2・優秀な使用人
***
「エルが王妃殿下から依頼されたものは、これだったのね」
翌日、エルーシャは自室のテーブルに魔石を並べはじめた。
いくつもの袋に入っていた魔石は大小さまざまで、次から次へと出てくる。
叔母は信じられないといった様子で目をみはった。
「でもこんなにたくさんの魔石、どうやって見つけてきたの? まさかあなたが荒魔獣を倒して集めたとか……」
「たくさん用意できる人に頼んだの。最近はこの魔石を使って、魔力測定石の改良をしているわ」
「エルの両親の研究の続きね? 確かにあなたほどの適任者はいないわね」
エルーシャの父は『魔力分散』、母は『魔力結合』という希少な天恵を持っていた。
そして父と母が二人一組となれば、魔石に宿る魔力の歪みを修正できる。
彼らによって現在では必要不可欠な魔道具、魔力測定石が生み出され、その功績を評価された両親はそれぞれ侯爵を叙爵していた。
「エルはふたりの力を受け継いだようなものよね。『魔力浄化』はひとりで魔力の歪みを矯正できるもの。だけど魔力測定石の改良って、一体なにをするつもり?」
「従来より詳しく調べられるようにするのよ」
「まぁ、それが実現すればすごいことね。魔病に関する治療が進歩するのは間違いないもの」
エルーシャは色とりどりの魔石を浄化しはじめる。
叔母は透明に澄んでいく魔石の美しさに目をみはり、エルーシャの浄化の力に感嘆していた。
そこに使用人がやってくる。
「エルーシャ様の婚約者、ロイエ・クリスハイル様が訪問されました」
エルーシャは耳を疑う。
(ロイエが来た?)
彼はエルーシャが孤児と暮らしていると知ったとき、貧乏くさいと嫌がった。
この邸館へ来るのもはじめてだ。
「しかも私が国王陛下夫妻から受けた依頼が終わるまで、王妃殿下を通して面会状をもらう話を無視して来ているわね」
「いかがなさいますか」
「王妃殿下からの許可状がなければ、私には面会できないと伝えて。ただ従者を追い返しても、ロイエは引き下がらないはずよ」
「お任せください」
「ありがとう。頼りにしているわ」
主人と使用人は笑みを交わす。
叔母が心配そうにふたりを見た。
「大丈夫なの? ロイエ様は使用人が子どもだと侮って、高圧的な態度で押し切ろうとするかもしれないわ」
「ヘレナ様、ご安心ください」
使用人は青を基調とした燕尾服を誇らしげにまとい、堂々と答える。
彼はエルーシャと暮らす孤児の中で一番の長身、のっぽの少年フリッツだった。
「エルーシャ様が任せてくださったのです。その信頼に応えてみせます」
フリッツは主人に一通の手紙を渡してから退室する。
エルーシャがさっそく中身を確認していると、叔母は感嘆の息を漏らした。
「知っていたけど、あなたの使用人はさすがね。昨夜は甘えていた子どもたちが、昼間はこの邸館を守るパートナーとして、立派に務めを果たしているもの」
「フリッツだけではありませんよ。邸館中はピカピカだし、料理はおいしいし、護衛も頼もしいわ。庭だって美しいでしょう?」
「そうね。本当にそうだわ」
子どもたちはエルーシャに熱心に仕え、甘えてくれる。
まるで別れを惜しむように。
エルーシャは輿入れする際に、ロイエから「孤児を連れて来るな」と言われていた。
もちろんエルーシャは子どもたちの希望を聞くつもりでいる。
彼らを紹介すれば、叔母はもちろん他の雇い主からも引く手あまただろう。
そして無理にロイエの元へ連れて行けば、彼らの才能が飼い殺しになるのは目に見えていた。
(だけどもうその心配もいらなくなったわ。私がロイエのもとに行く日なんて永遠にこないもの)
しかしそのためには、まだ準備が必要だ。
黙り込んだエルーシャを見て、叔母は気づかうように声をかける。
「ねぇエルーシャ、やっぱりロイエ様とうまくいってないのね? 昨夜の夜会も早々に帰ってきたから、気になっていたのよ」
「大丈夫。国王陛下と王妃殿下が配慮してくれて、彼らから依頼を受けている間はロイエと顔を合わせずにすむの」
しかしロイエはなぜかエルーシャの邸館へ来た。
(孤児嫌いのロイエがわざわざ来るなんて、どういうつもりなのかしら)
とはいえ今までされてきた仕打ちを思えば、この程度粘着されるくらい大したことはない。
もちろん払いのけるが。
「でもおかしいわね。ロイエは私に会えないとわかっているんだし、てっきり他の女性とデートでもすると思ったんだけど」
「……他の女性とデート?」
叔母が怪訝な顔をするので、エルーシャは首を傾げた。
(あれ、言ってなかったかしら)
エルーシャがロイエと婚約を結んでから半年、ふたりの関係はあまりにも悲惨だった。
そのためすっかり感覚が麻痺している。
エルーシャはロイエから浮気をくり返されていると、他人事のように説明した。
「というわけなのよ。って、あの。ヘレナ叔母様……?」
叔母の表情がみるみるうちに殺気立っていく。
そして子どもや施療院の患者には聞かせられないような、呪わしい言葉を何度も吐いた。
エルーシャは叔母をそばの椅子に座らせてから、心を落ち着かせるハーブティーを淹れる。
叔母はそれを豪快に飲み干し深呼吸した。
「さすがに我慢ならないわ! エルの類まれな天恵を残すためとはいえ、王家と結んだ婚姻相手がロイエだなんて!! 私は……私はあなたの両親になんて謝ればいいの?」
叔母はカップを握りしめたままうつむく。
エルーシャはその背に手を置いた。
いつも気丈に振る舞う叔母の本音を聞いた気がする。
「ヘレナ叔母様、私もこの婚約の条件に納得していたの。本当よ」
エルーシャの両親は3年前、研究のために出張していた地で荒魔竜に襲われ、帰らぬ人となった。
それからエルーシャは、両親が治めていた領地を守ると決める。
交渉材料として、自分の婚姻相手の条件を王家に委ねた。
そして王家が国にとって最重要の天恵を持つエルーシャを尊重しつつ提案したのは、『荒魔竜を倒した英雄』だった。
その英雄が男性で3年以内に現れれば、エルーシャはその人物と婚約の誓約を結ぶ。
そうでない場合は別の婚約者候補を王家側で再選定する、という取り決めになった。
その条件にエルーシャ自身も同意している。
「だって荒魔竜が倒されたら、私の両親のような犠牲者はこれ以上増えないもの。自分の身の危険も顧みず、人を苦しめる荒魔竜を討伐してくれる方なら、喜んで伴侶にさせてほしいと思ったわ」
しかし現れたのは、まさかのロイエだった。
(ああっ、思い出すとやっぱり腹立たしいわ! 荒魔竜を討伐して国を救った英雄が現れたと聞いて、うきうきしながら会いに行った過去を抹消したいっ!!)
エルーシャは心を落ち着けようと、叔母と一緒にハーブティーを豪快に飲んだ。
「でもヘレナ叔母様、私はもうロイエにわずらわされないわ。そのために色々考えているの。だから安心してね」
「ふふ。私を励ましてくれるのね、ありがとう。エルは両親のどちらにも似ているわ。幼いころからやさしくて、愛嬌があって……。なにより覚悟を決めたときの行動力と、人への思いやりはそっくりよ。その才能もね」
ふたりはテーブルに並べられた魔石の群れに目を向ける。
(このひと月ほどで、試作用の魔石も十分にそろえることができたわ)
魔力測定石の改良は、もう完成間近だ。
(でも完成だけでは足りない。改良されたものが信頼できると、公に認められる必要があるもの。正攻法なら来年までかかるけれど、それではロイエとの婚姻後になってしまう)
エルーシャは先ほど届いた手紙をもう一度確認する。
(よし。裏技を使うわ)
まもなく使用人のフリッツが報告に戻ってきた。