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7歳からのハローワールド

「婚約破棄!悪役令嬢!前世の記憶!ときたら!そこからチートで逆転が定石ではなくって?!なぜ即、獄中死!?チートはどこへ行ったの?迷子かしらぁ!」


ベッドの上で髪をかき乱しながら雄叫びを上げるのは時間の巻き戻ったアデライド・ド・ヴォルテール公爵令嬢である。窓の外では美しく手入れされた庭木の新緑が朝日を受けて輝き、鳥が歌うように鳴いている。


「チピチピうるさくってよ鳥!バカにしているの!?チートチート鳴きやがってってことかしら!?」


まったくの言いがかりに鳥たちが飛び去っていくのを見て、ふん!と鼻を鳴らす。


「コンフォート王国暦889年花の月…ね」

ベッドから降りて机に置かれた日記帳を手に取る。字の練習も兼ねて幼い時から毎日日記を書いていた。子供時代からくたびれるほど使い込んだはずの日記帳であったが、今手にしたそれは真新しく一番新しいページの日付は断罪されたパーティから11年前の日付になっている。ページを捲る自身の手もそれを裏付けるように小さく柔らかい。


「ふーん…あっさり死んだのは腹が立つけれど、記憶を持ったまま7歳からやり直しっていうのはなかなかいいのではないかしら?これからチートでザマァをすればいいということね?わかりましてよ!神の計らいか何か知りませんけれども、まぁよくある展開ってやつですわね!理解の早いわたくしに感謝しなさい!おーっほっほ!」


気持ちよく高笑いをしているとドアをコンコンとノックする音が聞こえる。返事をすれば幼いときに世話になったメイドが顔を覗かせる。


「おはようございますお嬢様、お目覚めですか?あの…何か大きな声が聞こえたような気がするのですが…」


「鳥の声ではなくて?今日は特に美しく鳴いているわね」

「はぁ…そうでしょうか…そろそろ朝食ですからお召し替えをいたしましょうか」

「そうねお願いするわ」


ニコリと笑って答えるアデライドにメイドが訝しげに眉根を寄せるが、すぐ切り替えたように朝の支度に取り掛かった。




「お祖父様。おはようございます」

「おお、おはようアディ」


朝食の席には祖父だけがいた。アデライドの祖母は記憶に残るより前に亡くなっており、食卓を共にする家族は祖父のみであるが、忙しい彼は席を外すことも多くひとりの食事が多い。長身で恰幅も良くいわゆる強面の祖父だが、孫娘を見ると鋭い目元は垂れ下がり猫撫で声で相好を崩す。アデライドを安心させてくれる唯一の家族だった。


現在のヴォルテール公爵はこの祖父レオポルド・ド・ヴォルテールである。ヴォルテール公爵家はコンフォート王国の建国以前から存在する歴史のある貴族家である。多大な魔力を誇る血筋として大陸にその名を誇る家柄であり、各国の王家からも結婚して縁を結ぶ相手として度々選ばれている。祖母は近隣にある老大国の王族であり、祖父の妹は北の王朝に嫁いでいる。アデライドの父はこの祖父の実子で長男であるが、歴史の浅い伯爵家の妻を迎えたせいで後継者とみなされず、公爵領で妻とアデライドの双子の兄であるアベルと共に暮らしている。王都の邸宅で暮らしているのはアデライドと祖父のみである。


宰相として国内外に多大な影響力を発揮している祖父は、アデライドにとっては叔父である次男を次期公爵とするために動いている。叔父は友好国の軍に所属しており、そこで順調に頭角を表し将軍位を与えられるまでに出世する。これだけの地位を得れば公爵家を継ぐものとして相応しい家格の妻を迎えることができると祖父がほっとしたように話しているのを巻き戻し前のアデライドは聞いていた。コンフォート王国は王侯貴族の持つ強大な魔法の力を誇って成り立つ国家であるので、近隣国よりもさらに血筋を絶対としている。男子の長子相続が原則であることもあり、この国で次男に爵位を継がせるためには色々と箔をつける必要があるようだ。


ではなぜ、あまり血筋がよろしく無いとされるアデライドがここにいるのかというと、それは膨大な魔力を持って生まれたからである。この国の価値観としては劣った血が入っている“混ざりもの”と揶揄されるが、魔力が多いということがそれを覆している。序列は低いが、公爵家と親戚関係にある周辺国の王位継承権すら認められてしまったあたり、魔力こそパワーである。


「今日もアディは可愛らしいなぁ。将来はおばあさま似のとびきりの美人になるぞ」

「まぁお祖父様ったら」


祖母に見た目が似ていることも、アデライドが祖父のそばに置かれる理由のひとつかもしれない。黒髪と黒い瞳だけでなく、顔つきまでもが似ているらしい。巻き戻し前の時も祖父はアデライドを可愛がってくれていたが、彼は叔父に爵位を渡す前に伝染病で亡くなった。病は国の有力者の命を次々に奪い、混乱の中で長男である父が公爵となってしまった。公爵位を継いだ父はずっと離れて暮らしていた娘を愛することはなかった。父は自分を見放した祖父を憎んでおり、その祖父が手元に置いた娘にもまた憎しみを向けたのだった。


巻き戻し前にあっさり獄中死したのも、そもそも公爵令嬢であるのに牢獄にぶち込まれてしまったのも、父がアデライドを守るつもりがまるでなかったからだろう。だからこの先生き残るためにすべきことの第一歩は、実の父に公爵位を継がせないことだ。そのためにも祖父を死なせてはならない。絶対に。


「お祖父様。わたくしお願いがあるんですの」

「おおなんだい?なんでも言ってごらん?」

「わたくしね、お祖母様の残してくださった信託財産を使いたいの!出来れば全額!」


しばしの沈黙、朝食のスープも冷えてしまいそうな時間の後、絞り出すようにレオポルドが答える。


「・・・うん?うむ、そのそれはアディが大人になったら使えるようにしてあるんだが…何か欲しいものがあるならわしが買ってやるぞ。ぬいぐるみでもドレスでもなんでも言いなさい」

「いいえ!今すぐ!チートとざまぁのためにドカンと使いたいのですわ!」

「は?チート?ザマァ?ドカン?」

「はい!この公爵家を末長く安泰に存続させるために投資したいのですわ!」

「ん?うむ?」


体も大きくやや厳しい顔つきのレオポルドだが、孫娘を見つめてポカンと口を開ける顔は間が抜けていて不思議と可愛らしく見える。前の人生ではこんな顔は見たことがなかったことにアデライドは気づき笑みを深めた。





「おじいさまはな、アディが我が公爵家のことを考えてくれるのは嬉しい。とても嬉しく思うぞ。だがお前はまだ小さな子供なのだから、まずは自分のことを考えなさい。これから立派な淑女になることがお前のなすべきことなんだ。家のことを考えるのはその後でいいんだぞ。お前は賢い子だからわかってくれるだろう?」


朝食の席では気持ちばかりから回ってしまい、説得は失敗してしまった。祖父からは優しく噛んで含むように諭され、信託財産をいますぐ受け取りたいという希望は却下された。

前回の時間軸では遺産を使う前に死んでしまったので、今度は早いうちにパァッと使いたいという考えが理解されないのは当然ではあるし、7歳の孫娘を想ったまったくもって正しい主張だったために何も言い返すことができなかった。


祖父が亡くなるのは今から3年後、アデライドが10歳の時である。ノチフ病と呼ばれる伝染病は、今も大陸中の国々で流行を繰り返しており、3年後にこの国で起こる大流行の際に祖父の頑強な体を瞬く間に弱らせてしまう。この病は聖女によって見出された医学者によって治療法が確立されるが、それは今から10年近く後のことであるからこのまま指を咥えて待っていては祖父の命を救うことが出来ない。


祖父の命を奪い、忌々しくも断罪の原因となった聖女に功績を与えたこの病をアデライドは早急に消し去りたい。そのためにそこそこの額の金が欲しかった。


聖女が見つけて後援した医学者はゲームの攻略対象であった。長年この流行病を研究をしていたが数年前に妻を亡くしてしまい、落ち込み疲れた男の心を聖女は前向きに変えていく。やさぐれオジサン好きの女子という層を狙ったキャラクターである。

アデライドは考える。不快。自分の娘みたいな年齢の女子にヨシヨシされて糟糠の妻を忘れるオジサン。非常に不快。だが彼の居場所だけは巻き戻し前の知識でわかっているし今から研究を支援してやればなんとかなるかもしれない。悪役令嬢のアデライドには、傷ついたオジサンの心を癒して奮起させ、ついでに都合よく治療法のヒントを与えるヒロイン力は無い。残念ながらどこを探しても出てこない。でも祖父を亡くしたくはないし時間もない。ここで平民の聖女になく貴族の彼女にあるものといえば資金力しかない。だから現ナマでぶっ叩いてなんとかしたい。だがいま動かせる金がなければすべてが成り立たない。


「お金がなくってよ…チートを狙う転生者なら病気も自分で治せということかしら?前世は普通の会社員で医学の知識など微塵もないわ。やっぱりお祖父様を説得してお金を用意しないとダメね。さっきはきっとプレゼンの仕方が良くなかったのだわ。稟議を通すには切り口から考え直さなきゃ…」


ぶつぶつ呟きながら廊下を歩いていると2人の若いメイドが話し込んでいるのが聞こえてきた。


「えっプルストさん辞めてしまうんですか?!」

「そうなの。今みんなに挨拶して回っているらしいの」

「なんでですかぁ?家令の人の中で一番話しやすかったのにぃ」

「なんでも娘さんがね…ノチフ病にかかったそうなの…奥様の忘形見の子だから最期までなるべく一緒にいたいって」

「ああ…それはお気の毒に…」


大流行の前からもこの病に罹る人はそれなりの数存在した。治療法もなかったため、患者は空気の綺麗な場所で静養するのが一般的で、そのまま亡くなることが多かった。気の毒な、だけどよくある、どうしようも出来ない悲劇。昨日までならそう考えて素通りしていたところだったが、いまは良くない思いつきが彼女の足を止めた。


「ちょっとあなたたち!」

突然声をかけられメイドたちがびくりとする。

「お嬢様!?どうされましたか?」

「あっあのお仕事をサボっていたわけではないですぅ」

「そんなことはどうでもよくってよ!そのプルストという人は今どこにいて?」

「先ほどは洗濯室の近くで見かけましたが…」

少し年嵩の方のメイドが答えるや否や、アデライドは走り出していた。

「お嬢様ぁ!廊下を走られては危ないですよぉ~」

「聞こえてなさそうよあれは」

廊下を全力疾走していくアデライドをメイドたちは呆然と見送った。




シモン・プルストはヴォルテール公爵家に仕える家令の1人だった。彼の父も同じ仕事をしており、亡くした妻は公爵家のメイドだった。人生の大半を公爵家で過ごし、公爵家のために生きてきたが、一人娘がノチフ病になったと知り退職を決めた。貯金の額はそこまで多くなかったが、娘の先が長くはないことを考えれば十分だと思えた。ありがたいことに、事情を話した公爵家からは退職金と共に王都の郊外にある療養所を紹介された。今日、退職の挨拶が済んだらこれから娘と共にそこに向かい、家族での最後のひと時を穏やかに過ごそうと思っていた。


不意にドドドという音が近づいてきたと思ったら、小さな影が廊下の角から飛び込んできてプルストの横を走り抜けていった、と思ったらまた戻ってきて急停止した。

「ちょっとそこのあなた!プルストさんでよろしくって?」

「は、はい。私がプルストですが…何か御用でしょうかお嬢様」

これから先、長くプルストを振り回す事になる少女はやや下品なくらい胸を張って答えた。


「事情は聞いたわ!あなた、わたくしのために利用されなさい!」

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