29・夜の森
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(厳重だと聞いていたが、俺にかかれば脱獄は楽勝だったな!)
夜の森に、ロイエは乱れた足音を鳴り響かせていた。
(あのへっぽこ国王のやつ、へらへらしてるだけのくせに! 俺をあんなところに3日も入れたあげく、公爵位も領地も全部没収、賠償金と労役まで命じるなんて許せるか!)
ロイエは息を切らしながら、ようやく立ち止まる。
振り返ると、抜け出したばかりの監獄が遠くにそびえていた。
(これも全部ノアルトのせいだ。あいつが俺のふりをしていればいいものを……!)
ロイエは自分の身から出た錆を反省もせず、地団駄を踏んで悔しがった。
(こんな王国、とっとと逃げてやる! 俺はくだらない法なんかに縛られず、自由に生きてやるさ!)
「待っていたよ。ロイエ・クリスハイル」
ロイエは驚いて正面を向く。
夜闇の中に、複数の人影が待ち構えていた。
(いつの間に? いや、それよりも)
「俺を知っているのか?」
「知ってるさ。青髪のロイエ・クリスハイル。天恵『魔力堅固』を持っている」
(そうか。俺は有名人だからな)
ロイエが納得していると、人影のひとりが言った。
「あんた、逃げるつもりだろう? 連れて行ってやるよ」
「どこへ?」
「行けばわかるさ」
人影たちはロイエを誘うように先導する。
ロイエはその後をついて歩いた。
(どうやらこいつらに従っているふりをしていれば、助かりそうだな。ここは利用させてもらうか。使えないようなら、金目のものだけ奪って逃げるけどな)
ロイエはにやつく。
ノアルトに殴られた頬がズキズキ痛んだ。
「痛っ」
「あんた、顔以外は無事なんだろう?」
「ああ……ノアルトのやつ、俺のいちばん美しい部分を傷つけやがって」
「気にするな。天恵者は顔より、臓器のほうが興味深い」
「?」
(こいつらは俺の臓器にまで興味があるのか。俺ほどの人気者になると、ずいぶんマニアックなファンがつくものだな)
ロイエは違和感を覚えたが、自分に都合よく解釈した。
「しかしお前たち、俺が今夜脱獄してここに逃げていること、よくわかったな」
「あんたがここまで来れるように、誰かが準備していたんだろう」
(そういえば……厳重だと聞いていた監獄が、今夜だけは見張りもいなかったようだ)
通路の施錠はなかったり壊れたりしていて、簡単に脱出できた。
(そうか、あれは俺を支援する誰かが協力してくれたのか。つまり俺ほど人望があると、熱狂的な信者がついているようだ)
「俺を助けようとしているのは、どんなやつなんだ?」
「俺たち末端は、そんなこと知らない」
(末端の部下がいる……俺を崇拝しているのは、かなり地位の高そうなやつだな。おそらく表舞台で活躍している人物だろう。だから投獄された俺のことを支援していると知られるわけにはいかず、身分を隠してこの脱獄の手伝いをしたということか)
ロイエは得意げに笑った。
「どうやら俺は、そいつに気に入られているようだ。まぁわからなくもないが。なにせ俺は天恵『魔力堅固』を持っているからな」
「だが武芸も怠りすぎて、髪色もあせていると聞いた。子どもの使用人にすら軽々追い返されたと」
「ど、どうしてそのことを!?」
「さて、どうしてだろうな」
(あのときの屈辱は、誰にも言わず隠していたのに……!)
ロイエの中で忘れかけていた怒りがぶり返す。
(バラしやがったのは誰だ! あの貧乏くさいガキの使用人たちか!? 他にはエルーシャの身内の誰か、または王妃か……)
ロイエの脳裏に、笑顔の国王が浮かぶ。
(もしかしてあいつか? へらへらしたやつだが、一応国王だ。俺の天恵を重要視して、こうして助けようとしているのか? 無礼な態度は逃げ出すまでは大目に見てやるが……許すつもりはないぞ!)
ロイエを先導していた人影たちは立ち止まった。
「さぁ、ここまでくればもうすぐだ」
着いたのは奥深い山道の入り口だ。
用意されていた幌馬車の荷台に、ロイエは数人と乗り込む。
道を進む馬車が揺れはじめて、ようやく息をついた。
安堵から喉の渇きを思い出す。
(そういえば今日はなぜか、監獄で飲み物が出なかったな)
思ったタイミングで液体の入った革袋を渡される。
ロイエは渇きを潤そうとすぐ口をつけた。
舌がひりつくような味だが、妙に甘くしてあるので飲めないこともない。
「まずい……。着いた先では、もっとうまいものが飲めるんだろうな」
暗がりで無数の声がゲラゲラ笑う。
「……?」
ロイエはなにが面白いのか、まったく意味がわからなかった。
(まぁ、ウケてるからいいか。しかし急に眠くなってきたな)
ロイエは荷台に横たわり目を閉じる。
意識を失う直前、歓迎の言葉が聞こえた気がしてほっとした。
「ようこそ、法なきこちら側の世界へ」
夜空には無数の羽音がばさばさと響く。
馬車から逃げるように、野鳥の群れが月夜へ飛び立った。
次が最終話となります!




