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ハードモードは突然に

「まぁ、今度はアルドワン侯爵とお会いできるのですか?」


季節は秋にになり、アデライドは馬車に揺られながら、同乗したランベールから最近の情勢を聞いていた。


「ええ、王太子殿下側の介入があってからは隣国からと思われる不審な動きは見られなくなりましたが、依然として侯爵とお会いする機会は与えられませんでした。ここにきてようやくですね」

皮肉げに口を歪めるランベールにアデライドは首を傾げる。放置プレイは長かったが会えるならばまぁ良いのではという彼女の思考を察したのか、ランベールが続けて言う。

「お会いするにも条件があるんです。まぁなんというか…その関係でお嬢様にもご同行と…ご助力をお願いしたいのです」

アデライドはますます首を傾げる。じっと見つめられて、珍しく言葉を濁していたランベールが腹をくくったのか説明をはじめた。


「つまり、先方の条件というのがあちらのご親族の娘さんとお会いすることで、実質的にはご縁談ということになりますのね。それを角が立たない様にお断りしたいと。そのためのわたくしですのね」

「その通りです」

アデライドにも言いたいことはいくつかあったがまず思ったのは『角、けっこう立つのでは?』である。良い機会だし、いっそのこと引き受けてしまえばいいのにという気持ちは言葉にせずとも伝わったらしい。

「…あちらの姿勢がわからないまま深い縁を結ぶことはできませんし…私はまだ結婚を考えていません」


後半は完全に私情だったが、いままで散々拒絶しておいて急に縁談などというやたら重い方法で距離を詰めようとするアルドワン侯爵の態度は、確かに不誠実なうえに不気味ですらある。ランベールの忌避感もわからなくもないのでアデライドは彼女なりの方法で納得した風を装った。

「わたくしもぉ、いませんせぇが結婚しちゃうの寂しいかもぉ?わたくしに出来ることならぁ、ぜんぶゆってほしぃですぅ。だってぇ、せんせぇに教えてもらえないとぉ、わたくしダメダメさんなんですぅ。え〜ん」

「…突然どうしたんですか?」

「久しぶりなので肩慣らしが必要かと思いまして」

泣き真似のポーズのまま見上げてくるアデライドに、ランベールは顔を引き攣らせたまま「ご協力ありがとうございます」と礼を言う。


「以前から思ってはいたのですが、先生に結婚を考えるかたができましたら教えていただけませんこと?」

「…なぜですか?」

「だってわたくしがベタベタしていましたらお相手の方がご不快に思われるでしょう?その場合はすみやかに撤退させていただきますわ」

「大丈夫ですよ。当分そんな予定はありませんし、もし付き合うにしても織り込み済みの相手にしますから」


すまし顔でのたまうランベールにアデライドは顔をクシャッと歪ませた。前世も巻き戻し前も異性と縁遠い彼女には理解が追いつかないが、自分は政治的な都合で幼女にベタつかれるが許容してくださいなどと、そんなことを交際相手に織り込むことが可能とは思い難い。ふと横を見るとプルストの顔もクシャっていたので自分の感性は正常な様だと彼女は束の間ホッとする。


「ですがもしかしたら、お会いした方が運命のお相手ということもありえますでしょう?その時はこっそり教えてくださいましね。あっ緊急時のハンドサインを決めませんこと?こうして左手を上げていただいた時は作戦の中止で、右手の親指を上げられたときはオールクリアで作戦続行ですわ。わたくしもお仕事をまっとうさせていただきますわね」

さも良いことを思いついたというように身振り手振りを交えて話すアデライドにランベールは「なんだか楽しそうですね」と言いそうになるのを抑えて、また礼を言うだけに留めた。



アデライドにとっては残念だったが一年ぶりに訪れた静かの森を迂回して、アルドワン領の南部の市街にある侯爵の別邸で一行は迎えられた。

「本日はわざわざ足をお運びいただきありがとうございますロワイエ伯爵。ヴォルテール公爵令嬢におかれましても、お目に掛かれまして大変光栄です」

はじめて顔を合わせたアルドワン侯爵は意外にもひたすら低姿勢だった。アデライドは挨拶を返しながら、公爵家の一員とはいえ爵位もないただの子供にそんなに遜らなくてもと、居心地の悪さすら覚えた。前世庶民の血が騒ぐのか彼女も謙虚に返したくなってしまうが、挨拶が終わるや侯爵はランベールに向けて後ろに控えていた女性を紹介し始めた。その浮き足だった様子にアデライドは気を引き締める。


「娘のマドレーヌです。是非ロワイエ伯爵にご挨拶したいと申しまして…父親としての欲目かもしれませんが、私の子にしては器量も性格も良く育ってくれましてな。しかしもう16歳ということで本人も周囲もそろそろ縁談をと言うのです。いやはや時が過ぎるのは早いですね。私としてはまだ子供だと思っていたのですが」


急に親戚の集まりみたいなノリで喋り出すアルドワン侯爵に、その娘は「お父様ったらもう…」と頬を染めていた。そんな彼女は柔らかそうな金髪にピンク色に透ける白い肌を持ち、青い垂れがちな瞳は大きくはないが鼻も口も小作りなためにバランスが良く、可愛らしさ特化のベビーフェイスという印象だ。


「マドレーヌ・ド・アルドワンと申します。ロワイエ伯爵様とお会いできるのを長い間本当に楽しみにしておりました。ですから今、私胸がいっぱいで…あっ私っ…あのっ、はしたないことを言ってしまって…大変失礼致しました」

マドレーヌは感極まったように言葉を詰まらせた。背も低めで華奢な彼女が潤んだ上目遣いでランベールを見上げている。自分が男性なら結構ぐらっと来るものがあるだろうなぁとぼんやり見つめていたアデライドは、ふと視線の先でランベールの右手親指が上がっているのを確認した。見上げた彼はいつもの取り澄ました表情を崩していない。こんなふうに可愛い女子に好意を寄せられることは彼にとってさほど珍しいことではないのだろうと、世の中の不公平さを感じながらもアデライドはランベールのすぐ横に踏み込んで彼の腕にギュッとしがみついた。


「マドレーヌさんはじめましてぇ。ランベールせんせぇってぇ、ほんとカッコいいですよねぇ。わたくしもぉすっごいマドレーヌさんのお気持ちわかっちゃいますぅ。だからぁわたくしともぉ仲良くしてくださるとぉ、とっても嬉しいですぅ」

急に会話に割り込んできたアデライドにマドレーヌは驚いたようたが、すぐに「もちろんですわ」と笑顔をみせた。その様子にきっとそんなに性格の悪い娘ではないのだろうなぁと思いつつも、アデライドは自分の仕事の手を緩めない。


「ランベールせんせぇはぁ、これからアルドワン侯爵とお話し合いですかぁ?せんせぇと離れるの寂しいですぅ…ぐすん。だからぁ〜わたくしもぉご一緒させてもらっていいですかぁ?」

ランベールと彼女を分断しつつ、自分もアルドワン侯爵との会談の場に潜り込もうというアデライドの作戦は、アルドワン侯爵からの思わぬ言葉で妨害された。


「実は本日もうひと方お客様がいらしておりまして、ヴォルテール公爵令嬢にもぜひご挨拶をされたいとのことなのです。お通ししてもよろしいでしょうか?」

ランベールにしがみついたままキョトンとした彼女の後ろから声が響いた。

「失礼致します。ご紹介を待たずに声をおかけする無作法をお許しください」


現れたのはアデライドと同じ年頃の少年だった。明るい青色の詰め襟は赤いパイピングで縁取られ、赤地の袖と襟には金糸の刺繍が施されている。腰には白字に水色の線の入ったサッシュを巻き、同色の絹糸をまとめたタッセルが歩みに合わせて揺れる。膝を覆う長さの黒いブーツは隙無く磨かれていて、カツカツと規則正しい音を鳴らした。

「初めまして。ヴォルテール公爵令嬢。お会いできてとても嬉しいです」

艶やかな黒髪と黒に近いブラウンの瞳を持った少年はアデライドと目が合うと微笑んだ。くっきりとした平行二重の瞳が笑みの形に変わるのを、アデライドは声も出さずに見つめていた。すると少年は「あっ」と声を上げた。


「自己紹介が遅れてしまいましたね。私はフィリップ・テレーゼ・エルンスト・ゲオルグ・フォン・ヘルムフューレンと申します。ヘルムフューレン国王の第二子として、王弟である叔父と共にコンフォート王国の国王陛下に謁見を賜る機会を得まして王都へ向かう途中、アルドワン侯爵のご好意を受けこちらに立ち寄らせていただきました」

畏まって挨拶を返そうとするランベールを少年は笑顔で制した。

「ロワイエ伯爵のご高名はかねがね伺っております。もちろん、ヴォルテール公爵令嬢のことも」

再び自分の方に少年の視線が返ってきて、怯えたようにアデライドはしがみついたままだったランベールの腕を更にギュウっと強く握った。


ヘルムフューレン王国は隣国シュヴァペリン連邦を構成するうちの一国である。アルドワン領と国境を一部接しており、連邦の中では歴史も長く規模も大きい国だ。そのため北のケンプフェン王国と並んでシュバぺリン連邦を代表する国となっているが、この2国の関係は単純に盟友とは言いにくい。連邦を一つの国家としてまとめたいケンプフェンと、独立を守り続けたいヘルムフューレンはここ数年で溝を深めている。その国の第二王子ときているのできな臭いものがあるが、アデライドにとってはそれだけではなかった。


6人目だ…と心中で呟き、彼女は呆然としていた。前世でプレイした乙女ゲームはメインビジュアルに描かれた5人の他にもう1人隠れた攻略対象キャラがいた。前世の彼女は既プレイ民たちが彼を登場させるとゲームの難易度が上がると悲鳴をあげていたのを目にして、ネタバレを慎重に避けながら情報を集めて登場フラグを丁寧に潰して回った。メインビジュアルのキラキラ王子様に惹かれただけのエンジョイ勢には荷が重いと、徹底して避けた“ハードモードのフィリップ”の異名を持つキャラクター。彼については名前以外は何も知らないに等しく、どう対策を取ればと内心慌てふためくアデライドの前にスッと手が差し出された。


「ヴォルテール公爵令嬢。これからこちらは両領主の話し合いの場になります。私たちには別室を設けてもらいましたので、そちらに参りませんか?」

「でっ、ですがわたくしはっ、あのっ、ランベール先生と一緒にいたくって、その…だからここにいたいです!」

フィリップは差し出した手をそのままに少し首を傾げる。その仕草にアデライドは顔に熱が集まってくるのを感じた。ワガママな令嬢だと思われるのは狙い通りなのに、同年代の少年に冷静な反応をされると羞恥が湧き上がってきて、ランベールの腕に顔を押し付けるようにしがみついた。


「私では力不足かもしれませんが、貴女と過ごす時間を少しだけ私にもいただけませんか?ロワイエ卿、どうか今だけでも私にエスコート役を譲ってください」

自分を見上げて懇願するように言うフィリップに、ランベールはため息を飲み込んだ。自国に比べれば小国であるとはいえ、一国の王子にここまで願われて拒否はできない。アルドワン侯爵が今日のために彼を用意したということはまさか無いだろうが、してやられたという悔しさは残った。



よろよろと手を引かれていったアデライドを見送って、ランベールはアルドワン侯爵と一対一での話し合いに臨んだ。おおらかだった先代は貴族籍のない叔父やニコラを伴ってもにこやかに応じてくれたが、今代はそうもいかなかった。

アルドワン侯爵は、静かの森の問題については「引き継ぎ不足で代替わりしてしまい管理が至らなかった」、会うことも避けていたのは「忙しかったから」と、弁明にもならない発言に終始した。一応形ばかりは詫びる姿勢を見せたものの、森の中にあった対人用の罠について切り込んでみても「知らなかった。今後は厳に対処する」と答えるのみで、ランベールからしたら到底納得できるものではなかった。

とはいえ隣の領地と関係を悪くはしたくないためこれ以上踏み込むことはできない。ロワイエ領の領民が森に入ることは正式に許してもらえたが、そもそもなぜ禁止しようとしたのかもあやふやに誤魔化されてしまった。


いまここにアデライドがいたらまた違った話し合いができただろうかと考えてランベールはさすがに自嘲した。領主としての能力はあまり芳しくないという自覚はあっても、十にも届かない年齢の少女に依存するのは恥ずかしいという感覚はまだ残していた。


あまり実のない話し合いを終えると、来客用の控え室で待っていたプルストとニコラがランベールを迎えた。

「従者ですって言って通してもらった」と笑うニコラはソファに座って勝手にくつろいでいた。

「その顔ってことは…あー、あんまり上手くいかなかったみたいだな。まぁ期待はしてなかったけどさ」としたり顔でのたまう従兄弟をスルーして「アデライドお嬢様はどうしましたか?」とランベールが問うのと同時に扉が開いた。護衛として付いていたポールと共に入ってきたアデライドは、ふらふらとニコラの隣に辿り着くと前のめりに座り両手で顔を覆ってしまった。プルストが心配して顔を覗き込むように「どうなさいましたか?」声をかける。

「大丈夫ですわ…ところでランベール先生、わたくしちょっと頭を冷やしたいので、冷却魔法を自分にかけてもよろしいでしょうか?」

「アッ!それはおやめください!」

先日目にしたタマネギの末路も記憶に新しく、プルストは慌ててアデライドを止めた。


「どうしたのアディちゃん?なんか嫌なことでもあったの?」

気安く話しかけられて初めてニコラが隣に座っていること気がついたらしいアデライドが顔を上げる。

「お久しぶりですわねニコラさん。お元気そうでなによりですわ」

「アディちゃんもますます可愛くなったね。せっかく可愛いんだから顔を隠しちゃったらもったいないよ」

「ああ、わかりやすいお世辞と励まし…とても落ち着きますわ。ありがとうございます」

「…マジでどうしたの?話なら聞くけど」

訝しげにするニコラの横でまたアデライドは両手で顔を覆って黙ってしまった。ニコラたちの視線が自然とポールにうつる。

「自分が見てた感じでは第二王子殿下は普通に話していただけですよ。なんなら褒めてくれてたんですけど、それにお嬢様がずっときも…奇妙なリアクションしてただけですね」

「あれは何かの陰謀ですわ!わたくし騙されませんことよ!ぜったいあの方の背後には作家か何かがたくさんついておりますわ!」

急に立ち上がって声を上げるアデライドの耳は赤く染まっていて、ニコラはランベールと目を合わせる。


「まぁまぁ、アディちゃん落ち着いて。今日は疲れてるだろうしもう休もっか。それとも観光でもする?」

「そうですねアデライドお嬢様。ご希望なら私が案内しますよ」

ランベールにそっと肩に手を置かれてアデライドはおとなしく座り直した。

「先生!わたくし今日は振いませんでしたがちゃんと挽回しますから。マドレーヌさんの件もきっちりやり切りますのでご期待ください!」

「ええ、わかっていますよ。貴女にはずっと助けられていますから」

ランベールがアデライドの頭を優しく撫でる。彼から触れてくるのは稀なことだったが、どこか落ち着かないアデライドはそこに違和感を覚えた様子もなく「任せてくださいまし!」と微笑んだ。



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