7・聞き間違いではなさそうね
(私がロイエの代わりに別の婚約者を選ぶ?)
エルーシャはすぐに意味がわからず、紅茶を飲む一歩手前で固まる。
王妃は気づいていないのか、恋の話を楽しむ乙女のように続けた。
「エルーシャのお相手だもの、やっぱり希少な天恵を持つ方かしら? 私はあなたのサポートをしてくれる方も素敵だと思うけれど」
(聞き間違いではなさそうね……)
エルーシャは紅茶を一口だけ飲み、静かにカップを置いた。
「アライダ殿下。なぜか突然、私の婚約者が更新されることになっている気がするのですけど?」
「そうなのよ」
迷いのない微笑みが返ってくる。
「もちろんエルーシャに意中の方がいるのなら、遠慮しないで教えて。私からもランドルフに頼んでみるわ」
王妃はかなり乗り気な様子に見えた。
(でも、どうして急に? 私は王家仲介の下、ロイエと正式な婚約誓約書を結んでいるのに)
エルーシャは慎重に、王家側の真意をはかろうと言葉を選ぶ。
「アライダ殿下からのありがたいお心づかい、痛み入ります。そのお話は、私とロイエの婚約の誓約を、違反がないまま破棄するということですか? それでは他の誓約書の信頼度を下げる恐れがあるのではないでしょうか」
「大丈夫よ。ランドルフが『エルーシャに次の婚約者候補を聞いておいて』と、にこにこしていたもの」
(国王陛下がにこにこ……それはどんな手を使ってでも、絶対にやる気だわ)
国王がその気なら、ロイエ以外の者が一切不利にならない条件で、婚約誓約書の穴を装って有責事実を捏造することも厭わないはずだ。
それができない場合、ロイエ本人が葬り去られることすら考えられた。
「ランドルフはよい判断をしてくれるはずよ。たとえロイエが荒魔竜を倒した英雄でも、青髪になるほどの強い天恵『魔力堅固』を持っていてもね。『エルーシャがロイエと婚姻を結ぶことは、国と民のためにならない』って言っていたもの」
(つまり国王陛下は、ロイエの天恵や実績を加味しても、今後王国にもたらす価値が低いと判断しているのね。私の婚約相手をかえたほうが、国の繁栄になると)
エルーシャが納得していると、王妃はがっかりしたようにため息をつく。
「それにロイエって、英雄になってから変わってしまったと思わない? 最近の彼がしたことって、一体なにかしら」
「婚約者に浮気宣言をするとか、王妃殿下からの面会状を偽装するとかですね」
「ええ、どうしようもないもの。私もロイエに会ったのは数えるほどだけど……でも英雄になる前の彼は好青年だと思っていたのに、がっかりよ。他の方ともよくそういう話になるわ」
ロイエにはもともと、良い噂と悪い噂があった。
しかし王妃の言う通り、ロイエが荒魔竜を倒して英雄になってからは、悪い噂ばかりで染まっている。
「もしかして荒魔竜を倒したときに、彼の『魔力堅固』ですら耐えられないような、凶悪な荒魔にさらされたのかしら? それであんな風にバカ……いえ、おかしくなってしまったのかもしれないわね。そうだとしても、王家が仲介してエルーシャにロイエと婚約誓約書を結ばせてしまったのよ。申し訳ないわ」
「それで私にロイエとは別の婚約者を立てようと、ランドルフ陛下が微笑まれているのですね」
「どうかしら? エルーシャ、あなたの思いを聞かせて」
エルーシャの心はすでに決まっている。
迷わずひとつの答えを告げ、王妃を驚かせた。
「エルーシャ、あなたって人は……意外とロマンチックなのね」
「よく言われます。なぜでしょうか?」
(でも、夢見るだけでは足りないわ)
エルーシャは自分の出した答えに関して、もうひとつ踏み込んだ提案をする。
王妃はさらに驚き、思い出したように呟いた。
「ふふ。ランドルフが以前に話した、両親を失ったばかりの少女を思い出したわ。『彼女は自分の婚姻条件を交渉道具にして、自領を守ったことのある強かな娘だ』って……。あなたはロマンチックなようでいて、惚れぼれするような勇敢さも兼ね備えているのね」
王妃と国王からの敬意と賛辞に対し、エルーシャは無垢な少女のように微笑む。
「私はひとりではありませんから」
斜陽が中庭を彩りはじめていた。
見上げると、エルーシャの好きな色をした空が、自分の髪の色のような夕焼けと溶け合いはじめている。
「アライダ殿下、色よい返事を待っています」
エルーシャのふたつの願いを、王妃はもちろん聞き入れた。