年一開催ヒロインage祭り病欠
「ついに10まで絞ったぞ…」
魔術式の動作確認にきたロワイエは、使い道のよくわからないガラス器具に囲まれたベルナールが呟くのを見るともなく眺めていた。
季節は冬になっていた。年末の忙しなくもこれから始まる祝日にどこかそわそわとしたような楽しげな雰囲気はここにはなく、くたびれた男と薬品やらの混じった匂いだけがあった。
「そうか、よかったな」
「もうちっとなんかねぇのかよ。素っ気ねえな」
椅子の背もたれに肘をかけながら振り返ったベルナールに、ロワイエは魔術式を確認しながら答える。
「私も忙しいんだ。そろそろ聖女祭だしな」
「あー…お前実家帰るのか?」
この祭りの時期、この国では家族と過ごすものが多い。ベルナールは母が大学生の時に亡くなっているので、ペリーヌと少し豪華な食事をしようかと約束していた。
「私は両親も兄弟もいないが、親戚には年始の挨拶もあるし、たまには領主館に行かないとな」
「へぇ…そりゃなんつうか…」
初めて聞いた身の上に言葉に詰まるベルナールを気にする様子もなく、ロワイエが言葉を続ける。
「さすがに領主が祭りの時期まで不在なのも気まずいしな」
「んぁ?領主?」
「私は伯爵位を持っている。領地の管理は親戚や使用人に任せきりだけどな」
お前が伯爵様かよぉ~とため息をつくように言われて、ロワイエが皮肉げに笑う。
「そうは言っても、私も父も祖父も代々魔術師でそっちばかりに熱心だったからな。いっそ重荷でしかないから誰か貰ってくれないかとも思うが…まぁ無理だな」
椅子に後ろ向きに座り直し、ベルナールが急に弾んだ声を出した。
「じゃあ帰ると親戚からプレッシャーかけられるんじゃねえ?早く結婚しろってな」
覚えがあったらしく眉間に皺を寄せるロワイエを見てさらに勢いづく。
「色男もそろそろ年貢の納めどきか~?」
「いや、今はまだ結婚しないほうが色々と便利だ。都合のいい相手もいないしな」
「…便利とか都合とか、結婚ってそんなもんじゃねえだろ」
呆れるように呟く既婚者に、気楽な独り者はひらりと手を振って答える。
「貴族にとってはそうなんだよ。それに今の私に親しい女性はいないしな」
嘘くせえなと言うベルナールに本当だと返しつつ、ふと思い出したように笑みを漏らす。
「ひとりいたな。親しい女性」
「おっ!どこの誰だよ」
「アデライド・ド・ヴォルテール公爵令嬢」
「…仕事すっかぁ~」
いよいよ呆れきった様子でベルナールは椅子に座り直した。
「なんだよ素晴らしい女性じゃないか」
「うっせえ変態!」
ベルナールに怒鳴られてロワイエは「冗談だ」と笑ったが、確かに都合のいい相手でもあるなと考えた。
「ンベシッ!」
アデライドは派手にくしゃみをした。朝から着せ替え人形のように服を合わせられていた。聖女祭の衣装合わせということらしい。聖女祭にドレスコードはないが、その分「ふさわしい服装でお越しください」という厄介な制約があり、色々用意する必要があるらしい。
貴族でも子供のうちはあまりイベント事には参加しないが、この日だけは別で教会での礼拝には全員参加する。領地にいる貴族は各地の教会での礼拝に参加するが、国の要職を務めるものや領地を持たない宮中伯のようなものは王都の大聖堂に集う。この日の礼拝では教皇により祝福の言葉が送られ、新年までの1週間を神が与えてくれた新しい年に感謝する期間として過ごす。
この辺の大陸全土では基本的に同じ神様を信仰しているが、この国にはオリジナル要素が付け加えられている。それが聖女だった。
アデライドは巻き戻し前からさほど信仰熱心な方でもなかったが、今ほとんど宗教に関心が持てないのはこのせいであった。国を挙げて乙女ゲームの設定強化に動かなくてもいいじゃないかと思うのだ。
聖女信仰とやらを端的に説明してしまえば、その昔国が困窮した際に、神が地上に聖女を使わした。その癒しの力はあらゆる困難をも退け、この国の発展の礎を築いた。聖女はその後も現れて国民を救うであろう…という感じ。“神による奇跡の力の定期便”それが聖女であり、ヒロインである。同じ世界観でのシリーズ化も見越した素晴らしいご都合設定だなと、前世を思い出した今となっては冷めた気持ちしかない。
国の教会がこのオリジナル要素を付け加えたせいで、外国の貴族と結婚する際に宗教的なトラブルがあったりなかったりもしている。この時期の礼拝は他の国では別の名前で行われるが、ここでは“聖女祭”とかいうむず痒い名前になっていたりするし、内容も聖女への感謝の祈りとか含まれてしまうし、さもありなんである。
「これですべて揃いましたよお嬢様」
やっと着せ替えが終わったらしい。侍女の言葉にホッとして「ありがとう」と微笑んでみせる。
「お身体が冷えてしまいましたか?暖かいお召し物をご用意致しますね」
「ううん。大丈夫よ」
そう言うとアデライドは自分で部屋にあるクローゼットからカーディガンを取り出した。侍女の表情が「あ、またそれ着るんですか…」という感じにガッカリして見えるが、勘弁してほしい。
オフホワイトのカーディガンは最近のアデライドのお気に入りだった。太い毛糸で編まれたそれは他のものより不思議と暖かくて、着るとポカポカするのだった。手編みの味のある模様もいいと思うのに、侍女には不評だったのでお祖父様の前などでは着ないようにしていた。
これはダニエル・ダヴィド氏の手編みだった。ミュレーズ子爵が亡くなった後も地下牢にいた彼の契約魔法は解けていなかった。情報を何も聞き出せていないのでうかつに解放もすることも出来ず、今も彼はここに捕らえられていた。
暇つぶしになればと編み棒と毛糸と、子供でも読める図が多い教本を与えた。それで彼が最初に作ったのは編みぐるみのようなもので、それはアデライドに捧げられた。囚人からの贈り物にプルストは難色を示したが、アデライドの「これ貴方に顔が似ているわ」というセリフにノックアウトされてしまった。それでも何か仕込まれていないかと調べたが害がないことがわかって今もアデライドの手元にある。
その後、マフラー、膝掛け、カーディガンとメキメキと腕を上げつつある彼は、最初期作品である編みぐるみを「出来が悪いので一旦返してもらえないか」と恥ずかしそうに言ってきたが、アデライドはそれに応じていない。
運動をさせるために騎士がたまに彼を散歩させているが、アデライドもそれについてくるようになってプルストやお付きの騎士も増えるためにゾロゾロとした行列になっていたりする。その散歩の時に次回作の構想を教えてもらったりするが、今回は秘密らしく何も教えてくれない。
聖女祭には家族や友人にプレゼントを贈るのが慣例なので、アデライドは彼にも新しい毛糸と教本を贈ろうかと考えている。
そんなこんなで迎えた聖女祭の日、アデライドはベッドの上にいた。
「えっぷし!」
風邪をひいて熱を出したためすべての予定をキャンセルして寝ているしかなかったが、プルストがメッセージカードを持ってきてくれた。去年は祖父からだけだったものが、パメラやアラン夫妻やロワイエと今年は増えていた。そしてダニエル氏の新作も渡された。黒い髪と黒い目をした女の子の編みぐるみはとても可愛らしかった。初期作も微妙な糸目が味があって可愛らしかったが、格段の進歩を遂げているのがわかった。きっと手間と時間をかけてくれたとわかるそれをベッドに置いて、アデライドは幸せな気分で眠りについた。