突撃!お宅のドッグラン
「こっちめっちゃ花咲いててぇ、いまが一番やばいっつうかぁ、庭史上最強?っぽいみたいなやつでぇ、お前来る時ちょうどそれとかまじ奇跡っぽいじゃんつってぇ、だから見せろって親が言ってた」
この日、ヴァンダム侯爵家に招かれたアデライドは、エドガーによって庭を案内されていた。
「めっちゃトゲあって触るとまじやばいからぁ、ちょい離れて見ろって言われてぇ、そんなん知ってっし!って言ったらぁ、母ちゃんまじ怒ってきてぇ、めっちゃやばかった」
この日も独特のフロウでしゃべくり続ける彼の話をアデライドは半分意識を飛ばしながら聞いていた。庭は広く見頃となった薔薇が美しく咲き誇っており、よくわからないが彼の言う通りかなと思って笑ってみせると、ロングトークにアクセルがかかった。
そんな彼女たちをやや距離を置いてプルストとポールと先方の護衛が見守っている。この状況にアデライドは既視感を覚えた。前世でよく見たそれ…二人でお話ししてきなさいと引き合わされ庭に放たれる者たちと、それを遠巻きに見守る保護者…アデライドは熟考の末、これはドッグランだと結論した。
飼い主さんがSNSで『⚪︎⚪︎ちゃんパパ』とか名乗るやつですわね分かりますわよ。などと考えながらプルストの方を見ると、彼はふるふると首を横に振った。え、わたくし直接脳内に語りかけましたかしら?しかも違うの?SNSはやらないクチかしら?と思っていると、がしりと腕を掴まれた。
「あっちにあるのがぁ、なんか新種とか言っててぇ、ガチめに珍しくてやばいってぇ、めっちゃみんなが言ってるやつでぇ、絶対すげえって話だからぁ、お前に見せたら喜ぶんじゃねって言われてぇ、だからぁ見せてやるよ」
結構な力で引っ張られてイラッとしないでもなかったが「まぁ、ありがとうございます」と言っておく。すると腕を掴んでいたエドガーの手がふと緩んだ。ホッとしたアデライドだったが、今度は手を握られて無遠慮にグイグイと引っ張られる。もうちょっと躾を入れてくださらないかしら…というドッグラン仲間への不満を、彼女は笑顔で飲み込んだ。
「これだし!母ちゃんがぁ買ってきたんだけどぉ、ガチでレアでぇ、この国ではここしかないとか言っててぇ、青い月って名前もめっちゃいいってぇ、なんか喜んでたけどぉ、オレはぁ青じゃなくて紫じゃね?って思ったからぁ、そう言ったらぁ、なんかフツーに怒られてぇ、意味わかんねぇってなった」
エドガーの指さす先に咲く薔薇は、確かにアデライドも初めて見るものだった。中心部は藤色で、その外周をフリルのように白い花弁が縁取っている。園芸に詳しくないアデライドにはどういう原理なのかはわからないが、同じ種類でも色の濃淡が違って見える。藤色のものもあれば、青みが薄くピンクに近い発色のものまであった。そんなパステルパープルとパステルピンクの薔薇たちに「ゆめかわですわ!」と彼女は心の中で喝采を送っていた。アデライドは前世からこの色味が大好きだった。
聖女祭のプレゼントにとダニエルに作ってもらったのも、パステルカラーのユニコーンだった。前世で流行った時には「自分のキャラじゃないですし」と避けていたそれが実はとてもツボだったのだ。前世の悔いを今生で晴らすのも転生ものの醍醐味のはずと、謎の免罪符を発行してお願いしたそれは、彼女のお気に入りとなっていた。
「さすが侯爵夫人のお目利きですわね。わたくしこんなに可愛らしい薔薇を見るのは初めてですわ」
「…まじで?やっぱウルトラレアだし?やっべえよな!」
素直に褒めると、エドガーはふすんと息を吐いて満足げに胸を張った。
そのとき薔薇の中で何かきらりと光るものが動くのが見えた。薔薇に埋もれて小さくチカチカと輝くものが気になって、近づいて確かめようとしたアデライドは、またエドガーにむんずと腕を掴まれた。
「あっちにはぁ、噴水があってぇ、なんか涼しいから行こうぜ!」
エドガーに力いっぱい引っ張られてアデライドはたたらを踏む。
「あのっエドガー様?もっとゆっくりと…」
「あ!!やっぱぁ、先に向こう行こうぜ!兄貴たちが今訓練の準備してっし!」
聞く耳を持たないエドガーが急に方向転換して、たまらずアデライドは「グエッ」と呻いた。今の彼女は、元気な犬に引きずられながら散歩をさせられている飼い主状態だった。
エドガーに為す術もなく引きずられて敷地中を連れ回されたアデライドは疲れ果てていた。彼が騎士という体育会系の群れに突っ込んで行くせいで、筋肉自慢達の格闘を見せられたうえに体験入隊させられそうになったり、暑くなったからと噴水に突っ込んでいくエドガーから水飛沫を浴びたりして、もう彼女の見た目はボロボロで令嬢としてのクオリティを保ってはいない。気のせいかずっと付いてくるはめになったプルストも目が死んでいる。
そのように引き摺り回した犬からは「お前さぁ、なんかフツーにトロくねぇ?まじだるい」というありがたいディスをいただいた。王子にざまぁしたくて飼い慣らそうとした犬に舐められている。アデライドは自分の心が折れる音を聞いた。
夕方になって、やっと帰れるとしょぼしょぼになったアデライドをヴァンダム家は総出で見送った。その圧に更にしょぼつくアデライドを放って、エドガーがどこかに走りだしたと思ったら何かの包みを抱えて戻ってきた。足が速いなとぼんやり見ていたアデライドは、大きな花束を顔面で受け止めることになり、また「グエッ」と呻いた。「これやるし!お前好きそうだったし、レアだからな!」と言われてよくよく見ると、青い月と呼ばれる薔薇の花束でアデライドは驚きに目を見張った。
「まぁ…わたくし…こんなに素敵なお花をいただくの初めてですわ。とても嬉しいですわエドガー様。ありがとうございます」
今日一日の苦労も重なってアデライドは心からの笑顔を向けた。躾ゼロのアホ犬と侮っていましたがちゃんと人の心がありましたのね…と染み入るものを感じながら、彼女はようやく念願の帰路についた。
「キャー!!あなた見ました?あのご令嬢の嬉しそうなお顔!あれは絶対いけますわね!うちの子すごいわ!意外とやるわね!」
エドガーの母ヨランド・ド・ヴァンダムは興奮した様子で捲し立てた。
「はぁ〜?あんなの演技に決まってるでしょ。公爵家のご令嬢だよ?花なんかめちゃくちゃ貰い慣れてるはずなのにさぁ、ワタクシ初めてですわぁ〜うれしいぃ〜だって。無理があるでしょ。あざといにも程があるって」
エドガーの姉レリアがソファで爪をいじりながら不平を漏らす。
「滅多なことを言うな。宰相閣下のお孫さんだぞ」
エドガーの父オーバンがそんな娘を嗜める。
今日のアデライドの訪問にあたって、ヴァンダム侯爵家は一家総出で出迎え見守っていた。彼女が帰ってからは反省会が、速攻で飽きてどこかに走って行ったエドガー抜きで行われている。
ヴァンダム家は騎士の家系であった。当主は強く男らしくあることを是としており、代々口数少なく威風堂々と見せることを心がけていた。長男はその通りに育ったが、エドガーは次男だからいいやと放っておいたら、四六時中ふにゃふにゃと言わなくてもいいことをしゃべくる子供になっていた。一家の不安材料である。
ヴォルテール公爵が国内に留めたがるほどに溺愛しているという孫娘が、エドガーという歩く雑音を気に入ってくれたらしいと聞いた時は、誰もが何かの間違いではないかと思った。いまこうして見ても安堵よりも不思議さが勝っている。
「だってさぁあの子変な噂あるし。ほら、なんとかいうイケメンの伯爵様を傅かせてるっての有名だけどさ。他にもいろんなところで男漁りしてるって聞いたよ。地味な見た目してよくやるよね〜」
「俺は訓練を見学しにきた時に話したが、真面目で誠実そうだったぞ。第一まだほんの子供だ。そんなことをするとは思えない」
言い足りないとばかりに話し続けるレリアに、兄エミールが嗜めるように被せるが逆効果になった。
「わかってないなぁ。あの歳でももう女子は女子なの!そうやって簡単に騙される男をああいう地味子は狙うの!絶対あれはヤバいやつだから!私はこれからも油断しないからね!」
そんなレリアに兄は閉口し、母は「なぜあの歳であんなに小姑じみて…父方の血かしら」と嘆き、父は聞こえないふりをした。
「ぶえっくしょ!」
帰りの馬車でアデライドは大きなくしゃみをしていた。
「お身体が冷えてしまいましたか?」と心配するプルストに、花粉のせいじゃないかしらと抱えたままの花束に目を落としながら答える。
「お嬢様…あの、非常に申し上げにくいのですが、今後ヴァンダム侯爵家へのご訪問はお控えになられた方が…」
モゴモゴと言いにくそうにしているプルストを見て、今日は彼も疲れたのだろうとアデライドは申し訳なくなった。「そうですわね」と答えるととても嬉しそうな顔をしたので、自分のざまぁ欲を満たすためにこんなことに付き合わせてしまい本当に悪いことをしたなと反省した。
そのとき花束からカサカサと音がして、じっと見つめると小さな何かが動いていた。それは青くキラキラと輝いて彼女の目を引いた。
「お花の中に虫さんが居ますわ」とアデライドが呟くと、プルストは「確かにあれは花に付く虫のようなものです」とブツブツと言いながら下を向いてしまった。彼のここまで疲れた様子を見るのは初めてだったので、アデライドはしばらく大人しくしていようと心に決めた。




