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ノッキン・オン・真夜中のドア

静かの森の中心にある“豊かの泉”には竜が住むといわれている。

小さいサイズの飛竜であれば他でも見られるが、ここには原始の竜がいると。今や希少となったそれと共生するように、強い魔獣たちが住む原生林が広がっている。


そんなランベールの説明をアデライドは「知ってる」と思いながら聞いていた。ゲームではこの場所での戦闘は多く、割りのいいクエストも複数あり、プレイヤーにとってはいい狩場だった。


ヘルムフューレンの兵士たちはこの国の言葉がわからないらしく、ずっとプルストが側で翻訳していた。こちらもこちらで仲良くなっているようだ。男性同士は気安くて羨ましいと、アデライドは物寂しくなった。


「アデライド嬢、今日はこちらで野営になるそうですよ」

「ヒャエィッ!?」

「お疲れですか?少し座って休憩しますか?」

同じ年齢の子供に比べて背の高いアデライドは、今のところエドガーやラファエルとは目線の高さが変わらないか、彼女の方がやや高いくらいだ。だがフィリップは見下ろしてくる。その微妙な距離にすらアデライドの心臓はうるさく跳ねる。

「カッ…構いませんわ!大丈夫でしてよ!」


今回の視察では高貴なお子様たちを連れているため、危険な領域に足を踏み入れることはないが、それなりに広い範囲を見て回りたいため、早めに宿営の準備をすることになった。森の中でも少し開けたここは、ニコラたちが以前訪れた時に野営用に整備した場所で、安全だし丁度いいとまた利用することになった。


「では私たちも手伝いませんか?焚き火に使う薪を集めましょう」

そう言って差し出されたフィリップの手を取る。手持ち無沙汰だったので仕事をくれるのは嬉しかったが、薪集めってエスコートされてやるものかな?という疑問は湧いた。


「殿下ぁ、遠くに行ったらダメですよ!あとアディちゃんとの距離感間違えないでくださいよ」

「わかっている。彼女は俺が守るよ」

よその王族に気安過ぎるニコラに何か言うべきなのに、フィリップの一人称が変化したことにアデライドは気を取られた。男性を相手にする時の飾らない感じもいいなと考えて、浮かれている自分に恥ずかしくなった。


皆がテントの設営や食材を用意する場所から少し離れて2人は薪を集める。

ゲームでは地図上の森にクエストを示すアイコンが出ており、クリックすればそこにすぐ行けた。現実ではそんな訳もなく、ただ木々が生い茂り、アデライドひとりではここがどこかもわからない。

薪を探していると、木々の葉が重なっていないのか日光がスポットライトのように注ぐ場所がいくつかあった。そこに足を踏み入れたときアデライドの頭の奥でカチッと音がした。


アデライドの視界に瞬間、光が満ちた。知らない風景が写ったウインドウが目の前に何個も何個も展開されていく。突如起こったそれが消え失せると、今度は目の前にドアのような形で光が像を結んだ。頭の芯が痺れたようになって、ただその様子をぼんやりと眺めていると、フィリップの声が近くから聞こえた。


「アデライド嬢…アデライド!大丈夫か?」

焦ったようなフィリップの顔がすぐ近くにあって、この距離から見ても粗が無いんだなと、思った瞬間に彼女は覚醒した。

「カッ…カッカッ…チカイ!ですわ!」

「すみません。貴女が倒れてしまいそうだったので」

背中に腕を回されて、抱きこむように支えられていることに気がつくと、沸騰するように顔が熱くなった。


「殿下アウト!チカン!ですわ!」

「はい離れてくださいね〜」

アデライドの声を聞きつけて、ニコラとポールがワラワラとやってきて、フィリップからアデライドを引き離した。


保護されて落ち着いたアデライドは、ぱちぱちと瞬きする。光の扉はもう見えなかった。

急に光を浴びたから立ちくらみをして、その際にオタクならではの幻を見たのかなと首を捻る。その後ろでは、現行犯として捕まったフィリップが釈明に追われていた。




「何で殿下ここにいるの?」

「手伝いもしないチカン野郎に食わせる飯はねえって言われてぇ…」

「それでタカりにきたの?」

「そうだよ悪いかよ!」

夕食の時間となりフィリップはニコラに泣きついていた。

彼は自国の兵士とアデライドたちが、焚き火を囲んで和気藹々としている場から弾き出されていた。


「チカンは悪いことだよ?反省してくださいよ」

「モオオォー!冤罪だって言ってるじゃん!」

プンプンと怒りながら、王子様はニコラとランベールの横に座って分けてもらった食料に齧り付いている。


「殿下はさぁ、ガツガツし過ぎなんだよ。引いてんじゃんアディちゃん」

ランベールは従兄弟のフランクすぎる話し方が気になるが、王子様はそこには怒らない。

「俺には短期決戦しかないんだから仕方ないだろ。兵は拙速を尊ぶんだぞ!」

「え〜?チカンも尊ぶの?こわぁ」

「ンモォォォ!違うっ!って!言ってんだろ!」

ジタバタするフィリップとギャハギャハと笑うニコラに囲まれて、ランベールは閉口した。


「殿下さぁ、その感じで行った方が、アディちゃんにウケるかもしれないよ?」

笑いの余韻を残しながらニコラが提案するも、フィリップはそれを一蹴した。

「やだ。俺は女性には夢を提供したい。せっかく資源に恵まれたんだし」

「資源?」と首をかしげるニコラに、「これ!!」とフィリップは両手の親指で自身の顔面を指してドヤ顔をする。

「それに彼女とは国とか立場とか関係なく、あったか〜い関係を築きたいのさ」

つめた〜い真顔になっている2人の聴衆に構わず、うっとりとフィリップは話し続ける。


「なんかヘルムフューレンの人達が可哀想になってきたよ俺は。もっとこう、公人としての自覚持ってよ」

「なんだよ、お前らはあるのかよそういうの」

呆れ顔のニコラがしみじみとこぼす。それに頬を膨らませたフィリップは「じゃあさ、思考実験しようぜ」と前置きして、滔々と話し始めた。


「トロッコが暴走してさ止まらなくなってるの。で、それが向かう先にポイントの切り替え地点があって、君らはそこにいる。このまま進むとトロッコは線路上にいるたくさんの作業員を轢いてしまう。君が分岐器のレバーを引けば進路が変わってその人たちは助かるけど、切り替えた先にいる1人は轢かれてしまう。さぁ、どうする?」

「トロッコに緊急時遠隔で操作できるブレーキシステムを搭載しましょう」

「え〜もう爆破しちゃおうよ、それ。どうせ壊れてるんでしょ?」

「モォォォ!そういうんじゃないじゃん!ロワイエ卿はライブ感が足りない!ニコラはばか!」


王子様の始めた"思考実験"とやらにちゃんと答えたのにダメ出しをされたニコラは「ええ〜」と不服そうにする。

「だからさぁ、これは大勢のためにひとりを犠牲にする覚悟があるかとか、そういうこと聞いてるんだよ!」

「ならそう言えばいいじゃん。わかりにくいよ」

「そもそも安全対策や運用管理の甘さが気になりますね」

「ンモオォォー!ほんと嫌い!魔術師の人っていつもそうですね!」


またジタバタしだしたフィリップを横目に、ニコラは薄く切ったバケットにポークパテを乗せる。それをフィリップの口に放り込むと、黙ってモグモグと咀嚼し始めた。ごくりと飲み込んで「これもっとくれ」と目を輝かせるフィリップに、「はいはい、かしこまりました」とニコラが応じてやる。雑に餌付けされる王子をランベールはただ眺めていた。





それぞれが寝静まった夜半、森の中にフィリップは立っていた。

数時間前にアデライドと薪を拾ったそこは、今は真っ暗だが灯りも持たずに彼は歩く。まるで何かが見えているように迷いなく進み、虚空に伸ばした手がピタリと止まった。


「なんで隠れてるんだ?用があるなら何か言えよ」

振り返ったフィリップが暗闇に投げかけた言葉に対し、返事をするようにかさりと葉擦れが響く。

「申し訳ありません。迷われてはいないかと思いまして」

ランベールが木陰から現れて、魔術の灯をつける。


「用を足すついでに散歩してただけだよ。それとも連れション希望?やだなぁ」

わざとらしく下卑た言い回しをするフィリップを無視してランベールが近づく。

「灯りもなく森を歩くのは危険ですよ。ただでさえここは、かつて罠があった場所ですから…対人用の」

暗い森で紫の瞳に冷たく見下ろされる。その圧力をフィリップは「へぇ、そうなんだ」と軽く受け流す。


「貴方の連れてきた兵士…制服は近衛ですが、実際には山岳猟兵部隊所属ですね。ポールが制服と装備が合っていないと言っていました」

「あいつミリオタかよ。で、それがなに?」

不遜に笑い釈明もしないフィリップから目を逸さず、ランベールが続ける。

「彼らの専門は山や森の中での戦闘です。本来、王都に向かうのが目的の貴方が、なぜそんな者たちを引き連れているんですか?」

「魔術師様の知的好奇心はすごいね。なんでそんなこと知りたがるのかなぁ?俺にはわからないよ」

芝居じみた仕草で背を向けたフィリップが、一点を指差す。


「なぁ、ここに何か見えるか?」

何もない空間を指し示され、訝しく思いながらもランベールが首を横に振る。

「静かの森には扉がある。扉の中には”何か”がある。その”何か”は扉を開けるまで確定していない…って言ったらどう思う?」

「私はこの森に誰よりも詳しいと自負していますが、そんなものを見たことがありません」

「ふ〜ん」と呟いたフィリップはニヤッと笑うと虚空に手を伸ばす。

「じゃあ見せてやるよ!」


フィリップの手元で、バチッという音と火花のような光が放たれる。するとランベールの目にも光で出来た扉が見えた。それは現れると同時に開かれ、中から一塊の物体が現れた。


「おっ、ちょいレアだな。狼が出たぞー!」

フィリップが叫ぶと、物体は二体の狼に姿を変えた。獣は一番近くにいる獲物である王子に照準を合わせる。舌打ちしたランベールはすぐさま狼に不動化魔術を掛けた。一瞬動きが止まった狼たちは、しかし涎を垂らしながら体の自由を取り戻そうと首を振っている。

「さっすがランベール先生。助かる〜!」

「うるさい!はやく逃げろ!」

軽口を叩くフィリップにランベールが叫ぶと、王子は不服そうに頬を膨らませて「大丈夫だってば。おい!撃っていいぞ!」と手を上げる。


夜の森に銃声が轟く。急所を撃ち抜かれた獣はバタバタと倒れた。藪の中から兵士が姿を現す。黒色火薬の匂いと煙が漂う銃を構えたまま、フィリップの周囲に集まる。彼らは魔獣が無力化されたことを確認すると銃を下ろした。ランベールの後ろからずっと潜んでいたニコラも姿を現す。

「なんだよ今の…わかるか?」

黙って首を振るランベールに、フィリップが場違いな陽気さで声を掛けてくる。


「何だよいっぱいいるじゃん。こんな夜中にみんな何してんの?」

ヘラヘラと笑うフィリップに1人の兵士が近づくと、その頭に拳を振り下ろした。ゴツンという鈍い音が響き、頭を抱えて蹲る王子に、兵士が何やら怒鳴りつけている。


「すっげえ痛そうな音。あれひょっとして怒られてる?」

「お前はいい加減にシュヴァペリン語を覚えろよ…ひょっとしなくても怒髪天だな」

何度か怒鳴られた後、フィリップはビシッと気をつけの姿勢をしてバカでかい声で返事をしている。

「うわ、シュヴァペリンっぽい。体育会系ノリ」

苦笑いをして事の推移を見守っていたニコラは、「アディちゃん班に大丈夫そうって報告してくるわ」と走って行った。


ランベールが近づいて『先程は助かりました』と、先方の言語で話し掛けると、兵士たちは幾ばくか相好を崩したが、またピシリと姿勢を正す。

『ロワイエ伯爵のご協力に感謝いたします!我が方のバ…王子が多大なご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ありませんでした!』

上官らしき人物の声掛けで全員が敬礼をする。『俺バカじゃないし!』というフィリップのつぶやきを拾って、ひとりがまた拳骨を落とす。


『あれは何なのか、説明していただけませんか?』

『んん〜?え〜?どうしよっかなぁ』

殴られたところをさすっていたフィリップは、再び冷たくランベールに見下ろされてヘラリと笑った。途端、背後に回った兵士のひとりが、そのこめかみをぐりぐりと両拳で締め上げ始めた。


『教育が行き届かず、重ね重ね申し訳ありません!』

『うぎゃ!痛い痛い!』

『ヘラヘラしてるなら俺らはもう国に帰るぞフィル!』

『え!ヤダヤダ!帰らないで!いっしょにいて!』

ニコラからの知らせを受けて急いで駆けつけたアデライドたちは、夜の森で兵士にしがみついて半べそをかくフィリップと、呆れたようにそれを見下ろすランベールたちを目にすることになった。



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