表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/31

5・秘められていた才能

「ディートハルト!」


 王妃は王子の名を叫んだ。

 そしてエルーシャが抱いている、まだ2歳ほどの銀髪の息子に手を伸ばす。

 王子は無邪気に笑っているが、彼の母は悲痛な表情で抱き寄せた。


「よかった……戻ったのね」


 王妃は恐れるように声を震わせ、手紙に書けなかった話を打ち明けた。

 近ごろ王子の体には、猫の耳や尾が現れては消える。

 昨夜はとうとう、全身が猫の姿になってしまった。


「エルーシャ、正直に教えて。私の息子が猫の姿に変化するのは……重度の魔病にかかっているせいなの? それとも悪い黒魔術で姿を変えられているの?」


「天恵ですね」


「えっ!?」


 王妃が驚きに満ちた顔でエルーシャを凝視する。

 エルーシャは平然と頷いた。


「魔病や黒魔術で姿が変わることもありますけど、それとこれは別物です。ディートハルト殿下は、猫が好きではありませんか?」


「もちろん好きよ。子ども向けの生き物図鑑を見て、『ねこたん!』を連呼しているわ」


「なるほど。それで無意識に天恵の『変化自在』を発現させて、猫に変身してしまったんですね」


「天恵!? しかも『変化自在』!?」


 王妃は信じられないかのように目をしばたたく。

 最悪の想定までしていたはずが、息子の類まれな才能を告げられ、しばし呆然としていた。


「ディートハルトが、『変化自在』を……」


「今は子猫以上の大きさになるのは無理だと思います。でも念のため、ドラゴン図鑑は見せないようにしてくださいね」


 王妃は何度も頷く。

 安堵から表情が和らぎ、次第に笑顔まで浮かんだ。


「虫図鑑もやめておくわ」


 母の腕の中で、王子はつぶらな瞳を輝かせる。


「どらごん? むし?」


「そっ、そのことは忘れましょうね! 興味を持つなら、ねこたんより小さい、そう……ねこたん、ハムスター、シマエナガ……」


「ねこたん、はむたー、しまままが!」


「そうよ、そっちよ!」


 王妃は真剣な様子で、愛らしい小動物の名を暗唱しはじめた。





 *


 王子は猫に変化する直前、寝巻き姿だったらしい。

 王妃が乳母を呼んで着替えを頼むと、王子はおやつの言葉につられて宮内へ向かう。

 中庭に静けさが戻った。


 エルーシャは自分の侍女を手招きする。

 そして布にくるまれたものを両手で受け取ると、再び侍女を下げた。


「アライダ殿下、これが依頼されていたものです」


 布を取り払うと、人の頭ほどもある無色透明の魔石が現れた。

 エルーシャは魔石を卓上に置く。

 するとそれはカップの高さほどの空間を保って浮遊した。


 王妃は心を奪われたように、神秘的にきらめく魔石を見つめる。


「今までの魔力測定の儀で使う魔石と、見た目は変わらないのね」


 王妃は慎重な手つきで、その透明な石に触れた。

 すると魔石のそばの空中に、光り輝く文字がつらつら編まれていく。

 そこには王妃の魔力の質や量が、箇条書きで書かれていた。


 エルーシャは一番下の文面、王妃が今までに発症した『魔病履歴』と『荒魔履歴』の記述について説明する。


「アライダ殿下がディートハルト殿下を身ごもったときの不調は、『魔病履歴』の項目に記録されています。誹謗中傷を受けた時期に黒魔術を仕込まれた被害は、『荒魔履歴』の方です」


 前者は魔力の乱れによって起きた不調、後者は魔力を荒らす外的要因を受けた証拠だ。


「すごいわエルーシャ。この魔力測定は正確ね。これならディートハルトの魔力が乱れているのかどうか、すぐ魔力の状態を確認できるわ」


「アライダ殿下のお役に立ててなによりです」


 近ごろ王子の体には、猫のような耳や尾が現れるようになっていた。

 王妃はそれを天恵だと知らず、魔力に関する不調か黒魔術の被害だろうと恐れる。

 そして魔病や荒魔に害されていないか確認できる品を、先日の夜会でエルーシャに依頼していた。


「ねこたん! はむたー! しまままが!」


 着替えを済ませた王子が、乳母と手をつないで戻ってくる。

 王妃はさっそく透明な魔石を渡し、息子の魔力測定をした。

 王妃は『魔病履歴』と『荒魔履歴』の項目を何度も確認してから、ようやく胸を撫でおろす。


「ディートハルトは魔病でも荒魔でもなく……。自分の力、それも天恵の『変化自在』で子猫に変化していたのね」


 エルーシャは頷いた。


「でも今のディートハルト殿下は年齢的に、魔力のコントロールが難しいはずです。天恵だと説明しても、私の言葉だけでは信じない者や、よからぬ噂が飛び交う危険もあります」


 王妃は表情を曇らせた。


「でも、隠し通せるものなのかしら。私がディートハルトを身ごもって魔病を起こしたときのように、悪い噂が流れる可能性もあるわ。黒魔術に操られて悪事を働いていると、冤罪をかけられたら……」


「そのことにも関係あるのですが。実は今日、アライダ殿下に相談があって来ました」


「エルーシャが私に? なにかしら」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ