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家族の距離感

小さなマドモワゼルとの30分お話をしましょうという約束は2時間の会議となり、プルストはあまりの出来事に気を飛ばしかけていたが、またアデライドに手を引かれて新たな修羅場に臨んでいた。


「なるほど、アディは公爵家のためにそんな計画を立ててくれていたんだねえ。確かにそれだとアディとうちの評判は良くなるだろうなあ」

「そうでしょうお祖父様」

胸を張ってアデライドが答える。公爵の執務室でも自室でしたような説明を繰り返す彼女を見て、公爵の前であっても『親子を案じる優しい令嬢』になるのではなく、『優しい令嬢という評判を得るための演出をする』と言いきってしまう正直すぎる姿勢にプルストは半ば呆れていた。


「でもそれ本当にアディが考えたのかい?誰かに騙されているってことはないかな?」

公爵の剣呑な視線がプルストに向けられ、肉食動物と対峙したように彼の全身が硬直する。


「まぁお祖父様ったら、わたくしが使用人に騙されているとおっしゃるの?とんだ侮辱ですわ!わたくしの公爵家への忠誠をお疑いでしたら、契約魔法を使ってもよろしいのですのよ!」

公爵とそばに付き添っていた侍従長が苦笑いをする。そんな大袈裟なとでも言いたげな顔にプルストの胃が痛む。


「アディさっきも言ったが、お前はまだ子供なんだから、公爵家のことはワシら大人に任せておきなさい。お前は立派な淑女となり、嫁いだ先で良き妻良き母となるんだよ」

だから話はこれで終わりだと言おうとした祖父をアデライドの言葉が遮った。


「お祖父様…わたくし、本当にお嫁に行けるのかしら?」

先ほどまで元気の良さはなりを潜め俯きながら呟く孫娘の言葉に、公爵はとっさに答える。


「どうしてそんなことを思うんだい?お前の嫁ぎ先はお祖父様がちゃんと決めるから大丈夫だぞ」

「だって、わたくし卑しい血が入っているのでしょう?みんなそういうの!」

両手で顔を押さえ首を振るアデライドの痛々しい様に、周囲が息を飲んだ。

顔を上げたアデライドの瞳には涙の幕が張っていた。


「お祖父様はわたくしを公爵家の人間と認めてくださるわ。でも他の人は?いくら魔力が多くても、嫁いできてほしくないって思われてしまわないかしら…」

「アディ、大丈夫だぞ。ワシの力があればお前が嫁ぎ先で不自由することはないから…」

「お祖父様がすごいのは知ってますわ。わたくしお祖父様が大好きですもの。でも、お祖父様もお祖母様みたいにわたくしを置いていってしまうのでしょう…?」


公爵が言葉に詰まる。アデライドの瞳に張っていた涙はついに雫となって溢れた。


「お祖父様、だからわたくし、証が欲しいんですの。公爵家の一員として認められるような、お祖父様の孫として相応しいって思ってもらえるような…ダメかしら?」

潤んだ瞳で見つめられた公爵はしばらく唸ったあと、絞り出すように答えた。


「…わかった。そこまで言うならやってみなさい。プルスト、資産の運用に関してはお前に任せる。くれぐれもおかしな気を起こさないように」

「お祖父様!…ありがとうございます!わたくし頑張りますわ!」

本日、円満退社だったはずなのに、重い責任が増えてしまったといよいよ気が沈むプルストをよそに、アデライドは泣き笑いで喜んでいた。





「打ち合わせ通りうまくいったわね。さぁ早速お仕事よ!」

目薬の入った瓶を持って笑う顔はさながら悪魔のようだとプルストはぶるりと震える。

今彼は張り切るお嬢様に連れられて公爵家の馬車に乗せられた。目的地を聞くと「まずは現場を見るのよ」と言われた。プルストの娘はまだ転院しておらず、王都の公爵家近くの病院にいる。そこを訪問したいというのだ。

「お嬢様、娘は入院生活で身なりにも気を使えておりませんし、ご無礼を働いてしまうかもしれません。それに感染の可能性もありますので、今はどうか…」

「かまいませんわ!わたくしのために働いてもらうのに顔も知らないなんてそれこそよくないでしょう?マスクをしていきますし少し時間を取るだけ。気遣いは無用よ」

貴方のための気遣いではありませんよ、と言いたいところを飲み込む。いくら娘のためになるとはいっても、面と向かって利用させてもらうと言われて気持ちのいいものではない。このお嬢様から娘を守らなくてはと決意を固めた。



シモン・プルストの娘、パメラ・プルストは父親と同じく亜麻色の髪に亜麻色の瞳を持っていた。父は細面で目も細く唇は薄く、表情によってはやや酷薄そうな顔に見えてしまうのに対し、パメラの面差しは母に似てクリッとした黒目がちな瞳と卵型の輪郭で可愛らしい印象を与える少女だった。白いワンピースを着て病室の窓から外を眺める横顔は憂いを帯びて見えた。


「すごい退屈…」


パメラは呟く。彼女が入院して2週間経つ。最初は勉強しなくてもいいし家事もしなくてもいいなんてすごい!ゴロゴロしてても怒られない!と思って喜んでいたが、何もすることのない生活には早々に飽きてしまった。

この病院は親族以外は見舞いに来れないらしい。そこまで多くはないが気の合う友人もおり、楽しく過ごしていた日々が恋しくなる。ここでも看護師さんや入院患者とは話せる。それに父親が暇を見つけては顔を見せにくるが、正直言ってお父さんとあんまり話すことないしな…と気づまりに思っていた。先日、耐えかねて「本を持ってきて欲しい」と頼んだら、算数の問題集を持ってきた。嫌がらせかと思ったら、父的にはそれは“楽しいもの”らしい。嘘みたいだけど本当だった。死んでしまったお母さんはモテたらしいのに、なんであの人を選んだのだろうとパメラは最近考え続けている。


そんな父が仕事を辞めるらしい。そしてずっと付き添うと言い出した。すぐに「別にいいから辞めないで」と言ったのに、今日辞めてここに来るらしい。近頃は無理に明るく振る舞おうとしたりして相手をするのがますますめんどくさいのだ。


「お父さん私のことすぐ死ぬと思ってない?私ぜんぜん元気だよ?」


そういうと涙目で鼻を啜りはじめた。お父さんはわかってないとパメラは思う。

だってパメラはすごくいい子なのだ。母を亡くしてからは家事を積極的に手伝うし、教会の奉仕活動もサボった人の分までやるくらいいい子だ。近所の人もみんな褒めてくれた。だから自分が死ぬわけないとパメラは信じている。だって今もたまに咳が出るくらいだし元気だし。

小さい頃、街で繰り返し見た紙芝居では、すごくいいことをした子のところには王子様が来てすごい魔法を使って助けてくれていた。お父さんより王子様が来ればいいのになとパメラは思う。王子様なら算数の本は持って来なそうだし。




午後になってパメラの病室にやって来た父親の隣に、小さな少女の姿を認めてパメラは少し驚いた。

自分より2、3歳年下に見える少女は、高級そうな服を着ていて、ツヤツヤとした黒い髪が印象的だった。


「わたくしアデライド・ド・ヴォルテールと申しますわ。初めましてパメラさん。お会いできて嬉しいわ」

少女はそう言うとスカートをつまんで少し腰を落とした。


すごく貴族っぽい!ていうか貴族だ!とパメラは内心慌てていた。助けを求めるよう父を見ると、ただ難しい顔をして黙っている。こういう時は何も言わないのなんでなのとイラッとしてしまう。


「はっ初めまして?アデライド様…ですか?あのお父さんの知り合いの人ですか?」

「そうですわ。今日お邪魔したのは、パメラさんにお話ししたいことが出来たからなの」


少女の話すことはパメラには少し難しかったが、とりあえずすごい治療をタダで受けられると言うことは理解した。ラッキーだ。来たのは王子様じゃなくて小さな女の子だったけど、日頃の行いが良かったからかなとパメラは満足した。やっぱり私死なないよ。


「それでね…あなたのお父様に仕事を続けていただきたいの…あなたたちの時間を奪ってしまうようで本当に申し訳ないのだけれど」

アデライドが眉を寄せる。本当に申し訳なく思ってくれているのだとわかって、パメラはすぐ口を開いた。

「全然構わないです!むしろ嬉しいです!だってお父さんとずっと2人とか私無理ですし!」

「えっ?」と声を出したのは、プルストとアデライドと同時だった。


「だってお父さんとじゃ今みんなが面白いって言ってる小説の話もできないし、どういう形のスカートがいいかとかもわかってないし、あっ占いの話もできないです。お父さんってあの小説はこうなるだろうって予想して当てちゃうし、スカートは子供っぽいダサいの買ってきちゃうし、占いは実はインチキとか言うし。だからたまに来てくれるだけで大丈夫ですって…ゲフゴホッ!」


勢いよく一息で喋りすぎたようで咳が出た娘の背中をプルストがさすっている。少し涙目だ。


「プルスト、落ち着いたら治療魔術師を呼んでくださる?楽にはなるはずよ。転院は公爵家の馬車を出すから明日にしましょう。病室は一等室にして」


しばらくして手配のためにプルストが病室を出ると、アデライドはパメラに尋ねた。

「あの、本当によろしくて?そんなに気を使わなくてもいいのよ?」

「ぜんぜんいいです。アデライド様こそ気を使わなくても大丈夫ですよ」


力強く答える病人に当惑してアデライドは言い募る。

「では何かして欲しいこと…わたくしがあなたのために出来ることはあるかしら?遠慮せずにおっしゃって?」

「うーん…本が読みたいかも?算数以外の」


なんで算数なのかと聞いたアデライドにパメラが事情を話すと、彼女は心底同情してくれた。それがパメラは嬉しくってどんどん困ったお父さんの話を続けてしまい、プルストが帰ってきた時には2人は声をあげて笑いあっていた。

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