「お二人ともに、そんなに急いで大人になる必要はないと陛下は判断されたのでしょう。大人になれば忘れてしまうかもしれませんが、子供の頃にしか知ることができないこともあります。そうですよね?アデライドお嬢様」
急にランベールからパスが来たので、アデライドは前世と巻き戻し前も含めて、子供の頃に知る、大人になると忘れるものという条件で脳内をフルに検索した。
「…平行四辺形の面積の求め方でしょうか?」
「…きっとラファエル殿下も、クリスティーヌ様もこれから素晴らしい知識と経験を得ることができるでしょう」
ランベールはアデライドから返ってきたボールをスルーして優しげな微笑みを浮かべた。その表情に思わずといった風にクリスティーヌが見惚れる。
一方でアデライドは、今すでにそれをわすれてしまっている事に気がついて、どうにか思い出す事に懸命になっていた。
「…上底足す下底、掛ける高さ、割る2?」
「そっ、それは台形の面積です…」
今日挨拶以外で初めてミシェルが喋ったが、アデライドはまだ思考の底にいてそこには気が付かない。
「底辺掛ける高さ、割る2?」
「アッ、惜しいです!それは三角形っ」
ちょっと盛り上がり始めた二人を放置して、気まずさと新たな門出を産んでしまったお茶会はしめやかにお開きになったのだった。




