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伯爵領セキュリティガバナンス

翌朝、再び宿泊させてくれた老夫婦に礼を告げ、アデライドはロワイエとニコラと共に領都を目指した。


領都に向かう道をアデライドとプルストは馬車で、護衛のポールは馬車の横を馬で随伴している。そしてロワイエとニコラもそれぞれ騎馬で先導していた。


「なぁ、あの子連れて行ってどうするんだよ。公爵家の人にうちの内情がバレちまうだろ」

「断れないだろ。公爵令嬢のお願いだぞ」

少し近寄ってこそっと話しかけてくるニコラにロワイエがそっけなく答える。

「そもそもなんで連れてくるんだよ~」

「またそれかうるさいな。お前だって森では彼女を便利に使っていただろう」

「お?ばれちゃいましたか?」

ヒヒとニコラが笑う。


森の爺さん達は頼りになるが頑固で自分たちのルールから逸れたことはしたがらないので、いつもニコラもロワイエも苦労をしていたが、今回は比較的楽だった。

「”アディちゃん“の言うことなら大目に見てくれるもんね~助かるよなぁ」

「大体なんでそんなことになっているんだ」

目を離した隙に教え子が爺さん達のアイドルになっていたのを思い出す。今日も出発の際に「アディちゃんはここの子にするで、坊ちゃん達だけで行けばええに」などと言われた。


「俺あの子には”孫力(まごりょく)“みたいなのを感じるんだよね」

ニコラが顎に手を当てて話し出したのを見て、ロワイエはウンザリした。こいつの嫌な癖が出たと。

「あの可愛くなくはないんだけど絶妙に地味っぽ~い見た目とか、田舎の爺さんの目には優しいんだよ。いまどきの子っぽさがなくて親しみやすい。それで爺さん達の話を嫌がらずに聞く。『まぁすごいですわぁ』とか合いの手入れちゃう。そしたらもう爺さんどもは有頂天だよ」

とうとうと話し始める。こうなるとこいつも話が長い。

「爺さん達の褒めて欲しいポイントを的確についてくるんだけど、わざとじゃないんだよね。天然だよ。だから嫌味がない。それでいて育ちの良さがあって上品。でも気さくに『アディと呼んでくださいまし』だもん。これはもう理想の孫だよ」


従兄弟のこの分析癖みたいなところがロワイエは昔から苦手だった。

2人は同い年の生まれだったため、叔父がロワイエの協調性の無さなど性格面の問題に危機感を覚えて全寮制の寄宿学校に彼を入学させた時、ついでとばかりに自分の息子も一緒に行かせた。その事をいまだに恨まれていて「お前のせいで俺まであそこに収監された」と言われている。ロワイエからすればこの従兄弟も十分に癖のある性格をしていたが、自分のことは分析しないらしい。

そんな話に適当に耳を傾けつつ、やや急ぎ足で向かった領都に着いたときには夕方になっていた。ロワイエ達を出迎えた叔父は、彼としては突如現れた公爵家のご令嬢に度肝を抜かれていた。


ロワイエの叔父であるイニャス・クノーはロワイエ伯爵家の次男としてこの世に生を受けた。代々魔術オタクの美丈夫が当主というやや変わった家を、兄が夭折した後に継ごうとは露とも思わなかった。アッシュグレーの髪と瞳を持ち、容姿も魔法も人よりやや恵まれていたが、あくまで“やや”である。甥っ子と比べると差は顕著であった。

その甥っ子が連れてきたご令嬢が侍従を引き連れ応接室の椅子にちょこんと腰をかけている。これから家の話をしようというのに席を外す気も、外させる気もないらしい。どうせ小さい子だし理解しないだろうと割り切ってイニャスは話し出した。


「結論から言うと、アルドワンの領主からうちの領民は静かの森に立ち入らないようにせよという通達があった」

「は?!なんだよそれ?まじ?」

「まぁ…なんてこと」

リアクションをくれたのは息子とご令嬢だけで、肝心の甥っ子はいつも通りのすまし顔だった。


「ランベールわかっているのか?これは大事だぞ!」

「わかってるし予想はしていた」

「まぁ!そうなんですの?」

ご令嬢に先に反応されてしまい、イニャスは言いかけた言葉を飲み込む。

「森の中に罠が仕掛けてありました。対人用の」

「まぁなんて恐ろしい…先生、お怪我はありませんのね?」

「ええ、見つけたものはすべて潰してきましたし問題ありませんよ」

「そうなんですのね…でもなぜそんなものがあるのかしら?」

ことごとくご令嬢に反応を先取りされて口をパクパクさせる父を、ニコラが生暖かい目で見守っていた。

「わかりませんが、人に森へ入ってほしくない連中がいることは確かですね」

「それはアルドワン様方のご意志なのかしら?」

「わかりません。再三言っても会ってももらえませんしね」

ふぅと息を吐きながらロワイエが呟くと、イニャスとニコラの表情も暗くなった。


沈んでしまった雰囲気に焦ってアデライドがなんとか打開策を捻り出そうとする。

「そうですわ、王領であるならば王太子殿下にご相談してみては?」

「以前にそれも考えて書状で奏上してみましたが、ご返信にはアルドワンに一任してあるとだけ書かれていました」

むしろ侯爵を飛び越えて王家に物申してしまったことでお怒りを買ってしまったようですと、ロワイエが皮肉げに唇を歪ませた。わたくしに思いつくようなことはもうやり尽くしているということですわね…とアデライドは気まずくなる。


「お前がどっかの偉い女の人に取り入ってこいよ!もうそのツラくらいしか使えるものないじゃん!」

「王太子殿下にもの言える女性なんて王妃様くらいのものだろう」

「じゃあそこ狙えよ!」

「お前ら不敬だぞ!子供の前で何言ってるんだ」

「じゃあ親父はなんか考えあるのか?」

「…王妃様ではなく、王太子妃様にいくとか…」

「もっとやばいじゃん!」

もはや親族会議は水掛け論の浴びせ合いの場になってしまった。


ゲーム内で静かの森から魔獣が大量発生した原因が、今日この日の決定を覆せなかったからだとしたら非常にまずいとアデライドは思うが、打開策がまったくもって浮かばない。うーんと頭を捻っていると、後ろに立っていたプルストが声をかけてきた。

「アデライド様。静かの森は王領ですから、当然王太子殿下にも管理の責任は生じます」

いまさらわかりきったこと復習のように繰り返して言う意図が分からず、アデライドは取り敢えず頷いてみせる。

「このことを公爵閣下がお聞きになったら、どう思われますでしょうか」

ああ、とそこまで言われてアデライドは理解した。祖父の性格を彼女もプルストもよく知っている。


現公爵レオポルドは宰相として権勢を振るうが、その性状はなんというかドSそのものだった。他人を嘲り小突き回して怒らせて、そこで隙を見せたら容赦なく付け込む。自分のやったことには触れず、まるで100%相手が悪いように仕立て上げる。その力加減が絶妙に上手く、国単位でそれをやられて戦争に持ち込まれて支配された地域もある。敵に回せば恐ろしく、この国を大陸内の強国として押し上げる手腕は素晴らしい。

当然恨みも買いやすいが、その処理にも長けているため今の所問題は起きていない。巻き戻し前のこの国では、祖父亡き後に彼が諸国に蒔いた恨みの種を捌ききれずに大変苦労していた。

それはその時のお偉方が無能だったせいか、はたまた王侯貴族の偉いおじさん達だけで政治を行う時代が終わったからか、アデライドにはわからないが。


王太子殿下は祖父と度々衝突している。祖父からすれば『イジりたいやつリスト』の上の方に載っており、足元を掬える機会があれば利用したいだろう。

「お祖父様がこの事を知ったら、どうなさるかしらね?」

「おそらく、王太子殿下と御会談の場を持たれるのではないかと」

ロワイエ伯爵家とアルドワン侯爵家ではなく、そこを飛び越えてヴォルテール公爵と王太子殿下とでお話し合いをして貰えばいい。


「そのためにはお祖父様にどうやってお話を持ちかけるかですけれども…」

祖父に動いてもらうためのきっかけはどうしようかと考える。孫の目から見ても情や正義感を信じて動く人ではない。ロワイエ達に視線を移すと誰を籠絡すべきかという議論からは脱していたが、今度は森から領民を守るための話し合をしていた。


「あの爺さん達を森に入らないよう納得させるのも骨だし、説得できても別の仕事を用意しなきゃいけないしさ」

「森を見張る人員も用意せねばならんぞ。ランベール、お前をもう自由にさせとくわけにはいかん」

叔父から言われたことを噛み砕くようにロワイエが顔を顰める。心底嫌そうだが、逆らえないという雰囲気だ。

そうなるともう公爵家に教師として呼ぶことも出来なくなる。それはとても残念だと…そう思った時にアデライドは閃いた。


「ねぇプルスト、こういうのはどうかしら?」

アデライドに耳打ちされて、プルストは少し眉を寄せた。

「いろいろと申し上げるべきことはあると思うのですが…お嬢様、それが出来ますか?」

んぐっとアデライドは言葉に詰まるが、握りこぶしを作ると、「やってみせますわ!」と宣言した。




それからアデライド達だけで王都に戻りしばらくロワイエは伯爵領に止まっていたが、また彼は公爵家に赴いていた。

「なんでお前まで来てるんだ」

「アディちゃんのリクエストでーす。交通費もいただいちゃいましたからバックれられませーん」

従兄弟の返事に苛立つが、今はそんなことに気を取られてはいられない。今日はアデライドに正式に教師の職を辞すことを告げなくてはならない。時と場合によってはしつこいご令嬢だが、先日の話し合いにも同席して事情はわかっているはずだ。この仕事を失うのは痛いが仕方がないとロワイエは苦く奥歯を噛み締めた。


「先生!お待ちしておりましたわ!」

部屋に通され数週間ぶりに会った生徒は、以前と様変わりしていた。主に格好が。

自分にアピールしてくる他の令嬢と比べていつも地味すぎるほど地味な格好をしていると思っていたが、今日はそれに見劣りしないというか勝ちに行く勢いで華美に見えた。


「お嬢様、お時間が空いてしまい申し訳ありません」

「この間ぶりだねアディちゃん。可愛いじゃん見違えたよ!」

従兄弟がヘラヘラと声を掛けるのを見てロワイエはさらに苛立つ。公爵家のご令嬢に対して気安すぎるせいか、周囲のメイド達もざわっと殺気立った。

「お嬢様、この方達もお直ししますか?」

若いメイドに声をかけられ少し考えるそぶりを見せるアデライドだったが、首を横に振った。

「このままの方がわざとらしくなくていいと思うわ」

「そうですね。いかにも地方から急いで来られたという感じがします」

プルストもそう言って頷く。少し落胆した様子のメイド達にアデライドが「次の機会にはまたお願いすると思いますわ」と言うと、彼女達の顔が輝いた。

さっぱり話が見えずに戸惑うロワイエを他所に、アデライドはキビキビと動いて使用人に確認を取っている。その度にゆるく巻かれた髪とリボンが揺れている。


「ニコラさん、設定は頭に入れてありますわね?」

「もちろん!補足用の資料も持ってきたよ。頑張ってね」

ニカっと笑って従兄弟がプルストに紙の束を渡している。その様に自分の預かり知らぬところで何かが起きていることをロワイエは悟った。


「お前…一体何を企んでるんだ」

ロワイエが自分より少し背の低いニコラに近づいて小声で詰め寄る。

「これは伯爵領を救うための崇高な作戦なんだよ。だから頑張れよ」

ニヒヒと笑う従兄弟と至近距離で睨み合うロワイエを眺めて、アデライドが呟く。

「なるほど、ご親族が揃うと見栄えがしますわね。ニコラさんもいらしてくださる?」

「えっ!予定と違くないですか?」

ニコラが喫驚して声を上げるとほぼ同時に、部屋のドアがノックされたため、全員の視線がそちらに向く。

しかつめらしい顔で入ってきた侍女がアデライドに告げる。

「お嬢様、公爵様が戻られました…今がチャンスかと」

「わかりましたわ。いざ!勝負の時ですわ!さぁ先生、ニコラさん、行きましてよ!」


訳もわからず教え子に手を引かれてロワイエは勝負とやらの場に駆り出されることになった。


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