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クマの親切

今年も残り1ヶ月ほどになった冬の日、マドレーヌ・ド・アルドワンは馬車に揺られていた。石畳の道にはまだ雪はないが空はどんよりと曇っていて、今にも降り出しそうだと眺めているうちに、目的の屋敷の前についていた。


「マドレーヌ!元気だった?もう、もっと王都に会いに来なさいよあなたは!」

元気でおしゃべりなヴァンダム侯爵家のレリアは、年齢と家格が近いせいもあり、遠慮なく話せる友人であった。


「レリアは婚約者の方とすごく順調だって聞いたわ。だから邪魔したらダメかなって思っていたのよ」

「は?!なにそれ?…まぁ、その、いい感じではあるけどさ」

いつもハッキリした物言いのレリアが、もじもじとするのがマドレーヌには微笑ましかった。


「そういうマドレーヌはどうなの?お隣の伯爵様と縁談があったとか聞いたけど?」

あまり触れて欲しくないことに矛先が向いてしまい、ぐっと言葉に詰まるマドレーヌにレリアの悪い癖が出た。

「なになになに?何かあった?ねぇ話してよ。相談なら乗るから!」

まだ割り切れないものがあって、できれば誰にも話したくはなかったのだが、友人の強引さに彼女は根負けしてしまった。


「マジで?ありえないんだけど?やばいねソイツ!ヒモじゃん!」

「そうなのよ…わかってくれて嬉しいわ!」

気が進まなかったはずなのに、同意してくれるのが嬉しくてマドレーヌは洗いざらい喋ってしまっていた。


「それで今日はそのときの女の子に会いに来たってこと?どこの家の子だっけ?」

「ヴォルテール公爵家のアデライド様よ」

マドレーヌがそう言うと、レリアが飲んでいた紅茶をブハっと吐き出した。どうしたのかとマドレーヌが慌ててナプキンを差し出したとき、部屋のドアが勢いよく開いた。


「姉ちゃん!母ちゃんがぁ、なんかよくわかんねえけどぉ、用があるとか言っててぇ、母ちゃんとこに来るようにってオレに伝えろとかいってぇ、だから来たし!」

大きな声で叫んだ少年はマドレーヌの存在に気がつくと「アッ…イラッシャッ…マセ。ゴユックリ、ドゾ…」とゴニョゴニョと言って、急いでドアを閉じてしまった。


「今の子は…」

エドガー(バカ弟)。いや、そんなのどうでもよくて!マジでヴォルテールなの?!」

「そうよ。これからお宅に伺うことになっているの。だから残念だけどあまりゆっくりは出来なくて…」

「私も行くから」

「えっ?私は構わないけど…お母様のご用事はいいの?」

「そんなんより今は親友の方が大事!いいよね?!」


急に興奮しだしたレリアに戸惑いつつも、親友と言ってくれたことが嬉しくて、マドレーヌは頷いてしまった。





いつものように公爵家の門をくぐったランベールは、ついにチラチラと雪が降り出したことに気がついた。玄関ポーチに停められた馬車の横を通ろうとしたとき、降りてくるマドレーヌと目があった。思わず動きを止めた彼女の後ろから、レリアが訝しげに顔を覗かせる。

アルドワン侯爵領での記憶もまだ新しく、硬い表情をした2人はレリアも含めて挨拶を交わすが、気まずい空気が拭いきれずにいた。レリアに至っては、これが例のロリコンヒモ伯爵かという視線を隠す気もなくぶつけていた。公爵家の使用人が邸内に案内してくれて3人はホッと息をついたが、玄関ホールに現れたものを見て今度はギョッとすることになった。



手足の生えた大きな毛糸玉のようなものがノロノロと近づいて来た。それは何もないところでつまずいて転がり、そのまま手足をジタバタさせていたが、諦めた様に弛緩した。その様子をポカンと見ているマドレーヌたちの横をすり抜け、ランベールが膝をついて毛玉を抱えて持ち上げた。


「大丈夫ですか?アデライドお嬢様」

その言葉に驚いたマドレーヌたちが近づいてよくよく見ると、確かに毛玉は少女だった。

室内なのに毛糸の帽子と手袋をして、コートの上から毛糸のストールを羽織っている。さらにマフラーを何重にもグルグル巻きにしているため顔の大半が埋もれてしまい、かろうじて目元が見えるだけになっている。シルエットが球体に近いのはコートの下にもたくさん着込んでいるからのようで、ひどく動きづらそうだった。

助けてくれたランベールに何か言っているようだが、口元が埋もれているためにモゴモゴとくぐもった音になっていた。


「いえ、今日は授業ではなく、こちらをお渡ししに来ただけです。モーリスたちから研究の進捗についての資料です」

ランベールが書類を取り出して渡すと、アデライドはそれに目を落とし固まった。「今度説明しますよ」と言われてコクコクと頷いた拍子に帽子がずれて、目元すら隠れてしまった。


焦れたレリアがマドレーヌの横から「あのー、こんにちは。お邪魔してます」と声をかけると、毛玉の意識が女子2人に向いた。そのまま急いで彼女たちの側に方向転換を試みて、よろけそうになったのをランベールが支える。咄嗟だったためか、頭頂部を鷲掴みしたせいで帽子がずれてまた目元が露わになった。


「ブブッンゴッシュッフギゴッンコッガシュッ」

アデライドが何か言っているが、2人にはまったく内容が伝わらず沈黙が落ちると、ランベールが仕方ないという表情で口を開いた。

「ご無沙汰していますろくにお出迎えもせずに申し訳ありません…でいいですか?」

「フゴゴッブッシュー」とアデライドが手をバタバタさせていながらまた何か言っているのを、ランベールが真顔で聞いている。


「なぜ分かるのかしら?」とおっとり眺めているマドレーヌとは違い、明らかにイラッとした様子のレリアがズカズカとアデライドに近づいた。


「お久しぶりですヴォルテール公爵令嬢。私ヴァンダム侯爵家のレリアと申します。お見かけしたところ、お声が出しにくいご様子ですので、少しこちら緩めてさしあげますわね」


レリアがアデライドのマフラーに手を伸ばすと、「アッ…」と小さな声が聞こえた。目を向けると使用人が見ている。1人ではなく不必要な人数がこのホールにいて、動きを止めてレリアをジッと見ているのだ。彼女がスッと手を下ろすと彼らはまた自身の仕事に戻って行った。


「シュゴゴッ、ゴガッビゴ、バッべビビッブシュシュシュ!」

「いつもこの時期に風邪をひいて寝込むので、皆が気を遣ってくれているのだと言っているようですね」

「まぁ!こちらでも愛されてらっしゃいますのね」

ランベールが通訳を続ける。なぜみんなあの使用人たちの圧をスルーして普通にしていられるのかと、レリアは訝しんだ。


「ああ、プルストさんがお休みなんですね。ポールも急病ですか。なるほど、それでこんなことに」

2人休むと令嬢を毛玉にしてしまう公爵家って何なのかとレリアは言いたいが、ゲームにおけるシンボルエンカウント式のモンスターのように周囲を動き回っている使用人たちの気配に圧されて口を噤んだ。


「ベガッブゴッシュ!」

「そうですね。では私から伝えましょう」

「モガガゴゴ!」

「構いませんよ。アデライドお嬢様はそのまま待っていてください」

何かの同意を得たらしいランベールが、近くを周回している男性使用人を捕まえて話すと、彼らはまた忙しく動き出した。


「アデライドお嬢様がこのまま出掛けようと言っていますが、大丈夫ですか?」

マドレーヌ達に異論はないので頷くと、メイドが現れ赤いコートをアデライドに羽織らせた。所々に小さなクマのぬいぐるみが縫い付けられたそれは可愛らしいが、彼女をより真円近づけてしまった。


素早く用意された公爵家の馬車に、ランベールがアデライドを持ち上げて乗り込ませる。女性2人も乗った後に彼も乗り込んだことに、マドレーヌたちは驚いたが、馬車は動き出してしまった。

公爵家の門を出てしばらくすると、「失礼します」とおもむろにランベールがアデライドのマフラーに手を掛ける。執拗に巻かれたそれを丁寧に外し帽子も脱がせてしまった。


今日初めて顕になったアデライドの前髪は汗でじっとりと張り付いていた。シューッ、シューッと取り組み直後の力士のような荒い呼吸を繰り返している。


「こんなに着込んだらかえって汗をかいて風邪をひきますよ」

「シューッ…お手間を…フシュッ、かけてすみません…」

「私に謝ることではありません。あなたはプルストさんに頼りすぎですね。使用人の扱いも覚えましょう。言い難いからと指摘するのを避けていては、互いの為になりません」

「フーッ…支えてくれる…フーッみなさまのためにも…フーッがんばります」


開幕説教モードの師弟を気まずく見守っていたレリアの横で、マドレーヌが腰を浮かせた。


「ようやくお顔が見えましたわ。こんなに真っ赤になって。私の可愛いリンゴちゃんね」

ふふっと笑ってアデライドの頬を両手で挟むと、アデライドがとろけたように笑った。

「フシュ…マディお姉様の手…冷たくて気持ちいいですわ」

「アディはポカポカでスベスベね。いつまででも撫でていられるわ」


自分と違ってふわふわとした優しい物言いのできる親友をレリアは好ましいと思っていたが、今はただ公爵令嬢との気安過ぎる距離感に「そのノリ何?」と思ったし声にも出た。するとランベールも「マドレーヌ嬢、馬車の中で立ち上がるのは危険ですから、座ってください」と声を掛けたので、「さっきからこのロリコン意外と使える」とも思ったがそれは声には出さなかった。


「でもこんなに暑そうでかわいそうですわ」

比喩ではなく湯気を出しているアデライドを見て、今度はコートを脱がせようとしたランベールは驚いたように手を引っ込めた。

「この熊熱くなってませんか?アデライドお嬢様失礼します」


ランベールが熊のぬいぐるみを調べると腹の中から巾着が出て来て、その中には金属製のカイロが入っていた。マドレーヌ達も残った熊を探ると、4つの熊すべてに同じものが仕込まれていた。執念を感じる所業にゾッとした3人は慌てて他の衣服も調べ始め、馬車の中は騒然とした。





「涼しいですわぁ…体が軽いですわぁ…」

うわ言のように呟きながらフラフラと歩くアデライドを、遅れて馬車から降りたマドレーヌが慌てて捕まえる。いく枚か脱いで熊の灼熱コートは御者に無理矢理羽織らせたアデライドは身軽になっていた。


今日マドレーヌが公爵家を訪ねたのは、アデライドが王都に開くお店を見るためだった。店を任せるようにとマドレーヌに紹介してもらった人材はアルドワン家お抱えのシェフで、アデライドは自分の思い付きが他人の社会的な地位を揺るがしてしまったことに震えた。


アデライド自身も店舗を見るのは初めてだったが、護衛の騎士が案内してくれたのは王都の目抜通りから一本入った路地裏で、公爵家の大きな馬車では入れないため少し歩くと、突如ポップな色合いの建物が現れた。まさかと思ううちに騎士がその前で立ち止まる。


「こちらです」と指し示された店舗は、クリームイエローの壁に明るいグリーンのドアと窓枠に赤い庇…まではいいが、ボルドー色の大きすぎるリボンが窓枠に跨るように飾られていた。

「まぁ、本当にお店自体をプレゼントの箱みたいにしたのね!素敵だわ!」

ぶりっ子令嬢としてトランス状態だったときに確かにそんなことを言った気がするが、まさか完璧に実現してくるとは思っていなかったアデライドは内心驚いて、向かいの定食屋に吸い込まれていくおじさんの「ウワッ」という視線に居た堪れない気持ちになった。

店内は店内で、床は花柄でピンクや水色のランプシェードがいくつかあり、赤い棚にはやはりパステルカラーに塗られたクグロフ型が飾られている。満遍なく可愛い仕上がりはかつてのアデライドの指定通りで、プルストの有能さに愕然としていると店主となったシェフパティシエが挨拶に来た。


「王都に店が持てるだけでも夢のようなのに、こんな特別な店をこんなに早く仕上げていただけるなんて本当に感激しました。家族で一生懸命働きますね!」

どうやら妻と娘を伴い一家揃って上京して来てしまったらしいシェフのキラキラした瞳に、アデライドは恐怖を覚えた。彼女のちょっとした思いつきで一家の人生が変わってしまったのだ。脳内に“高級食パン”“白いタイヤキ”“タピオカ”という単語が浮かんで、プレッシャーでプルプルと震えるアデライドをマドレーヌが汗で冷えたのかと構いはじめ、それをレリアが怪訝な顔で見下ろしている。


特に興味もなさそうに佇んでいたランベールは、カウンターに置かれていた広告用のカードと思われるものを手に取った。そこには2人でひとつのケーキを持つ金髪と黒髪の少女のイラストと、”クグロフの店アルエット。甘くてかわいいケーキのお店。アルドワンのマディとヴォルテールのアディはとっても仲良し“という短い文章が書かれていた。

ランベールはなるほどと納得した。この店は両家がいま懇意であるというアピールをしており、急いで店を作ったのは今月末の聖女祭で集まる者達に見せるためなのだ。おそらく少女2人はそんなことを考えていないだろうから、大人の、主にヴォルテール家の思惑であろう。


プルプルと震え続けるアデライドは、御者から「雪の日に着るのも暑い」と返された灼熱のコートを再び着せられ、公爵家に帰ることになった。





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