扉ポップアップしてネズミ一匹
「だっる。このムービーってか、エフェクト?なんで飛ばせないんだろ」
川崎和歩はゲーム画面を睨みながら独りごちていた。毎回戦闘の前に挟まれる扉が現れて開く演出は、時間にすると数秒だが何回も見るうちに飽きがきて苛立ちを覚える。
「それにこのヒロインの“シルバーウルフだわ!“ってセリフも謎。毎回毎回、言われんでも見ればわかるっちゅーねん」
インチキ関西弁まで交えてブツブツと文句が止まらない。さっき飲んだ缶チューハイの影響かもしれない。甘すぎて彼女があまり好きな味ではなかった。
「まぁ今日のスタミナ分はプレイさせていただきますけどね。ランベール先生システムよろ〜」
ベッドに腰掛けていた和歩はごろりと寝転んで、慣れた様子でコマンドを選択していった。
文句言っておいて結局やるんかい…というツッコミは届かない。なんせそれは前世の記憶だから。そんなことを思い出していたアデライドの肩に手が添えられる。
「ほらアディ、君にも見えるよね?あそこに扉があるだろう?」
「ウッ!エッ?」
肩に添えられた手がアデライドの腕を撫でるように降りていき手を握ると、それを持ち上げて「ほらあっちだよね」と方角を指し示すのに使われる。アデライドの茹だった頭は、わざわざそんなことしなくてもという思考と声を封じ、相手の少し固い手のひらにできたマメの感触ばかりをクリアに伝えてくる。
「殿下の触り方がキモい!アウト寄りのアウト!」
『フィル!よそのお嬢様に無体すんな!また飯抜きにするぞ!』
外野からヤジが飛んでくる。大体は、「ヘンタイ!」「チカン!」「きっしょい!」というフィリップへの批判だが、当の王子は華麗にそれらを無視してアデライドに微笑みかける。
「外の音は気にしないで…俺の声だけ聞いて?わかった?」
耳元で囁かれて、アデライドはなぜこんなことになったと考えたが、その口からは意味をなさないうめき声しかでなかった。
「みんなで連れション行ったら魔獣が出ちゃったってことにしない?」
「嫌です」
夜中の騒動をアデライドに目撃された件で、当初内緒にしたかったらしいフィリップはそんな提案をしたが、ランベールににべもなく却下された。
結局王子様は魔獣がポップアップする危険な扉のことを秘密にすることも、女性に夢を提供することも早々に諦めたらしく、全員が引くほど開き直った。
朝を迎えてからアデライドにも光の扉が見えたことを聞き出すと、他にも扉があるという場所に皆を引き連れて行き、今はなぜかベタベタとアデライドに密着している。
「タッ、タシカニ見えましたわ!あそこにっ!でも一瞬で消えてしまって…」
「そっか。やはり君には見えるんだね。俺と同じものが」
「お時間です!離れてください」
「殿下、過度な接触をすると出禁になりますよ〜」
剥がしのニコラとポールがやってきて、フィリップを拘束しアデライドをプルストに引き渡す。
「ああ…常に立ち塞がる障害…だけど俺たちには運命が味方してくれるはずさ」
「うわ、まだ何か言ってる」
「この状況ですごいですねぇ」
両脇を大人に拘束されてぶら下げられるような状態にも関わらず、キメ顔を継続する王子の根性に、剥がし係たちは素直に感心した。
「扉があるというのはここですね」
ランベールが二人の示した場所を確認し、そこに手をかざすが何も起きない。念の為、他の大人たちも同じことをしたが同様であった。そして視線がアデライドに集まる。
「…わたくしの番、ですわね」
覚悟を決めたアデライドとは違い、危険だと難色を示すプルストをランベールたちが説得し、何が出てきても彼女を守れるように準備を進める。
「アディ」
「イッ、フィリップ、デンカ!」
剥がし係の隙を見てアデライドに近づいたフィリップは、口を尖らせ不満を表す。
「えー、フィルって呼んでって言ったじゃん。さびしー」
王子は昨夜思い切りよく醜態を晒してからは、完全に方針を変えた。ほぼ素と思われる状態で欲求の赴くままに話し、アデライドを困惑させている。
「俺の名前長いでしょ。これね、うちの親族フィリップ多すぎるからなの。だからさ、テレーゼって母がいて、ゲオルグって叔父がいるフィリップって名前にしてるんだよ。だったらもっと変わった名前つけてよって感じだよね」
笑いながら聞いてもないことをペラペラと話している。こういうところはエドガーを連想させると思っていたアデライドは、ずいっと距離を詰められる。
「いま、ひょっとして他のやつのこと考えてた?ひどくない?」
「イッ!イエ?!」
「まぁいいけどさ。そういうわけで俺フィリップって名前好きじゃないんだ。だから、さ。フィルって呼んでよ」
「ヨッ…!ヨクアリマセンワ!そんな…」
「何が良くないの?俺のアディ」
フィリップの指先がアデライドの顎に添えられ、逃げようとした視線を戻すように彼女の顔を固定してしまう。
「はい、そこまでにしよっか。フィル殿下」
「準備できましたからお嬢様を解放してください!フィル殿下」
再び剥がし係にがしりと肩を掴まれ、フィリップが暴れる。
「お前らは普通に呼べよ!」
「何?照れてるの?俺らのフィル殿下は」
「じゃあ自分たちのフィル第二王子殿下でいいですか?」
「何も良くない!やめて!」
ジタバタ暴れながら連行されていくフィリップにほっと胸を撫で下ろしたアデライドを、ランベールが手を引いて説明を始める。
「お嬢様、合図をしたらこちらに手をかざしてください。その際は私のそばを離れないように。もし魔獣が現れた場合はすぐにこちらで排除致します」
背後ではフィリップの合図でヘルムフューレンの兵士たちも銃の安全装置を解除している。
プルストがハラハラと見守る中、アデライドが虚空に向かって手を伸ばすと、バチっという音と光が弾けて、扉が現れる。おおっと誰かが漏らした声と同時に扉が開く。
扉からは何かの塊が出た、と大人たちには見えた。
「アッ?…ネズミ…ですわね…それも1匹」とアデライドが言い、『ちっちゃ。かわいー』とフィリップが呟く。
するとランベールたちの目にも、塊は小さなネズミの姿に変わって見えた。それは小さな鳴き声を放ちつつ、森の中に姿を消した。
気まずい沈黙が場を満たす。フィリップが自国の兵にさっと手を上げて見せると、彼らは銃を下ろしハーフコックポジションに変える。それを合図として緊張感は霧散した。
「扉も顕現しましたし、出てきたのも、小さいですが魔獣です。アレはフィリップ殿下とアデライドお嬢様だけに反応しているということですね」
ランベールが確認するように呟く。
「条件は何だ?俺とお前に反応しないってことは魔力じゃない」
「それを決めつけるのは早くないか」
魔術師たちは議論を始め、兵士は銃から弾を抜いている。その横でアデライドはプルストに保護されながら震えている。
「わたくしの引き…しょぼすぎ?」
「え?俺?知らないし」
何にせよ情報が少なすぎると、ランベール達は唯一事情を知っていそうなフィリップに詳しく話を聞こうとしていた。
「知らないわけがないでしょう。元々貴方がやってみせたことですよ」
子供相手に苛立ちを隠さない従兄弟をフォローするように、ニコラは懐から小さな箱を取り出すと、紙で個包装されたお菓子を王子様に差し出した。
「これあげるから、もうちょい詳しく。何でもいいから思い出してよ」
「わ!チョコレートじゃん。しょうがないなぁ」
さっそくフィリップはそれを口に放り込んで、なんとも幸せそうな顔で咀嚼している。ニコラも思わず和んでしまったが、先日から自分の与えたものを躊躇なく口にする様子に、ちょっと不安を覚えるようになった。
「あの罠も貴方たちが用意したものですか?」ニコラの気遣いなど無視して、焦れたようにランベールが質問する。
「そうだよー。せっかく苦労して作ったのに、ランベール先生ぜんぶ潰しちゃうんだもん。がっかり」
こともなげに言うフィリップに、ランベールが「なぜそんなことを」と畳み掛ける。
「何でって…あぶないじゃん」
フィリップ曰く、アルドワン領が静かの森を放置していることを知り、様子を見に行った際にあの扉を発見した。誰かが迂闊に触って被害に遭わないように、扉の近くに罠を仕掛けた、ということらしい。
「あの罠もさ、わかりやすかったっしょ?あんな落とし穴とかにハマるとは思ってないよ俺らも。ブラフだよ〜。近づかないでね〜ってやつ」
「そんなことをせずとも、アルドワン侯爵に報告すれば良かったのでは?」
トゲトゲしく聞くランベールに、フィリップはあっけらかんと「無理〜だって無断で入ったんだもん」と返す。
「そもそもさぁ、なんで殿下はこの森のこと気にするの?」
舌打ちしそうな従兄弟を制して、ニコラが話題を変える。
「だって困るじゃん。この国の国境はさ、ぐるっと要塞で囲ってるのにこの辺だけ守りが薄いっしょ。この森を越えられないから当たり前だよね。でもさ、もし、ここがどうにかなっちゃったら?どうなる?」
縦に細長いアルドワン領は、隣国と接する土地には国が石造の要塞を築いている。だが森のある地域は確かに穴のようにそれが欠けていた。
「容易に他国に攻め入られますね。ですが、あなたがなぜそれを気にするのですか?」
「俺んち隣だよ?気にするに決まってるじゃん!いま北の連中がまとまってなんかしようとしてるし。あいつらとこの国が敵になったらヤバいじゃん」
「殿下んちが攻めようとは思わないの?」
「メリットない。そんなことしたら、ケンプフェンに大義名分をくれてやるようなもんだよ。絶対自分らのこと棚に上げて国際法がぁとか言ってくるよ。あと正直…勝てる気もしないし…」
最後はボソボソと目を彷徨わせながらフィリップは呟いた。彼の目線の先では兵士たちが銃の手入れをしている。前装式のライフルで一度込めた弾を抜くのは、手間のかかる作業のようだった。
「殿下に考えがあるのはわかりました。扉については詳しく調べたいので、他にもあるならその場所を教えてください」
「いーよ。オッケー」
「軽いなぁ」
フィリップから情報を聞き出した後、今日これから調べるのは準備不足だと、一行は森を出ることにした。帰り道でフィリップがアデライドに絡もうとするが、さすがに警戒したプルストにガードされてしまった。落ち込んだ王子様をニコラが構い倒して騒がしく、ランベールの苛立ちを加速させた。
「森を出たらもう一度情報交換をしますから、殿下にも参加していただきますよ」
「えー…」
「アディちゃんとも話せるよ」
「オッケー!やるやる!ランベール先生よろ〜」
「昨日から思ってましたけど、私は貴方の教師ではありません。その呼び方はやめなさい」
ニコラの無責任発言に気をよくしてヘラヘラと絡んでくるフィリップに、ランベールもついに外ヅラを繕わなくなった。
「えー?じゃあ先生改めマジカルスイートハニー?ねぇねぇ俺にも見せてよ魔術」
「黙って歩かないと転びますよ」
「転ばない魔術ってないの?あと疲れないやつとかは?バフってハニ〜」
「黙って歩け」
「ヤダー!先生こわぁい!フケイ!これは国際問題ですよ!」
ウザ絡みの的にされて確実にキレ始める従兄弟に苦笑いしつつ、ニコラが助け舟を出す。
「殿下、飴ちゃんあげるから、ちょっと静かにしようね」
やはり貰ったものはすぐに口に入れるフィリップに、束の間息をついたランベールだったが、すぐにバキバキとデカい音が聞こえてきた。勢いよく飴を噛み砕くフィリップを見て「コイツもう何しててもうるせえ!」とニコラが腹を抱えて笑っている。王子と従兄弟の奏でるデカめの雑音に、森を出るまでランベールは付き合わされる羽目になった。




