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虚飾する悪役令嬢《ドリーミング・グルメリポーター》



「えっ?…んふふっ、ふふふふ!あははは!」


最初は遠慮がちに抑えていた声は、途中で気遣いはもう不要なのだと思い出したように大きくなった。


「ふふっ、こんなに笑ったのは初めてかもしれませんわ…あなたのおかげね」

目尻の涙を拭いながら笑みを噛みしめるように女性が呟く。くぐもって聞こえる声はどうやら巻き戻し前の自身のもののようで、アデライドは自分が夢を見ているのだと察した。


「楽しんでいただけたなら光栄だよ…私のアディ」

シルエットだけがボンヤリと見えて顔もわからないが、会話の相手は芝居がかったセリフを言った後に笑った気配がした。


「んふっ、ふふふっ!…ねぇ約束しない?絶対また会いましょう?それでね、お友達になって欲しいの」

「やだなぁ、もう友達でしょ?」

返ってきた言葉に、巻き戻し前の自分が感じた胸がきゅうっとする喜びを、今のアデライドも味わっていた。


「じゃあ今度はもっとたくさんおしゃべりしましょう?一緒にカフェに行ったり、お買い物したり…いいえ、お家でもいいわ。冬にはねコタツというものを出すの。そこでミカンを食べながら、くだらないテレビを見て文句を言ったりするのよ」

「楽しそうだね。そのときにはミカンに合うお茶を淹れるから、一緒に飲もうよ」

「絶対よ。約束しましょう」


アデライドが小指を差し出すと、相手がそれに自分の小指を絡めた。そのとき靄のかかった視界に、オレンジ色の光がチカリと輝いた気がした。




目を覚ますと見慣れない部屋にいたアデライドは、だんだんと覚醒してベッド脇のテーブルに指輪を見つけると、また寝具に潜り込んだ。無理矢理荷物に詰め込んできたユニコーンのぬいぐるみを抱きしめながら昨日フィリップに言われたことを思い出しているうちに、さっき見た夢のことはすっかり記憶から抜け落ちてしまった。







ランベールは隣にいるアデライドの様子をちらりと確認した。今日はずっと心ここに在らずという様子の彼女は、たまにハッと何かに気がついたように顔を赤くするが、またすぐぼけっとしてしまう。心配そうに寄り添うプルストの様子にも気がついていない。


これはしばらく役には立たないかなと彼は落胆した。今日はアルドワン侯爵の娘が、侯爵領の名産を振る舞う昼食会を開くということで、彼らは招かれていた。

今はホテルのラウンジで、先方の案内を待っている。


「アディちゃんずっとぼんやりしてるけどさぁ、無理ないか〜」

ニコラが呑気そのものの声を出す。当初は「俺らのアディちゃんが取られる!」などと焦っていたのに、「俺もあの王子様のこと好きになっちゃった」などと薄気味の悪いことを言い出した従兄弟をランベールは軽く睨む。


「アデライドお嬢様、大丈夫ですか?」

ランベールが声を掛けるとアデライドの目の焦点がゆっくりと合い、いつもの顔に…ならなかった。


「きゃあ!アディったらうっかりしちゃいましたぁ。せんせぇに心配させちゃったかにゃ?ぼんやりさんにはバイバイってしちゃうからぁ、ランベールせんせぇは今日のアディに大注目なんだゾ!えへん!」


ウインクまでして見せたアデライドにランベールが固まる。心ここにないせいで、羞恥心に行動力を侵食されない彼女は、いつもよりキレが良くなりすぎていた。


「うわ、振り切ってんな…やめなアディちゃん。あとで寝込むよ」

「お嬢様、もう少し抑えましょう」

ニコラとプルストが心配して声を掛けるも、「ふえぇ?」という鳴き声を漏らすだけで、意思の疎通が危うかった。


「これはドクターストップですかね!」と、なぜかいい笑顔で宣ったポールに皆が頷きかけたとき、アルドワン侯爵家の使いに声を掛けられてしまった。


「え〜?もう迎えに来てくれたんですかぁ?ありがとうございますぅ!えっすごぉい、かわいい馬車ですぅ。アディうれしぃ〜!」


止める間もなく、暴走令嬢は先方の使用人に絡んでしまい、全員が諦めるしかなかった。





マドレーヌ嬢との昼食会は、アルドワン侯爵の別邸で行われた。広すぎない自然のままを生かした庭に面した部屋は、主催者の人柄を表すような素朴な温もりがあった。


「皆様のお口に合えば嬉しいのですが」とマドレーヌは控えめに笑った。ランベールのほうをチラチラと見ては、白い頬を薄ピンク色に染める様はとても可憐だった。だがその笑顔を引き攣らせる存在が主張しはじめた。


「わぁ〜い!アディ今日はぁ、マドレーヌさんとぉ、ごはん食べられるのぉ、すっごい楽しみだったんですよぉ〜」

「あ、ありがどうございます」

引き気味のマドレーヌに、ランベールや今日は側に控えているプルストも不安を覚えるが、暴走令嬢は思わぬ方向の才能を持っていた。



「わぁ、このチーズ王都で食べるのとぉぜんぜん違ってぇ、アディびっくりですぅ!」

「…申し訳ありませんアデライド様。そちらはアルドワンの特産品ではあるのですが、香りの癖が強く…すぐに変えさせますわ」


まずは突き出しとして、カブのムースの入った小さなグラスと、ウォッシュチーズを薄く焼いたパイ生地に乗せたカナッペが出された。チーズは香りが強い外皮ではなく、内側の柔らかい部分だけを使っていたが、公爵令嬢の口には合わなかったのではと給仕たちに緊張が走った。


慌てて指示を出そうとするマドレーヌに、アデライドが首をかしげて見せる。

「ふにゃ?どうしてぇ?アディこれ好きだよぉ。だってぇ、すっごいクリーミーでぇとろっとろなのぉ。お味がとっても濃いからぁ、癖になっちゃいそぉだよぉ」


「まぁ…ありがとうございます。こちらアルドワンの特産品なのですが、香りが苦手な方もいらして…」

「そうなんですかぁ?アディのほっぺたはぁ、おいちぃおいちぃ、ってなってるよぉ」


アデライドは自分の頬を人差し指で刺しながら首を傾げる。明らかにやりすぎているが、その様子を見てもマドレーヌ嬢は懐が深いのか順応が早いのか、ふふふと微笑んでいた。隣ではランベールが、以前にニコラが「親父の足の匂いのやつ」と口走ってから苦手になってしまったとは言い出せない空気を感じてワインで流し込んでいた。


料理が出されるたびに大げさに喜んで褒める令嬢に、給仕達の纏う空気も穏やかになってきたが、そのせいなのかちょっとしたチャレンジメニューが出された。


「こちら、グルヌイユのベニエでございます」

そう紹介して出されたのは、要するに食用蛙の揚げたやつである。濃い緑色のパセリソースに浸かっている様が生前の姿を偲ばせる。

ランベールはマドレーヌをちらりと見る。つい先程までは彼の方をときおり確認していた彼女は、アデライドのアグレッシヴなゲームメイクに引っ張られて、そちらのマークに掛かり切りだ。


「牛さんはモーモーでぇ、ブタさんはブゥブゥです。じゃあカエルさんはぁ、なんでしょう?」

「あら、蛙さんは…ぴょこぴょこかしら?」

「マドレーヌさん正解ですぅ!キャハッ」


「なにが?」と、どこから疑問を持ったらいいかわからないクイズが、二人の女子の間で始まって終わっていた。


「わぁ!カエルさんのお肉があっさりしてるからぁ、じゅわっとした衣とフレッシュなソースとこんにちわってするとぉ、お口の中でみんなお友達になっちゃいますぅ。ほっぺたがぴょこぴょこわぁいで、アディとってもしあわせ!」


「なんて?」と、聞きたくなる感想だがマドレーヌたちは嬉しそうにニコニコとしている。ついに挨拶をしに来たシェフにまでかまし始め、「ここにいるコックさんはぁ、みんな魔法使いさんですかぁ?」などと言ってひと笑い起こしている。自我を見失ったぶりっ子の無差別全方位射撃は、独特な食レポとなってアルドワンの人々を魅了していた。



ようやくデザートとなり、終わりが見えたことでランベールは気を抜いていたのかもしれない。

中央に穴の空いた王冠の形をした大きなクグロフを切り分けて、クリームとジャムを添えて出された。ぱくりと頬張ったアデライドが、目をつぶって頭を小刻みに揺らしている。


「ん〜、アディこれ初めて食べましたぁ…とってもおいしいですぅ」

「アルドワンから隣国の辺りではよく作られるものですけど、王都では珍しいかもしれませんわね」

マドレーヌの言葉に「そうなんだぁ…」と呟いたアデライドが、プルストのほうを振り向いた。


「あのね、アディのお金まだあるならぁ、このお菓子をぉ、王都でも作れないかなぁ?」

戸惑う周囲をよそに、彼女の意図を優秀な従者はすぐさま汲み取った。

「店舗を作って販売したいということでしょうか?小規模でよろしければすぐにでもご用意できます」

「きゃあ!ほんと?うれしい〜!ねぇマドレーヌさん。職人さんをぉアディに紹介してくれませんかぁ?」

「え…あの、それは構いませんわ。こちらとしてはアルドワンのものを王都にというのはとても光栄なことですので、よろこんでお引き受けいたしますが…よろしいのでしょうか?」

急な展開に驚くマドレーヌにアデライドは笑顔で答える。


「アディ、お祖母様の遺産があってぇ〜それを使ってぇ〜誰かの役に立ちたいなってぇ〜いつも思ってるんですぅ。最近はぁランベールせんせぇの研究にいっぱい使ってもらってたんですどぉ、今日はぁアルドワンの美味しいものを王都の人に教えてあげたいかもぉって思ったんですぅ」


ピキッと空気が固まるような音を、ランベールは聞いた気がした。


「あっ…ねぇプルストぉ。お店を作ってもランベールせんせぇのぶんは残るかなぁ?」

「…問題ございません」

「よかったぁ!ランベールせんせぇ、アディまだお金あるみたい!だからぁ、これからもぉどんどん頼ってくださいね!」


むん!と両手を握って気勢を高めるアデライドの言うことは、誇張もなく真実である。だからランベールは、自分を見つめるマドレーヌの強い視線に晒されながらも「ありがとうございます」と答えるしかなかった。


「それとぉ…もうひとつお願いがあるんですけどぉ…」

もじもじと下を向いたアデライドが、上目遣いにマドレーヌを見つめる。

「わたくしのことはぁ、アディって呼んでくれませんかぁ?」

「えっ…」と言葉に詰まるマドレーヌに、アデライドは攻勢の手を緩めない。

「お祖父様はそう呼んでくれるんですぅ。マドレーヌさんお姉様みたいでぇ…だめですかぁ?」

「いいえ…いいえ、構いませんわ!では私のことはマディと呼んでくださいなアディ」

「やったぁ!マディお姉様ですねぇ?お揃いみたいでアディきゅんってしちゃいますぅ!」


ご令嬢方に義姉妹の絆が生まれ、先程までの居心地の悪い空気は薄れたかと安心しかけていたランベールは、またも油断していた。


「じゃあ、マディお姉様も困ったことがあったらぁ、アディになんでも言ってくださいね!今もぉ、ランベールせんせぇのお願いをお祖父様にお伝えしたりしてるんですよぉ〜」


「ね!」と笑顔で振られれば、ランベールは「そうですね」と答えざるを得なかった。すべて事実である。マドレーヌの視線がまた鋭さを増したが、言い逃れ出来そうもない。

ふと、脳内にモーリスのいつかのセリフが蘇る。「自分のこと好いてくれる子だからってそんな事してると、いつか痛い目にあうよ」と、彼は言った。あのときは気にも留めなかった“いつか”は、想定よりも早く来てしまったようだ。


「あのね、大人に何か言われたときは、まずお姉様やお付きの方に相談しましょうね?私の可愛いアディ」

マドレーヌの声はとても優しいが、ちらりとランベールに向けた視線は強い警戒心を滲ませていた。



一部をのぞいて和気藹々のまま、食事会は終了した。

アルドワンの人たちには、天然無邪気な公爵令嬢という、存在しない少女の記憶が植え付けられた。




後日、ランベールの元にはアルドワン侯の名で、婚約の打診は無かったことにしてほしいという旨の手紙が届いた。狙い通りではあったが何か釈然としないものを感じた彼を、ニコラはネタにして大爆笑し、そしてアデライドは普通に寝込んだ。


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