虚飾した悪役令嬢《年功序列のシスターフッド》
一行が公爵家に戻ると、雪は激しく降り始めた。馬車での移動はしない方がいいだろうと、アデライドはマドレーヌとレリアに宿泊を勧め、2人はそれに応じた。
「お祖父様は今お仕事で外国に行っておりますの。今日はわたくしだけですから、気のつかないことがありましたら遠慮なく仰ってくださいまし」
夕飯の席でアデライドがそう言う様に、広いテーブルには3人だけが座った。
「あら、ご両親もお仕事なのかしら?」
「両親と兄は領地に住んでおりますの」
「じゃあ聖女祭のときは帰ってくる感じですか?」
「いいえ、領地の教会でのお仕事があるそうですわ」
マドレーヌとレリアは顔を見合わせる。年末の世間がさざめいている時期、王都でもひときわ立派なこの屋敷に子供が一人しかいないというのは予想外だった。
「今年はお祖父様が聖女祭までに帰って来れないかもしれないそうですの。だから家の皆も神経質になっていたのですわ」
昼ほどではないが、今も着膨れているアデライドがそう言って笑う。
「え?ちょっと待って。聖女祭をひとりで過ごすんですか?嘘でしょ?寂しすぎないです?」
「ちょっと、レリア。失礼よ」
マドレーヌに咎められ、さすがに言い過ぎたとレリアがハッと口を閉ざすが、アデライドは気にした風もなくやはりニコニコとしている。
「大丈夫ですわ。今年はお友達の赤ちゃんに会いにいく予定があって楽しみですの。あ!ランベール先生も王都で過ごされるそうですから、泊まっていただくのもいいかもしれませんわね」
「「それはやめなさい!」」
ふたり同時に言い切られて、アデライドはきょとんとしつつも「は、はい…」と頷いた。
「うわ、懐かしい〜昔お婆ちゃんの家にあったよこういうの!このレースキャップも古い絵本でしか見たことない!一周回ってかわいいかも!」
レリアが貸してもらった白いネグリジェを着てくるくる回ってみせる。普段ならやんわり注意するマドレーヌも興味津々になっている。
「そうね。刺繍もいまはあまり見ない衣裳だけどかわいいわ」
ドアがノックされ、自らカートを押したアデライドが顔を覗かせた。
「クッキーとハーブティーを用意しましたわ」
「まぁ、ありがとうアディ」
「いよいよパーティね!」
夕飯後にマドレーヌが「パジャマパーティーをしましょう!」と言い出したときは戸惑っていた2人も、どこかワクワクした顔でネグリジェを着て集まっている。公爵家の客間のベッドは大きく、少女3人が乗っても十分余裕があった。
「でさ、何の話からする?」
「私からいいかしら?ちょっと気になることがあるの」
マドレーヌがアデライドのほうを見て少し首を傾げながら言う。
「アディ…その、前に会った時とずいぶん雰囲気が違って見えるのだけど、何かあったのかしら?」
それを聞いたアデライドは、静々と後退っていき、ついにはベッドからも降りて床に土下座した。
「うわっ?!なに?!どゆこと?」
「ア、アディ?!どうしたの?蛙さんの真似かしら?」
「大変申し訳なく弁解のしようもありませんわ…」
アデライドは地を這うようなテンションの声を絞り出し、懺悔のように説明をはじめた。
「はぁ〜?なにそれ?意味わかんないし!」
「はぁ、それは…見損ないましたわ…」
ひと通りアデライドの説明が終わった後、2人からの反応に彼女はびくりと肩を揺らす。
「はい、わたくしはお二人の縁談を壊すために違うわたくしを演じておりました。許されることではありませんわ。今後何をもってしても謝罪と賠償にあたらせていただきたく…」
床にひれ伏すアデライドに2人がまた声をかける。
「いや違うでしょ。今そのこと言ってないし」
「そうね。事情を話してもらえなかったことは悲しいけれど、気になるのはそこじゃないわ」
顔を上げて「で、では、何のことでしょうか?」と尋ねるアデライドに、2人は声をそろえる。
「「ランベール・ド・ロワイエ!!」」
「縁談断りたければ自分で言えっつーの!なんで子供利用してんの?ダサくない?」
「そうですわ!アディ、あんな方を想っても幸せになれないわ!世の中にはもっと誠実な人がたくさんいるのよ?」
「ほんとそれ!マジで何がいいのあれの?顔?顔が好きなの?そういうので選ぶと後でつらいよ?」
捲し立てるような2人の勢いに、アデライドは焦って否定する。
「あの、わたくしの説明の仕方が悪くて誤解させてしまったようですが、これは元々わたくしが言い出したことが原因で、先生はぜんぜん悪くなっ…そこまで悪くないのです」
静かになった2人は彼女にベッドの上へ戻るよう促す。
「まだ何かありそうだよね…言いな」
「お姉様たちに全部話しましょうね」
有無を言わさない年長者の迫力に、アデライドは根掘り葉掘り白状させられることになった。
「かくかくしかじかで、わたくしがランベール先生を大好きで離れたくないとワガママを言ったから、特別に我が公爵家がロワイエ伯爵領を支援することになった…という筋書きにしました。それで先生にも協力していただきましたの。だから、先生はそれほど悪くないのです」
「お父様が侯爵になってから、そんなことになっていましたのね…私知らなかったわ…」
マドレーヌが目をうるうるさせてアデライドの手を握る。
「ああ、この小さな手でずっと頑張ってくれていたのね。私の可愛いアディ」
「マディお姉様。こんなわたくしをまだ受け入れてくださるの?」
「当たり前よ!大好きだわアディ!」
「マディお姉様!」
レリアは見つめ合う熱い義姉妹劇場をしばらく眺めた後、その間によっこいしょと割り込み、アデライドと向き合う。
「ちょっと待って、その辺も大事かもしれないんだけどさぁ、私の話も聞いてくれない?あなたさ、めちゃくちゃ女子の評判悪くなってるよ?知ってる?男好きのワガママ令嬢とか言われてるの」
「私のアディになんてことを言うの!」
「私が言ってる訳じゃないって!…ちょっと乗っかったことはあるケド。マドレーヌはこっちのお茶会あんまり出ないから知らないかもしれないけど」
揉め始める2人をアデライドが慌てて止める。
「大丈夫ですわ。わたくし、そういう噂なら別に気なりませんから」
「えっ、なぜなの?」
「はぁ?気にしなさいよ!最悪お嫁に行けなくなるでしょ!?」
「正直に申しますと、別に嫁げなくてもいいかなと思いますの。お金はありますから田舎に家でも買ってのんびり一人で暮らそうかしらと」
また黙り込んでしまった2人を見て、アデライドは遅ればせながら気がついた。この世界では、特に貴族の女性が結婚しないというのは考えられないことだったと。他人事なのに真剣に心配してくれるのがくすぐったくて、安心してもらえたらとアデライドは巻き戻ってからの本音の部分をつい漏らしてしまった。
「私の可愛いアディがそんな覚悟までしていたなんて…」
「マディお姉様!泣かないで!」
目を潤ませるマドレーヌとアデライドがまた手を繋いでいると、再びレリアがどっこいしょと割り込む。
「ちょっと待ってよ。じゃああなた、うちの弟とはどんな感じなの?」
「エドガー様ですか?お祖父様が当家にお招きしてからのご縁ですが、気にかけていただいているようで感謝しておりますわ」
「ちがくって!そういうのじゃなくってさ、実際のところどう思う?あのバカ弟のこと」
レリアに詰め寄られて、アデライドは懸命に言葉を探りはじめる。
「えっ?どう…?えっとエドガー様は…おしゃべりがお好きなようで…あと、いつもとてもお元気ですわね」
「あ〜…もういいわ。なんかもう分かっちゃったから。うん」
何か不興を買ってしまったのかと不安そうにするアデライドを「いや、こういうのはしょうがないし、あなたじゃなくてアイツのせいだしね。うん、安心して」と言いながらレリアが慰めるように頭をぽんぽんと撫でるのを、マドレーヌがくすりと笑いをこぼしながら見守っている。
「そうね。その心無い噂はレリ…レリィお姉様が何とかしてくださるはずよ」
「は?!え?急に何?!てか、その呼び方なんなの!?」
唐突に、とんでもないことを言い出した親友にレリアは心底驚いた。噂は耳にした限り、とある公爵家の派閥から流れてきている。そんな集団を相手取って戦えというのだろうかと親友を問いただそうとしたが、その前にアデライドがやんわりと宥めるように口を挟んだ。
「ありがとうございます。でも、そこまでしていただかなくても、わたくしお姉様たちとこうしてお話しできるだけで十分幸せですわ」
その物言いに、レリアはカチンときた。「子供のくせにわかったような顔してムカつくな」と。私にはできないと思っているのか、それとも立場を慮ってやろうというのか。ずっと年下のくせに急に"わたくし公爵令嬢です"みたいな顔して諦めろと諭すのか。生意気だ舐めているのか。そんな気持ちが湧き出して、彼女を突き動かした。
「ですからレリア様、どうぞお気になさらないで…」
「“お姉様”を付けなさいよ、地味公爵令嬢」
重ねて断ろうとするアデライドの言葉を、レリアの低い声が遮った。
「あんなインケン陰口集団に、この私が負けるとでも思ってるわけ?ムッカつくんだけどそういうの。舐めないでくれる?」
「…へッ?」
「きゃあ!たのもしいわ!さすがレリアね」
突然に、何かの闘争心に火がついてモーターのコイルが暖まってしまったレリアに対し、アデライドは理解が追いつかずに動揺し、マドレーヌは心底嬉しそうに拍手している。
「あんたのことも鍛えてやるわ!ベソかいて泣いて田舎に引きこもるなんて許さないから覚悟しなさい!」
「エッ、エェ〜!?なぜ?どうしてですの?!」
その夜、静かな公爵家では武闘派令嬢の宣誓と、リアクション系となった悪役令嬢の悲鳴がこだましたのだった。
「ぷう、ぷう」とアデライドが寝息をたてている。この微妙にうるさい音はどこから出ているのかと、疑問に思ったレリアがアデライドの鼻をつまむが、まだ「ぷう」と聞こえてきた。騒音の出所を探してプスプスといろんなところをつつき回しているレリアの手を、マドレーヌがそっと退かして騒音主の黒髪を撫でる。
「ねえ、正味この子がさ、その森とか魔獣とかのこと頑張っても、この子自身は何にも得しないよね?」
「そうね」
「結局、なんだかんだ言ってあのロリコンヒモ野郎のこと大好きでさ、気が引きたいんじゃない?だからさぁ、噂なんて気にしませんわぁ〜結婚出来なくてもいいんですぅ〜とか言っちゃうんでしょ?」
「…きっと、そうでしょうね」
反応の鈍い親友をジトっとレリアが睨め付ける。
「何考えてんのよ」
「私、侯爵になるわ」
「は?」
しばらくレリアは何を言われたのか飲み込めず、口を開いたまま無言になる。
現在アルドワン候の子はマドレーヌだけだ。親戚にも爵位を継げるものがいないため、嫁いだマドレーヌの産んだ子に跡を継がせようと父から言われていた。マドレーヌは故郷が大好きだったので、ただ父の考えに頷いてみせた。
それでも彼女はあまりに故郷と離れがたかった。だからいっそのこと隣りの領の伯爵様と結婚すればいいんじゃないかと思ってしまった。すぐに帰れるし、将来は子供の様子もわかるしと。絵姿を取り寄せると伯爵様はとても美しくて、これは運命だと恋に恋をするような状態になった。
今までの彼女は周囲に流されるまま自分に都合よく物事を捉えて、愛する故郷の環境がどんなことになっているかなんてちっとも考えようともしていなかったのだ。
それに引き換え、アデライドは自身に出来る精一杯のことをして、伯爵領も侯爵領も守ろうとしてくれた。たとえそれがあの酷薄そうな伯爵への恋心からきていたとしても、とても尊くてありがたいことだとマドレーヌは思うのだ。これ以上、この子だけに頑張らせたくはない。
「大変だよ、それ。わかってるよね?」
こういうときにまずやめろとか無理だとか言わないレリアがマドレーヌはとても好きだ。きっと悪態をたまに吐いたりするけれど、仕方ないなと協力してくれるだろう。
「わかってるわ。私だってこの子のお姉様になったんだもの。頑張るわ」
「あー、しょうがない!じゃあ私も協力してあげる…て言っても、私の出来ることしかしないからね!」
渋い顔をして予想通りの反応を返すレリアと、にこにこ笑うマドレーヌの間で、アデライドはぷうぷうとオナラみたいな音を出しながら幸せそうに眠っていた。
夜半まで降った雪はまだ街中に残っているが、午後には馬車が通れる程度に取り除かれていた。
積もった雪に辟易しながら今日も公爵家にやってきたランベールは、通された玄関ホールで1日ぶりに少女たちと再会したが、様子のおかしさに声を掛けられずにいた。
アデライドとマドレーヌはひしと抱き合ったまま動かず、それをレリアが腕を組んだまま退屈そうに眺めている。
ふとランベールに気がついたらしいレリアは、そのままアデライドに小声で何か話しかけた。マドレーヌが腕を解いたがどこか不満そうな顔をしており、しばらく何か揉めるように話していたが、アデライドだけがランベールの方に駆け寄ってきた。
「きゃぁっ、ランベールせんせぇ!今日もぉとってもかっこいいですぅ。ランベールせんせぇのお顔を見るとぉアディすっごいしあわせでぇこころの中がぽかぽかしちゃいますぅ!」
開幕ぶりっ子モードで襲来したアデライドにランベールが二の句も告げずに黙っていると、さらに彼女のアクセルは踏み込まれた。
「アディはぁせんせぇがいればぁ、いつもぽかぽかさんだからぁ、せんせぇのおてても暖めてあげられるんだよぉ?」
そう言って握りしめてきたアデライドの手は確かに暖かかったが、ただ単に今日も着込み過ぎているからではないかとランベールが言う前に、彼女はプルプルと震え始めた。そして静かに彼の手を離して丁寧に元の位置に戻すと「大変申し訳ありませんわ!」とガバッと頭を下げ方向転換して少女たちの待つ方へ走り去った。
「やりましたわレリィお姉様!もういいですわよね!」
「うっわすっご…あそこまで出来るのやばいね!逆に見直したかも」
「私もあのアディ好きよ。だってとっても可愛いもの。私にだけでもまた見せてね」
「マディお姉様まで…もうご容赦くださいませ」
困惑のまま放置されたランベールの側に、音もなくポールが寄ってきた。
「お久しぶりですロワイエ卿!ところで何日かぶりに出勤したらお嬢様の見た目が膨らんでるし、お姉様達にパシら…従わされてるし、お見送りするって言ったままがっぷり組み合って動かなくなるし、一体何がどうなってるんですか?」
そんなのこちらが知りたいと考えるランベールをよそに、少女たちはきゃあきゃあと楽しげに盛り上がっていた。




