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エピローグ

 ***


 エルーシャたちが偽物の英雄を暴いてから、ひと月ほど経った。

 その日、エルーシャの邸館に王家から手紙が複数届く。

 

 エルーシャは館内を回り、バルコニーの前で足を止めた。

 先ほど届いた手紙を数通、大切そうに持っている。


「騎士様、見て!」 


 青空を眺めていたノアルトは振り返る。


 エルーシャはバルコニーにいる彼に駆け寄る。

 そして開封済みの手紙を嬉しそうに見せた。

 差出人にはロイエがひいきにしていた、あの商人の名が記されている。


「ホルストさんから手紙が届いたの! 私がつくった魔力測定石のスカーフが、奥様の治療に役立っているって!」


 商人からの手紙には、エルーシャへの感謝の言葉が綴られていた。


「ホルストさんとは、施療院に必要な薬草を定期的に運んでもらう契約も結べたわ。ヘレナ叔母様は試してみたい薬草があるって、今から楽しみにしているの」


 一連の事件が発覚してから、商人は一番の得意客を失った。

 しかし施療院への納品や、エルーシャの改良した魔力測定石の販路を任せる話はまとまりつつある。

 商売としても大成功だが、彼は興味のあった魔病治療の仕事に携わり、やりがいを感じているようだった。


 エルーシャはもう一通の手紙を出す。


「それにね、王家からの手紙には、あの婚約が間違いだったことが書いてあったわ」


 エルーシャによって英雄の正しい事実が発覚したため、王家側は調査を進めた。

 そして以前の婚約が無効だったと、はっきり結論づけられている。


「あのことに関してはそれだけよ。私と彼は赤の他人だから、それ以上説明しなかったのね」


 つまりロイエはエルーシャの元婚約者ですらないという、王家側の意思表示だった。


「だけど親族である騎士様とメラニーの手紙には、国中で噂になっていることも書かれているのかしら?」


「ああ、おおむね噂通りだ」


 ノアルトは自分の手にある、開封済みの手紙に視線を落とす。


「あいつは処分が決められた直後、脱獄したまま行方不明になったらしい」


 この手紙の通達がある前から、ロイエの失踪は国中の噂になっていた。


 それを知ったエルーシャの叔母は「人のことは閉じ込めるくせに、自分は逃げだしたのね!」と罵った。

 国内の人々からも「嘘をついて横暴を働いた挙げ句、逃げ出すなんて!」と怒りの声が上がっている。


「エルはどう思う?」


「おかしいわよね。堅牢な警備で有名な監獄を、ロイエがやすやすと抜け出せるなんて」


「俺もそう思う」


 荒魔竜に襲われて天恵者が減ると、その力を狙って人身売買が横行した。

 エルーシャも叔母から気をつけるように言われている。

 一度捕まれば、無事に帰ってきた者はいない。

 はずだったのだが――。


「でもある意味よかったわね。ロイエが脱獄するたびに、人身売買組織に捕まってくれて」


「おかげであいつが見つかるたび、悪徳組織が摘発されているからな」


 そのため民を襲う人さらいの無法者組織は、壊滅状態となっていた。


 ロイエは誘拐されては連れ戻され、恐怖体験を何度も繰り返したらしい。

 最後に摘発された組織で発見されたときは、自慢の髪の毛をすべてむしり取られていた。

 そして再び監獄に帰還すると、「これからは脱獄せずに罪を償う!」と大泣きしたらしい。


 そんなロイエは今、再び脱獄を仕掛けられることに怯えながらも、魔獣が多く過酷な開拓地で労役に服していた。


「あのね。私の本当の婚約者の方については、たくさん説明があったわ」


 ノアルトは天恵『魔力堅固』の有用さと長年の荒魔獣討伐の実績を高く評価され、公爵位を叙爵されることになった。

 ロイエが剥奪されたクリスハイル領も、下賜される予定となっている。


 なによりノアルトは荒魔竜を倒した英雄だ。

 彼が王家の取り決めたエルーシャの婚約者であると、正式に承認される。


「ようやく、騎士様の奪われていた名誉を取り戻せたのね……よかった!」


 エルーシャは持っていた手紙を胸に抱きしめ、自分のことのように喜んでいた。


「……なあエル」


「わかってるわ! 婚約の誓約をまとめるために、近々私と騎士様で王宮へ行くのよね? もちろん今すぐ準備するわ!!」


「俺はいつまで騎士様なんだ」


「え?」


 エルーシャは勢いよく踏み出した足を止める。

 振り返るとノアルトが、なにか物足りなさそうに見つめていた。


「どうしたの、騎士様」


「俺はノアルト・クリスハイル。家族は……といっても父と妹と乳母だけど、俺のことをノアと呼んでいるよ」


 それはふたりが出会ったとき、エルーシャの質問に答えられなかったノアルトの返事だった。


「あのときは言えなかった。ずっと隠していてごめん」


「騎士様……」


 エルーシャは少女のようにはにかんだ。


「気にしないで。だってあのときの私はもう、騎士様からほしかった言葉をたくさんもらっていたの」


 ノアルトは「荒魔竜を倒す」と約束した。

 そして彼女の話したことを一緒に叶えようと願ってくれた。

 その思い出が、今もエルーシャを支えている。


「大事なことを言えなかったのは私の方だったわ。あのときの私はまた大切な人を……あなたを荒魔竜に奪われることが怖くて仕方がなかったの」


(でも今は、なにも恐れず言えるわ)


 エルーシャは姿勢を正し、ノアルトを見つめる。

 そして心のままの笑顔で言った。


「私がずっと待ち望んでいた婚約者は、ノアルト・クリスハイル様よ!」


 ふたりは引かれるように寄り添い、手を取り合う。


「ああ、俺は荒魔竜を倒した。だから今までエルが話してくれたこと、一緒に叶えよう」


「今叶ったわ、ノア」


「っ、エル。今……!」


「だけど私、ノアが浮気したら怒るわ」


「え」


 エルーシャの突然の宣言に、ノアルトは目を丸くして驚く。


「だって絶対嫌だものっ!!」


 愛称で呼ばれたノアルトの感動を吹っ飛ばす勢いで、エルーシャはさらに訴えた。


「あの浮気宣言だって、ノアだったら我慢できなかったわ! だからもしノアが浮気したら、私はこの拳で殴るからね。夜道を歩くあなたみたいに、襲ってきた夜盗たちを退治する勢いでいくの!!」


 エルーシャは真剣な様子で手を握りしめる。

 ノアルトはあっけにとられていたが、やがて降参するように笑いはじめた。


「そんなことできないよ」


「あら、私はやるわ!」


「俺ができないんだ」


 ノアルトは静かに告白する。

 まっすぐ見つめる彼の瞳には、エルーシャしか映っていない。


「あの日から俺の心の中にはエルがいる。いつも俺を励ましてくれるんだ。浮気なんてできるわけないだろ?」


 ノアルトは愛おしむように手を伸ばした。

 そしてはじめて出会ったときのように、エルーシャのドレスを優雅にひるがえしながら横抱きにする。


「もしエルが疲れたら、俺がこうして運ぶよ。屋根の上でも隣町でも南の島でもエルを連れて行く。だからこれからはさ」


 ノアルトはいつになく真剣な表情で、エルーシャの顔を覗き込む。


「俺にはもっと甘えてくれると嬉しいんだけどな?」


 思いもしないことを言われて、エルーシャはすぐに言葉が出てこなかった。


「――え?」


「エルはあいつに騙されていたと知ってから、信じられないようなペースであの事件を解決しただろ? 無理しすぎだよ。だけどこれからは俺に甘えればいい」


「あ、あ、あま……!?」


「そんなかわいい顔でごまかさないで、約束してほしいな」


「~~~っっ!!!」


「俺と結婚してください。ずっと甘えてください」


 抱きかかえられているエルーシャは、その眼差しから逃げることも叶わない。

 胸の鼓動がみるみるうちに高鳴っていく。


「こっ、こんな不意打ちプロポーズ聞いてないわ……!」


「宣言してからもう一度言ったほうがいい?」


「ダメよ! プロポーズは気軽に何回も言うものじゃないわ。とっても大切なことなんだから! ノア、あのねっ、わ、私っ……!」


 ノアルトは動揺するエルーシャをリードするように、穏やかな口調で確認する。


「健やかなるときも病めるときも、俺に甘えるって約束してくれますか?」


 エルーシャは真っ赤にほてる顔のまま、しかし厳かな誓いのように応えた。


「は、はい。甘えます」


「はい。甘えてもらいます」


 見つめ合うふたりに沈黙が落ちる。


(き、気のせいか一般的な文言とは少し違う気がするような……?)


 そんな疑問が浮かんだエルーシャは、自分を抱き上げている腕にやさしく力が込められるのを感じる。

 青空の下、ノアルトはもう何者にも縛られない、心からの笑顔を浮かべていた。


「エルはこれから時間ある? 昼食に呼ばれるまで、このまま散歩に行こう」


「そ、そうね。このまま散歩に……えっ! このまま!?」


「もちろん」


 ノアルトは軽やかな足取りでバルコニーに背を向けた。

 そして邸館を一周する間に、エルーシャのお姫様だっこ姿を敷地内にいる者へ披露することとなる。

 もちろん子どもたちは空き時間にノアルトのもとへ訪れ、演技のときのように実演指導まで行われた。


「ど、どうしてこんなことになってるのに、ノアには余裕があるように見えるのかしら……」


 ノアルトは始終赤く染まったエルーシャに顔を寄せ、幸せそうに囁く。


「エル、愛してるよ。あの日からずっと」


 バルコニーに満ちるうららかな陽気が、そよ風とともに舞い込んでくる。

 差し込む日の光はまっすぐと伸び、ふたりの行き先を照らしていた。





<おしまい>





最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

少しでも楽しく驚いていただければ幸いですが、見抜かれてしまっていたかもしれません。それはそれで心地よいです。

ブックマークもありがとうございました。もしよろしければ下にあるポイント応援をお願いします!


では、またいつか!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読ませていただきました、面白かったです!
[気になる点] ロイは真の魔王(逆らってはいけないお方)に気づいたのだろうか [一言] 面白かったです! 私もロイが王様にいいように使われて悪の組織壊滅に至ったざまぁが良かったと思いました。心身とも…
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