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「どしたん話聞こか? あーそれはそいつが悪いわ」を好きな幼馴染にやったら、手痛いしっぺ返しを喰らった件

作者: 佐藤湊

 大学3年に進級した夏の、バイトからの帰り道。アパートの前に見覚えのある女の子がしゃがみ込んでいた。毛先がくりんとカールした、ミディアムヘアの黒髪。後ろ姿だけで分かる。あれは幼馴染の水井聖歌だ。何万回も彼女の後ろ姿を、目で追ってきたから。


 今はもう11時を回った頃。こんな時間に、女の子が夜道を一人で歩くのは危ないんじゃなかろうか。そもそも俺の住むアパートの前で何事だろう。同じ大学に通っているけど、水井の住む場所はここから少し離れていたはず。具体的にどの建物に住んでいるのかまでは知らない。10年以上片想いしてるとはいえ、俺は彼女のストーカーではないし。


「……あれ、水井? どうした、こんなところで」


 10メートル手前ですでに水井だと分かってたけど、あえてぎりぎりまで近づいてようやく気付いた体を装う。こういう情けなさが、俺がこの年になるまで彼女との距離を一向に縮められなかった原因だろう。未だに水井を苗字で呼んでいるのもそうだ。名前で呼べたのなんて、小学校の4年生くらいまで。今思えばあれが俺の全盛期だった。


「んあ、どなた?」


 俺の声に振り返る水井。相変わらず整った顔をしている。大きな目がとろんとしてるところを見ると、飲み会の帰りに気持ち悪くなってその場で座り込んでたってところか。


「正木だよ」

「なんだ正木かー。最近どお、元気してる〜?」


 水井はしゃがみこんだまま、へらりと笑って手を振ってきた。相当酔ってるな、これは。


「まあ、そこそこ。それより、水井は大丈夫? だいぶ酔っ払ってそうだけど」

「酔っ払ってる? 私が? まっさか〜」

「……その反応がもう酔っ払いだよ」


 俺はため息をつくと、さらに水井に近づいた。暗くて気付かなかったけど、よく見るといつもは完璧なメイクが荒れているような。目も少し腫れぼったいし、もしや——。


「水井、泣いてた?」

「……えっ。な、泣いてないよ」


 水井の声が少し震える。どうやら図星みたいだ。


 ……好きな女の子が泣いてると分かったなら、何かしてやりたいな。


「俺でよければ、話聞くけど」


 そう口にしてから、これではまるで下心があるみたいだなと気付く。いや、水井に対する下心は間違いなくあるんだけど、今出てきた言葉自体は本当に純粋な気持ちからだ。とはいえ傷心中の女子に付け入るヤリ○ンみたいで、急に恥ずかしくなってくる。一応弁解すると、俺はまごうことなき童貞だ。


「え〜……正木にぃ?」

「……俺じゃまずい?」

「……あー、まあ、この際正木でもいいかぁ」


 宙空を見上げ数秒思案してから、水井が投げやりに言う。


「でも、話ってどこで? まさか、ここで?」

「どこだろう。ファミレスとか?」

「……正木さあ。今何時か分かってる〜?」

「えーっと……11時過ぎだな」


 そうだよな、この時間に周辺のファミレスはやってない。そもそも俺は今、近所のファミレスのバイトを終えて帰宅してたところなのに。流石にアホすぎる。


「じゃあ、カラオケとか?」

「えー、今からカラオケはないよ〜。ちょっと遠いし」

「……なら、コンビニのイートイン?」

「イートインなんて、この辺に住んでる大学生と絶対遭遇するでしょ! そんなとこで大事な話できる〜?」

「……できないね」


 こうも選択肢を潰されると、残された択はただ一つ。でも、その案を自分から出すのは露骨な気がしてためらっていると——。


「正木んチ、どこだっけ? この近く?」

「……あー、近くというか、目の前だな。そこのアパートの2階」

「じゃあ、最初からそこでいいじゃん。何グズグズしてんだよ、お前〜」


 水井はふらふら立ち上がると、ガッと俺の首に腕を回した。だる絡みのつもりなんだろうけど、俺にとってはご褒美でしかない。白のニットを押す柔らかそうな双丘につい目がいってしまい、慌てて目を逸らす。


「水井、歩ける?」

「えー? そりゃ歩けないから正木に寄りかかってんだよ。家までちゃんと連れてってよ〜?」

「……了解」


 女子特有のいい匂いに、ほのかに汗と酒の臭いが混じっていた。水井のあらゆる構成要素が俺の五感を刺激してきたが、努めて無視してアパートの階段を登る。


 何とか部屋の前までくると、鍵を挿して扉を開けた。玄関から部屋に上がるタイミングで肩を外す。水井が黒のミュールを脱いだ。


「お邪魔しまーっす。ねえ、シャワー借りていい? ちょっとさっぱりしたい」

「いいけど、服の替えあんの」

「替えはな〜い! でも、着替えた〜い!」

「……俺が貸すってこと?」

「おっ、サンキュー。やっぱ正木だねっ」

「はいはい。シャワー上がって話聞いたら、家まで送ってくから。服はいつか返してくれ」


 水井が目を瞬かせた。


「えっ、普通泊まる流れじゃないの?」

「……俺の家、布団一式しかないんだけど」

「おおー……じゃ、一緒に寝る?」

「早くシャワー浴びてこい!」


 きょとんとする水井にTシャツと短パンを押し付け、俺は洗面所の扉を閉めた。眉間にしわを寄せ、あらゆる煩悩を発散する。今日の水井はなんて無防備なんだ。これがお酒の力というやつか。道理で世の中のヤ○チンどもは、酒に酔わせたところを狙うわけだ。たった今自分がいい思いをしてるはずなのに、なんか腹が立ってきた。


 水井がシャワーを浴びる間に、部屋の掃除を敢行する。元々無趣味なので、物が少なく大した手間はかからない。それでも掃除する間に気持ちが落ち着いてきて、これなら穏やかな心で水井の話を聞けそうだと思ったその時だった。洗面所の方から水井の声が聞こえたのは。


「正木ー、私下着の替えないんだけど。下着も貸してー?」

「はいはい、ただいま……って、できるかそんなことっ!」


 俺の下着を履いた水井のイメージ図が、脳内にほわんほわんと浮かんできた。ぶんぶん首を振って一瞬で消す。今日の水井は、俺には刺激が強すぎる。


 …‥決めた。水井の話を聞き終えたら、彼女を問答無用で帰す。でないと俺の心がもたない。向こうはどうせ俺を酔いに任せてからかってるだけなのに、俺だけ本気になってもバカを見るだけだ。そもそも好きな子にそういうのを無理強いするのだけは絶対にしたくないし。こういうのは予防策が大事だ。


「コンビニで下着買ってくる」


 水井に言い残して部屋を出る。思ったより心に負荷がきてたのか、自然にふうっと息がもれた。


* * *


 下着を買って部屋に戻ると、シャワーから上がってきた水井と遭遇する。着替えを渡したのは俺だから当たり前と言えば当たり前の話なんだけど、水井は俺のTシャツと短パンを着ていた。Tシャツは少しぶかぶかで、短パンから伸びるすらっとした白い足が眩しい。正直かなりグッとくるものがある。


「なんか、ノーパンってスースーするよね」

「……早くこれを履いてくれ」


 水井から視線を逸らし、下着の入ったコンビニのビニール袋を彼女に渡す。水井は片手で頭にかかるタオルを抑えながら、「ありがとー」ともう一方の手で袋を受け取った。


「あ、あとこのタオル使っちゃった。ごめん」

「いいよもう、タオルなんて誤差だから」

「あはは、確かに」


 笑いを残して水井が洗面所に引っ込む。今頃俺の短パンを脱いで下着を履いていると思うと気が気がじゃないので、居間に座ってテレビの電源を付ける。ちょうどやっていたのはムフフな方向に攻めた深夜アニメだった。俺はすぐにテレビを消した。


「やー、今日はほんとごめん。色々迷惑かけちゃったね」


 まもなく水井が洗面所から出てくる。水を浴びたおかげか、酔いは少し覚めたみたいだ。これなら概ねいつもの水井に戻っているだろう。正直ちょっと残念だけど、延々とドキドキさせられるよりはましだ。


「別にいいよ。俺も明日は予定とかないし、1限もないから」

「……なるほどね。じゃあ、今夜は寝かさないつもりでいこうかな」

「寝かさないつもりって……話長過ぎだろ」

「あのさぁ……お酒ある?」

「は?」


 思わず水井をまじまじと見る。水井はきまり悪そうに目を逸らした。


「ちょっと恥ずかしい話だし、お酒ないと話せないかも。なんか、酔いが覚めてきちゃって」

「それは見れば分かるけど……今日飲んできたんだろ?」

「いいじゃん、別に。お金は出すから」

「いや、お金がどうとかじゃなくて……」 


 ——まあ、いいか。


 本人が飲まないと話せないと言ってるんだ。ここは希望通り飲ませればいい。俺が飲まなければいいだけの話。話を聞いたら水井を家まで送って、任務完了というわけだ。


「……分かった。何がいい? ビールとストロングワンとあるけど」

「ビール!」

「了解」


 俺は冷蔵庫を開けると、ビール缶を一本取り出した。グラスと一緒にぺたんと床に座る水井に渡すと、「正木は飲まないの?」と水井が不思議そうに俺を見上げる。


「俺はやめとくよ。今日はそういう気分じゃない」

「……ふーん、ノリ悪」

「ノリ悪言うな。アルハラって言うんだぞそういうの」

「あっ、分かった。正木も私だけ散々酔わせて、その後良からぬことを——」

「するわけないだろ。水井にそんなこと」


 ——好きな人にそんなことはしたくない。


 と本当は言いたかったけど、それでは水井に俺の気持ちが伝わってしまう。伝わったらこの関係は即終わりなので、こういう言い方をするしかない。


 水井は目をぱちぱちさせた後、少し寂しげに笑った。なぜだか胸が締め付けられる。

 

「あはは、そうだよね。正木はずっとそういうやつだった」

「……そういうこと」


 俺は特に否定せず、自分のグラスに麦茶を注ぐ。それを待っていた水井が、グラスを俺たちの間に掲げた。俺は自分のグラスを水井のにコツンと当てる。


「かんぱーい!」

「……乾杯」


* * *


 水井はしばらくビールを飲んだ。合間に他愛ない話を挟みつつ、どんどん胃にアルコールを入れていく。その飲みっぷりを心配しつつも、ふと先ほどの水井の発言を思い出す。


『あっ、分かった。正木も私だけ散々酔わせて、その後良からぬことを——』


 正木も? も、ってことは、他の誰かが——。


「……水井。今日、誰かに何かされた? さっきも泣いてたし」


 真面目なトーンで尋ねると、水井がとろんとした目で俺を見た。また酔ってきたみたいだ。


「されたというか、されそうになったというか」

「いつ」

「ついさっき」

「大丈夫だったのか?」

「まあね。私、逃げ足は早いから。向こうも強引に迫る度胸はなかったみたいだし?」

「……そ、そっか」


 ほっと胸を撫で下ろす。これで無理やりに……という線は薄くなった。


 水井は両手を床につき、ぼんやりと天井を見上げる。


「てか、あん時のは私も悪かったんだよね〜。なんか色々投げやりになってて、もういいかなって思っちゃって」

「……投げやりって、なんで」

「……私さ、ずっと好きな人がいるんだ」

「えっ——」


 急に投げ込まれた爆弾に、頭の整理が追いつかない。


 これまでも水井はモテてきた。水井と誰かが噂になることもあった。その度に水井本人は否定してたし、告ってきた相手は片っ端から振ってきたようだった。それでも、いつかそういう人ができるんだろうとは覚悟してた。ただ、今この瞬間にそれを知らされるとは思わなかった。


 呆然とする俺を、あぐらをかいた水井が睨みつける。


「言っとくけど、マジで歴長いからね。小学校の頃からだから」

「しょ、小学校?」

「うん、そう。クラスに馴染めなかった私に声かけてくれて、その時からずっと」

「……そ、そっか」


 小学校と聞いて、「もしや俺のことでは」と正直期待はした。でも、今ので俺の線は無くなる。小学校の頃に水井を助けたなんて記憶は俺にない。つまり、水井が好きなのは別の誰か。


「それから私なりにアプローチしてたつもりなんだけど、向こうは全っ然気付かないし、むしろ距離取られるし……そのうち、やんわり断られてるのかなとか思うようになってさ。そいつ、意外にもてるみたいだし、私の知らないところで彼女とか作っててもおかしくなさそうだし」

「……最低なやつだな。はっきり口で断ればいいのに」


 話を聞いていて水井への同情が深まったのもあって、つい強い言葉が出た。たぶん、かなり嫉妬も込みで。水井の好きな人相手にまずかったかな、と彼女の様子を窺う。水井は心の底からの笑顔を浮かべていた。


「でも、最近気付いたんだけど、そいつは単に鈍感なんだよね。優しいけど鈍感なの。だから、私がはっきり言わないといけなかったんだ。……ねえ、これってやっぱり、私が悪いのかな」

「いや、そいつが悪いと思う。鈍感も行き過ぎると罪だよ」

「アハハッ、だよねー。正木がそう言ってくれると助かる。なんならそいつに直接言ってほしい」

「……俺はあんまりそいつに会いたくないかな」


 水井が小学生の頃から想い続けるくらいだ。誰か知らないがどうせイケメンで運動神経が良くて、ずっとモテてきたような男なんだろう。しかも水井に想われているという超特大のおまけ付き。そんなやつと顔を合わせたらと思うと……自分の惨めさに泣きたくなる。


 水井が俺をじっと見た。少し茶がかったその瞳の中に、情けない顔をした俺が映っている。


「とにかく、私はそいつがずっと好きだったの。初めてはこの人にー、ってくらい。でも、なんかもういいかなって思えて。そんで今日の飲み会でやけになって飲んでたら、いつの間にかサークルの先輩とホテル来てて。まあ人生ってこんなもんだよねって思ったんだけど、直前になってやっぱりそいつの顔が頭をよぎって……気付いたら逃げ出してた」

「……そんなに好きなんだな、そいつのことが」

「うん、好きだよ。……だからもう、ああいうことは絶対ないようにするって決めた」


 その割には今、俺の部屋に来て酒飲んでるけど。危機意識って言葉知ってる?


「……そいつには今、彼女とかいるの?」

「んー……たぶんいないんじゃない?」


 部屋を見回しつつ水井が言う。


「なら、今からでも大丈夫だろ。水井に迫られて、断るやつなんて多分いないよ」


 そう口にしてから、今のは語弊がありそうだと気付いて慌てて付け加える。


「いや、あくまで一般論としてだぞ? 水井はモテるし、いいやつだし、客観的に見てかなりその……かわいい方だし」

「……ほんと? 嬉しいこと言うね〜」


 水井は微笑むと、缶に残ったビールを一気に飲み干す。幸い俺の気持ちは気付かれなかったみたいだ。少しほっとしていると——。


「……じゃあ、正木もOKしてくれる?」

「——えっ?」

「だって今、私が頼めば誰でもOKしてくれるって言ったじゃん。誰でもってことは、正木もでしょ?」


 水井の目は完全に据わっていた。冷や汗が流れる。なんだこの空気。なぜ急に俺に矛先が向いた。


「いやいや、でも、水井が初めてをしたいのはずっと片想いしてる相手だろ? 俺なんかに聞いてどうすんだよ」

「……お前じゃい」

「……は?」

「だーかーらー、お前だって言ってんの! この最低鈍感男!」

「は? な、何もそこまで——」

「さっき自分で言ってただろーがっ! そんなやつは最低で鈍感だって」

「……あっ」


 ようやく俺の中で全てが繋がる。じゃあ、今ずっと水井が愚痴っていた男とやらは、まさか俺のこと? いや、でも——。


「俺、小学生の時、水井を助けたりしたっけ?」

「ほら覚えてない。これだから嫌んなるんだよ。けーちゃんは」


 けーちゃん。小学校の途中まで、水井は確かに俺をそう呼んでいた。


 呆然とする俺に、水井が唇を尖らせて捲し立てる。


「呼び方もさー、急に『水井』なんてよそよそしくなっちゃって」

「いや、それはその、当時の空気的にほら……あったじゃん。そういうの」

「あー、分かるよ。言いたいことは。異性と名前で呼びあうと、囃し立てられる的なくだらない文化ね? ……あのさ、そんなん気にして日和るから未だに童貞なんじゃない?」

「なっ……じゃ、じゃあ、そういう水井は経験あんのかよ。さっきの話だと、お前もどうせ無いんだろ?」

「さー、どうだろうね。さっきの話だって、嘘かもしれないし? ……本当のところ、知りたい?」

「……知りたい」


 何を正直に言ってんだ俺は。これでは負けを認めたようなものじゃないか。


 水井は口元に笑みを浮かべ、ぐいとこちらに顔を近づける。


「じゃあ、今名前で呼んで。もう大学生なんだし、囃し立てるとかどうとか別にないでしょ?」

「……せ、聖歌」

「はい、よろしい」


 頬を染めて水井が頷く。何これ、どういう状況?


 水井の口撃はなおも止まらない。


「大体中学の時なんかさー、話してても壁感じるようになったし?」

「いや、あれはだって……水井がどんどん、その——」

「はいアウトー。今水井って呼んだ。名前で呼べ、名前で」

「聖歌がどんどん、き、きれいになるから、なんか話しかけづらくなって。俺はずっと、パッとしないし……てか、さっき意外にもてるとか言ってたけどもてねーよ! もててたらもっと自信持って生きてるし、告白だってできてたわ!」

「告白〜? 誰に?」

「お前にだよっ!」

「んえっ!?」


 ——ちょっと待て。今俺なんて言った?


 恐る恐る水井——じゃなくて聖歌を見る。聖歌はぽかんと口を開けていた。そうだよな、今のが聞こえてないはずないよな。


「嘘、私に? ……いつから」

「……小学生の頃から。さっき聖歌が歴長いとか言ってたけど、たぶん俺の方が長いよ。初めて会った時からだし」


 やけくそになって全てを明かすと、混乱した聖歌が頭を抑えて言う。


「で、でもさっき、私がちょーっとからかったら『水井にそんなことするわけないっ!』って——」

「いや、したいよそりゃ。今日の聖歌、やけに無防備だったし。でも、俺を信頼して悩みを話しに来てくれてるんだと思ったら、そういう気持ちを出すのは良くないなって……その、好きな人でもあるし……」

「っ!?!?!?」


 まるでパンチを食らったみたいに、聖歌が頭をふらつかせた。慌てて肩を掴み支えると、聖歌は俺の肩に腕を回して頭をこちらの胸に預けてくる。


 ……あれ? なんかやけになってたけど、冷静に考えると今の俺、聖歌と両想いになってないか?


 聖歌の髪から、俺が使っているシャンプーの匂いがした。そのまま静かな時間が過ぎる。こういうのを良い感じって言うのだろうか。もう少しこの時間に浸っていたい、なんてらしくないことを考えていると——。


「お〜ま〜え〜」


 背中を掴む聖歌の手の力が強まった。「痛い痛い痛い」と抗議すると、聖歌が顔を上げて俺を睨みつける。思ったより顔が近かった。目から一筋の涙がこぼれ落ちる。彼女の顔はハッとするほどきれいだった。


「それをなんでもっと早く言わなかったんだよ。早く言ってくれたら、もっと長くラブラブできたのに」

「……いや、それは聖歌も同じ——」


 言いかけて言葉を止める。俺と聖歌は同じじゃない。そう、分かっていたから。


 今考えると、聖歌は俺に歩み寄ってくれていた。今日だってそうだ。やけに無防備に感じられたのも、単に酒に酔ってたからじゃなく、彼女なりの俺へのアピールだったんだろう。そもそもアパートの前にいたのだって、本当は俺が来るのを待っていたのかもしれない。


 俺は常に聖歌と自分の立場を比べて、引け目を感じていた。聖歌が俺を好きになるわけないと頭から決めつけ、手に入らないなら近くにいても辛い思いをするだけだと思って、一定の距離を保とうとしていた。


 ……確かに、さっき自分で言った通り。俺は最低の鈍感野郎だ。


「ね、布団は?」

「……そこに」


 俺が指差した先には、畳まれた布団が一式あった。聖歌はおぼつかない足取りでそこへ行くと、布団を広げて仰向けに寝っ転がる。そして俺の方を向き、にへらと笑って両手を伸ばす。


「正木、こっち来てよ」


 俺はゆっくりと聖歌の元へ向かい、彼女の手を掴んだ。何となくそういう雰囲気だってことは分かる。でも、直前になって俺の悪い癖が顔を出した。


「……本当に、水井はこれで良いのか? 酔って判断が——」

「酔う前から覚悟できてました。酔ってないと誘いづらいから飲んだだけ」

「……あ、そうなんだ」

「……まあ、正木がする気ないならそれはそれでいいんだけどね。このままここで寝てけばいいだけだし」


 聖歌が俺から目を逸らす。相変わらず表情は笑顔だけど……手が、震えていた。


 ——そうか、聖歌も不安だったんだ。


 そこで俺の覚悟は決まった。


* * *


「最低で鈍感な正木クンには、ちゃんと最後まで責任を取ってもらわないとね」


 お互いに生まれたままの姿になり、部屋の電気を消した後……聖歌が耳元で囁く。俺は頷いた。


 この日、俺は幼馴染と一つになった。


 結論を言うと……聖歌は嘘をついていなかった。

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[良い点] いい! 王道幼なじみ青春ストーリー! ( *´艸`)
[気になる点] タイトル関西べん? [一言] 連載するとしたら現在をメインに時々小さい頃のことをかいそうで、なんて、それともなんか想像が膨らみますね
[一言] すごく面白かったです!連載版は出しますか!?
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