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大丈夫。前世の攻略法だよ。

「ハイハイ!来ました高難易度戦!」


公式から更新の予定が出ていたため、すでに臨戦体制だった川崎和歩はローテーブルにダンと音を立てて缶チューハイを置くと、ゲーム画面に向き合った。

このゲームにはストーリーとは別の流れで進めることができる"クエスト"という戦闘があり、勝利すると経験値やアイテムを得ることが出来た。クエストはレベルに合わせて様々に用意されていたが、この高難易度戦は少し特殊なものだった。


「なーんだ、オディオじゃん。もう見た〜」


今回は魔獣の氾濫編のラスボスを倒す戦闘になっており、そのため既に該当部分のストーリーをクリアしているプレイヤーのみが挑戦できるようになっていた。和歩は念のために攻略サイトを確認し、攻略法が変わっていないことを確認する。


「エドガー接待ですね〜わかります〜」


魔獣の王である豊かの泉に住む竜オディオは倒し方にコツがあり、正攻法で突っ込んでいくといくらレベルが高くても倒せない。まったく通らない攻撃と、恐ろしく多い相手のライフポイントに絶望することになる。

効率よく倒すには必ずエドガーの参戦が必要で、このために他キャラのファンからは評判が悪いシナリオになっていた。


「うわ…めっちゃスタミナ使うじゃん。これやったらもう今日は何も出来ないな」


このゲームでは聖女のスタミナという数値を消費しないとストーリーやクエストに参加が出来ない仕様になっているが、それに納得がいかない様子で文句を重ねる。


「つかそもそもスタミナって何なん?戦闘始めるだけで何を消費していらっしゃる?結局は課金させたいだけちゃうんか〜い」

和歩はブツブツと不満を漏らしつつも、慣れた手つきでコマンドをタップしていった。





いいえ、結構消耗いたしますわ…と、前世の酔っ払いの独り言に反論したアデライドは、ズドンという大きな音がすぐ近くで響くのを聞いた。


圧倒的な質量を持つものが、突如、目の前に現れた。

その存在を浸透させるかのように、踏み込んだ足が地面を震わせる。金属のような光沢を持つウロコに覆われた顔が、広葉樹の枝葉の間から人間たちを見下ろしていた。

ゆうに10メートルありそうなそれを、全員が呆然と見上げている中、最初に動いたのはポールだった。


「自分はアデライドお嬢様を避難させます!研究員の方も退避してください!ロワイエ卿!皆さんに指示を!」

ふらふらと足元のおぼつかないアデライドを裸足のまま担ぎ上げて彼が叫ぶと、皆が弾かれたように反応する。


「ポール、モーリスたちも森の外に出て応援を呼んでくれ!ニコラ、ユベール、取り敢えず動きを止めるぞ!エミール殿は前に出過ぎるな!」


ランベールが指示を出す声が小さくなって離れていくのを、アデライドは走るポールの肩に揺られながら聞いていた。意識が朦朧として、体に力が入らない。なすがままに運ばれていると、ゴオッという音がして熱風が顔を撫でた。


「うわ!火を吐いたのか?!」

「早く助けを呼ぼう!森が焼けちまう!」

近くを走っているモーリス達が驚愕のまま叫ぶ。


アデライドのぼんやりした頭に警鐘が響く。このままではランベールたちも森も無事では済まない。そう思うのに彼女の意識はもう暗い眠りの底に吸い込まれそうになっていた。

今にも意識を手放しそうになっていたとき、頭の中に声が響いた。自分の名前を呼ばれたような気がした瞬間、身体がふわりと軽くなった。頭が、手が、動くとわかると、アデライドは自分を抱えるポールの背中をベチベチと叩いて呼びかけた。





「表皮が硬すぎる!攻撃がすべて弾かれるぞ!」


エミールが煤に汚れた顔のまま訴える。だがランベール達が放った魔法も、鱗の上を撫でるだけで、傷ひとつ与えられなかった。巨大なトカゲのような体はますますギラリと艶めいている。


「魔法も全然効果ないんだけど!」

「どうする!?このままじゃ埒があかないよ!」


余裕のない人間達とは対照的に、太古の竜はパチパチと瞬きをするとゆっくり縦長の瞳孔を動かして彼らを見下ろす。その温度を感じさせない瞳はまるで小さいものたちの抵抗を嘲笑っているようだった。

舌打ちをしながら次の手を打とうとしたランベールは、駆け寄ってくるポールの姿に目を見開いた。


「なんで連れてきた!」

「お嬢様がこちらに来たいと言ったので!」

「バカかお前は!?」


アデライドを背負った状態で戻ってきたポールに、繕う余裕も無いせいかストレートな罵倒が飛ぶ。そのとき竜の口元にボワッと火の玉が出現した。「クソッ!」と吐き捨てたランベールが向き直ると、火の玉は火炎に形を変え彼らに降り注いだ。


ランベールは魔術で細かく霧状にした水を盾のように広げる。ニコラやユベールたちも加わり噴霧された水が炎を防いで蒸発する。けぶる水蒸気の熱に怯むことなくアデライドが声を張り上げた。


「ランベール先生!聞いてくださいまし!このまま戦っても勝てません!」


ポールの背からひょこひょこと必死に顔をぞかせるアデライドを一顧だにせず、ランベールは竜に不動化の魔術をかける。ビクビクと引き攣るように手足を震わせながらも大きな動きが取れなくなったのを確認すると、ようやく振り返るがその表情は厳しかった。


「これで数分稼げる。ポール、今すぐにお嬢様を避難させろ」

「出来かねます!自分はお嬢様の騎士なので!」


また罵声が口をついて出そうになったランベールの肩をエミールが掴む。


「俺はアディの言葉が聞きたい…何か言いたいことがあるんだろう?」

「エミールお兄様!そうなんです!わたくしはアレの倒し方を知っています!」


エミールの言葉に顔を輝かせるアデライドにランベールが吐き捨てるように言う。

「そんなことはいいから、あなたは逃げなさい!」

「でも!」

「竜は魔力を豊富に持つが使用効率は良くない。あのペースで火を吹いていれば早晩魔力切れを起こすでしょう」

「それはありません!」

「え?なんで?」

周囲の消火にあたっていたニコラやユベールも集まってきて疑問を投げる。


「アレが魔力で作っているのは小さな種火だけです。それに体内で糖を分解して作ったアルコールを吹き付けることであのような大きさの火炎にしているのです」

「なにそれ?!大道芸人みたい!」

「じゃあアルコール切れを待てばいいんじゃない?」

「それまでに森が燃え尽きてしまいますわ。それに火を吹くことより問題なのはあの表皮の硬さですの。そこで試していただきたい攻略法があるのです」


皆が固唾を飲んで耳を傾ける中、ランベールが険しい顔でアデライドに向かって一歩踏み出す。


「待ってください。なんであなたがそんなことを知っているのですか?いや…そもそもその知識は正しいのですか?根拠は?」


真っ当すぎる疑問にアデライドが怯む。前世の知識があるといってもそれがこの件に必ず適合するとは限らず、エビデンスなど欠片も無い。不安に苛まれそうになった心の底で、誰かが囁いたような気がした。『大丈夫。合ってるよ。がんばって』と。その声に背中を押されるようにアデライドが断言する。


「わたくしが呼び出したもののことですから!知っていて当然ですわ!」


自分でも無理筋すぎると思った理屈だが、自信満々に言い切れたことで追い詰められていた青年たちの心には響いたらしい。彼らの背後では太古の竜が自らの体を縛る魔術の効果から解き放たれようとしていた。


「時間切れだな。他に方法もないし、俺は信じる。妹の言うことだからな」


「他人ですよ」とツッコむ時間も惜しく、エミールの言葉に皆が黙って頷く。渋々といった体ではあるが、ランベールもそれに倣った。


「それでは皆様にこれからしていただくことを説明しますわ」

アデライドの話す内容に驚きながらも、全員が自分の役割を果たすためにそれを頭に叩き込んだ。




不動化の魔術が解けると、太古の竜は直ちにこの不埒な術を掛けた小さな生き物を睨みつけた。

小さな火の玉を作ると、そこに体内物質を吹き付け大きな炎に変える。襲いくる火炎をニコラとユベールが噴霧した水の盾が防ぐ。白く立ち込める水蒸気の隙間からランベールが竜目掛けて魔術を放つ。太古の竜の体を包み込む様に魔術の光が覆った。先程のアデライドの言葉が正しいのならこれで何かしらの効果が得られるはずだった。





「アレは防御に魔力を全振りしておりますの。豊富な魔力の殆どを体表面の魔力密度を高めることに使っていますわ」

「魔力を集中させて鎧みたいにしてるってこと?なるほど〜だから攻撃を全部弾くんだぁ…じゃあどうすんの?!攻撃通すの無理じゃん!」

ニコラのノリツッコミ様のリアクションにアデライドは頷きながら話し続ける。

「だからその鎧を薄くするのですわ」


彼女が提案したのは、竜の全身に防護魔術を掛けることだった。全身を薄い膜の様な魔力の層でコーティングするこの魔術は、本来なら傷や衝撃から対象者を守るために付与されるものだったが、今回はその用途ではない。


「魔力は引き合います。魔力が過密状態になっている体表の上に、低密度の魔力層を作れば、魔力は密度の低い方に移動しますわ」

「なるほどね。あいつの魔力がこちらが作った層の方に拡散して浸透したら防護魔術を解く。すると魔力の鎧は薄くなるってことかな」

「そうですわ。でもこれには防護魔術であの大きな体を均一に覆う技術と、タイミング良く効果を消すコントロールが必要になりますわ」


アデライドの言葉に自然と皆の視線がランベールに集まって、彼はその重大な役目を引き受けることになった。




首尾よく魔術の膜を張ることはできたが、ここからは効果が出るまで我慢比べだ。

エミールが注意を引き付けなるべく森への損害が低くなる様に陽動し、炎による攻撃は魔術師たちが水の盾を作って防ぐ。春の森は異様な熱気に包まれているが、アデライドはまだポールに背負われたままそこに居続けていた。


ゲーム世界での戦闘はターン制コマンドバトルであった。敵と味方が行儀良く交互に攻撃し合うその仕組み上では、防護魔術の効果が出るのは3ターン経過後という明確な区切りがあった。だが今この世界ではそんなわかりやすい符号は存在しない。


アデライドにとって長く恐ろしい時間が続いた後、竜の動きに変化があった。まるで自分の体の変化を厭い癇癪を起こす様に体をよじるアクションは、幸運にもゲームで見せたものと同じだった。


「ランベール先生っ今ですわ、防護魔術を消してください!エミールお兄様、どうかご武運を!」


渾身の力で叫ぶアデライドの声に合わせてランベールが魔術の効果を消すのと同時に、エミールが走り出す。


ヴァンダム侯爵家の嫡子が持つ“銀の継承剣”がこの戦闘における重要アイテムだった。魔力を蓄えて剣先から放つ効果のあるこの剣は、薄くなったとはいえまだ存在する体表面の魔力層を貫通することさえ叶えば、竜の待つ魔力を集めて逆に攻撃に利用することが出来る。


エミールの剣が竜の腹に突き立てられる。バチリと魔力の抵抗による火花が散るが、それを強引に打ち破り深々と突き刺す。捻りこむ様に力を入れるエミールの手元からは急速に集まった魔力が光と熱となって迸る。

体を内側から焼かれて暴れる竜の鉤爪がエミールを狙って振り下ろされるが、ニコラが水を圧縮したカッターでそれを切り落とす。


「おっしゃぁ!魔法効くぞ!覚悟しろ巨大トカゲめ!」

「散々やってくれたからね。俺にも仕返しさせてよ」

「おい、油断するなよ!」


魔術師たちも勢い付くのを見て「ああ、これならもう大丈夫だ」とアデライドの体から力が抜けた。

意識の底からまた暖かい声が響く。『よく頑張ったね。おやすみアディ』その声に誘われる様に、アデライドの意識は今度こそ眠りの底に落ちていった。


エミールの一撃の後は魔術師たちの攻撃もあり、太古の竜は反撃する力も尽きてついに地に倒れ伏した。


「もう虫の息だな!トカゲだけど!」

「うわ…面白いね、それ」

「お前のそういうとこほんと嫌い!」

ニコラとユベールが軽口を叩きながら竜の体に近づくと、いち早く異変に気がついたエミールが声を張り上げた。


「おかしい!なんだこの手応えは?どうなっている?!」


竜の体がキラキラと光り出した。警戒し即座に距離を取った彼らの前で、死に向かっていたはずのその体は端から光の粒子となり、分解されるように消滅した。ニコラが駆け寄って確かめるが、竜の体があった場所にはもう何も存在しない。


「どうなってんの?」


ニコラが呟くが誰も答えることができず、沈黙が満ちる。


「あの!すみません!」

そんな重い空気が充満する場に、颯爽といつも通りの声音でポールが現れた。


「お嬢様が白目剥いちゃったんで、自分はお先に失礼しますね!」


普段の退勤時間と変わらぬ調子で言い放つ彼の背中には、アデライドがぐったりともたれ掛かっていた。


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― 新着の感想 ―
このお話大好きです。夢中になって一気に読んでしまいました。ゆっくり読み返し中です このあたりまで読み返して気が付いたんですが、ポールさんてめっちゃ優秀ですね!? 人選したおじい様かプルストさんの本気が…
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