モテの不等式のやぶれと痴情もつれ
「今年は随分とスッキリしましたね」
ランベールが森を見て感心したように呟いた。アデライドの目には鬱蒼として見えるが、見慣れたものには違うらしい。
「昨年はろくに手入れもされず、枯死木が放置されて、害虫の繁殖場所になっていましたからね」
「それを全部片付けたのは俺たちさ!」
ニコラが意気揚々と会話に割り込んできた。
「うちの爺さんたちと王太子殿下の部下の人たちでさ。大変だったんだからなぁ〜。夏には虫の対策もしてさ」
「もしかしてあの木に貼ってあるものは…」
「そうだよ〜アレは虫が木を食い荒らさないように貼ってるの。ベタベタくっつくから触らないでね。フリじゃないよ。マジのやつだから」
アデライドが幹の色が変わっている部分を指すと、ニコラが真剣に警告してきた。
「わたくしそんなにホイホイされませんわ。それより今度作業をされる時は誘ってくださいまし!わたくしもお手伝いしますわ」
今彼らは静かの森にアルドワン侯爵領側から入っていた。ランベールがいつも無断で歩き回っていたし、今年に至ってはニコラと爺さんたちもズカズカと乗り込んで勝手に作業していたが、それでも正面から堂々と視察できる機会を貰えたのは思いがけない幸運だった。
対マドレーヌ嬢を想定していたらしいアデライドは「わたくしの戦場はまた後日用意されるのですわね」とやや拍子抜けをしていたが。
そんな彼女が自分も森に連れて行って欲しいと言い出したのは予想の範囲内だったが、そこに何故か王子様も便乗してきた。危険だと言っても、アデライドを連れて行けるのなら自分もいいだろうと言われれば断れない。
「領民のための活動にとても熱心なのですね。アデライド嬢は愛情深い方だ」
「エッ?アアァァイッ!?いっ、いいえ、そんなことありませんわ!」
「そうでしょうか?貴女はとても優しい方だと私は思うのですが」
「ヤッ、ヤサッヤサイッ?!イッ、いいえ、勘違いされてますわ!」
「では、今日はお側で学ばせてください」
「マナッ?…なにをですの?」
「森のことを。私はこちらは初めて入りますので」
「モリ…」
「出来れば、貴女自身という稀有な存在のことも」
「ケウ…ケ…ケッ結構ですわよ!」
急に大きな声を出すアデライドにニコラはちょっとビビったが、対峙する王子様は顔色ひとつ変えていない。気障ったらしい節回しも様になって見えた。
「ほら、昨日からこれですよ。ずっときも…奇怪なリアクションしてますよね?」
ポールが割とデカい声で素直な感想を垂れ流す。言い直しても結構な悪口だぞと、ニコラは思っているが口には出さない。
そんなこんなで一行は、先頭をランベールとヘルムフューレン王国の兵士3名。間に子供2人を挟んでプルスト、ポールで殿にニコラで森を進むことになった。アルドワン側の人員はつかなかったが、この期に及んで誰も気にしていない。
子供達の体力については「アデライドお嬢様は最悪の場合、私の魔術で動かせばいいでしょう」とランベールが言い放った。その是非はさておき、王子様の方はそういう扱いはできないので不安があったが、割とキビキビと歩いてくれている。そんな彼は今日はピカピカの礼装ではなく、深い緑色の野戦服に背嚢を担いで、銃剣まで持っている。
「ヨッ…用意周到でいらっしゃいますのね」
「服装のことですか?いつもはこんな感じなんです。昨日が特別でした」
少年はアデライドを見て目を細める。アデライドはその様子を眺めながら、これを確か桃花眼というのだと、前世の知識から掘り出していた。
「貴女に会うために急いで着替えたんです…少しでも良い印象を残したくて」
作家、ついてますよねぇ…とニコラは半ば呆れた。この年齢の男子が言うセリフではない。ニコラが彼くらいの年齢だったころの関心事は、休み時間に一番早く校庭へ出るにはどの昇降口を使うかとかそんなだった。
「タッ!タダイマ、わたくし先生に用にできましたので!失礼いたしますわ!」
ストレートな好意の表現にアデライドは当てられたように顔を赤くしてギクシャクと小走りで逃げ出した。
「プルストさん。ヤツめ、俺らのアディちゃんにあんなこと言ってますよ。どうしてやります?」
コソコソと小声で彼女の身内にすり寄ると「確かにお嬢様はお優しく、愛情深く、そのため稀有な存在といえますね」と感じ入っていて、こっちも手遅れかと、ニコラはため息を漏らす。
アデライドという彼らの生命線が、ぽっと出の王子様に掠め取られようとしている。
危機感を覚えるが、まだ戦えるとニコラは思った。アデライドは彼の隣では終始ガチガチに緊張している。俺たちにはまだ“親しみやすさ”というカードがあると、彼は頼りない手札に縋った。
「君はニコラといったね。ああ、失礼、魔術師の資格をお持ちか」
アデライドに置き去りにされたフィリップは、ニコラが襟元に付けている徽章を目敏く見つける。
「なかなか狭き門だと聞いています。優秀な人材がいるようで、安心しました」
「あっ、はい、恐れ入ります!過分なお言葉を頂戴しまして光栄です」
慌てて姿勢を正したニコラに、フィリップがふふっと笑いをこぼす。
「そんなに畏まらないでほしい。この森に何かあったら我が国でも被害は免れない。だから感謝しています」
「今後もご期待に添えるよう尽力いたします!」
ビシッと最敬礼したニコラのそばに、フィリップがススッと近寄って囁いた。
「そんな魔術師様はさ、俺のこと、どうしてくれるつもりなの?」
思わず凝視するニコラにニヤリと笑って見せた顔は、その年齢には似合わない妖しさを湛えていた。
「お前らのお姫様に悪さをするつもりは無いよ。今のところはな。安心していいよ」
何も安心できないニコラの横から、能天気な声が飛び込んできた。
「うわぁ、地獄耳ですね!フィリップ殿下」
「お前もな。音もなく近寄るなよ、驚くだろ」
「特技なんです!驚くからやめろって、よく言われます!」
いつの間にか至近距離にいたポールに、フィリップは言うほど驚いた様子も見せない。
アデライドに見せるものとは明らかに違う王子の顔に、ニコラは面食らった。だがこんなに早々と二面性を見せてくれるなんて、結構やりやすいかもなと安堵した彼を、当の王子様は鼻で笑った。
「コイツ簡単でよかったぁって顔してるぞ。魔術師サマはわかりやすいって、よく言われます?」
「…フィリップ殿下は意地悪だって、よく言われませんか?」
憮然とした態度で返された言葉に、王子の形のいい眉が吊り上がる。
「質問に質問で返すなよな。この人不敬ですって大声出すぞ。聞こえちゃうぞ、あっちのみんなにも」
「アディちゃんにも聞こえるけど、いいんですか?」
「やっぱ無し。今のノーカン。これ命令な!」
「それ俺は別に聞く義理ないけど…」
この王子様がわからなすぎると、たった数分でコロコロと変わる印象に、ニコラは戸惑うしかない。大人びているのか年相応なのか、鋭いのか迂闊なのか、賢いのかアホなのか、全く理解は出来ないが、小憎らしいことに思ったよりも親しみやすい。
「殿下ってさ、チャラいってよく言われます?」
「魔性の王子様って、よく言われます」
「自分で言うってことは、本当によく言われてるんですね!」
フィリップはニコニコしながら言い放ったポールを見上げ、それからニコラに視線を移す。
「コイツをそばに置いてるってさ、マジでアデライド嬢は寛容だよな」
「それは俺も思います」
「自分も思います!」
「お前もかよ!」
大きく吹き出したフィリップが、楽しげに笑った。
彼らがそんな強引なアイスブレイクをしている頃、アデライドはランベールに引っ付いていた。
「後ろは楽しそうですわね…」
「あちらへ戻りますか?」
「いいえ、こちらの方が落ちつきますので。ちょっと頭を冷やしたくて」
正直言って、アデライドは異性にモテたことがない。前世は地味なオタクで、婚活に挫けて乙女ゲームに没頭した。巻き戻し前もやはり地味で、異性からは距離を置かれていた。それにまったく不満が無かったと言えば嘘になるが、何としてでもモテたいという情熱もなかった。
今回の人生で美形といえる攻略キャラ達に会っても、さして興味を惹かれなかった。だから自分はそういう感情とは無縁なのだろうと、なぜか誇らしくすら思いはじめていた。でも違った。
認めたくはないが、フィリップは彼女がはじめて出会った“好みのタイプ”というやつなのだ。
そんな彼が、目が合うと笑ってくれる。褒めてくれる。優しくエスコートしてくれる。この程度は多くの貴族女子が普通に受けている待遇でしかないが、アデライドにはすべて初めてのことで、覿面に効いた。
モテないって怖いと、彼女はしみじみと思った。今の自分は、まるで人里に初めて受け入れられたモンスターのようだ。
あまりにアデライドがふらふらとしているので、見かねたランベールは彼女と手を繋いでいた。少しヒヤリとして固い手の感触に、アデライドの思考も冷静さを取り戻す。こんな風にランベールがアデライドを無下にしないのと同じように、フィリップだって優しくするだけの思惑があるのだ。
対抗するケンプフェン王国に軍事や産業において遅れをとっているヘルムフューレン王国は、独立を守るために老大国ヴィントミューレン帝国と繋がり、庇護を求めた。そのためフィリップの兄である王太子は、帝国の皇女と婚約を結んでいる。
ヘルムフューレンが更なる安泰を求めてフィリップの結婚相手探すとしたら、隣国である我がコンフォート王国は格好の場である。だが今の王家に独身の女性はいない。年齢が近く、王族と結婚できる身分と考えたとき、アデライドが大本命になってしまうのだ。
巻き戻し前はラファエル王子と婚約していたから、こんな話はなかった。きな臭い空気は常にあったが、ケンプフェンが継承問題で内輪揉めするなど、ヘルムフューレンは運も味方につけていた。そのためアデライドの生きている間は戦争は起こらなかったのだ。
巻き戻し前に「まぁ素敵な王子様」と、ラファエルと婚約してどうなったかを考えると、フィリップとも関わりたくはない。ふと振り返ると、ニコラと話していた彼もこちらを向いて、目が合うと嬉しそうに笑った。途端に跳ねる心臓を押さえ付けてしまいたくて、心の中で必死に警告を鳴らす。
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かつて動画サイトで耳馴染んだ無料音源に乗せて、ショッキングな未来予想を繰り返していると、ランベールの声が上から降ってきた。
「体調が悪いのなら引き返しますか?」
こういう時、プルストやニコラなら毎回必ずしゃがんで視線を合わせてくるが、彼はそれをあまりしない。そこが逆にありがたいとアデライドは安堵する。
ヴォルテール家や、ヘルムフューレンの王家の人間が、この森を視察することには意義がある。またアルドワン侯爵が手入れを放置しないように、他所の権力者もこの場所を常に気にかけているという姿勢を明確にしないといけない。だから、惚れた腫れたなんてつまらないことで、いちいち足を止めている暇などないのだ。
「大丈夫ですわ。わたくし、頑張ってお役に立ちますわ!」
ランベールは少し考えるそぶりを見せたが、ただ「そうですか」と頷いた。
「魔術師って騎士よりギャラが高いって聞きますよ」
「マジで?じゃあ飯はニコラの奢りだな」
「いや、仕事次第だし、そんなに単価のいいとこはそうそうないし」
「二〜コラ、ニコラ高収入〜」
「ねぇ殿下聞いて?その歌なに?そっちの国で流行ってるの?」
アデライドが気を引き締めたその後ろでは、すっかり打ち解けた3人が締まりのない馴れ合いをしていた。




