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子熊のグルーミング

「ミシェル様、こちらですわ」


堅牢そうな扉を不思議な手段で開けるアデライドに興味を惹かれつつ、ミシェルが案内されたのは大学の研究室の中だった。

アデライドからの手紙にチラチラ登場するその施設に興味があると書いたのは嘘ではなかったが、自分にも見せて欲しいと頼むに至ったのはまた別の目的も孕んでいた。


通された部屋には幾人かの男性がいて、ミシェルも好意的に迎えられた。なぜか張り切って皆に紹介しようとするアデライドに内心苦笑しつつ、ミシェルは落ち着いて周りを観察する。

男性しかいないこの密室に貴族令嬢が一人で出入りするのはどうなのかなと思いつつ周囲を見回していると、目的の人物と目が合った。

アデライドに“ランベール先生”と紹介されたその人は、確かに目の覚めるような美形であった。互いに挨拶をすると、さっさと自分の仕事に戻って行った彼はあまり愛嬌のあるタイプではないらしいと、出会って数分のミシェルにも簡単に見て取れた。


「アディちゃんのおかげで詳細なデータが取れてるんだ。今までこういう資料はなかったから本当に貴重だよ」


研究員の一人が高揚した様子で話すのは、人体魔力容量の数値化についてだった。

先日のアルドワンでの事件で、心配したマドレーヌからアデライドが森に入ることは禁止されてしまった。マドレーヌの気持ちを考えると特にアデライドはそれを破ろうという気持ちにもならず、今までの実験は無駄になったかと思われた。だが繰り返し記録してきたアデライドの個人データは価値のあるものだったらしい。

これまで貴族の、それも女性の、魔力値について詳細な測定結果は無いに等しかった中、こういうデータが取れたのは幸運なことであると、研究員たちが言う。


「特に成長期における魔力量の変遷はデータが少ないからね」


10から13歳くらいまでは魔力量が伸びるゴールデンエイジらしい。高揚する研究員を見てアデライドもニコニコと嬉しそうにしている。だが積み上がった紙の中から資料として見せてもらったものに、ミシェルは衝撃を覚えた。


アデライドをモデルとしたとわかる人体の多面体モデルがそこには描かれていた。アデライドには「前世の古いゲームで見た、低ポリゴンの3Dモデルっぽい」としか思えなかったそれは、ミシェル視点だとなんというか、ハレンチでけしからんものに見えたのだ。

この世界では貴族の女性はみなスカート姿である。ズボンを履いてもその上からスカートを巻くくらい徹底している。なぜなら女性の足が見えるのは“はしたない”こととされていたからだ。この全身図は当然服を着ておらず、足の形がはっきりと分かってしまった。


「足の裏は魔力容量が多めなんだよ。だから細かく分割して計算してるんだ」


研究員がそう言いながら持ってきた紙には、足の裏の立体図のようなものが描いてあって、またミシェルはギョッとした。素足もまたこの世界の貴族にとってはハレンチなのだ。


ミシェルはまだ子供だが、社会には階層というものがあるのをよく知っている。この研究員達は平民で、あとちょっと失礼かもしれないけどあまり女性と縁があるようには見えない。きっと貴族の、特に女性の常識なんか知らなくて、学術的な価値のみを追いかけた結果がコレなんだろうなと、彼は自分を納得させた。


ミシェルが顔を上げるとちょうどランベールと目が合った。この人は貴族だからこれがハレンチであることを知っているはずだとミシェルがじっと見つめると、その物言いたげな視線から逃げるように、ふいっと視線を逸らされた。


その仕草と表情に「この人は知っているのに黙ってるんだ…」と、ミシェルは確信に近い気付きを得て、愕然とした。


そんなミシェルの葛藤に露ほども気が付かないメンツは楽しそうに話している。


「成長すると魔力が多くなるのは体積が大きくなるからですの?でしたら、わたくし太りに行けばもっと大魔力持ちになれるのかしら?」

「うーん、影響がないとは言えないけれど…大体は魔力密度が小さくなるだけだね。いたずらに大きくなっても総魔力量は変わらないと思うよ」


その言葉に心底残念だという顔をするアデライドを見たモーリスは、魔力が多くなると言ったら増量するつもりだったのか…と、彼女がやはりうかつには扱えない危うい生き物だという認識を深めていた。


「今まで測定した中での最高値はアイツだけど、上背はあるけど太ってはないだろ?」

研究員のひとりがランベールを指して笑う。「だからアディちゃんもそのままでいいよ」と言った後に、ふと思い出したように続ける。


「でも魔術師の中には髪を伸ばす人がいるんだ。魔力が宿るって昔から言われててさ」

「まぁ!そうなんですの?やはり髪は長い方がいいんでしょうか?」

再び魔力増量の可能性を見出したアデライドが、当の魔術師であるランベールに問いかける。


「髪を伸ばして得られる魔力などほんのわずかです。どちらかといえば願掛けか、神頼みの類に近いものでしょうね。よほど切迫した状況でもない限り伸ばしたりしませんよ」


ぴしゃりと言い切ったランベールにアデライドが複雑な気持ちを抱く。

今の彼の髪は肩下から数センチほどの長さだが、ゲームに登場した時は三つ編みにしても腰まで届くほどに長く髪を伸ばしていた。しゃがむと床につくくらいあるから汚いし、お風呂がめんどくさそうとか前世では思っていたが、そんな手間を押しても、ほんの少しでも魔力を増やしたいと願うくらいの“困りごと”が彼に生じたのだろうか。そんなことを考えていてアデライドはふと気がついた。ランベールのシナリオの内容を覚えていないことに。


前世の自分はキラキラした正統派の美形顔が好きだった。エドガーやベルナールよりランベールの方が好みのはずだ。それにラファエル王子の攻略ををする際には全員の問題を解決する必要がある。王子のエンディングの記憶はあるのに、なぜランベールのシナリオを覚えていないのだろうか?


「どうかしましたかアデライドお嬢様?」

自分の顔をじっと見つめながらフリーズしてしまったアデライドに、ランベールが訝しげに声をかける。


「ランベール先生…悩みやお困りごとがありましたら、一人で抱えずに相談してくださいませ」

「…は?」

「わたくしのお金はまだありますからいくらか出資できますし、お祖父様のお力添えをいただくこともできますわ!ですから困ったらわたくしを!わたくし、アデライドを思い出してくださいまし!アデライドはあなた様のお側におります!必ずお役に立ちますわ!」


突然、政府広告のような呼びかけからはじまり、投票日間近の選挙カーに似た必死さにまで発展したアデライドの訴えは、ランベールを困惑させた。


「急にどうしたんですか?」

「ご相談!ございませんか?!」

「いや、ありませんから」

「そこをなんとか!捻り出してくださいまし!」

「ちょっと落ち着きましょうか!」


ゲームの舞台になるのはいまから6年後だ。元来、気が小さく不測の事態に弱いアデライドは、もう彼がなんらかの困難に出会って髪を伸ばし始める頃かもしれないと焦って足元にしがみついていた。それをランベールが引き剥がそうと格闘している。


何の前触れもなく、"お悩み追いはぎ令嬢"となったアデライドの凶行を目の当たりにして「は、はわわ…」と狼狽えるミシェルをよそに、研究員たちは粛々と机の上を片付けている。そして格闘の末にランベールから隔離されてゼエゼエと肩で息をするアデライドを、モーリスが誘導する。


「今日は僕たち3人からプレゼントがあるんだ。お誕生日は…ちょっと過ぎちゃったんだよね?」

「まぁ…覚えてくださっていたのですか?」

「いやぁ、データを取った時いろいろ聞いたからねぇ」


春になってアデライドは10歳になっていた。前世でいえば4月生まれで、他の同学年男子などよりも背が高いのは生まれ月が早いせいだと彼女は思っていた。今現在もミシェルよりだいぶ大きめな自分にそう折り合いをつけている。


彼らからプレゼントはティーカップのセットだった。「ここで使っていたマグカップは大きすぎて重そうだったから」と照れながら渡されたのは、茶色に塗られている熊の顔を模したカップとソーサーとティースプーンのセットだった。


それを見たミシェルはまた階層を感じていた。子供っぽいデザインと分厚くムラのある造形はいかにも庶民向けだ。公爵家のご令嬢ともなれば、普段から工芸品のように繊細な陶器に触れている。クリスティーヌも領民からこういうものを貰うことがあったが優しい彼女はとても喜んで見せていたなと、ミシェルははからずも比較するような目をアデライドに向けた。すると、なんだかプルプルと震えている。


「か、かわいらしいですわ!わたくし、こんなカップを初めて見ましたわ!」


それはそうだろう。いつも君が使っているものの10分の…いや、100分の1くらいの価格帯だろうしね…と内心引いているミシェルにはまったく気付かずに「ありがとうございます!さっそく使ってみたいですわ!お茶を淹れてもいいかしら?」とテンションをぶち上げている。


「実はまだプレゼントはあるんだよ」と、研究員たちはティーカップに丸いチョコレートを入れる。それをアデライドか見やすい位置に置くと、ビーカーに入った白い液体を注いだ。するとチョコレートが溶けて中から小さなマシュマロがぽこぽこと出て来た。


ミシェルはまた思った。「チョコレートボムか、よく見る仕掛けだな」と。薄くボール状にしたチョコレートの殻の中にマシュマロなどを入れたそれは、この世界では割とポピュラーなものであった。ミシェル自身もほんの小さい頃に見せてもらったことがあった。事前にミルクを温めていたりと準備をしているあたりに思いやりを感じるが、ホットミルクを作るのにビーカーとアルコールランプを使っているのはどうかとは思いながらふと隣を見ると、またアデライドは震えている。


「なんですのこれ!?チョコが溶けて…マシュマロですか!まぁ!中に入っておりましたの!?ホットミルクで溶けて!?」


見ればわかることをすべて口に出している。そのうるさすぎる反応からどうやら初めて見たらしいと分かって「この人ずっとどこかに閉じ込められでもしていたのだろうか?」とミシェルはなぜか少し悲しくなった。

そんなミシェルの視線に気がついたアデライドはカップと彼の間で視線を往復させてから、それを指さして興奮したような笑顔を浮かべた。どうやらコメントを求められていると察して、ミシェルは少し面倒になった。


「お誕生日おめでとう。どうぞご賞味ください」


アデライドの反応に気をよくした研究員から芝居がかった笑顔で言われて「いただきます」と喜んでカップに口を付けようとしたアデライドはまた、それとミシェルの間で視線を往復させている。どうやら欲しがっていると思われているらしいと気が付いたミシェルは、だいぶ面倒臭くなって「お誕生日なのはあなただから」と遠慮なく飲むように勧めた。


ひとしきり騒々しい反応を見せたアデライドが落ち着くと、ミシェルが申し訳なさそうに口を開いた。


「僕はあの、お誕生日だって知らなくて…また今度ご用意させてください」

「いいえミシェル様、そのお気遣いだけで十分ですわ」


まだ先程の余韻が残っているのか笑顔全開のまま答えるアデライドに気が緩んで、ミシェルは普段なら絶対にしない立ち入った質問をしてしまった。


「もうお誕生日のパーティーは開かれたんですか?ロワイエ伯爵はそのときにお祝いされたんですね」


アデライドが静かになって、ミシェルは自分の失敗に気がついた。


「わたくしそういった会を開いたことはありませんの…ですからランベール先生もご存知ないと思いますわ」


貴族のご令嬢ならほとんどが行うことを、国内屈指の高位貴族であるヴォルテール公爵の“掌中の珠”とまで言われる彼女がまさかしていないとは思ってもいなかった。ミシェルは慌てて謝るが、すでに他方にも飛び火していた。


「え?彼女のお祝いしてないの?お前は貰ってたのに?」


研究員が思わずといったふうに、ランベールに聞いてしまった。気まずげに目を逸らしながら「いや、その…忘れていた」と、こちらも言い訳としては最も口にしてはいけない言葉を言ってしまい、取り返しのつかない多重事故になってしまった。


「わたくしがお伝えしていなかったのもありますし…あっ、先生に差し上げたのはバレンタインのプレゼントで、お誕生日のものというよりお世話になっているお礼というか、そういうものですのよ。だから気になさらないでくださいまし!」

「そっか、バレンタインのお返しって感じで済ましてるんだよな。びっくりさせるなよなぁ。あはは」

「あっ…いえ…アッ…それはそのあの」


焦ったように多弁になるアデライドに、研究員が合いの手を入れてフォローしようとするが、それがまた傷口を広げた。どうやらそれすらしていないらしいと気付かされた研究員たちの厳しい視線がランベールに集中する。

「今度、必ず、用意します」と絞り出したランベールの声に、アデライドは眉を下げてまるで慰めるように返した。


「わたくしランベール先生からはすでにたくさんの形にはできないものをいただいていると思いますわ。ですからどうか本当にお気になさらないでくださいまし」




ミシェルが今日ここに来たのは、ラファエル王子とクリスティーヌの言うアデライド像が本当なのか確かめるためだった。

アデライドのことを"ランベールに懸想し迷惑を顧みずに付きまとう狡猾で悪辣な令嬢"であると彼らは言う。誤解ならば賢明な王子たちは気が付くだろうから余計な気遣いかもしれないけれど、今度お茶会を開いてランベールと話すのだと聞いたら放って置けなくなって行動を起こしてしまった。


実際に見た彼女は、確かに出所がわからない情熱をもってランベールに張り付いたりしていたけれど、どちらかというと世間知らずで些細なことに喜びすぎる騙されやすそうな少女だった。


ちらりと観察すると彼女はもう笑っていて、先ほどの事故の規模にも関わらず特に傷ついた様子もない。

本当に彼に期待していないようだが、ミシェルは腹落ちしない。与えるだけで見返りを欲しがらないなんて、それも愛情のあり方かもしれないけれど、そんなのは搾取と変わらないと彼は思う。


ミシェルは自分をそこまで正義感の強いタイプではないと思っている。でも知らないふりをできるほどに図太くもないと知っていた。

帰ったらクリスティーヌに手紙を書いて、そのお茶会に自分も参加させてもらおうと彼はこっそり決意した。見守るくらいしか出来ないだろうけど、それでも何かしたいと、そう思ったのだ。

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