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Big up your chest!

「エドガー様…お兄様は虫を食べますか?」

「しらねぇけどぉ、たぶん食べねぇし。食べてんの見たことねぇもん」


「多分じゃなくて絶対食べないでしょ!」というモーリスの心の声は2人には届かない。

専門家の懸命な捜索の結果、マスミサンの同種と思しき虫が見つかった。義理堅かった彼らは、それを約束通り子供2人に見せるために、またヴァンダム侯爵家を訪れている。そこになぜかマスミサン研究チームの一員とみなされてしまったモーリスも同席している。


説明を受けるうちに、アデライドが何かを考え込むように俯いてしまい、周囲の大人が心配し始めたなか、絞り出すように言ったセリフがコレである。どういう思考をすればそんなことを言い出すのかとモーリスには疑問でしかないが、聞かれたエドガーは光る虫に夢中で既にどうでもよくなっているようだ。



本日、アデライドは遅まきながら気がついた。エドガーが次男であることに。ゲーム内の彼は嫡子であったし、兄について何も語っていなかったが、他のことについても特に何も語っていなかったのであまり参考にはならなかった。マスミさん属は一匹で成人男性を死に至らしめる毒があるらしいが、昆虫食マニアでもない彼の兄が口にするとも思えない。

やはりノチフ病だったのだろうとアデライドは結論づけた。国王といい祖父といいリール公爵令嬢といい、重要そうなキャラクターはこの病気でピンポイントに亡くなっている。本当に薬が出来て良かったと、エドガーの横顔を見ながら彼女は考えていた。




アデライドはその日の午後、出かけるという祖父の馬車に同乗していた。「アディの将来のために手続きが必要でな」とだけ祖父から言われ、訳も分からず着いてきていた。どこに行くのかと聞きたかったが、馬車の中でも部下と仕事の打ち合わせをする様を見ると言い出せず、黙って座っていた。

彼女が所在なさげにしているうちに、馬車は王宮に着いていた。巻き戻し前などにもいつも通された正面入り口ではなく、荷物の受け入れに使うような場所に馬車は横付けされた。当然のような顔をして降りていく祖父をアデライドも追うと、すぐに何故ここから入ったのかを彼女は理解した。他の貴族とも顔を合わさず、歩く距離も少なくて済む。合理的だ祖父らしいと思っているうちに、目的の部屋に着いたらしい。


「ここにサインをしてください」壮年の文官はそう言うと、机に置いた紙の空欄を指差した。祖父はこの文官が用意した書類を確認すると、さっさと仕事に向かってしまったため、ここには彼と王宮のメイドとアデライドしかいない。

何の書類なのか知らされていないアデライドは、ちゃんと読んでからサインしたかったが文官の手が絶妙に隠していて読めない。「内容を確認したいので、少し手を動かしていただけますか?」と頼むと文官は「ここにサインをしてください」と繰り返して1ミリも動かなかった。

しばらくその手を眺めて、彼女は諦めた。祖父も確認していたしサインをしても傭兵として外人部隊に売られた挙句、戦場でかっこいいポエムを読むはめにはならないだろうと。たぶん。


馬車を待たせているから用が済んだら帰ってもいいと祖父が言っていたので、元来た道を戻ろうとして彼女は気がついた。いつもと違うところから来たのでさっぱり道順を覚えていないことに。迷っているとささっと先ほどとは違う文官の青年が現れて「ご案内いたします」と微笑んだ。さすが王宮と彼について行ったアデライドは後悔した。風通しのいい中庭の東屋には先客たちがいて盛り上がっていたが、彼女の姿を見つけて一斉に口を閉ざした。


「ラファエル殿下、ヴォルテール公爵令嬢をお連れ致しました。ヴォルテール公爵令嬢、お時間までこちらでお寛ぎください」

それだけ言うと「では」と彼は去っていった。メイドたちがささっと席を用意してしまって座らざるを得ない。そこにはラファエル王子と、リール公爵令嬢と、眼鏡の人がいた。「やられた」とアデライドは己の甘さを恥じた。



ここは異世界 作戦地区名エリア王宮…戦場の最前線!

死神すらループする 呪われた迷宮(ラビリンス)

何の因果か悪役令嬢…もうNPCには戻れない、魂の脱獄者

命をかけた乙女ゲーム ありきたりな選択肢は すべて巻き戻し前に置いてきた

やぁ攻略キャラ、もう一度付き合えよ!地獄へのフラグはもう立てたぜ!


心の中で戦場ポエム(悪役令嬢ver)を読んで現実逃避するアデライドをよそに、その場の3人は以前見た時と変わらない会話をしている。王子と彼女に仲良くして欲しい派はまだ王宮内にいるらしいが、ご本人にその気はなくスルーしていただけるのはありがたくすら思える。


「ミシェルはもっと自信を持っていいわ。あなたの知識はきっと将来民の役にたつものよ」

「はわわ…そんなボクなんて…」

「ミシェル、クリスの言うことが信じられないか?」

「…いいえ!クリスは…その…すごい人だから」

「嬉しいわ!ミシェル」

「はわわ…」


この流れ前も見ましたわ。1日1回は消化しないといけないルールなら骨が折れますわね…と、アデライドは観察する。エドガーがいつも彼らは彼らだけで固まって他者を受け入れないと言っていた。リール公爵令嬢という求心力のある少女とその信奉者の集まりは、確かに外側から見るとやや特異さを帯びて見える。

だが、と彼女はラファエル王子に目を向ける。終始彼は笑っている。ゲーム内でもあまり見せなかった笑顔を、この少女が引き出せるのなら、それはとても良いことだと思う。この二人が結婚してくれれば平和なのにと、今度はクリスに目を向けてアデライドはギョッとする。エドガーが「青白いやつ」と言っていたが、今日は日陰にいるせいか顔色が青を通り越して灰色にすら見える。アデライドは思わず口を開いていた。


「リール公爵令嬢…あの…」

「なんだ、何の用だヴォルテール公爵令嬢」

ラファエルが彼女を守るように身を乗り出すが、アデライドはそれに気付かない様子で話し続ける。

「レバーを食べるといいかと思いますわ」

「…はぁ?」

アデライド以外の3人が意図がわからずやや間抜けな顔になっている。

「鉄分を取ると貧血は解消されると思いますわ。レバーが得意ではないのでしたらアサリのスープなどもよろしいかもしれませんわ。やや大衆向けかもしれませんが食べやすいレシピもありますのよ」

「はぁ…」

急に饒舌に料理の話を始めたアデライドに3人が唖然としていたとき、「お嬢!」とアデライドには聞き慣れた声が響いた。振り返ると警備の騎士と見慣れた人物が揉めている。止めようとする騎士に「だから知り合いなんだって」と言い募る彼のところにアデライドは小走りに駆け寄った。


「アランさん何をしておられますの?」

「お嬢!…ほら知り合いだろうが!」

警備の騎士はアデライドが頷いて見せると、渋々手を離して持ち場に戻っていった。

「…俺そんなに怪しいかぁ?」

落ち込んだ声を出すベルナールは正装をして不精髭も剃っている。やや姿勢は悪いが攻略対象キャラなので容姿は平均よりかなり整っているように見える。腹の立つことに。


「あなたがどうということではありませんわ。あちらに王子殿下がいらっしゃるから警戒されたのでしょう」

フーンとだけこぼすベルナールに「それで今日は王宮で何をしてらっしゃいますの?」とアデライドが再び問うと、彼はポケットをゴソゴソと弄って赤いリボンのついたメダルを取り出した。

「お前の爺さんに言われてコレを貰いに来ただけだよ。ナントカ…王国功労賞?だってさ」

彼が無造作に取り出したメダルは、王冠を被った星形のデザインで、真ん中に聖女の横顔が彫られたものだった。国が与える最も権威のある勲章のひとつだ。それをグシャっとポケットに入れようとした彼の手を、アデライドはガシッと握って止める。


「それはっ!そんなに雑に扱っていいものではありませんわ!」

「でも5等とか言ってたぞ。一番ショボい奴だろ?」

不思議そうに瞬きする彼に、アデライドは噛んで含むように説明する。

「5等でも、あなたの年齢で、それを手にできる方は、そうそうおりません!長年王国に尽くした方や、大きな貢献をした方にのみ、与えられるものですのよ!」

フーンと目を窄めてメダルを眺めた彼は「じゃあお嬢いるか?やるよコレ」とヘラっと笑った。アデライドは脛を蹴飛ばしてやりたい衝動を何とか堪えた。


「アデライド様、その方はお知り合いですか?」

ニコニコと、いつの間にか近づいてきていたリール公爵令嬢が声を掛けてきた。両隣には王子と眼鏡を引き連れている。

「ヴォルテール公爵がコソコソと何かしていると思ったが…なるほど、褒章を与えることで自らの功名を際立たせようということか。流石のやり口だな」

ラファエル王子が皮肉に笑うのを聞き、アデライドはやにわにムカっとしたが、当てこすられた本人はリール公爵令嬢を見て思わずといった感じで声を掛けた。

「お嬢ちゃん顔色悪いな…貧血かもしれないからちゃんと診てもらった方がいいぞ」

リール公爵令嬢は変わらずニコニコしているが、ミシェルだけがベルナールと彼女を交互に見て、不安げにしている。


「こちらのベルナール・アランさんはノチフ病の特効薬を作られた方ですわ。…アランさん、それはちゃんと身に着けて帰ってくださいな」

「ええ…ダサ…」と手にしたメダルを見て呟いた彼に業を煮やして、アデライドはぴょんとジャンプしてそれを奪うと「つけて差し上げますから!しゃがんでくださいまし!」と捲し立てる。


後ろからはリール公爵令嬢が「まぁ、ふふふ、アデライド様ったらお元気ですのね。それに随分、仲がよろしくて…微笑ましいわ」とクスクスと笑う声がする。貴族らしく字面だけは優しいが、チクチクと言葉の端々で刺してくるのは多分気のせいではないと思うが、今のアデライドにはどうでもいい。


意外と素直にしゃがんだベルナールはいつもの薬品の匂いはしない。その鳶色の瞳を見て、アデライドは前世で見た彼のエンディングのひとつを思い出した。


聖女とともにノチフ病の特効薬を作り多くの人を救った彼は、すぐにまた別の感染症を根絶するために遠く東の国へと旅立っていく。だがその地で研究を続けた彼もまた病を発症し、志半ばで倒れ亡くなってしまう。彼の死後、引き継がれた研究成果により薬は完成し死亡率は劇的に減る。東の国は、他国人であり、死後でもあるにもかかわらず、彼に対する深い感謝と畏敬の念を表すために勲章を与えた…という、いわゆるバッドエンドだ。


ベルナールの胸に赤いリボンと星が飾られる。あのエンディングでは生きているうちには受け取らなかった勲章がその胸にある。


「あなたがどう思うかはわかりませんが、わたくしはとてもお似合いだと思いますわ。あなたの挙げた成果で、多くの方が人生を丸ごとぜんぶ作り変えられてしまうんですのよ。亡くなるはずだった方もその周りの方も、あなたに人生を救われて、新しくやり直すのですわ。こんなに胸のすくことってそうそうないとわたくし思いますの。この先救われる何百人、何千人、何万人の、そんな無数の人々からの感謝を形にした最初のひとつです。どうか今だけでも胸を張って受け取ってくださいまし」


ゲーム内で妻を喪って歩みを止めた彼は、聖女により再び気力を取り戻しても失ったものの穴を埋められず、闇雲に走り続けて自らの命も失った。今度はそうなってほしくないとアデライドは心から思った。このひねくれた友人の人生も、どうか幸せに満ちたものに作り変えられますようにと願わずにはいられない。


膝立ちのままのベルナールが黙ってじっと見つめてきて、アデライドはふと気づく。前世の記憶に引きずられて、結構恥ずかしいことを口走ったのではないかと。誤魔化すために何か喋ろうとしたが先手を取ったのはベルナールだった。


「おじょ…いや、アデライド。俺はずっと気になっていたことがあるんだが…」

真剣な顔で名前を呼ばれて、アデライドは姿勢を正す。

「お前さ、なんで俺だけずっと”アランさん”って呼ぶんだよ」

予想もしないことを言われ「はぁ」とアデライドは気の抜けた返事をしてしまう。


「だってさ、ペリーヌはわかるぜ?でもあのノンデリマジカル野郎まで名前呼びなのに、何で俺は名字なんだよ?俺の方が先に会っただろ?ひどくねえ?」

「のんでり…まじかる…それはひょっとしてランベール先生のことですの?」

「はい出た名前呼び!ずるいだろ!絶対あいつより俺のが親しみやすいのに、なんで一線引くんだよ!他人みたいじゃねぇか!」

「他人ですわ」

アデライドは呆れ顔で、くだらないことで駄々をこねる大人から一歩距離を置いた。


「よしわかった!他人じゃなきゃいいんだろ?」

ベルナールはそう言って立ち上がると、アデライドを小脇に抱えるように持ち上げた。

「おお…重くなったなぁ」

感慨深げに呟くベルナールをよそに、アデライドは顔を赤くして暴れる。

「何をなさいますの!」

「これから俺のことはパパと呼べ」

「はぁ!?」


いよいよ訳がわからなくて唖然とするアデライドをよそに、ベルナールは機嫌良く話し続ける。

「いや〜帰ろうとしたらな、お前んちの御者がさ、お前が戻って来ねえって探してたから迎えにきたんだが…もうこのまま俺んちに持って帰ろうかなってな」

「何を言ってらっしゃいますの?!」

「今日からお前はうちの長女だ!見てろよ〜パパ頑張って稼ぐからな!」

そう言うや否や、ベルナールはアデライドを抱えたまま走り出した。「ギャッ」と悲鳴をあげたアデライドがそのまま持っていかれるのを、王子たちは呆然と眺めるしかなかった。



「なんだったんだ騒がしい」

「アデライド様には変わったお知り合いがいらっしゃいますのね」

呆れたように話しながら踵を返す二人をよそに、ミシェルだけがベルナールの走り去った方向をずっと見つめていた。

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