ひとつのドアが閉まれば、別のドアが開く
厳しい冬が去り暖かい日が増えた頃、アルドワン侯爵家の客間には早朝から鳥のさえずりをかき消すような声が響いた。
「今年がヤマですわ!」
「そうなんですね…?」
主人の突発的な発言に慣れはじめたパメラが取り敢えずの相槌を打つと、我が意を得たりと悪役令嬢自認女性ことアデライドは仁王立ちのまま「そうなんですの!」と頷いた。
「わたくし今年度を平穏無事に過ごすために死力を尽くしますわ!」
「決意のわりに普通の目標ですね〜。わざわざ言う必要があるんですか?」
パメラが思っても口にしないことを護衛のポールがガンガン言ってのける。その姿勢に憧れることはないが、正直助かると思うこともあった。彼女が数ヶ月勤めて理解した主人の特性は、“情緒不安定な内弁慶”という感じであった。身内しかいない部屋の中では強気だが他所の人がいると途端に大人しくなる。慣れた相手であっても、ランベールやレリアに精神的にシバかれてはシオシオになっているし、ベルナールには弄られて遊ばれている。
「私の見立てでは今年を無事やり過ごせれば勝機が増えますのよ!」
アデライドにはそう思うだけの理由があった。巻き戻し前の人生では、祖父の亡くなるこの年が彼女にとっての凶兆のはじまりだった。
だが、すでに薬は開発しているし、魔獣の森もアルドワン領の皆さんがやる気を出してくれた。勝ち筋が完全に出来上がっている!アデライドの内に住む弁慶は風向きが変わるのを感じていた。
「ふーん、鉄鉱石ね。しかも量だって多いんだろ?需要もあるし、製鉄所を作れば利益が出そうだね」
「はぁ?それなら元々うちの北の方にもありますしぃ〜?次期公爵様はそんなこともご存知ないいんですかぁ?」
「それは知ってるよ。ロワイエ領の銑鉄の評判は…なんというか、まぁ、うん」
「うわっこいつ性格わるぅ」
「俺は気を使っただけだよ。ネガティブに受け取りすぎ。お前はいつもそうだよね」
公爵家嫡子であるユベール・ド・リールにあしらわれてニコラが地団駄を踏んでいる。
ヴォルテール家や魔法省の協力の元、幾度かの調査を繰り返した結果、アルドワン領から鉄鉱石の鉱床が見つかった。その調査に参加したかつての同窓生たちは、いま仲良く朝の食卓を囲んでいた。
「ここの鉄鉱石も質はうちと変わらない。リンの成分が多い」
「なにそれ?」
自分の言葉に不思議そうな顔をする2人を見たランベールは面倒そうに説明をする。
「不純物が多く質が良くないということだ。今までの技術で製鉄すればうちの二の舞だ」
「あ〜品質悪くて利益出にくいから、やばい民間業者がやばい雇用契約をして治安が荒れるやつね。わかる〜」
ニコラが現在進行形の苦労を思い出したのか、うんざりした顔で頷く。
「しかしついこの間、新しい製鉄法が発表されていたからな。それを取り入れればここでも安定した品質の銑鉄が生産できる…作る金さえあれば」
ランベールがそう言うと、その場の皆の目が一点に注がれた。急に視線を向けられたアデライドが驚いて顔を上げる。この日、アルドワン侯爵邸に招かれて朝食を取っていたのは、アデライドも加えた5人だった。
アデライドは以前に垣間見たランベールとユベールのギスギスしたやり取りに、何か因縁でもあるのだろうかと思っていたが、ただの元同級生で気の置けない間柄なだけらしい。ニコラも加えると見た目の良い男子の集まりとなり、地元の女子たちから熱い視線を集めていた。
所詮は元一軍男子の馴れ合いかとアデライドは自分でも理不尽だと思う苛立ちを感じていたので、それを察知されないよう気配を消しており、パメラの“自室の外だとしょんぼりしてる”説を裏付ける事になっていた。
「お、お祖父様が技術職の方や銀行の方とお話ししておりましたわ。アルドワン侯爵もご一緒でしたし、なんだかとても順調なようですわ」
急に注目されて慌てて話したが十分通じたようでホッとしたアデライドは、先ほどから自分同様に黙っている隣席のヴァンダム侯爵家の寡黙な嫡子に話しかけた。
「エミール様もずっとこちらで魔獣駆除をされていたと聞いておりますわ。お疲れではないですか?」
「いや、うん、特には…そうですね」
どちらなのか判然としない返事をする彼は、いま確か18歳ほどで、その横顔はゲームや巻き戻し前に見たエドガーとほぼ同じと言っていいくらいそっくりだった。間違い探しみたいだなと、まじまじと見てしまったアデライドの視線に気がついたのか、エミールが「なにか?」と聞いてきた。
「アッ、アッ…エッ…エドガー様やレリィお姉様ととても似ていらっしゃるなって…」
「俺はレリアの兄です」
「アッ…ハイ、そうですね…?」
既知すぎる情報を返されて、アデライドが黙ってしまうと、エミールは少し考えるような間を置いて、また口を開いた。
「レリアが姉ならば、俺は兄ではないでしょうか?」
「エッ…?ア…ハイ。エミール様はエドガー様たちのお兄様ですね…?」
なぜかエミールが凝視してくる。そのまっすぐな視線に、アデライドは内心パニックになっていた。
「あなたから見ても兄だと思います」
追加情報ゼロの追い討ちにアデライドは必死に考える。この人は自分に何を訴えたいのかと。
ふとそのとき「“お姉様”を付けなさいよ!地味公爵令嬢!」と言ったレリアと彼の顔が重なって見えた。まさか…とは思いつつ、おずおずと口を開く。
「エミール…おにいさま…?」
「はい」と返したエミールの口角がわずかに上がった。正解だったようだ。
「あのそれではエミール…お兄様。わたくしのことはアディとお呼びくださいまし。敬語もやめていただけますか?」
「ああ、わかったアディ」
意図したところへ落ち着いたことに気を良くしたのか、エミールはアデライドの頭を撫で始める。なすがままにされる彼女の様子を外野たちも息を呑んで見守っていた。
「クイズみたいだったね。お前あれわかった?」
「いや、無理。アディちゃんすげー…」
「俺も妹いるしさ、あれやってみよっか?」
「「やめろ」」
ユベールの軽口に2人がツッコんでいる間も、アデライドは大人しく撫でられ続けていた。
今回アデライドがアルドワン領を訪れたのは、例の扉を調べるためだった。ランベールは魔獣が出た際の戦力としてニコラを呼び、エミールはアデライドの話を聞いてついてきてくれる事になりポールとともに彼女のそばにいる。ユベールに関してはなぜか付いて来てしまった。
別の場所に宿泊していた研究室の仲間たちと合流していざ出発となったときに、留守にしていたはずのマドレーヌが慌てた様子で駆けつけた。
「アディ!森へ行くって本当なの?!そんなの危ないわ!おやめなさい!」
彼女の後ろではパメラが不安そうに見守っている。侍女である彼女にはここに残ってもらうとアデライドが決めたが、付いてきたがっていたのでマドレーヌに話してしまったのかもしれない。
ぎゅうっとアデライドを抱きしめて離さないマドレーヌを説得するのには、ランベールよりも口数の少ないエミールや、役人のユベールの方が役に立っていた。最終的にはエミールの「自分が護って怪我をさせない」という言葉を受け、マドレーヌは渋々ではあるがアデライドを解放した。「普段の行動って大事だな」と皆が頷き合うのをランベールは苦々しい顔で聞くことになった。
研究員たちはフィリップから聞き出した扉の出現ポイントの中で、1番街から近く測定しやすい場所を選んですでに試験を繰り返していた。
「こちら準備完了です。アディちゃんよろしく!」
「わかりましたわ!」
ここ数ヶ月で随分と打ち解けた雰囲気になった彼らの側にアデライドは駆け寄ると、靴と靴下をぽいぽいと脱いで用意された測定器の上に乗る。様々な試行錯誤の結果、この環境で大気中における魔力の波形を調べるのは困難だと考えた彼らは、アデライドの身体に誘導された魔力量を計測することで現象の解明に近づこうとしている。
「魔力波は魔力をもつ人体にも引き寄せられます。だから通常時と魔力反応後の人体表面魔力量の差を観測、数値化します」
そんなことを言いながら、モーリスは彼女が裸足で乗っている自分の開発した魔力測定用の板にコードのようなものを繋げ、右手には鉄の棒のようなものを握らせた。
「準備が整ったら合図をするから、このまま右手でその扉を開けてください」
「なにあれ?どういう実験なの?」
「お嬢様は平均より魔力量、魔力容量ともに大きい。だから魔力波を測定する際の導体としての適性が高い。この実験では人体表面を平面要素に分割し、その要素上では一定であるとみなした表面魔力によって誘導される魔力波を数値化する。そのためには要素の表面魔力密度を変数として…」
「やめて!俺もうそういうごちゃごちゃしたの無理!」
自分で聞いておきながらいざ説明されると騒ぎ出すニコラと不服そうなランベールにユベールが近づいてきた。
「要するに彼女の身体を通っていく魔力量を測るんだよね?それってなんかちょっと…エロいよね」
「うわ!なにこいつこわい!終わってる!」
「魔法省の相談窓口に通報だな」
「そう言うお前は貴族令嬢を人前で素足にさせてるよね。それっていいの?」
ユベールの言いようで今度はランベールに非難の目が向けられる。
「研究のためだ。本人も納得しているし問題ない」
「うわ!こいつもダメだ!問題しかない!」
「ヴォルテール家に通報しよっか」
攻守交代しながら小競り合いを続ける同窓生たちは、エミールに注意されるまで低レベルな言い合いを続けていた。
「それでは行きますわ!」
皆の準備が終わり、アデライドが右手を虚空に構える。すると光が迸り、扉の形を作った。
「うわすげえ!」「まじか!」と初めて見る研究者たちの声が響く中、扉が開き中から光の塊が現れた。
「ウ…ウサギさんですわ!たぶん!」
彼女の叫びと共に、光はツノの生えた兎型の魔物に姿を変えた。
呆気に取られる研究者たちの脇からポールが素早く近づいてアデライドを肩に担ぎ上げた。それを見た彼らも慌てて機材を回収する。
「あとは頼みますね!」と声をかけてアデライドを抱えて走り出すポールと、それに着いて行く研究者たちを見送り、魔術師3人と騎士1人が魔獣と向かい合った。
扉を開けて魔獣を呼び出しそれを倒すという作業を3回繰り返した後、一行は遅めの昼食を取りながら現状について話し合っていた。研究者たちは計器が吐き出した計測結果の紙を見ながら、皆一様に難しい顔をしている。
「なんで魔力反応が出ないんだ?」
「機械の不具合では無いね。ちゃんと反応してる」
モーリスが計器を動かすとグラフはちゃんとピークを描いていた。
「故障じゃないってことは…アレは魔力の反応じゃ無いって事になるぞ」
「そんなことあるのか?」
話し合う彼らの横でアデライドもサンドイッチを手に持っていたが、それを食べることなく目をつぶってうつらうつらとしていた。
「どうした?眠いのか?」
「だ、大丈夫ですわ!」
アデライドはエミールに声をかけられると咄嗟に上を向いて微笑んでみせたが、しばらくすると白目をむいてガクッと頭をぐらつかせている。
「彼女は疲れているようだ。もう帰って休ませた方がいいんじゃないか?」
ぐらぐらしているアデライドの頭を押さえながらエミールが周囲に訴える。
「うーん、そうですね。アディちゃんの体調が一番大事ですし、俺らはそれで良いですよ」
研究員やニコラたちも頷く中、当の本人が立ち上がった。
「わたくし!まだ出来ますわ!」
アデライドは裸足になることもあって、魔獣が出るとすぐポールに担がれて現場から離されていた。芳しい計測結果も出ていない状態で、何も役に立っていない自分の眠気なんかのために、これだけの大人たちの時間と労力を無駄するのは忍びなかった。
「本当に大丈夫なんですか?」
ランベールに問われてアデライドは勢いよくブンブンと頭を振るように頷いてみせた。
「じゃあ、あと一回だけやってみましょうか」
「はい!次こそお役に立ちましてよ!」
ランベールの言葉に顔を輝かせるアデライドを、エミールが少し眉根を寄せて見つめていたが、すぐに剣を持ち上げ準備に取り掛かり始めた。
アデライド泣きの一回の準備が整う中、すでに今日三回の戦闘をこなしているニコラたちに緊張感は漂っていなかった。
「ウサギ、キツネ、イノシシ…って、出てくる魔獣がだんだん大きくなってね?4回目は何が来ると思う?」
「クマとかかな?飛竜だったりして。大型の個体だとちょっとやっかいだし、複数くる可能性だってあるかも?」
「なんか本当になりそうだからさぁ…そういうのやめろよ」
「そういうもしもの時のために、森の外にはアルドワン侯やヴァンダム家の兵にも残ってもらってるんだからさ。ニコラの犠牲くらい問題ないかもよ?」
「なんなのこいつ!マジでなんでこんなのが役人やってんの?!」
「うるさいぞ2人とも。そろそろ来るぞ」
ランベールの呼びかけにかしましい魔術師2人が黙り、アデライドの方を注視する。
アデライドは何もない空間に手を伸ばしながら考えていた。今度こそモーリスたちがちゃんとしたデータを得られるように、自分は何をすべきかと。昨日はちゃんと寝たはずなのに、扉を開けるたびになぜか眠気が強くなっていくせいで考えがまとまらない。最初にこの現象を引き起こしたときのことを思い出す。大事に包み込むように手を握り、アデライドにだけ聞こえるように優しく耳元で囁くフィリップの声を。
「あまり力まないで、リラックスして、大丈夫だよ。俺がついてるから」
そう言った彼は、今日隣にはいない。アデライドはとにかく強く念じた。みんなの役に立てる自分でありたいという想いのままに。
「アディ、ダメだ!それはっ!」
焦ったような声が耳朶ではなく頭の中に響く。だが彼女の意識は視覚に割かれて、扉が像を描いていく様をただ目で追っていた。以前見たものより格別に大きく顕現した扉が、虹色に光りながら開かれる。
「高難易度戦…忘却の淵より来たる、豊かの泉の王オディオ…」
彼女の呟きと共に現れたのは、豊かの泉に住むという原始の竜であり、その中で最も力と凶暴さを持ち、ゲームでは魔獣の氾濫編のラスボスを務める個体であった。




