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チートの沙汰も金次第

高位の貴族というのは、使用人は自身の幸福など追求せず自分たちのために人生のすべてを捧げるのが当たり前だと思っていたりする。働く中で様々な貴族の生態を目にしていたプルストは、今までヴォルテール公爵家はその点は“他よりはずいぶんマシ“といえる職場だと思っていた。


「わたくし先ほどあなたの事情を知りましてよ。それでこれは使えるわと思いましたの。あなた退職はしばらく見送ってくださらないこと?わたくしあなたにして欲しい仕事があるのですわ!」


自分の娘より幼い少女は、黒い瞳をキラキラ輝かせながら勝手なことを言う。冗談ではない。娘にどれだけの時間が残されているかわからないのに、子供の思いつきになど付き合ってはいられない。プルストは長く公爵家に仕えた父から年少の頃より仕事を叩き込まれた。今まで王都の屋敷や領地の経営、主家の客人への対応など多くのことに関わってきたが、雇用主の孫娘であるこの少女との接触はほとんどなく、顔を知っている程度である。このように我儘に育っていたとは、周りの人間は何をしていたのだと腹の立つ思いのままに口を開いてしまった。


「お嬢様それは致しかねます。すでにご存知のようですが、私にも事情があり辞職の意も伝えてありますのでそのようなお申し出には従えません。どうしてもとおっしゃるのでしたら公爵閣下にお話しいただきご許可を得てからにしてください。私共使用人といえども、閣下の御意志に逆らってお嬢様が動かすことはできません」


思ったより硬い声が出てしまったことに、もう少し優しく言うべきだっただろうかとプルストは後悔する。先程までどこか興奮した様子だった少女は下を向いてしまった。こういう年齢の子供はわがままが通らなければ癇癪を起こす。うかつだったとしか言いようがない。職場での最後の日に揉めるとは運が悪いと嘆きたい気分になる。


「うーん。それもそうよねえ。普通に考えて断るわよね」

プルストの懸念に反して少女は冷静だった。思案するようにしばらくブツブツとひとりごちていると思ったが、急にバッと顔をあげプルストを見る。

「あのねっわたくし考えがあるの!上手くいくかはわからないけれど…ううん、上手く行かせるの!そうしたらきっとずっとあなたにも娘さんにもいいことがあると思うわ!だから話を聞いて欲しいの。少しでいいわ。30分…いえ15分でいいから時間をちょうだい!お願い!ほんとお願いします!お話を聞いてもらうだけでもいいから!」


顔の前で祈るように手を組んで見上げてくる少女は必死そのものの様子で、言っていることは街中で見る強引な店の勧誘のようだったが、縋るような瞳がプルストは気になった。幼い娘が仕事に向かう自分に向けていた表情と重なる。思えばこの広い家の中で少女の家族は祖父だけであり、その祖父もよく家を空けている。この少女もきっと寂しいのかもしれない。話し相手がいないせいで口の利き方を知らないだけで、芯から性格の悪い子ではないのだろう。今日は挨拶をしに来ただけで特に仕事もない。最後に少女の話し相手になるくらいで主家への恩を少しでも返せるのならば、それもいいなと思えた。


「うーむ…それほどにおっしゃるのであれば、よろしいですよお嬢様。30分程度なら問題はありません。私で良ければお話を伺いますよ」


わざと懐中時計を取り出して勿体つけるように言ってみると、少女の笑顔が弾けた。いくらか前まで娘もよく『一生のおねがい』と言っては話し相手をせがんできた。聞き入れた時の反応が可愛らしくてつい焦らしてしまっていた。今はあまり笑わなくなってしまった娘との、もう戻らない時間を思うと気持ちが沈む。


「ありがとう!じゃあわたくしのお部屋でお話ししましょう?」


少女がプルストの手を握り、弾むように歩き出す。使用人に触れることも音を出して歩くことも注意すべきなのだが、縋り付くように握られた小さな手を振り払うことはできなかった。





自室に到着するとアデライドは黒板を取り出した。

「それではわたくしがあなたにお願いしたいことの説明を始めます。恥ずかしながら準備不足でお聞き苦しい点もあるかとは思いますが、ご容赦いただけましたら幸いですわ」

「は、はぁ」


急に表情を引き締めたアデライドにプルストは面食らった。ワガママ少女の可愛らしいお話ではなく、事業計画の説明のようなものがはじまってしまった。


「つまり、お嬢様は公爵家の新規事業として、ノチフ病の治療法の研究と、専用病棟の設立及び医院の設備拡充を進めていきたい。第一歩としては研究員として外部のすでに実績を見せている学者に投資をし、公爵家の人材を派遣し手伝うと。それらの資金として公爵夫人のご遺産をあてたいと言うことですね」

「ご理解がはやくて助かりますわ」

「お嬢様、私は使用人ですのでそのような話し方はなさらないでください」

「あら、そう?」

アデライドがふすんと鼻を鳴らすと、先ほどまでの可愛らしい表情は見えなくなった。


「そしてその計画を進める業務を私に担えとおっしゃるのですか?」

「そうよ、公爵家の家令をつとめていたのだから、それくらいは出来るでしょう?必要なら部下もつけますわ。あと資金が余ったら他にも投資に回したいの。それもお願いしたくてよ」


ポンポンと無茶振りをしてくるアデライドにプルストは驚く。娘より幼い少女の言うこととはとても思えず恐れをも抱き始めた。


「お嬢様、なぜ私にそのようなことを話されるのですか?貴方様が私のことをよく知っているようにも見えません。それに目的も…ノチフ病の研究に大事なご遺産を使われるのはなぜですか?誰か大人に何かを言われた…ということでしょうか?もしよろしければその方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」


今度はアデライドが面食らう番になった。

7歳の子供としてはおかしいことを言っているという自覚はあったが、大人に何か吹き込まれているのではと疑われるなんて思いもしなかった。よく考えれば当たり前のことなのに、巻き戻りたてで焦りすぎていたせいで何も対策なく先走りすぎてしまった。

でも祖父が死んでしまうまであと3年しかない。治療法が間に合うとも思えない期間だ。だから祖父の生存の可能性を増やすために病院の設備も良くしていきたい。子供の彼女にはお金もないし人脈もない。無謀でも自分の思いつきを信じて今見えている機会に飛び付くしかないのだ。たぶん。


「世の中には娘が命の危機にあっても助けない父親もいるのですわ。でも貴方は違いますわ。娘のために職を辞しても惜しくない。公爵家の家令なんて民草にとってはなかなか手の届かない職でしょう?これっていやらしい言い方をしてしまえば、誰もが認める美談ではなくて?」


話を変えたアデライドにプルストは眉を寄せるが、癪に障るような言い方をしてしまったのだからしょうがないと思いながら、アデライドはやや芝居じみた仕草でひざまずく。


「わたくしは偶然そんな貴方の事情を知って胸を痛めますの。ああ、なんてかわいそうなのっとね。そして心優しいわたくしは病気をなくしたいと私財を惜しみなく注ぎ込み、貴方と共に娘さんを蝕む病気と戦うのですわ」

「…何のために?」

「もちろん可哀想な貴方の娘さんのためですわ。でもそうね。ついでに他の沢山の人たちも救ってしまうかもしれませんわね。そうなれば、そのとっても優しいご令嬢のいる公爵家の株も上がってしまうわね。お祖父様にとってもいい話になるでしょう?資金の回収ができなくてもお祖母様の遺産は私の個人資産なのだし、公爵家の懐は痛みませんしね。もちろん、貴方の娘さんの治療を最優先させていただきますわ。治療代もすべてわたくしが支払います。悪い話ではないでしょう?」


プルストが大きく息を吐き出す。


「貴方様はつまり、ご遺産を自由に使う許可を公爵閣下より得たい。ですが説得材料がないため、“動機”として私たち親子の事情を使いたい。そのための走狗として私個人を使いたい。その報酬は娘に高度な治療を施すことである。…このようにおっしゃりたいのですね?」

「まぁっ!本当に察しが良くて助かりますわ!その通りでしてよ。引き受けてくださいまして?」

先ほどまで可憐な令嬢を演じていたアデライドが勢いよく立ち上がって嬉しそうににじり寄ってくるのにプルストは辟易したような顔で答える。


「その計画には大きな穴がありますよ。公爵閣下は私を可愛い孫娘を誑かし、財産を掠め取ろうとする逆賊と捉えるでしょう。私が消されて終わりますね」

さっきまで笑っていたアデライドが泣きそうになる。

「そのようなことにはさせませんわ!貴方にはこれからわたくしの片腕になってもらうのよ」

「動機はともかく、貴方様がなさろうとしていることは素晴らしいと思いますし、私のことを考えてくださっているのは嬉しいですよ。ですが本当にそのようにお考えだとしても、公爵閣下に伝わらなくては意味がありません。私の死体が王都の川に浮かぶだけです。私に少しでも情をかけていただけるのなら諦めてください」

「そんなことには絶対させないわ!お祖父様もわかってもらうわ!」

「お嬢様、あなたでしたら今日初めて会った人間の言うことを信用できますか?…口ではなんとでも言うことが出来るんですよ」

娘の命が助かる可能性はこの少女の言う通りにする方が高いのかもしれない。だが勝算が低い賭けに乗ることはできない。所詮子供の、しかも貴族の言うことだ。いざとなれば庶民などポイと捨てられて終わりなんてよくあることだ。


「わたくしの覚悟をわかってもらえれば、信用していただけるのね…」

そう言うやアデライドは机の引き出しをひっくり返し、紙を見つけると何かを書き付け始める。

「貴方、フルネームはなんとおっしゃって?」

「シモンです。シモン・プルストともうしますが…」

「貴方右利きかしら?でしたら左手を出して下さる?指の腹を見えるようにして」

「え、ああ…はい?」

そういうと差し出されたプルストの指にペン先を突き刺した。

「いたっ、えっ、なんですか?」

「はい、血判いただきましたわ」

先ほど使っていた紙を血の出た指に押し付けてにこりと笑う。

「わたくしもえい!」

アデライドは自分の指にもペン先を刺して血を出すと、プルストの血判の横に押しつけた。


「契約魔法ってあなたご存知?」

「ああ…昔は貴族間で使用されていたと聞きますが、用途が限られる割に強制力がありすぎて今は犯罪組織などでしか使われていないというものですね。私も見たことは…お嬢様、もしや」

「ご説明ありがとう!そのもしやよ!」


嫌な予感に口元が引き攣っていくのを感じたが、アデライドには笑顔で肯定されてしまった。


「魔法があるって便利よね。貴方もそう思わなくって?」

踊るように部屋の中央に立ったアデライドの周囲にふわりと風が起こる。


「えっと契約魔法書…種別は雇用契約書になるのかしらね」

「おっ、お待ちくださいお嬢様!」

「ううんと…わたくしアデライド・ド・ヴォルテールは(以下甲という)シモン・プルスト(以下乙という)と以下の通り契約を結びますわ」

「お嬢様!待ってください!」

「本契約に定められていないあたりは王国法の定めるところに従いますわ」

「やめなさい!」

プルストはアデライドの手にした紙を取り上げてようと手を伸ばすが、ひらりとかわされてしまう。


「ええっと…甲は乙の命が奪われないように守りますわ。もし故意による事故や暴力によって乙が負傷を負ったり死亡した場合、甲も同じように負傷したり死亡したりしますわ。そして甲および乙は本契約の内容を他者に公開しません。以上ですわ!」


アデライドを取り巻くように風が吹き、契約書に公爵家の家紋が現れた。契約魔法など巻き戻り前にも使ったことはなかったので自信がなかったが、どうやらうまくいったようだ。風が吹くのはどういう意味なのかわからないが、演出としてはかっこいいなと思う。


「お嬢様…」

「わたくしの覚悟が伝わって?これで安心して雇われていただけるのではないかしら。貴方が殺されるようなことになったら、わたくしも道連れですわ!あ、こちら原本ですので、あとで複写の方をお渡ししますわね?」

アデライドはニコニコとしながら引き出しに紙をしまい鍵をかけてしまう。


「なんてことするんですか!あなたことの重大さをわかってない!いますぐ破棄してください!」

「無理よ。そんなに簡単に破棄できたら意味ないでしょう?」


プルストがその場に崩れ落ちて膝をつく。

「ああ、なんてことだ…」

「2人だけの秘密が出来たわね!これでわたくしたちは運命共同体でしてよ?これから末長くよろしくね」


真っ青になったプルストの前でアデライドがニコリと微笑んだ。

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