29話 象VS蟻
(下村鬼太郎、そんな団員いたか?)
来叶は下村に警戒しながら思考を巡らせていた。来叶は来未団の全団員の名前と異能力、顔も性格、口調も全て覚えている。
そんな来叶が覚えてないとすると答えは一つ。
(死脱、だな)
死脱。勝手に組織を抜ける事を由安ではそう言う。そして、死脱した者、死脱者は所属していた隊の隊長が殺す事になっている。由安の主戦力である隊長、それから生き延びることは至難の業だ。
来叶はスマホを取り出し、メッセージアプリの便利屋のグループトークを開き、『襲われた』っと送りスマホをしまう。
(帰りが遅くなりそうだ)
「・・・・いつまで所属していた?」
来叶はさっきとは打って変わり、静かに問う。
「あんたが入団してから、二週間経った時に、死脱した奴らがいただろ」
「!! そうか、お前が」
「・・あぁ、オレがその1人だ」
下村は体の向きを来叶に向かせながら少し強めに言った。それを聞いた来叶は驚き少し俯く。
「よく、逃げ切れたな」
「お前のおかげだよ、隊長が意識不明の重体だったから、代わりに中堅のやつが襲って来て、何とか殺せた」
「それでも、難しいことには代わりないだろ」
「たしかにオレは下っ端の雑魚で相手は中堅の一流だ。だけど、オレは1人で死脱してない、3人で死脱したんだよ、だから、そこそこ勝負できたよ、まぁ、オレしか生きて残らなかったけど。それに下っ端だったからか、刺客もあの中堅だけだったからな。その後はさっき言った通りだ。フリーの殺し屋として、頑張って稼いでいるよ」
「そうか・・・・何で、死脱したんだ」
来叶が顔を上げ再び問うと、下村は来叶を指差し、
「お前がいるからだ」
と少し憎悪込め力強く言った。
「・・・・・そうか」
来叶はそれを聞いて散りゆく桜を見ているような悲しそうな目で静かに言葉を発した。
「じゃあ、何で俺を殺しに来たんだ?」
来叶が顔を上げ再び問うと下村は指差していた手を顎に当て考える素ぶりを見せ、微笑し答える。
「トラウマを乗り越えるため、てのもあるが、自分の強さを確かめてみたくなったてのもあるな」
「・・・そうか」
「あぁ」
「「・・・・・」」
そう言った瞬間、静寂の時間が流れる。
「「・・・・・」」
2人の間には下村の一方通行の畏怖しかなかった。その畏怖はとても大きく、由安を抜けても尚それはさらに大きくなった。
自分はあの頃よりずっと強くなったっと自負している。
でも、強くなるほどわかってゆく、来叶の強さが。自身が強くなるごとに風船に息を吹きかけるように強さは膨らんでゆく。
しかし、それに呼応するように来叶への畏怖もどんどん膨らんでゆく。
だけど、その畏怖は、今、不思議なことに消えている。何故だろう、下村自身もわからなかった。
・・・・・いや、下村はわかっていた。試したいんだ、自身の力を。最強との距離を。
自身の命で!!!
そんな時間を崩したのはやはり下村だった、下村は腰に付いていたガンホルダーからハンドガンを取り出し二発撃つ。
銃声は全く無くこの時間に撃っても大丈夫な代物だ。
しかし、下村の手が僅かに動いた時点で来叶は服の両袖から落ちるようにナイフを出し掴み戦闘体勢を整える。
(右肘と左膝、うまい)
来叶は弾丸の軌道を予測し、下村の腕に感心しつつも、飛んでくる二発の弾丸をナイフで薙ぐように逸らす。
「ち、バケモンが!!」
(一応、不意打ちのつもり何だが!!)
下村は冷や汗をかきながらも少し笑みを浮かべ、心中で文句を言っていると来叶は下村に向かって突進しスタートを切る。
下村はそれに対し銃をその場に捨て懐から先が尖っている鉈を二本取り出し、接近戦の構えをとる。
「しゅ!!」
来叶が下村との距離を一気に詰めると右手のナイフで切り掛かる。
その速さは弾丸に匹敵する速さ。それに対し下村は左手の鉈で受けるが、
「うっ!!!」
(おっっも!! これで異能力なしかよ!!)
来叶の一撃の重さに驚愕し体が震える。しっかりと受けていなかったら危なかった。少し力を抜いたら体が真っ二つになる。
そんな中、来叶は下村の横腹に向け左手のナイフで横薙。しかし、間一髪の所下村は右手の鉈を間に挟んで流す。
「う、うおぉぉぉ!!」
そして、下村は右手の鉈で来叶の左手のナイフを最大の力で弾き、即座にバックステップし距離を取る。
(やっぱり、はえー、バカみたいに、ギリギリ目で追えるか追えないレベルだったぞ。しかも、一撃が重い、左手のナイフ、受けてたら鉈を弾かれて腹半分斬られていたかもしれん。 あぁ、燃える!!)
下村は思考を巡らせながらも興奮し、来叶に切り掛かる。来叶はそれに対しナイフで弾き、火花が散る。
そして、互いの斬撃が交差し、激しい斬り合いになる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
下村は雄叫びを必死の形相で鉈を振るうが、来叶は対照的に真顔でナイフを振るう。
ナイフと鉈がぶつかり合い火花はさらに激しく散ってゆき、金属音が鳴り響いた。
しかし、血飛沫を上げるのは下村だけだった。
下村は必死に鉈で攻撃しているのに対し、来叶は冷静に全ての斬撃を最低限の動きで躱し、的確に急所を斬る。
下村も何とか致命傷は避けてはいるが確実にじわじわと力を削がれて行き、動きが鈍くなり、さらに斬られ血飛沫を上げる。
(ちっ、このままじゃまずい!! 異能力を発動させるしかない!!)
下村はそう思い一旦後ろに下がり右手に持っていた鉈を来叶の顔に向かってクナイのように投げる。来叶はそれを紙一重で躱すが、その間に下村は懐からさっきと同じハンドガンを出し来叶の足に向かって乱射する。
来叶はそれに対しバク転して避けるが、下村との距離が開く。
下村は斬られていた頬の血を舐める。すると額から昔話に出てくる鬼のように先が鋭く滑らか角が生える。
「さぁ、反撃と行こうか!!」
下村はそう言い放ち、左手に持っていた鉈を両手で持ち振り上げ来叶に向かって跳躍し、鉈を全力で振り下ろす。
その速さは来叶には及ばないもののさっきほどまでとは比べ物にならないほど速くなっていた。
しかし
来叶はそれを弧を描くように体を一回転するように躱し下村の背後に回る。
「!! しまっ・・!!」
下村は急いで振り向こうとするが、来叶は下村の心臓めがけて左手のナイフを走らせる。
(間に合わない!! なら!!)
「ぐうぅおぉぉ!!」
振り返って間に合わないとふんだ下村は少し姿勢を低くし転ぶように前に出て躱す。
しかし、来叶は慌てず、冷静に、心臓を突こうとしたナイフの刀身を下村の背中に向け、楕円状の鍔を親指で回転させる。
するとナイフの刀身が飛翔し、下村の背中に深く刺さる。
「がはぁ!!」
(スペツナズナイフか!! クソが知ってるやつと形状が違ってわからなかった!!)
スペツナズナイフ、発射ナイフとも言い、刀身を噴射させることが出来る代物だ。
(なんとか、心臓は避けたが、これは)
「ぶはぁぁ!」
(やべぇ、な)
体は無数の刀傷で血まみれになり意識を保つことで精一杯の下村に対し、来叶は傷一つどころか汗すら全くかいていなく、誰がどう見ても勝敗は火を見るより明らかだった。
「どうした、この程度か」
来叶は下村に冷たく言い放つと、下村は再び微笑して震えながらも立ち上がり振り返り構え吐血しながらも叫ぶ。
「この程度、の、ぐはぁ!!、わけ、が、ない!! オレの異能力は!! ここからだぁぁ!!!」
そう叫ぶやつの目は闘志が燃えたぎっており、目は死んでなかった。
それを目の当たりにした来叶は刀身が飛んだスペツナズナイフを捨て懐から投擲ナイフを取り出し左手に持ち、右手に持っていたナイフを逆手持ちに変える。
次の瞬間、下村は一気に踏み込み来叶に突っ込む。
その踏み込みはコンクリートにヒビが入るほど力強く、サイのように速かった。
(賭けろ!!! この一撃!! オレの今まで積み重ねて来た物を!! オレの、人生を!!!今、ここで!!!!!!)
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
そう心中で強く決意を固め、咆哮を上げ、雷霆の如き一刀が来叶に振り下ろされた。
しかし・・・足りなかった。
来叶はその一撃を眉ひとつ動かさず後ろに下がり紙一重・・・いや、わざと紙一重で躱した。
その一刀は凄まじいものだった。空間を切断するかのような一撃だった。
しかし、来叶にとっては余裕を持って躱せる一刀だった。
それに気づいた下村は絶望した。こんなに遠かったとは思っていなかったから。
来叶は一刀を躱した直後、一瞬で下村の懐に入り腰を捻り逆手持ちしていた右手のナイフで下村の腹を掻っ捌く。
「ぐはぁぁぁ!!!」
下村はさっきとは比べものにならないほどの血を吐き、背中から大の字になって倒れ、背中に刺さっていた刃が体を貫通する。
だけど、全く痛くなかった。不思議なほどに。
(あぁ、そうか、死ぬのか。なんだよ、全然遠いじゃねぇか・・・・・完敗じゃねぇか)
下村は雲一つない快晴の空を見て思う。
(結局、オレは、変わってねぇーじゃねえか)
結局、自分の弱さを証明した、だけだ。そう思っていると、来叶は下村の側に行き少しかがんみ、
「そこそこ強かった、死脱が勿体無いと思うぐらいには」
と冷たい声で言い放った。だけど、その目は冷たい目ではなく、何処か安心する温かい目だった。
「え?」
下村は驚いた。あの最強が自分は強いと言ってくれた。単純に、嬉しかった。
(そっか、オレは強くなったんだ、変われたんだ)
それを聞いた下村は少し間を空けまた微笑する。
「はは、それは、光栄だ・・・な・・・」
そう言うと下村は瞼をゆっくり閉じ命を落とした。その目に涙を残して。
来叶はそれを見て、ナイフを捨て右手で下村の手を握る。その手はとても冷たく死亡を確認するには十分過ぎた。
「そうか、あんたが大助さんと鍬明さんが言っていた人か」
来叶は悲しげにそう、呟いた。
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