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攻略対象者4 Keep it real 饒舌騎士ヴァンダム

大学のほど近くにある小さなビストロは酒も料理も美味しかった。佇まいの古臭さと愛想のない店主の厳つい見た目で若い学生を遠ざけていたけれど、そこがいいと常連になる人もそれなりにいた。その“それなり”に含まれる僕たちは、いつもの席であまり質の良くない飲み方をしていた。

「とにかく、本っ当に…気色が悪い!」

絞り出すようにランベールが出した声が思いのほか大きくて、店主がちらりとこちらを見るが『なんでもないよ』というように手を振ってやれば、ふいと手元の仕事に視線を戻した。


今日大学の研究室に顔を出した年下の同期があまりに機嫌が悪そうだったので、宥めすかしていつもの店に連れ込んでみた。そしてしこたま飲ませた結果がこれだ。

「あのオッサンは気づかれないと思ってるんだろうが、視線がもう気持ちが悪い!いちいち距離が近い!なんでわざわざ触る必要がある!」

女性から付き纏われるという話はいまいちピンと来ないけど、これは心底気の毒だと思う。顔のいい人間にはこんな悩みも発生するんだなと、自分の質素な作りの顔面に初めて感謝した。


「そりゃ同情するけどさ、ある程度は愛想良くしといたほうがいいんじゃないかな?その人もヴォルテールなんだよね?」

この国にいてあの大貴族に逆らうのは得策ではない。わかりきっていることだけど口にしてみると、ランベールがへにゃっと勢いを無くして俯いた。

「そうなんだ…あいつもヴォルテールなんだ…」

なにか小声でブツブツと言い出したので、注意して耳を傾けてみると「お嬢様に少し似ているんだ…」と呟いた。


ランベールの言うお嬢様とは、彼の華やかな見た目に執着しているというヴォルテール家の娘さんだろう。十になるかならないかという年齢だと聞いていたけれど、熊みたいな軍人のおじさんに似ているのか。それは気の毒だなと思う。彼もその子も。


「そのお嬢様も扱いづらいの?」と、特に僕にとっては関心もないことだけど、話のネタにと水をむけてみると思いのほか滑らかに話し出した。

「お嬢様は何を考えているのかすごくわかりやすいが、何をしたいのかはまったくわからない。突然意味のわからないことをやり出して、自分が追い込まれて困り果てている。本当に意味がわからない」

「君は理屈で考えすぎるんだよ。子供って大体そんなものだよ?」

そういう通り一遍のこちらの感想に「あんな子供がそうそういてたまるか」と吐き返された。


彼にそこまで言わせる熊に似たお嬢様とはどんな子なのかと少し興味が湧いた。こちらも酒が回っていたのかもしれない。

「今度そのお嬢様も連れてきなよ」

「なぜ」と胡乱な目を向けてくる彼は今日は一人で家に辿り着けるだろうか。途中まで送って行こうか。

「その子も魔術を習っているんだよね?ならうちの研究室は見て損もないよ。大人しくしててくれれば文句言う人もいないって」

「そうか…」とぼんやり呟いた彼が、今日この時のことをちゃんと覚えていて実行してしまうのはもう少し先のこと。





その日熊のぬいぐるみを抱えて幸せそうに眠っていたアデライドは、朝から大挙してやってきたメイドに叩き起こされ着せ替え人形よろしく、いろんな服を試されていた。

「一体なんですの?」

「本日ヴァンダム侯爵様がご来訪されますが、ご子息様もお連れになられるそうです。お嬢様にご子息様のご対応をお願いしたいと公爵様が仰っておいでです」


元来引きこもり気質のアデライドは「なにそれめんどい」という思いが初めに来て、しばらくしてから気が付いた。あれ、もしかしてそやつは攻略対象者では?と。


ファンタジー系乙女ゲームには必修科目のように現れるキャラがいる。まず王子、そして騎士である。アデライドが前世プレイしたゲームでもご多分に漏れずしっかり両方とも登場した。


エドガー・ド・ヴァンダムは侯爵家の嫡子であり騎士でもあった。ヒロインやラファエル王子と同じ歳で、常に王子を守るように側についていた。彼の特徴について言い表すなら、『寡黙』の一言だった。

彼はとにかくセリフがない。登場しても「…」という、果たしてその表記は必要なのかという物しか残さないため「公式の怠慢」「声優への営業妨害」などとファンからは揶揄されていた。

魔獣の氾濫というゲーム中で必ず対処しなければならないイベントは彼の参加が必須であったため、他のキャラのファンから当初はブーイングが多かったが、あまりにセリフがないために「スキップしたと思ったらそもそもセリフが無かった」「公式の怠慢ではなく配慮だった」とネタにされてなんとなく許された。

巻き戻し前の記憶でも、彼は常に王子の側にいたから会う回数自体は多かった。だが執務上で必要なこと以外で彼と言葉を交わした記憶はない。そのためか彼に関する記憶はひどく朧げであった。


そんなことをつらつらと思い起こしてアデライドは益々憂鬱になった。コミュ症同士の会話は困難が多い。この間のラファエル王子のときもそうだったが、積極的に会話を続けようという意思が双方にないと場の空気が地獄になりやすい。今日も地獄めぐりとなりますのね…とアデライドはしたくもない覚悟をした。


アデライドはエドガーと形式通りの挨拶をし、天気がいいからと庭に用意されたテーブルに案内した。お茶をしながら会話を楽しまれてはいかが?という使用人たちの配慮らしい。これに対して、どうやってなんの話を続けようかとアデライドは脳内でシミュレーションしながらこの席に臨んだが、それらのはかりごとは全て吹き飛ぶことになった。


「そんでぇ、そんときにオレがぁ、兄貴にぃ、それってヤバくねって言ったんだけどぉ、兄貴はぁ、ハァってだけ言ってぇ、全然聞いてねーじゃんって思ってぇ、そんときまじムカつくって思ったんだけどぉ、後から兄貴がぁ、あれやっぱヤバかったって言ってきてぇ、だからぁオレも前にそう言ったじゃんって思ったからぁ、そう言ったらぁ、そんとき聞いてたし返事したって兄貴は言っててぇ、あんときのハァっていうの返事だったのかよって思ってぇ、それじゃわかんねーよって、オレ思った」


席についてからずっとこの調子で彼は話し続けている。ちなみに先の一節は『彼の兄は口数が少なすぎて意思の疎通が難しい』という内容だ。お前がいうなと言いたいところだが、それは出来ない。何故ならアデライドのターンがまわってこないからだ。


「だからぁ、もっとなんか言えよって思うんだけどぉ、親父もなんも言わなくてぇ、オレだけ喋ってんじゃんみたくなってぇ、じゃあ黙ろって思ったらぁ、すっごいシーンってなってぇ、まじやばいくらいシーンってなってんの。したらぁ、母ちゃんと姉ちゃんが来てぇ、まじここお葬式じゃんって言ってきてぇ、まじそれってなってぇ、そんとき姉ちゃんがブワーッて喋ってくるからぁ、兄貴がうるせってなってぇ、したら母ちゃんももっとブワーッていってぇ、オレやべぇって思ったからぁ…あ、ありがとございます」


メイドが気を使って飲み物を紅茶からレモネードに交換していった。それを素早く口に含んで、また彼の独壇場がはじまった。アデライドは少し気が遠くなったが、たまにハァとかフゥンとか相槌を打つだけで済んでしまうこの状況はちょっと楽かなとこの時は思っていた。


「お前もまじあんまり話さないっぽいけどなに?オレばっか話すのだるいんだけど」


急にこちらに水を向けたと思ったら、冷や水をかけるようなディスだった。アデライドは内心憤った。「あなたがめちゃくちゃ喋りやがるせいでしてよ!」と言いかけて口を結んだ。

これは利用できるかもしれないと咄嗟に思いついたのだ。将来王子の側近となるであろう彼が、もしこのまま超絶しゃべくり野郎として成長してしまったらと。王子も今の彼女のように無限べしゃり地獄に晒された後にディスられたりするとしたら、それは小さいが立派なざまぁといえるのではないかと。


そのとき彼女の脳内にライブ会場が出現し、乗りこなす者の登場を予期していたかのように複雑なビートが響き始めた。


『このままこいつを維持してぶつける 小さなざまぁを積み上げ捧げる

ちりつもざまぁ 王子をざまぁ 廃嫡追放処刑はやりすぎ

テンプレコンプラ秤にかけて 悪役令嬢ソウルは遵法 メンタル減退 王子も限界 

わたくしチーター公爵令嬢 またやっちゃいましたか?復讐完了』


オーディエンス(脳内)は興奮のまま腕を振り上げる。悪役令嬢が魂を削って作り上げたリリックに対するリスペクトがそこには溢れていた。今や会場(脳内)のボルテージは最高潮に達し、その渦は彼女を突き動かす力となった。


「勝ち筋が見えましたわ!」魂のライブ会場から帰還したhip-hop令嬢は快哉をあげた。すべて彼女の心の中で行われたことなので傍目にはただの挙動不審な女子でしかないが、新たな決意に彼女の瞳はきらめいていた。

もしこの場に彼女の心が読める者がいたら「それはざまぁというより、ただの嫌がらせでは?」とツッコミを入れたかもしれないが、幸か不幸かそういった者はいなかった。


ざまぁの遂行は巻き戻った時点では彼女の悲願であったが、機会に恵まれずにいるうちに「まだ何もしてない相手に対してそれはどうなの?逆にこちらが捕まらない?」という至極常識的な発想が出てきてしまい、本来は小心者である彼女は悩み続けていた。それならば無理のない範囲でコツコツと小さなざまぁを積み重ねようと彼女はいま決心したのだ。


「思わずあなたのお話に聞き入ってしまいましたの。よろしければ続きを話していただけないかしら?」


にっこり笑ってそういってみせると、悪い気はしなかったのか彼はまた話し始めた。

目的は不純であったが、巻き戻ってから2年が過ぎたこの日、アデライドに初めて同い年の友人が出来た。


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