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攻略対象者5補講 負けヒロインの波動を持つ少年

「お嬢様。お手紙が届いておりますが…」

朝から渋い顔をしてプルストが盆の上に乗せた手紙を差し出してきた。アデライドはその差出人を見て少し驚く。ミシェル・ド・リヴィエ…眼鏡枠でありショタ枠でもある攻略対象者の彼からの手紙であった。


ミシェル・ド・リヴィエはリヴィエ伯爵家の嫡子である。伯爵家といってもその歴史は古く、多くの学者を輩出してきた家系でもあるので『知の伯爵家』として王国民からは敬意を表されていた。ゲーム内では彼にしか使えない魔法があり重要な役割ではあったのだが、魔法を使うキャラクターとしては攻撃から回復まで出来て各種バフも掛けられるランベールのほうが圧倒的に使い勝手が良く、ミシェルはほとんどのユーザーからは某世界的有名ゲームの“ひ⚪︎ん要員”のような扱いを受けていた。

巻き戻し前も彼のことは知っていたが特に交流はなく、アデライドには世間一般の人々と同じ程度のうっすらとした情報しかない。その彼からの手紙には「一度お会いしてお話したいことがある」という旨のことが書かれていた。


「お断りしますか?」とプルストが返信をせっついてくる。彼はエドガーからの手紙にもこういう反応をするので、あの犬のように元気な少年が苦手なのかとアデライドは思っていたのだが、なぜか会ったことのないミシェルに対しても警戒心を覗かせた。

「いいえ…ご用件が気になるから一度お会いしてみますわ」

プルストがその答えに悲しげに眉を下げる。なぜ手紙の返事をするだけで哀愁を漂わせているのかとアデライドは朝から首を捻っていた。




「ヴォッ、ヴォルテール侯爵令嬢、あのっ突然の申し出にも関わらずっ、おあ、お会いしてくだしゃりっ…さりっ、ありがとうございましゅっ…ます」

自分から会いたいといった少年は、いざ訪ねてくるとガチガチに緊張していた。かつてのラファエルのときと同じように向かい合って座る。あの王子のように無駄にキラキラしてはいないが、その分を少女の様な可憐さで補ってくるタイプだった。柔らかそうな赤毛とそばかすの浮いた薄い肌は幼さを強調しているし、大きなエメラルド色の瞳で上目遣いに見つめられると『守ってあげたい』と思わされる。女子としては『自分の方が強そう』という気持ちが湧き上がってきて、元々ない自信を削られてもいくので複雑だった。


「ご用件というのを伺ってもよろしいですか?」

アデライドがニコニコしながら聞いてみると、ややホッとしたのか彼は頬を上気させながら話し始めた。

「あのっクリス…いえクリスティーヌ、ではなくてっ、リール公爵令嬢についてなんですけど、この間お会いした時にヴォルテール公爵令嬢と、そのっ…お知り合いの方が、彼女の顔色が悪いといってらっしゃったのが気になって…」

「あぁ…」とアデライドは思い出した。折れてしまいそうなほどに華奢でガラス細工のように美しい少女のことを。先日会った彼女の顔色は青白く、血が通っていないように見えた。


「あの…そのことはボクも気になってて…ヴォルテール侯爵令嬢やあのお知り合いの人なら、なんとかできるかなって…」

この間はパッと見の顔色に驚いて思わず指摘してしまったが、本職の医者でもないのにしゃしゃり出てわかったようなことを言うのはアデライドはもちろん、多分ベルナールも良いこととは思わないだろう。公爵家であればお抱えの医者が必ずいるであろうし、そちらに任せた方がいいのではないかと、そんなことを彼女はミシェルに伝えると、彼は下を向いて考え込んでしまった。


しばらく部屋に気まずい沈黙が落ちたが、ミシェルが意を決したように顔を上げる。

「それはその…ほんとにその通りだと思うんです。でもあの、ク…リール侯爵令嬢を見てるとあの、食事の量も少ないですけど…あまり肉とか食べてなくて、前からそういうのボク気になってて、この間食べやすいスープがあるってヴォルテール公爵令嬢が仰ってたので、それなら食べてもらえるかなって…」


リール公爵令嬢はどうやら偏食家らしい。ミシェルは本来人見知りであろうに、勇気を振り絞って余り交流のないアデライドを頼るくらいには悩ましい問題なのだろう。

よくよく考えてみると、彼女にはある程度元気でいてもらわないとアデライドも都合が悪い。あの王子と自分の婚約の話を潰せるのも、その際にフリーになった王子が聖女とタッグを組むのを防げるのも、悪役令嬢ものの主人公然とした彼女しかいないという気がしてきた。

たぶんミシェルもここまで心を砕くからには彼女のことが好きなのだろう。アデライドとしてはリール公爵令嬢には王子ルートを選んでほしいが、今は彼女の健康問題を最優先としてこの健気さを応援しようと決意した。



レシピを教えてもらおうと、アデライドは急遽ミシェルを連れて料理の師匠の元を訪れた。

「よく帰ってきたな、長女!待ってたぞ長女!」

そんなことを宣いながら彼女たちを出迎えたのはベルナールだった。

「…ベルナールさん、お仕事はどうなさいましたの?」

「そらもう長女が帰って来るんだからパパはお休みにしたんだ」

この間のノリをまだ引き摺っているらしい。時間をおけば治るだろうかとアデライドが呆れ顔で対応していると、パタパタと足音がして奥からペリーヌが顔を出した。

「もう変なウソついて…今日はもともとお休みだったんですよ」

妊娠後期に差し掛かりお腹が大きくなっている彼女にアデライドが少し慌てる。

「まぁペリーヌ、座っていてくださいまし。急に訪ねてしまって申し訳ありませんわ」

「いえいえ、少しは運動しないとかえって良くないんですよ」


アデライドが訪ねたのはアラン夫妻の家だった。最初は2人とも研究所に住み込んでいたが、最近は仕事も落ち着いてきたので職場近くの一軒家を借りて住んでいる。庶民の住居としては狭くはないが広くもない家にアデライドたちは通された。プルストが手土産に持参した妊婦も飲めるお茶を淹れるために席を外し、リビングにアデライドとミシェルとアラン夫婦が向かい合って座る。


「アデライド…で、お隣の方は?紹介してくれないか?」

ベルナールが珍しく愛想笑いのようなものを浮かべて聞いてきたので、アデライドはミシェルの紹介とここに来た目的を話す。

「なるほど〜?うちの子を踏み台にして他の女に行こうって腹かぁ〜」

「なにをどうしてそんな解釈になりますの?」

ビクっするミシェルの代わりにアデライドが答える。プルストが淹れたお茶を飲んでひと息ついていたペリーヌが「まぁまぁ」と仲裁に入る。

「私お茶はこんなに美味しく淹れられないですけど、お料理なら…といってもそんなに手の込んだものでは無いですけどお教えできます。それで、それでですよ、とっても偶然ですごいって思うんですけど…今日ちょうど作ろうと思って、あるんですよ!砂抜きしてるパルルドが!」

パルルドというのはこちらの世界でのアサリのことで、庶民には人気のある食材だった。

「レシピを教えるだけでもいいと思うんですけど、どうせなら一緒に作っていきませんか?お時間があればですけど」

「まぁ、よろしいんですの?わたくしは嬉しいですけど、ミシェル様は…」

アデライドがミシェルを振り返ると、彼は首を縦にブンブン振って「ありがとうございます!」と答えていた。その横で「ママのお手伝いかぁ、偉いぞぉ」とベルナールに頭をワシワシと撫でられてアデライドも強制的に頭を揺らすことになった。


普通に使うには特段問題ないはずの台所は、大人3人と子供2人という人口密度の高さでさすがに手狭に感じる。パルルドの処理をするペリーヌの横でミシェルがメモを取りながら話を聞いていおり、おじさん2人は野菜の下ごしらえをしている。アデライドは不安そうなプルストを押し切ってジャガイモの皮を剥く係になろうとしたが、手を切りそうになってナイフを取り上げられてしまった。代わりにベルナールがスルスルと皮を剥いている。


「器用ですわね…」

ぐぬぬという擬音がつきそうな渋い顔でアデライドが呟くと、ベルナールがニヤッと笑った。

「こういうのは慣れだからなぁ。長女ももうちょい練習しような。あの勢いだと指を切り落とすぞ」

前世の経験があるから楽勝だと思っていたのに何もできなくて、アデライドはタマネギの皮に鬱屈をぶつけるがごとくにむしり取っていた。

「わたくし魔力が多い方ですので指くらいなら簡単に再生出来ますのよ」

ここに勝機はないと別方面でのマウントを取り始めるアデライドに大人たちは苦笑いをするが、続く言葉にさすがに眉を顰めた。

「脳さえ無事に残っていればどこが取れても治してくださるとランベール先生が仰っていましたから大丈夫ですわ」


ミシェルと話していたペリーヌにも聞こえていた様で「ベルくん…」と座った目で話に割り込んできた。

「あのノンデリマジカルは後でシメとくからな。お前はもっと自分を大事にしろよ」

ベルナールの言葉にアデライドは不思議そうに首を傾ける。

「シメるって…確かに最初は千切れたら痛そうだし恐ろしいとわたくしも思いましたけれども、治してくださるなら頼もしくありませんこと?あっ、ランベール先生には近々また静かの森に連れて行ってもらいますのよ。楽しみですわ」


夫婦は笑顔で話すアデライドからプルストに視線を移す。涙目で玉ねぎを切っていた彼は慌てて説明する。

「静かの森といってもロワイエ領からですから危険地帯には入りませんし、グスッ、お嬢様は私たちがお守りしますので、ズズッ」

「わたくし魔術を教えていただいておりますから、色々とお役に立てますのよ。プルスト、玉ねぎは冷やせば涙の出る成分が働かなくなるはずですわ。魔術で出来ますから任せてくださいまし」

便乗して主張を始めたアデライドは、プルストの包丁を握る手を一旦止めさせると切り掛けの玉ねぎに手をかざした。皆が見守る中、それはしばらくの沈黙の後ぐにゃりと形を変えた。


「あっ、あの、これは冷却ではなく加熱の魔術…ですね」

ミシェルが遠慮がちに呟く。玉ねぎは火が通って柔らかくなってしまっていた。

「うーん、もうちょい練習がいるみたいだなぁ。まぁどうせ煮込むからな」

ベルナールに気を使われてしまい、羞恥で縮こまるアデライドにプルストがトドメの様に指摘する。

「お嬢様…魔術はロワイエ先生のご指導のもと以外では使わないと約束をされたはずでしたが」

契約魔法のいざこざのときにそんな約束をさせられたことをアデライドは思い出してびくりとする。

「あの…このことはランベール先生には内緒にしていただけませんこと?」

アデライドの懇願に大人たちはなんとも言い難い表情を浮かべ、それを見た彼女は魔術師によるお説教を覚悟したのだった。



アデライドのうっかりはあったものの、料理は無事完成した。皆で完成品を囲んでの食事は楽しくて、ミシェルとも大分打ち解けて話せる様になっていた。彼は孤児院での炊き出しのときに自らこのレシピを作ってリール公爵令嬢に振る舞うつもりらしく、アデライドとペリーヌはその献身ぶりに感動してキャアキャアと盛り上がっていたが、男性陣はあまり面白くないような顔をしていた。アデライドがミシェルに今後も協力することと手紙のやり取りをすることを約束すると、聞き耳を立てていたらしいベルナールが「娘を持つ父親って複雑だよな」とため息をついた。



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