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マスミさんの霊圧

マスミさん(虫)のその後を聞くために、アデライドはまた大学にある研究室に来ていた。今日も前回に会った3人は揃っていたが、うち一人からは不審物を持ち込んでいないか酷く警戒されていた。

「わざわざここまでお越しいただいたのは理由があるのですが、まずはマスミサンの基本情報からお話し致します」


ランベールが『帯出禁止』と書かれた資料をドサリと机の上においた。

「専門家によりますと、マスミサンはその特徴から恐らくツチハンミョウの一種なのではないかということです。しかしあのような特徴を持つ個体は今まで発見されたことがないので、恐らく新種ではないかと」

「まぁ!では何を食べるかも分かりましたの?わたくし何か差し入れできるかしら?」

新種ということより、生態がわかったかもしれないことに喜ぶアデライドを見下ろして、ランベールが冷酷に告げる。


「もう死んでしまいましたので、お気遣いは不要です」

「まぁ…それは…残念ですわね。わたくしお墓を作りたいのですけど…」

「標本にされましたので無理ですね」

にべもなく告げられて、繰り返し「まぁ…」と漏らすアデライドはとても悲しげだった。モーリスはうっかり同情しそうになったが、虫の話題だと思い出して平静を保った。


「ここからが本題ですが、あの魔力で光るという特徴についてです。仮説ですがあれはマスミサンが体内に持っている物質を使って魔力を作っているのではないかと」

これにアデライドはまた「まぁ…」と呟いたが、先程より気持ちテンションが平坦になっていた。それに反比例するようにランベールの方は話し方に熱を帯びていった。


「私たちヒトや一部の魔獣などは魔力を持っていますが、その構造については謎が非常に多いです。そこでこのマスミサンが注目されるわけです」

資料をビシッと指し示しながら説明するランベールに対し、それを営業マンみたいだなぁと思いながら眺めるアデライドは半ば興味を失っていたが、かろうじて「まぁ…それはなぜでしょうか?」と返した。

「あの光る様子を見ればおわかりかとは思いますが、エネルギー効率がとてもいいんです」

まったくおわかりではないという顔で「まぁ…」と呟くアデライドを見かねて、モーリスたちが口を挟む。


「体内で化学反応を起こすとエネルギーが高い状態が出来るでしょう?マスミサンはそれを維持できないので、低い状態に戻すんです。その時にエネルギーを光として放出してるんじゃないかと」

「あの虫は熱くなったりしなかったですよね。それはエネルギーが熱になって失われていないということです」

寄ってたかって説明しようとする大人たちを、アデライドはぼんやりと見つめて「はぁ…」と漏らす。その目には何も写っていなかった。


「おいあれ絶対わかってないぞ」「君どういう授業をしてるのさ」「…今度ちゃんと教える」「まだ子供だぞ。わからなくてもいいだろ…虫のことだし」と大人たちが集まってごちゃごちゃと揉め始めても、アデライドは虚空を見つめていた。


「とにかくそういう事でですね。マスミサンのことは詳しいことがわかるまでは口外しないでほしいとのことです。それと見つけた場所について詳しく教えていただけないかというのが大学側からのお願いなのですが」

「ヴァンダム侯爵のお宅でいただいた薔薇の中におりましたのよ」


アデライドの答えを聞いて、モーリスは眉を顰めた。割と最近聞いた名前が出てきたなと、ランベールに視線を向けると、彼は「じゃあそちらに伺いましょうか」とか言っている。モーリスの記憶が確かなら、彼は行かない方がいい場所だ。


「君は行くな!専門家だけ行けばいいでしょ」

ランベールをアデライドから引き離して、また三人で囲む。好奇心に支配されているのか、ランベールはキョトンとしていて話にならない。「彼女は私の生徒ですから」などと言い出す始末だ。もう埒があかなくなってモーリスは短気を起こしてしまい、大いに後悔することになる。





季節は夏になろうとしている。「もう少しで二番花の見頃なのですが」と、案内する庭師は残念そうにしているが、彼らの目的はそこにはない。

「ご案内ありがとうございますわ。春もとても素敵でしたから、二番花というのもきっととても綺麗なんでしょうね」

アデライドがニコニコと返事をすると、庭師も「またぜひその頃にお越しください」と相好を崩していた。


モーリスはその様子を眺めながら、なぜ自分はここにいるのだろうかと自問していた。どうしても行くと言うランベールにイラついて、つい自分が行くと言ってしまったからなのだとわかってはいるのだけれども。自分で自分の行動の理由がわからずセルフボケツッコミ状態である。


「ここにおられましたのよ」とアデライドが指差した木は、もう花を落として青々としていた。今日の訪問の際にヴァンダム家には事情を説明したのだが、花束に虫を入れるなという苦情と受け取られてしまいそうになりアデライドはその誤解を解くのに四苦八苦していた。いまだにあまり理解されてはおらず、庭師にも困惑の色が見て取れる。


今回は昆虫の専門家二人と、モーリス、そしてアデライドとプルストというメンバーでヴァンダム侯爵家を訪れていた。専門家はひとりはバラを観察し、一人は庭師に質問している。その間モーリスとアデライドたちは特にすることもなく手持ち無沙汰になっていた。


「アデライドぉ!」と大きな声が聞こえて振り向くと、少年が全速力で走ってきて彼女の近くでビタッと止まった。

「まじお前今日なんで来てんの?聞いてねえし!」

第一声がやや失礼な少年は、剣術の訓練中だったのか簡易的な防具をつけていた。プルストの表情がやや引き攣るのを見て、モーリスは彼が噂のお相手なのだと悟った。


「そんでぇ、この前またぁ、アイツから招待状来てぇ、まじキッツ!ってなったんだけどぉ、お前んとこも来てたらぁ、まじやべぇって思ってぇ、聞きにきた!」


なにが“そんでぇ”なのか話のつながりが見えずに、アデライドは「どちらからの招待状ですの?」と問い返した。エドガーは「まじか?わかんねえの?」と眉を寄せる。


「なんか細くてぇ、青白いやつ!なんかぁ、アイツもぉ、アイツのトモダチもぉ、何言ってんのかわかんねってなってぇ、いっつもアイツらだけでしゃべっててぇ、けっこう前からぁ、アレやばくね?ってぇ、オレらなってた」

「あの…それは…リール公爵令嬢…でしょうか?」

「それ!あいつキッツい!まじで!やばい!」


言いにくそうにするアデライドに対し、エドガーは我が意を得たりとテンションを上げる。プルストの眉がまたピクリと動いた。


アデライドがプルストを見上げると、彼は首を振った。

「わたくしのところには招待状のようなものは来ておりませんわ」

少し眉を下げて首を傾げる彼女を見て、モーリスはやや気まずくなる。僕はこれを聞いていいのかなと思うが、距離を取るのもいかにも気を使った感じがしてどうかなぁと思っていると、気遣いとは無縁の大声が響いた。


「よっしゃあー!!!じゃあオレも行かねぇ!!親がぁ、お前が行くとこには行けってぇ、まじうるせえけどお、お前が行かないならぁ、オレ行かねぇし!」

「わたくしに遠慮せずにエドガー様は参加されれば…」

「遠慮じゃねえし!!ぜってぇ!!やだ!!ムリ!!キッツイ!!」


エドガーは前屈みになってブンブンと力いっぱい首を振った。あれで狂わない平衡感覚はすごいなとモーリスは眺めている。


「お前もなんかぁ、あんときヤバかったし。次来たらぁ、ぜってー断れよ!お前トロくせえってなってっからぁ、アイツら来たらぁ、オレらでなんとかしようぜってぇ、この間決めたし!」


プルストの眉間にいよいよシワが寄ったが、2人は特に気づいていない。アデライドは何度か瞳を瞬かせたあと、また眉を八の字にした。

「それは…あまりご無理をなさらないでくださいましね」

「無理とかじゃねえし!」と口を尖らせたエドガーは、「でもありがとうございます。とても嬉しいですわ」と笑顔になった彼女を見て、満足そうに胸を張った。


一部始終を見ていたモーリスは察した。恐らくリール公爵令嬢という子はヴォルテール公爵令嬢をハブにして、彼女と親しいこの男子だけを誘い分断を謀ったが、彼はそれには乗らずに彼女を守ろうとしている…ということだなと。いい子じゃないか。その調子でこの子をあの悪い大人からも守ってやってくれと勝手に過大な期待を寄せた。


「そんでぇ、きょうまじ何しに来てんの?」

つい先程までの熱さを一瞬で失い無礼を取り戻した彼に、特に戸惑うでもなくアデライドが答える。

「光る虫を探しに来ましたのよ!この間あなたにいただいた花束に入っておりましたの!」


力強いその言葉に、モーリスはずるっとズッコケそうになった。ツッコミどころが多すぎる。いくらなんでも彼も気を悪くするのでは…とハラハラとしていたが、子供たちは彼の想像の範疇にはいなかった。


「まじか!ウルトラレアだし!やばすぎ!オレも探すし!」

「でしょう!」

バイブスがぶち上がった二人を見て周囲の大人は直ちに引いたが、専門家の一人が素早く動いた。


「ヴォルテール公爵令嬢、それは我々に任せていただけますか?あの虫は毒を持っておりますので」

「毒?!やべーじゃん!かっけー!」

「少しピリピリするくらいでしょう?」

子供たちの折れない心に、しかし専門家も負けなかった。彼は悪い顔をして子供たちに対峙する。

「触ると被れて水疱ができる程度ですが、食べると死んでしまうくらいの猛毒なんです」

それを聞いてもなお「食べませんから!」「やべえ!」と騒ぐ彼らに、「見つけたら一番に見せて差し上げますよ」と言って彼は笑った。老齢に差し掛かっているように見える彼は子供の操縦も上手かった。結果としてアデライドたちは探索を諦めたが、テンションは高いままだった。


「んじゃあさぁ、アデライド。師匠んとこ行こうぜ!まじお前さぁ、ドッチ下手だし。一緒行ってぇ、教えてもらおうぜ!」

エドガー曰く、騎士団にドッジボールの上手い人がいるので教えてもらおうという提案だった。

アデライドはドッジボールに興じるうちに、自分だけスカートなので当たり判定が大きいことに気がついた。それから彼女はボールを避けるよりキャッチしに行っているのだが、なかなかうまくいかなかった。彼女には適当に当たって外野でダラダラするという選択肢はなく、そういう精神性は仲間内で評価されていた。


エドガーの提案はアデライドにも魅力的だったらしく、伺うようにプルストを見る。モーリスは「いや貴族の女の子がドッジボールってないでしょ可哀想だけど」と思っていたが、上目遣いに見上げられたプルストは、渋面をしつつも「…少しだけですよ」と許可してしまった。”甘!“と驚きつつ、モーリスは察した。ランベールがアデライドを使ってお金を引き出そうとした理由がよくわかった。


喜んだアデライドは、「こっちだし!」と案内するエドガー合わせて走り出した。貴族女子が全速力で走るのをモーリスは初めて見た。「お洋服を汚してはいけませんよ!」と叫ぶプルストの声が届いたのか届かないのか、彼女は笑顔で振り返って一度手を振ると、また走り出した。


モーリスはそれからは好奇心に取り憑かれたランベールに何を聞かれてもいいように、専門家たちとともに庭を探索しながら詳しく話を聞いた。庭師がバラを這わせる木枠に蜂の巣がついたことがあると言ったのを、専門家たちは目の色を変えて聞いている。この種の昆虫の特性として蜂に寄生して成長すると彼らは言っており、その蜂の巣からあの個体が薔薇の木にたどり着いたなら、この近辺にまだ生息しているはずだと息巻いていた。


これでランベールも満足するかなとモーリスが同僚のことを思い出していると、アデライドたちが戻ってきた。彼女は土ぼこりで汚れていて、モーリスは「あーあ」と内心こぼしながらプルストを見ると、彼は渋面を作りながらも「お怪我がなくて何よりです」とだけ言った。“激甘!“というモーリスの評価を裏付けるように「早く帰って着替えましょうね」とプルストはアデライドの背を押していた。


帰り際に、エドガーが花束をアデライドに渡した。

「今度はぁ、虫入ってないって言っててぇ、ウルトラレアでねえのってぇ、まじオレがっかりしたけどぉ、ヨユーでぇスーパーレアくらいのぉ、やばさあるからぁ、持って行けよ」

笑顔で受け取るアデライドを見て、エドガーの言い回しに慣れてきたモーリスはそれを微笑ましく思ったが、隣で苦渋を極めたような顔をするプルストを見て、ああ、苦労の種は色んなところにあるのだなぁと、今日何度目かの悟りを得ていた。


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