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次期公爵

シャルル・ド・ヴォルテールを乗せた馬車は帰省への道を特に急ぐことなく進んでいた。

数週間前に父レオポルドから「夜会をやるので帰ってこい」という手紙をよこされた彼は、不承不承仕事を片付けて車中の人となった。もう開始時刻を幾らか過ぎていたが、この街の日の入り時刻はもう少し先であったので、まだ明るさの残る道を馬車はゆっくりと進んだ。


数年ぶりにくぐった実家の門で使用人たちの案内を断り一人ゆるりと中に入る。喧騒を感じさせるホールから離れた静かな廊下で、目を引く容姿の青年がメイドに何やら話しかけている。

「お嬢様は泣き疲れて眠ってしまわれましたので…ええ、あとはお願いします」

やや低音だがよく通る声をしているせいでハッキリと内容が聞き取れた。青年は用が終わったのかこちらにくるりと振り返り、それに合わせて伸ばした銀の髪とそれを括っている濃い赤茶のリボンが揺れる。公爵家の色であるボルドーは青年の髪色とマッチせずに浮いた印象を与えた。


なるほど、とシャルルは自分の知る情報と答え合わせをして、こいつが姪の飼い猫かと得心する。首輪代わりの目印まで付けられているとは大した執着ぶりだ。


「やぁ、君も招待客かな?」

素知らぬふりでニコリと笑って話しかけると青年も薄く笑って答えた。

「はい、ランベール・ド・ロワイエと申します。お初にお目にかかります…閣下」

話しながら青年の視線がこちらの襟章やメダルバーをうろつく。身に付けたものから探ろうとしたが断念したらしく、ご大層な呼び方を選ばせてしまった。

「ははっ。そんな大仰な呼び方はやめてくれ。シャルル・ド・ヴォルテールだ。宰相閣下の不肖の息子さ。シャルルと呼んでくれ。よろしく頼むよロワイエ卿」

「では私もランベールと。シャルル殿」


そう言ってまた青年は儀礼的な笑みを浮かべた。二十歳そこそこなのか、白皙の肌には一切のくすみもなく希少な紫の瞳を引き立てていた。握手のために手を差し出すと握り返してきたのは細く長い指で、細部まで女に好かれそうな作りをしているのだなとシャルルは妙なところで感心した。


「私はこの通り無骨な軍人だろう?実を言うと今回の集まりの意味もよくわからなくてね。だから久々に姪と会う口実として来たんだが…どうやら今夜は叶わないかな」

肩をすくめてさも残念だという顔をしてやると、青年の表情が曇るのがわかる。幼い飼い主の話題をその親族から振られるのは気まずいのだろう。

「少しトラブルがありまして…アデライドお嬢様は部屋でお休みです」


シャルルの知る姪という生き物は、赤子でもないのに人見知りをしては泣き叫んでいた。母と同じ顔をした幼児のその有様は、いっそ不気味に彼の目には映った。忠実な僕ともなれば、そういうものもトラブルと表すのだろうか。「それは心配だな」というお為ごかしの前置きの後、本題を切り出す。

「なんなら君が話し相手になってくれないか?私はこちらにはあまり知り合いが居なくてね。そうしてくれると嬉しいが」

瞬間、青年は顔を強張らせたがすぐに持ち直して「私でよろしければ」と答えた。男相手に営業はしないのか飼い主は絞るタイプなのかは知らないが、分別があって素晴らしいことだとシャルルは内心で笑った。


ホールに入るとシャルルの白い軍服は目立つためかいくらかの人間から挨拶を受けたが、早々に引き上げ約束通り会場の隅に青年と並んで配られたグラスを傾けた。

「では今日ヴィントミューレンからこちらへ着かれたのですか」

「仕事に手間取ってね。出発がギリギリになってしまった。こう見えてそこそこの役職を貰っているからね」

はぁ、と青年が相槌を打つ。なんと返事をするべきか思いつかない程度には興味がないらしい。

「君は魔術師だったかな。ロワイエ家はその方面の優秀さでは有名だったか…軍務に就いたことはないのか?」

「代々研究を好む家系なんです。私も魔獣の討伐には参加しておりますが、軍での経験はありません」

ご期待に添えず申し訳ありませんと続ける顔には、申し訳なさのかけらも見受けられない。

ここにきて何故か魔術師らしい超然とした態度で突き放されている。この猫の機嫌を損ねる何かが自分にあるのかと思うと、シャルルはもっと足を踏み込んでやりたくなった。


「シュヴァペリンの現状を知っているか?」

急に話題を変えてやると「おおよそは」と簡潔な言葉が返される。

「あそこは今は連邦だとか言っているが、まだ中では揉めていてね」

シュヴァペリン連邦は大小いくつかの領邦国家が集まって構成されている。言語を同じくしていたがそれぞれの独立意識が強いため、今まではひとつの国としては機能していなかった。

「あれを本格的に併合しようという動きがある。戦争が始まるぞ。北側と南側に割れて争うことになるだろうが、北が勝つと私は思うよ」

「そうですか」とだけ返事をする青年の関心の薄さは、戦争に対してかシャルルへのものか。淡白な返事からはどちらとも判断できないが、気にせずに話を続ける。


「ケンプフェンでこの間市民による暴動があったんだが、その時のゴタゴタであちらの秘蔵の銃が流出してね。それを偶然目にする機会があったんだが…」

ケンプフェン王国は北側のリーダー格で、シュヴァペリン併合を目指す急先鋒だ。魔法ではなく工業力によって近年目覚ましい発展を遂げていた。

「あれはすごいな。射程距離もあるが構造が画期的だ。こちらが弾を込めている間に向こうは何発も撃てる。戦争のあり方を変えてくるぞ」

「それは恐ろしいものではないのですか?」

青年の目が嫌悪を表してこちらを向く。そうか軍人が嫌いかと気が付いて、シャルルはますます興が乗る。


「恐ろしいよ。今までならばすぐ弾を打ち尽くす便利なオモチャで済んだが、奴らは鉄道も作っている。あれで大量に人と弾薬を運ぼうという算段だろうからな。そこで君に質問があるが…」

一旦言葉を切って、わざと自分よりやや低いところにある青年の目を覗き込む。

「魔術師として君ならどうする?今までにない武器を携えた大量の兵士に、この国は魔法でどう対抗するのかな?」

青年はもう表情を取り繕わなかった。魔術師としてのプライドもあるのだろう。

「それを軍属でもない私に聞いてどうするのですか?」

今日初めて強い感情を乗せた紫の瞳がこちらを睨みつける。苛立ちにギラつく様も美しい。こいつが女ならもっと楽しかったと惜しくなったことで、それが似ていないと思っていた姪との共通点であることに気付く。獲物の好みだけは同じくしていたのかと。

「妙なことを聞いて悪かったよ。どうも私は心配性なようでね…君たちがいればこの国は安泰だろう。今まで通りね」

姪のことは任せたよと青年の肩に手を置くと、あからさまに身体を硬くするのが手の平から伝わってきた。本当に姪の嗜好だけは評価できるなと、シャルルは後ろ髪を引かれるような思いでその場を去った。




夜会が終わった後、シャルルは公爵の執務室に呼び出されていた。

「もう帰るのか?アディに会っていないだろうに」

窓から見える夜の街は、この国特有の魔術師の作った明かりとガス灯のそれが混じってまだらに輝いている。

「急だったから仕事が残ってるんだ。帰ってこれただけマシだと思ってくれ」

「あの子に会わなければ意味がないだろう」

父レオポルドが憮然とする。孫びいきだとは思っていたがここまで重症化していたとはと、シャルルはうんざりとする。

「今のあの子はお前が会ったときとは違うぞ。この間などな…」

そこから孫自慢が始まったが、シャルルにはすべて信じ難い内容だった。この親父耄碌したかと深刻に危惧する。


「あの子が作った新薬で庶民からの支持が得られるからな。市民派議員とかいう小煩い連中もしばらく黙るだろう。アルドワン近辺の議員も取り込めたから次の議会の過半数は掌握できる。しばらくは連中の出す無駄な議案に付き合わされずに済むぞ」

先ほどの話が真実ならば、可愛い孫の手柄を奪ってこの対応である。シャルルは呆れ果てるが、元々親父とはこういう爺だったと思い直す。


「あの子がこのまま成長すれば次代の公爵家は安泰だな」

満足げに笑うレオポルドにシャルルは引っ掛かりを覚えた。父はただの爺ではなく、恐ろしい狸爺であった。もしかして、という思いつきに彼の腹の底に怒りが生まれる。こいつはあの姪を次期公爵にと考えていないか、そう考え始めると、その可能性をシャルルは否定できなかった。

この国では男子の長子相続が原則としてある。だが時代は変わる。ルールを捻じ曲げる力を持つ爺でもある。シャルルの兄がその継承権を無かったものとされているように、姪がこの爺のお眼鏡に叶う能力を本当に持っているのなら、迷わずそれをやるであろう。


冗談ではないとシャルルは心中で憤る。それは彼の人生設計のすべてを狂わせるものだ。早急に考えなければならないことができた、と彼は足早に帰路に着いた。

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